白紙の同族
ルイはマーリンの前にしゃがみ込んだまま、目を細めていた。
さっきまでの騒がしさは残っている。
だが、その中に“観察する静けさ”が混ざっている。
「ねぇ」
声のトーンが少しだけ変わった。
「君さ」
マーリンはアイスを食べながら首を傾げる。
「なに?」
ルイは最初の質問を、ゆっくり置くように言った。
「どこのエルフ?」
マーリンは少し考えてから、小さく首を振る。
「わからない」
その返答に、ルイの眉がわずかに動く。
「“分からない”?」
「うん」
ルイは一瞬だけ黙る。
そして次の質問を投げた。
「生まれた場所、覚えてる?」
「……覚えてない」
その言葉で、ルイの視線が変わる。
軽さが少しだけ消える。
だが声はまだ明るいままだ。
「じゃあさ」
「誰に“買われた”?」
その瞬間、空気が一段落ちる。
マーリンは特に表情を変えない。
アイスを一口食べる。そして短く言った。
「マスター」
その一言だけ。
ルイの動きが止まる。
「マスター?」
同じ言葉を、少しだけ噛み砕くように繰り返す。
蓮が壁から一歩だけ前に出る。
「それは俺です」
短く、それだけ言った。だがルイは蓮を見ない。
視線はまだマーリンにある。
次の質問は、少しだけ慎重だった。
「その時の状態は?」
マーリンは少し考える。
「分からない」
「でも、何も知らなかった」
ルイはそこで小さく息を吐く。
驚きというより、整理する息だった。
「なるほどね」
その声はさっきより静かだった。
ルイは立ち上がる。
「じゃあさ」
空気を切り替えるように笑った。
「今度さ、村来る?」
マーリンが首を傾げる。
「むら?」
「そう、エルフの里」
その瞬間、空気がわずかに変わる。
エルメスの目が細くなる。
バーキンが視線を上げる。
ルイは続ける。
「同族、いるよ」
「君みたいな子」
マーリンは少しだけ黙る。
だがその前に――エルメスが口を開く。
「ルイ」
低い声。
「そこは今、制限区域だ」
ルイは一瞬だけ「あ」と言った顔をする。
「そうだった」
完全に忘れていた。
トリスタンが呆れる。
「忘れとったんかい」
ルイは悪びれず笑う。
「でもさ」
「気になるじゃん」
マーリンを見る。
そこにはまだ“空白”がある。それが気になる。
それだけの顔だった。
バーキンが短く言う。
「やめとけ」
ルイは少しだけ黙る。
「うーん……」
本気で考え始める。
マーリンはアイスを食べながら言う。
「村って、お菓子ある?」
ルイは即答した。
「あるよ」
「いっぱいある」
エルメスが額を押さえる。
「そこじゃない」
マーリンの目が少しだけ輝いた。
「ほんと?」
「ほんとほんと」
ルイは何の迷いもなく頷く。
「お菓子もいっぱいあるし、珍しい魔導菓子とかもあるよ」
その言葉に、マーリンは一瞬だけ真剣に考えた。
「……行ってみたい」
ぽつりと漏れる。
エルメスがすぐに反応した。
「ルイ」
低い声。
「軽く誘う話じゃない」
ルイは肩をすくめる。
「分かってるよ」
分かっている“顔”ではない。
その時だった。
コン、コン。
静かなノック音。
店の空気が一瞬だけ引き締まる。
「……失礼いたします」
落ち着いた声。
次の瞬間、扉が静かに開いた。そこに立っていたのは、初老の男性だった。
背筋はまっすぐ伸びている。
名はオズワルド。
銀混じりの髪を丁寧に撫でつけ、執事服のような落ち着いた装い。
一歩入るだけで、場の温度が変わるような人物だった。
男は深く頭を下げる。
「ゴホン……後ろから失礼いたします」
そして視線をルイに向ける。
「ルイ様が大変、失礼いたしました」
ルイは振り返る。
「あ、オズ」
軽い。だがオズは表情を崩さない。
エルメスが小さく息を吐く。
「来たか」
オズは静かに周囲を見渡す。
マーリン。セシル。エルメス。蓮。バーキン。トリスタン。アーサー。
そしてルイ。
「状況は、概ね理解いたしました」
その声には、妙な説得力があった。
ルイはまだマーリンの方を見ている。
「ねぇオズ、この子さ――」
言いかけた瞬間。オズが一歩前に出る。
「ルイ様」
柔らかいが、止める圧がある声。
「本件は“ここでの即断事項”ではございません」
ルイは口を尖らせる。
「えー」
「えー、ではございません」
即答だった。
トリスタンが酒を飲みながら呟く。
「おお……止め役おるんか」
エルメスが小さく頷く。
「いつもあれで助かってるよ」
オズはマーリンへ視線を向ける。
一瞬だけ止まる。
だがすぐに視線を外し、丁寧に言った。
「失礼。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」
マーリンは首を傾げる。
「いいよ?」
あっさりだった。ルイが食い気味に言う。
「ほら見て!この子すごいよね!?エルフだよ!?しかも記憶――」
「ルイ様」
オズの声が少しだけ強くなる。
「順序がございます」
ルイは不満そうに唇を曲げる。
「はいはい」
だがオズはもう一度、全体を見渡した。そして静かに言う。
「まず一点」
「この件は、王宮側にも関わる可能性があります」
その言葉で空気が変わる。
エルメスの目が細くなる。
バーキンが黙る。
オズは続ける。
「そして二点目」
「禁足地――エルフの里への“非許可接触”は現在制限されています」
ルイが小さく舌打ちする。
「それが面倒なんだよなぁ」
オズは一切ブレない。
「面倒ではございません」
「規則です」
マーリンはそのやり取りを見ながら、首を傾げている。
「むら、行けないの?」
ルイがすぐに振り向く。
「行ける行ける!」
オズが即座に止める。
「行けません」
「今は、です」
その間で会話がぶつかる。
エルメスがため息をつく。
「ほらね」
蓮はただ黙って見ている。
マーリンはアイスを一口食べてから、小さく言った。
「お菓子……いっぱいあるのに」
ルイが少しだけ真剣な顔になる。
「だからさ、余計気になるんだって」
オズが静かに言う。
「ルイ様」
「その興味は、後ほど正式手続きを踏んでください」
ルイは不満そうに笑う。
「はいはい」
だが目はまだ死んでいない。
マーリンを見ている。
“空白”を見ている目だった。




