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尾行

「……お前ら何してる」


突然聞こえた低い声に、蓮達の肩が揃って跳ねた。

振り返ると、買い物帰りらしいランスロットとアーサーが立っている。


アーサーは蓮とトリスタンを見比べ、小さく首を傾げた。

「何をしているんですか?」


「尾行だ」

蓮が即答する。

迷いの欠片もなかった。


トリスタンが頭を掻く。

「堂々と言うな」


アーサーがぱちぱちと瞬きをした。

「尾行?」


「ああ」

蓮は通りの先を指差した。

二人が視線を向ける。

そこにはマーリンとセシル。

そして、その二人と談笑している見知らぬ男の姿があった。


黒いローブ。

整った顔立ち。

柔らかな笑みを浮かべた優男。

アーサーはしばらく眺めていたが、やがて首を傾げる。

「知り合いでは?」


「知らん」

蓮が即答した。


「知らないんですか?」


「だから調べる」


アーサーは真剣な顔で考え込む。

「なるほど」


蓮が頷いた。

だが数秒後。


「……いえ、やっぱり分かりません」


「ワシも分からん」

トリスタンが酒瓶を揺らしながら同意する。


蓮だけが真剣だった。

「マーリンが大人しく話を聞いてる」


その言葉に、アーサーも再び視線を向けた。

確かに珍しい。

普段のマーリンなら、面倒になれば平気で話を切り上げる。

それなのに今は、文句も言わず男の話を聞いていた。


蓮が腕を組む。

「怪しい」


「そうでしょうか?」

アーサーは首を傾げたままだ。


「先生のようにも見えますが」


「先生?」


「マーリンが怒られているように見えます」


言われてみればそうだった。

先ほどまで元気だったマーリンが、今は妙にしおらしい。

蓮達が見守る中、男が何かを言う。

するとマーリンが肩を落とした。


「本当だな」

トリスタンが吹き出した。

「怒られてるガキそのものじゃねぇか」


ランスロットが静かに口を開く。

「……敵意はないみたいだが」


「分かるのか?」


「血の匂いがしない」


短い返答だった。男は終始穏やかだ。

殺気も敵意も感じられない。

だが蓮は納得しなかった。

「油断はできん」


「マスターだけでは?」

アーサーが素直な疑問を口にする。


「違う」


「そうですか」

アーサーは素直に頷いた。

だが表情はどこか納得していない。


蓮は再び男へ視線を向ける。

「行くぞ」

そう言って歩き出した。


「まだ続けるんですか?」

アーサーが目を瞬かせる。


「当然だ」

蓮は迷わず頷いた。


「なるほど‥‥‥‥」

「いえ、やっぱり分かりません」


トリスタンが肩を竦める。

「付き合うぞ」


結局――全員が尾行に付き合わされることになった。



***



「……あれ?」

セシルが足を止めた。


「どうしました?」

男が首を傾げる。


セシルは通りの向こうを指差した。

「あれ‥‥蓮さん達ですね」


「ん?」

マーリンも振り返る。

路地の角。柱の陰からこちらを覗く蓮。

その後ろにトリスタン。

少し離れた場所にアーサー。

屋根の上にはランスロット。


「……マスターだ」


「何してるんでしょう?」


「知らない」



***



「見つかったな」

トリスタンが酒瓶を揺らしながら言う。


「……何で俺まで」

ランスロットが小さく呟いた。

屋根の上にいたはずなのに、いつの間にか近くまで来ている。


アーサーはそんな彼を見た。

「諦めてください、ランスロット」

そして真顔で続ける。

「マスターがやると言ったらやるんです」


「理不尽だな」


「私もそう思います」


その時ーー

「お前ら何やっている?」

後ろから聞き慣れた声が響く。


「っ!?」

蓮が勢いよく振り返る。

そこに立っていたのは――バーキンだった。


「バーキンさん!?」


「よう」

バーキンは短く答える。そして蓮達の横を通り過ぎると、前方へ視線を向けた。

「ああ、いたか」

小さく呟き、そのまま優男の方へ歩き出した。

バーキンはそのまま男の元へ歩いていく。

男も気付いたらしく、穏やかな笑みを浮かべた。


「おや」

その声には僅かな驚きが混じっていた。

「バーキンさん」


男が軽く会釈する。

「珍しいですね」


「そうか?」

バーキンは肩を竦めた。

「ちょっとエルメスに用があってな」


「なるほど」

男は納得したように頷く。


その横では、セシルが目を丸くしていた。

「バーキン様のお知り合いだったんですね」


「まあな」

バーキンは短く答える。

後ろから重い足音が近付いてくる。


見ると、蓮達が渋々こちらへ歩いて来ていた。

トリスタンは酒を飲みながら。

アーサーは状況を理解しようと考え込みながら。

ランスロットは無表情のまま。

そして――蓮だけが、男を睨んでいた。

男はそんな視線に気付いているはずなのに、表情を変えない。

むしろ少し困ったように微笑んだ。


「……?」

セシルが蓮を見る。

「蓮さん?」


だが蓮は答えない。

視線は男から一瞬たりとも外れなかった。


その様子を見たバーキンが、小さく息を吐く。

「安心しろ」

短く言った。

「そいつは怪しい奴じゃない」


「……」

蓮は黙ったままだ。

まったく信用していない顔だった。


「紹介しておくか」

バーキンは男へ視線を向けた。

「こいつはゼオン・ルーカス」


男が軽く会釈する。

バーキンは続けた。


「この国の宮廷魔術師だ」


「えっ!?」

思わず声を上げたのはセシルだった。


トリスタンも目を丸くする。

「宮廷魔術師じゃと?」


アーサーも驚いたようにゼオンを見る。

だが当の本人は困ったように笑うだけだった。


「あれ?」

ゼオンが首を傾げる。

「言っていませんでしたか?」


その視線はマーリンへ向いていた。

マーリンは小さく首を横に振る。

「先生は先生だったから」


ゼオンが思わず苦笑する。


蓮はマーリンを見た。

「お前、知らなかったのか?」


「う、うん」

少しだけ気まずそうに視線を逸らす。

「聞いたことなかった」


「聞かれなかったので」

ゼオンは穏やかに答えた。


「いや普通は言うじゃろ……」

トリスタンが呆れたように呟いた。


だが当のマーリンは首を傾げていた。

「関係ある?」


「あると思いますよ!?」

セシルが思わずツッコむ。


ゼオンは小さく笑った。

昔から変わらない。そんな表情だった。


「しかし安心しました」

ゼオンが静かに言う。

「元気そうで何よりです」


マーリンは少しだけ目を逸らした。

「……元気」


「杖は元気ではありませんでしたが」


「うっ」

痛い所を突かれたらしい。マーリンの肩が小さく縮こまる。

その様子を見て、セシルが吹き出した。

アーサーも口元を緩める。

ランスロットだけは相変わらず無表情だった。


「また会いましょう」

ゼオンはそう言って軽く頭を下げた。

「次は杖を折らないように」


「善処する」


「それは信用できませんね」

即答だった。

マーリンがむっと頬を膨らませる。

そんなやり取りを最後に、ゼオンは踵を返した。

黒いローブが人混みの中へ溶けていく。

しばらくして、その姿は見えなくなった。


「……変わった人ですね」

セシルがぽつりと呟く。


「変わり者じゃな」

トリスタンも頷いた。


「でも悪い人ではなさそうです」

アーサーが言う。


ランスロットも短く答えた。

「ああ」


蓮だけは、ゼオンが消えた方向を見つめていた。


「マスター?」

マーリンが不思議そうに見上げる。

蓮は数秒黙り込む。


そして。

「……まあ、先生ならいい」

ぼそりと呟いた。


「何それ」

マーリンが眉をひそめる。

だが蓮は答えない。代わりに踵を返した。


「帰るぞ」


「アイスは?」


「買う」


「やった」

マーリンの機嫌が一瞬で直った。

セシルが苦笑する。

そんな二人を見ながら、蓮達は再び街を歩き始めた。

賑やかな声が通りへ響く。

その様子を見送る者は、もう誰もいなかった。

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