第40話 悪い報せは良い報せ
39話でいきなり降ってきた花びら。
その少し前に、何があったのか――
本陣の(ルナークとリックの)側でのお話となります。
時間は少しだけ巻き戻る。
ルイたちが小鬼と睨み合っていた夜が明けようとしていた頃――
エテルナ冒険者ギルドの本陣は、少しだけ騒がしかった。
中央の天幕の中では、負傷したマリウスがリックの前に立っていた。
「ルナーク。」
「そうだね。」
ルナークは椅子を用意してマリウスに勧めた。
困り顔のマリウスに、リックは言った。
「無理をして倒れられても困ります。座ってください。」
「わ、わかりました……」
マリウスは気まずそうな様子で、椅子に腰かけた。
それから、小さく息を吐いた。
その様子を一瞥して、リックは手元の書簡に視線を落とした。
そして、すぐに読み終えると、うなずいた。
「王国軍の第三部隊が退却中とのこと、了解しました。では、こちらはこちらで然るべく判断します。」
マリウスがうなずくと、リックは微笑した。
「ご苦労様でした、マリウスさん。――ああ、ルナーク。マリウスさんを治療班の天幕に案内してやってよ。」
「了解。――それでは、マリウスさん。ご案内します。」
ルナークがマリウスを支えながら天幕を出ようとすると、リックが言った。
「あ、ルナーク。リオさん、エルクさん、ディーンさんを呼んでおいてくれ。」
「そちらも了解。」
そうして、ルナークはマリウスを伴って天幕から出て行った。
* * * * *
ルナークは、マリウスと共に治療班の天幕を訪れていた。
寝台には、負傷していた王国軍の兵士が数名、横たわっていた。
そのうちの一人は見るからに酷い怪我を負っており、銀髪の少年が、手をかざして治療にあたっていた。
銀髪の少年は、ルナークの姿に気づくと、頼りない声色で言った。
「ルナーク君……どうしよう。この人の治療はかなり厳しいよ。」
「――では、交替しましょう。ぼくが応急処置しますので、後はお任せします。」
ルナークは、マリウスを他の冒険者に任せて、横たわる兵士の傍に立つ。
そして、手をかざす。
「――今は、10秒や20秒でも惜しいね。――『励起の聖光』」
見る見るうちに、兵士の傷がふさがってゆく。
やがて、荒れていた呼吸が収まり、穏やかな寝息を立てるようになった。
その様子を見ると、ルナークは微笑した。
それから、すぐに踵を返した。
「後のことはお任せします。リックくんを待たせていますので。」
「わかったよ。――ありがとう。」
そして、中央の天幕に戻ってきたルナークは、三人の冒険者とすれ違った。
「リオさん、エルクさん、ディーンさん。――どうか、ご無事で。」
三人の冒険者は、各々が微笑あるいは苦笑しながら、ルナークに応えた。
それから三人は走り出し、ルナークは天幕の中に入った。
「おかえり、ルナーク。少し時間を取られたみたいだね?」
「まずい容態の人がいたからね。少しだけ治療することになったんだよ。」
リックにそう答えると、ルナークは続けた。
「――で、どうするのかな?」
「ははっ、これはまあ、僕がいわないといけないな。」
リックは肩をすくめて、それから続けた。
「エテルナ冒険者ギルドは、現時点をもって作戦行動を放棄――つまり退却だ。」
「――了解。」
ルナークがうなずくと、リックは言った。
「それじゃあ、退却支援ってことで5分ほど稼いでくれるかな?」
「見くびらないでよ。――倒れてよければ30分くらいは稼いでみせるけど?」
ジト目で返したルナークに、リックは微笑した。
「君が倒れたら困るな。――じゃあ、10分だけお願いしようか。」
「わかった、最低で10分は保証するよ。」
リックが細剣を手に取って腰を上げた。
「本陣の近くに小鬼の気配はないけれど、詠唱中は僕が護衛するよ。」
「それは助かるね。さすがに、高等魔法での詠唱省略は燃費が悪すぎるから。」
ルナークがそう言って肩をすくめると、リックは苦笑した。
「ま、最前線まで届く前提で、かなり勝手なことをいってる自覚はあるよ。そこは大丈夫かな?」
リックの言葉に、ルナークはニヤリと笑った。
「まあ、見ていなさい。――ぼくもひとかどの魔法の使い手だから。どうにかしてみせるよ。」
「そいつは頼もしいや。」
肩をすくめるリックをしり目に、ルナークは独りごちた。
「ここが森だからよかったよ。花びらの表象が勝手に力を持つからね――」
そして、ルナークは静かに、大きく息を吸い込んだ。
それから、よく通る声で詠唱を始めた。
――遍く光よ映し出せ、仲立つ風、傅く光――
――風映す光、光運ぶ風、翼負う王子――
――遠征の意志、未占の領域、不退の城塞――
――万有の大海、泡立つ水面、再誕せし王子――
――満ちたる光よ圧し潰せ、恐慌の風、混沌への放縦――
――仇為す万物、微睡の芳香、終わりなき回廊――
――往け、伝え、覆え――
――留まる逆賊、夢幻の花弁、逃れ得ぬ責め苦――
――吹き荒べ、行き渡れ、咲き狂え――
「――『九つ曲がる、不覚の花園』」
ルナークの目の前に広がる森が、桃色の花弁に彩られてゆく――
そして、瞬く間に森は花吹雪に包まれた。
「アハハ、花吹雪って――ルナークには似合わないね!」
リックがそう言ってケラケラ笑ってみせると、ルナークは口を尖らせた。
「悪かったね。かわいげがなくて。」
ありていに言えば、ルナークに足りないのは、かわいげ以上に儚さです。
まあ、喋ってナンボのルナークに儚さを求めるのは犯罪でしょう。
そして、ルナークに黙れなんて言えば、黙らされるのはこちらです(`・ω・´)




