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俊太郎はタブレットで、情報を収集していた。ニュースなどは定期的にチェックするが、SNSや動画にまで手を伸ばすのはよほど暇なときである。
動画内では、一人の探索者が、料理をしている。
景色は大自然の中。小さな川のほとりで火を焚き、肉を焼く。
言葉にすればそれだけのことだが、どこまでも広がるような美しい景色は、それだけで人々を魅了する。
その上、料理がとても豪快だった。動画内の投稿者は女性のようだが、大きな肉をステーキにして食べている。
野生児のような食事だが、震えるほどに美味しそうに見えるのだった。
動画内に書き込まれたコメントを見ると、迷宮の場所が記されていた。
横浜の土地型迷宮。それの第五層だ。投稿者はソロで活動する探索者らしいがそれが本当ならかなりの強者である。
俊太郎がよそ見をしてスマホを見ていると、動画が自動で次に飛ばされた。
いきなり人の叫び声。どうにも日本語ではなかった。
銃声のような破裂音がいくつも鳴り響く。
動画の撮影者は何かを喋っている。動画に字幕を付けると『迷宮内に入ってきやがった』と添えられていた。
短い動画だった。遠くで人の倒れるのが映っている。撮影している人間は探索者なのか、必死で走るように周りの避難者たちに声を掛けている。
撮影者が攻撃を食らったのか、大きく吹き飛ばされた。
攻撃してきた方向を見ると、軍服を着た人間が剣を持っていた。恐らく探索者だ。
動画はそこで終わっている。
「先生、準備出来ましたよ」
俊太郎が動画について考えていると、紫雨に声を掛けられた。
この日は勉強会として日菜子の家に集まる日だった。勉強をしたあと迷宮に行きたいという話になって、女性らは着替えを行うことに。
俊太郎は一人、リビングに残されたのだ。手持ち無沙汰だった俊太郎はタブレットでニュースサイトを見て回ったが彼女たちは時間がかかるようだったので、動画まで見始めていたところである。
「クランを設立かあ」
組合に寄ったついでに新谷がいるかと、建石の迷宮の入り口であるゲームセンターに来ていた。
新谷にクランを設立することを報告した。
「それはいいね」
新谷はなんだか疲れているように見える。
そのことを指摘すると、彼は深刻そうな顔をしていた。
「最近忙しくてね。西洋の方で起きている戦争のことは知っているかな」
俊太郎は驚いた。最近動画を見て気になって調べるようになった事柄だったからであるが、それを新谷の口から聞くことになるとは思わなかった。
「動画で見ましたね。迷宮内に軍人が入り込んで……」
「そうだね。日本ではあまり報道されないが、実はあんまり他人事じゃないんだ」
地上は爆撃や銃弾によって破壊されるが、迷宮内に入ればその限りじゃない。
迷宮内では探索者に銃を向けたって、大した威力にはならない。当然怪我くらいはするだろうが、それだってすぐに治すこと出来てしまう。
襲撃されている国の人間は探索者を頼りに迷宮内に逃げ込んだ。
最初のうちはよかったが、襲撃する方も探索者を使って迷宮内に入り込む。
「それがどうして日本に?」
「襲撃された側の人間が、日本に亡命を希望していると噂されている。すでに日本国内の迷宮に入り込んでいるとも」
確かに他人事ではいられない話だが、それがどう新谷につながるのかいまいち分からなかった。
「ボクはね。ボクのクランのメンバーやその家族が戦争に巻き込まれるのは嫌なんだ。日本が戦争に巻き込まれたら、きっと探索者は酷使されるだろうね。この国の人たちは探索者に厳しいから」
それから彼は忙しそうにそれじゃあ行くよ、と迷宮の中に入り込んでいった。
彼が結局何をしているかの詳細は分からない。
けれども、俊太郎がのんきに迷宮を攻略している間に、彼はもっと強い使命をもって立ち向かっているのだろうことは想像に難くない。
俊太郎は様々な思いを抱えながらも、アパートに戻った。
荷物も少しずつ片づけている。引っ越しの日まであと少しだが、元々荷物の少ない俊太郎はそれほど時間も掛からない。
窓を開け、空気の喚起をしながら、荷物の整理をしている。昔読んだ本などを眺めながら、片づけをしているとつい手が止まってしまう。
そんなとき、アパートの呼び鈴がなった。
俊太郎が扉を開けると、あまり歓迎できない相手がいた。
「やあ、兄さん。元気だったかい?」
いつものニヤケ顔をこちらに見せたのは、俊太郎の義理の弟である『佑耶』だった。
常に顔に笑顔を張り付けているのは新谷という男もそうだが、こちらはより性質が悪く、人を小馬鹿にしているところがあった。
俊太郎のことを兄だと慕ってきたことなどない。
実際に血のつながった兄弟ではないから仕方のないと俊太郎は鼻から諦めていたが、時折こうしてちょっかいを掛けてくるのも弟の嫌なとこである。
「どうしたんだいきなり」
思ったよりも冷たい声がでた。
「つれないなあ。兄さんが家に知らせたんだろ? 引っ越すみたいじゃないか。それで様子を見て来いって頼まれたんだよ」
「そうか、こっちは元気だから気にしないでくれ」
そう俊太郎が言っても、佑耶に帰る気はなさそうだった。
部屋を覗きこむと、興味もないくせに「相変わらず物がすくないねえ」などと余計な一言を口にする。
「どんなところに越すの? 相変わらず探索者なんてやってるんだろ。引っ越しをするなんて調子いいんだ」
「実はそうなんだ。探索者をやってると金が余ってしょうがなくてね。実家にも仕送りをしてしまうくらいだ」
無表情で佑耶の調子に合わせてやる。面倒なときはこうすると途端につまらなそうにするのがいつものことだ。
「ふうん。まあ俺も探索者の資格をとったんだ。今は三段階の迷宮を攻略しているところだよ」
どきりとした。まさか佑耶が探索者をしているとは。
「よく、君の父さんが許したね」
佑耶が俊太郎を皮肉るとき、ときおりこの言い回しを口にした。
俊太郎のことを引き取ったのは実際には佑耶の祖父で、俊太郎にとっても曾祖父にあたる人物だ。まだ幼いながらにかわいがってもらった記憶があるが、俊太郎が小学校を卒業する前に亡くなってしまった。
俊太郎の養父となったのは佑耶の父だから、俊太郎にとっても義父であることには変わりないのだが。
「相変わらずだね」
「お互いさまだよ」
「もちろん家族には言っていないよ。もう大人なんだし勝手にさせてもらうさ。時廣家は俺が継ぐわけじゃないし、好きにさせてもらうよ」
そんなことを話していると、スマホにメッセージが届いたのか、ぶるぶると震える音が机を響かせた。
「悪いけど、こっちも忙しいのは本当なんだ」
「分かったよ。でも母さんは結構本気で心配しているようだけど? そうやって俺ら家族のことをいつまでも無視していくの?」
「あの人は……。いや、何でもない。盆には帰る。そう伝えておいてくれ」
佑耶が帰ろうと踵を返す。するとちょうど入れ替わるように人が来た。
制服姿の紫雨だ。スマホに通知を送ってきたのは紫雨だったのかもしれない。
「ふうん」
すれ違うタイミングで、佑耶が紫雨を見ながら意味ありげな笑みを浮かべた。
その視線から隠すように紫雨を部屋に上げると、扉を閉めたのだった。
「あ、あの」
紫雨が腕の中にいる。思わずやってしまったが、少し強引だったと反省する。
「すいません、誰か来ているなとは思ったんですが、お邪魔しちゃいましたか?」
「いや、気にしないで。嫌なやつが来ただけだから」
俊太郎は、ケトルに水を入れお湯を沸かした。
今日は引っ越しの手伝いを軽くしてもらったあと、迷宮に行くことになっていた。
まだ時間には早いと思っていたが、時計をみてもまだお昼すぎだった。
ちらりと紫雨をみると、まだ玄関に突っ立っているのに気が付いた。
「ごめん。こんなに早く来るとは思わなくてばたばたしちゃって」
紫雨を招きいれるも、大したもてなしはできそうにない。
「こちらこそすいませんでした。今はテスト期間中なので早く終わって」
「テスト期間中なのに大丈夫なのかな」
紫雨の成績は良い方だという。家庭教師などと言って先生面をしているが、普通の受験勉強などは教えてはいない。
迷宮や迷界についてのことしか教えられないくらいに、彼女の成績は良いらしい。
俊太郎が通う大学には探索者専門の学科がある。
ほとんどの会社にはそんなところを卒業したところで有利にはならないだろうが、探索者について学んだり、組合や関係企業に就職するなら近くではここくらいしか、存在しないと言っても良い。
紫雨の進学についてはどう考えているのだろうか。もうすでに立派な社会人よりも稼ぎはよくなっている。高価な装備さえ買わなければ、食べるのに困ることはないだろう。
紫雨と自分に珈琲を淹れる。インスタントだから大した香りは立たないが、今はこれくらいしか用意できなかった。
「ありがとうございます」
紫雨は部屋に置いてある小さな四角いテーブルの前にちょこんと座った。
自分の部屋に女性がいるというのも変な感じだが、それが制服姿の女子高生だというから、考え直してみるとすごいことのように思える。
「なんだか、疲れていますか?」
「え? そんなにやつれた顔をしているかな」
自分ではそんな気はなかったが、紫雨に指摘されるとそんなような気もしている。
今日は朝からわざわざ建石の組合に行って軽い手続きをした。それから新谷に会い、そこでとんでもないような話を聞かされたのは確かだ。
その上、会いたくもない奴の顔も見てしまった。
「先生がそんなに人を悪くいうのは初めてですね」
「確かに。ごめん、こんな話をしてしまって」
「気にしないでください。弟さんとは言う程仲が悪くないのかなと思っただけです」
嫌そうな顔が表に出てしまったのか、紫雨はくすりと笑う。
確かに家族ではあんなに風に態度に出すのは佑耶だけだ。そもそもこちらに良くも悪くも興味のない人間ばかりだ。
「まあ確かに今日は疲れたのかな」
俊太郎は今朝聞かされた話を紫雨にも軽く話していく。
戦争だとか、そんな物騒な話は彼女には似合わない。けれど俊太郎も吐き出したかったのか、一度口にするとするりと出ていった。
「ダブレットのニュースサイトでは確かに見ましたが」
「テレビでは触れられていないね。どうやらこの国にも何らかの影響があるのは確からしい。僕等も探索者として利用されるかもしれない。どうしたらいいんだろうね」
そうですか、と一瞬難しそうな顔をした紫雨は、タブレットを取り出して何かを見始めた。
彼女たちを物騒なことには巻き込みたくないが、俊太郎自身ではどうにもならないこともある。
どうすればいいのかも皆目見当がつかないが、そう言うときは皆にも相談するしかない。
先生、と声を上げた紫雨を見る。
「迷宮に行きませんか」
俊太郎は話が見えず、困った顔を見せた。
「私にもどうすれば良いのか分かりませんが、とにかくたくさん迷宮に行きましょう。私たちは探索者なんですから」
「そう、か。そうだね」
俊太郎は肩の荷が軽くなったような気がした。難しいことを考えても仕方がない。今は出来ることしかできない。
自分たちに今できることは探索者としてもっと先に進むことだ。
その日、簡易迷宮の三段階の六層以降に挑戦することになった。
挑戦する迷宮は、以前リビングアーアーと戦った大きな館内の迷宮である。
最近は忙しかったり、建石の迷宮にいったりと、あまり先には進めていない。
五層への抜け道を通り、六層へ向かう。
五層の階層主であったリビングアーマーが迷宮内の通路を歩いていた時は驚いた。
戦ってみると、さすがに階層主ほどの強さは無かったが、六層からの魔物は中々手ごわい。
「そこに何かあります」
声を出したのは彩花だった。俊太郎が振り返ると、彩花が指を差している。
何か床が段差のように盛り上がっている場所があった。何だろうと思ったが、罠であった。
床に感圧版のような何かが取り付けられ、それを踏むと罠が作動し、吹き矢が飛んでくるというものだった。
致命的なダメージを負うわけではないようだが、あまり食らいたくはない。
三段階の六層以降になると罠が現れる。それまでの迷宮に慣れた探索者は罠に進行を阻まれけがをしやすくなるのだった。
この点についても彩花の『目』が迷宮を進むのに役立った。
最初こそそれが罠であると気が付かなかった彩花だったが、何度か遭遇すると罠を見逃すようなことはなくなった。
「さすがね。彩花さんがいれば、安心して進めそう」
日菜子が彩花を褒める。本当にその通りで、彩花は少し恥ずかしそうにしていた。
「皆さんには見えない物が、私には見えていて、私には見えない物が皆さんに視えている。なんだか複雑な気持ちですね」
そうは言うが、なんだか彩花は今の自分を受け入れ始めているようにも見えた。
七層ではリビングドールが再び現れ、精霊やリビングアーマーなどと一緒にこちらを襲ってくるようになった。
リビングドールは、子供くらいの小さな体躯だが、それに合わせた武器を持っている。小さな剣や盾、あるいは杖や弓など持ち、それを使って攻撃をしてくる。
その上、攻撃や回避のときにはふわりと宙に浮かび上がったり、自在な動きを見せてくる。
低層で出現してくるリビングドールとはくらべものにならないほどに厄介だった。
「月影」
紫雨がスキルを言葉に発し、ドールに攻撃をする。ドールは防御力はそれほど高くない。
リビングアーマーに阻まれると厄介だが、ドール単体であれば紫雨の攻撃で倒すことが出来た。
日菜子が召喚した土精を、同じ土属性の精霊が攻撃している。
お互いにダメージをほとんど与えられないようで、ずっと殴りあっているがどちらも決め手にならない。
そこを彩花のアイススピアが、魔物である精霊に向かって放たれた。
土を吐きだし、崩れていく。彩花の攻撃で相手の精霊はあっさりと沈んだ。
魔物なので出現する精霊は精霊術師が召喚するそれより、それほど耐久力はないようだ。その上彩花の魔法も鋭くなったように見えた。
魔物を倒し切り、ふうと息を吐く。
魔物からドロップしたアイテムカードや深界石を集め、ポーチに回収していく。
「なんだか私の魔法、強くなった気がします」
彩花は『存在力』自体はそれなりだった。一段階の迷宮だったが、ソロで探索していたおかげだ。
熟練度も悪くないが、やはり経験の浅さはある。
熟練度は人それぞれ覚えるスキルも変わるため、あまり比べようがないが、資料にはだいたいの比較があったりする。
スキルごとの熟練度であれば、発動のスピードや威力などで比べることができるらしい。
彩花のリードに従い進んでいくと、罠も回避しながら八層まで来ることが出来た。
この迷宮は階段で降りたり上ったりして、階層が切り替わる。
六層から七層では階段を下りたのに、今度は階段上ることになった。
頭が混乱しそうだが、そもそも迷宮とはそういうものなのかもしれない。
八層では精霊の形が変化して出現した。それまでの精霊は不定形な形や生き物とは言い難いものが多かったが、より生き物に近い見た目になっていた。
迷宮内に出現する精霊は土と風だ。土はそれまで泥や土の塊だったものが、石のように固められている。顔や手足があり、それまでより動きが機敏に見える。
風の精霊はより鳥のような姿で力強い見た目になった。
それらは中級の精霊と呼ばれていて、精霊術師が召喚する精霊も似たような見た目になるらしい。
日菜子も精霊が気になるのか、じっくりと視ていた。
さすがに攻撃しないわけにはいかないので、日菜子が召喚した土の精霊で引き付けている間に三人で攻撃をしていく。
土属性の中級精霊はやはり中々の耐久力である。頭上から連携するように飛んでくる風の中級精霊も厄介だ。
そこにドールまで合わさるようになると油断できない相手である。
俊太郎は自分と紫雨に火属性付与を掛けた。
俊太郎は召喚したマジックソードで切り付けるとすぐさま下がる。
そこに叩き込むように彩花の魔法『アイススピア』が精霊の硬い身体にたたきつけられた。
紫雨がすっと飛び上がり頭上から一直線に振り下ろすと、耐久力のある土属性の精霊も身体を保てなくなり、崩れていく。
残るは風の精霊だが、あちらは攻撃を当てるのが大変だ。
俊太郎は魔力を風の精霊に向ける。空を飛ぶ相手に雷の魔法を放つと、ぱたりと床に落ち、光になって消えていく。
こちらは飛び回るのが厄介だが耐久力が極端に少なかった。
その後も八層を進み、彩花の導くままに九層に向かった。
これまでに拾った職業カードの中に『魔導師』というものがあった。
恐らく魔法使いの上位職だが、純粋な魔法使いの上級職には『魔術師』というものがある。こちらはより強力で複雑化した魔法のようなものを使えるため人気があるが、魔導師はあまり聞いたことがなかった。
俊太郎が調べたところによると、自らの肉体を魔導で強化し、さまざまな戦闘に対応した戦闘スタイルが特徴というのが魔導師の特徴らしい。
俊太郎は最近、剣士の戦い方も学んでいるが、四人でいくときは慣れた魔法使いのままで戦っている。
彩花とは同じ魔法使いだが、戦い方が全く別の物で、覚えているスキルもそこそこ違う。
最近では職業カードの中にあまり見かけない物も増えてきた。
俊太郎は上級職にカード転向するのは様子見していた。
魔法使いのカードはたくさんあるため、すぐに戻すことは可能だが、上級職のカードは貴重である。
ストアで購入することはできるものの、そもそもその職業カードを使用できるかも分からない。
四人で拾ったときのカードならば、四人のうちの誰かは使えるはずでおそらく俊太郎のものだとは思うが、確証はない。日菜子の可能性もあった。
今の俊太郎たちにはそれくらいなら払えないことはなかったが、出費しようと思えば簡単に吹き飛ぶくらいの余裕しかない。それが探索者というものでもある。
三段階の五層を攻略した時点で、余裕のなさを感じたため、存在力や熟練度を上昇させることに注力した。
迷宮の階層は進めず、三段階の三層四層あたりをうろうろして魔物を倒すのが、最近の探索して行っていたことだ。
特に盛り上がりもない。しかしそういうった段階も必要らしく、深玉をだして深界人にも見てもらっていたが、あまり不満はないらしい。
『今までが駆け足すぎなんだ』
『三段階を進むのだって早い気がするが』
『でも今のシュンタロたちならいけると思う』
『たしかに。なんか嚙み合わせがいいのか?』
個々の能力はそれほどないと言われているようなもので、俊太郎は苦笑いを浮かべた。
他の探索者たちと比べたことはないので、俊太郎には分からない。
俊太郎は三段階の十層を攻略したら、一度貯めの期間を作ることに決めた。
九層をあらかた攻略し、小部屋の中に入り少し休憩を行った。
館の内部を真似たような迷宮は、人が座るのには少し小さい椅子やテーブルが並んでいたりする。
なぜか彩花が座るとぴったりで、複雑そうな顔をしている彩花を見て和んだりしていた。
俊太郎が時計を見る。時間はまだ陽が落ちるには早い時間だった。
これから十層に向かうことにした。
三段階の迷宮は全十五層からなる。十層も階層主が現れて戦うことになるが、それを倒せれば十層までの抜け道が解放され、いつでも十層以降に挑戦できるようになる。
実はこの迷宮、まだ攻略されておらず、十五層の情報はまったくなかった。
一度完全に攻略されてしまうと、簡易迷宮はいずれ消えてしまう。
一段階では一、二か月残されるが、三段階では攻略後、半年ほどで消えていくことになる。
いつ完全に攻略されるかは分からないが、せめて消えてしまう前に俊太郎たちも十五層の階層主を攻略したいと考えていた。
十層の階層主はドールマスター。複数のドールを従え、自らもドールの姿で戦闘を行う魔物である。
人の女の子姿で椅子に座っている様は、とても魔物のようには見えない。よく見ると関節部には人の物にはない人形独特の切れ目が入っている。
周囲には人形がバラバラになって散らばっているのが分かる。腕や足、はたまた頭部までもが、部位だけで転がっているのだ。
日菜子が精霊を召喚し俊太郎も支援魔法を掛けていく。
椅子に座っていたドールマスターがカタカタと浮かび上がった。
こちらを敵として認めたのか、こちらに指をさして笑うかのようにケタケタと音を鳴らした。
すると周りに散らばっていた人形の部位が集まり、リビングドールがつぎつぎと産み出されていく。
どこから取り出したのか剣や弓まで持っていた。
日菜子の土精霊が、音のない叫びを放ち、ドールたちを惹きつける。
その間に、弓や魔法などのドールを俊太郎や彩花の魔法で倒してしまうこと決めていた。
彩花がアイススピアを放ち、俊太郎はサンダーボルトを使った。
杖を持ったドールと弓を持ったドールがそれぞれ一体ずつ。
まずは杖をもったドールに魔法があたる。
二つの魔法を受けたリビングドールは、バラバラになって動かなくなった。
後ろで構えていたドールマスターが指を再びこちらに向けた。
その途端、それまで土精霊と向かい合っていたドールたちがこちらに身体を向けた。
このとき、俊太郎は冷や汗をかいていた。魔物に狙われているという恐怖はもちろんあったが、それよりもあの指が、彩花に向けられていたらという恐怖が上回っていたのだった。
剣をもったドールが一飛びにこちらを狙ってくる。俊太郎は左手に持つバックラーではじいた。
その勢いのままマジックソードで切り付ける。
剣士での経験が身になっていると感じる。パリィというスキルが今も効果を発揮しているのか、上手いことカウンターまで入れることが出来た。
俊太郎に向かって矢が飛んでくるが、紫雨が刀ではじく。。
切り付けられたドールがすっと身体を引くと、その後ろから槍を持ったドールが向かってくる。鋭い切っ先が、俊太郎を守る保護魔法を揺らし、身体を突き刺した。
鋭い攻撃に反応できなかった俊太郎は攻撃を貰ってしまった。
思わず下がる。チェストプレートで守られてはいたが、どれだけダメージを貰ったのか分からない。
問題なく動けるし呼吸も平気なことを確かめた。
紫雨が刀で二段攻撃を放つも、決定打にはならなかったようだった。
再び日菜子が指示を出すと、土精霊が魔物を引き付けるためのスキルを使用した。
出来れば弓まで倒したかったが、どうやら急激なダメージを与えるとドールマスターが指示を出し、こちらに矛先を向けてしまうようだった。
リビングドールたちは、まるで糸でつるされているかのように、ふわふわとジャンプする。
挙動がつかみにくく、攻撃しようと思った先には回避されてしまうのだ。
何とか槍持ちのリビングドールを倒す。紫雨が先に攻撃していたおかげか、すんなりと倒すことができた。
ドールマスターが再び動きを見せる。
なにやら魔法を使用し、残り二体のリビングドールが光に包まれた。
土精霊に攻撃が集まる。先ほどまでと比べると攻撃力が高まったのか、日菜子が回復の祈りをささげる。
俊太郎はマジックソードを解除した。近接攻撃は攻撃が当てにくく、紫雨のように一撃に懸けるような戦いかたならともかく、俊太郎のように継続的に攻撃を当てるのにはリビングドールたちは向いていなかった。
俊太郎が魔力を操作し、リビングドールからドールマスターまでをひとるなぎにすると、魔法を放った。
バチバチと蒼い輝きが魔力を伝ってダメ―ジを与えていく。
そこに重ねるように彩花の魔法が弓持ちのドールに向かった。
リビングドールが残り一体になった。
『ドキドキ』
『きちゃうか』
『まずいぞ。先にマスターから倒せ』
『あーあ。言うなよ』
『死んだらどうすんだ』
『死なねーよ。これくらい倒せないようなら先に俺らが止めてる』
『万が一があるだろーが』
『喧嘩すんなよ』
俊太郎には『声』が聞こえているはずだが、内容までは入っていなかった。なんだか言い合っているが、それもいつものことか、と聞き流していた。
ドールマスターがふわりと浮かびあがり、魔法を唱えた。
魔力が膨れ上がるとこちらに向かって、武器が飛んでくる。
そこらに転がっている剣や槍が切っ先をこちらに向けて飛ばしてきているのだった。
彩花の「きゃっ」という小さな悲鳴を聞きながら、飛んでくる剣を盾ではじく。
精霊が戦っている剣持ちのドールも体力は残り僅かのはずだった。
土精霊が耐えながらも。空を飛ぶ風の精霊が攻撃を浴びせた。
剣を持ったリビングドールが弾き飛ばされて、吹き飛ぶと起き上がってこない。
ドールマスターが怒りなのか、悲鳴のような甲高いを音をたてた。
耳が痛くなりそうな音がして、つい顔をしかめる。
カタカタと音が鳴る。
あたりに散らばった人形の残骸たちが、音を鳴らしているのだ。
いつのまにか、さきほど倒したリビングドールの四体が起き上がっていた。
しかもドールマスターの魔法がかけられているのか、動きが素早くなっている。
土の精霊が耐える。剣に、槍に、さらには弓矢にまで攻撃された。
リビングドールが再び土の精霊に攻撃しようと武器を構える。
ドールマスターとその横にいる杖を持ったリビングドールが魔法を使って攻撃しようとしていた
「だめ、もう持たないわ」
マジックソードを再び召喚する。走りながら火属性付与を唱えた。
魔法使いのままに剣士のスキルを模倣した。
剣士のスキルである「スラッシュ」はこんな感じだったろうかと思い出しながら放つ。
青い光が輝いたような気がした。
ドールマスターの身体が燃える。火属性の付与が切り付けられたところから燃え上がった。
すっと影が近寄るのが分かった。俊太郎は身体を引くと、入れ替わるように紫雨が現れ袈裟切りを放つ。
逆袈裟から袈裟切りの二段攻撃は紫雨が持つスキルの中では、最初のころに覚えたスキルだった。
ばきりと音がなるも、ドールマスターは健在だった。紫雨が切りつけた攻撃のあとからも炎があふれる。
ドールマスターは、紫雨に向かって指を差した。
周りのリビングドールたちが一斉に向かってくるのが分かった。
ドールマスターは頭部がひび割れ、中から何かが漏れているのが見えた。
「あと少しだ」
風の精霊が飛んできて、魔法を使おうと魔力を操作していたドールマスターに向かって風を纏いながらぶつかった。
大きく吹き飛ばされ、椅子にもたれ掛かるドールマスター。
トドメを差したのは彩花だった。
向かってくるリビングドールたちに阻まれ、俊太郎と紫雨は動けないでいた。一直線に射線が広がった彩花が魔法を唱え、得意の「アイススピア」がドールマスターの胸元に突き刺さった。
俊太郎たちと戦っていたリビングドールたちの動きが止まる。
数瞬後には力なくバラバラに倒れていくドールたち。そして消えていくのだった。
『うひょー勝ったぞ!』
『ちょっとヒヤッとしたが』
『よくやった』
『初見だと厳しい相手だよな』
俊太郎が三人の様子を確かめ怪我をしていないことを確認する。
念のため、彩花にポーションを渡して飲んでもらうことに。
「それなら俊太郎さんも飲んだほうがいいのでは? ドールの槍を受けてましたよね」
紫雨や日菜子まで頷いている。問題なさそうだったが、二人で飲むことになった。
戦利品を回収する。三段階五層までは二段階の深層と大差ないが、十層ともなるとより高価なアイテムがドロップする可能性があがる。
「これは……」
それは上級職用の職業カードだった。刀の絵が描いてあり、明らかに紫雨のための物のように見える。
裏面を見ると『剣客』とだけ書かれている。
もう上級職に転向できるということなのだろうが、早すぎる。
それだけ剣士という職に熟練度がたまっているということだ。
紫雨はそれほどたくさんのスキルを使うわけではない。一撃必殺を狙うのが強力なため、じっと隙を窺っていることが多いからだ。
紫雨にそのカードを渡す。
いまいちピンと来ていない表情だった。
他のアイテムカードも見ると、これまた剣の絵が描いてあった。
こちらは刀ではなく、まっすぐ伸びた剣だ。
アイテムの名前を見ると『魔力を帯びたブロードソード』と書かれていた。ブロードソードとはショートソードよりも長く、レイピアやロングソードよりも幅広に作られた剣だ。
俊太郎はソロで剣士になったとき、使い慣れたショートソードを使っていた。魔法使いでマジックソードを生み出すとショートソードの形に作り出されるからだ。
しかし、剣主体で戦うとなると、ショートソードでは少し短く攻撃力も少し心もとないところがあった。
ソロで活動するときに、良い武器になりそうだった。
その他にも可愛らしい魔法使い用のケープであったり、日菜子が装備したら強力そうな指輪までドロップした。
俊太郎たちが装備して有用そうなのはそれくらいだったが、十分な成果だ。
その他にもお金になりそうな装備や深界石も落ちている。
階層主だからなのか、かなりドロップの数が多かった。
その日はそこで探索を終えると、いらないアイテムカードを組合に預け『ストア』で売りつけてもらうことにした。




