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2-3


 

 迷宮があるゲームセンターに入る。クレーンゲームの筐体にもたれ掛かっている男がいた。新谷というこの迷宮でも屈指の探索者の一人である。

 

「こんにちは」


 俊太郎が声をかけた。ハッと顔を上げる新谷。今の今までこちらに気が付いていなかったようだ。

 いつも飄々としている雰囲気だったが、今日はなんだか顔色が悪い。

 

「やあ、こんにちは。これから探索かい? あれ、そちらのお嬢さんは……」


 新谷が彩花の方を見て、少し困惑した表情を浮かべた。

 俊太郎が彩花の方を振り返ると、彩花も新谷の顔を見ていた。

 

「もしかして、新谷さんですか? お爺様のお食事会で一度挨拶したことがあります。彩花です」


 新谷は小さな声で、能都さんのところの、とつぶやいた。

 

「どうして君がここに……」


 新谷が彩花の白杖をちらりと見た。そして再び顔をみて、視線がぶつかるのに気が付いた。

 

「もしかして、見えるのかい?」

 

「ものすごく限定的ですけれど。私の世界にはたくさんの線が重なりあって人らしきものがようやく形になっている、そんな感じなのです」


「それでよくボクのことを覚えていたね」


「私、声を覚えるのは昔から得意なんですよ」



 俊太郎たちがそんな会話をしていると、ばたばたと人がやってきて、新谷に声をかけた。

 

「すまないね。こっちの用件があるようだ。探索、頑張ってくれたまえ」


 そういって慌ただしく離れていった。

 なんだか物々しい様子で、周りの人間たちも少しピリついているのが分かった。

 何だったのだろうかと思いつつも、俊太郎たちは迷宮の内部に入り込んだ。

 

 

 

 一層の魔物は数が少ない。出てきても移動中の探索者にさっさと狩られてしまうためだ。

 二層までの道中で出会った魔物の数は二グループのみ。

 さすがに今の俊太郎たちでは、瞬殺と言って良い。日菜子が精霊を召喚する間もなく紫雨と俊太郎の二人で排除することが出来てしまう。

 

 

 四人で迷宮に来るときは俊太郎は魔法使いだが、マジックソードを生み出して戦っていた。

 しかし、一層や二層でしか戦わないのなら、剣士に転向してから来てもいいのではないかと思案する。

 

 二層のキャンプエリアにたどりつく。

 変わらずいくつかのテントが張ってあるが、なんだか数が少なくなっているようにも見えた。

 

 フローティングトロリーという、浮く台車から荷物を下ろす。

 彩花は珍しそうにトロリーを触ってみたり上に乗ってみたりしていた。

 

「この台車、うちで作ってる奴ですね。前に聞いたことがあります。こんな形をしていたんですね。なんだか可愛いです」

 

 そうなのである。驚いたことに彼女の祖父が興した会社は探索者のために役立つ道具を開発したりしているのだった。

 惠に頼まれ探していた腕時計も、他会社と協力して開発したものらしい。

 

 

 今日は泊まるわけではないので、テントは持ってきていない。

 タープを組み立て張っていく。椅子とテーブルも折り畳みで持ち運びしやすいものを購入した。

 四人分なので結構な重量だが、トロリーもある上に、俊太郎たちの力や体力も上昇している。

 

 とはいえ疲労しないわけではない。

 ある程度の組み立てを終えて、コンロに火をつけてお湯を沸かす。

 今回は焚火は使わない。コンロは今回購入したもので、周りの探索者もこういった簡易コンロで済ませているらしい。

 

 特別に購入した珈琲豆を取り出し、ドリップしていく。

 四人分のカップを注ぎ終わるころにはいい香りで満たされていた。

 

 彩花と日菜子はミルクと砂糖を入れている。紫雨はブラックのままだった。

 

 

 彩花がはあ、と息を吐いてから遠くの景色を見るように顔を向けた。

 

「残念ですね。私も皆さんと同じように景色が見られたら良かったのですけど」


 彼女がどんな光景を見ているのかは、正確なところは分からない。

 暗闇の中に、線が浮かび上がり、物の形を浮かび上がらせているというが、俊太郎には上手く想像が出来なかった。

 

 俊太郎の目には遠くに山脈が見えたり、空に浮かぶ雲が見えている。

 恐らくこの迷宮の、この階層では、この景色が変わり映えせずに、ずっとある。

 以前見たときとの差異を俊太郎には見つけられなかった。せいぜい昼と夜がある程度だ。

 

 しかし、人によって印象は変わる。初めて来た人、二回目の人、何十回とみてきた人。それぞれに見え方は変わるだろう。

 俊太郎と彩花には大きな違いがあるにせよ、紫雨ともまた違った見え方がしているはずだった。

 それは年齢が違う、性別が違う、という生きてきた感覚の違いでも変化があるはずなのだ。

 

 彩花は探索者になって成長し、視力を手に入れたいと思っているようだ。

 彼女が納得する視力を得たとき、彼女がどんなことを思いながら、自分と同じ光景を見るのだろうか、なんとなくそんなことを思った。

 

 


「そういえば、俊太郎は紫雨ちゃんに、家庭教師をしているのよね?」


「そうなのですか?」


 彩花が初めて知ったようで、驚きの声をあげた。

 なんだか悪いことでもしているかのような、後ろめたい気持ちになる俊太郎だったが、話は意外な方向にいった。

 

「思ったのだけど、俊太郎や紫雨ちゃんスキルの熟練度が上がりやすいのって、そこらへんにあるんじゃないのかしら」


「勉強をすれば熟練度が上がるということですか?」


「上がるのか、上がりやすくなるだけなのか、詳しいことは分からないけれどね」


 なるほどと思わされた。確かに高校時代に始めたときは自分の能力も低く、長い時間迷宮内で戦うことはできなかったが、大学でスキルや迷宮職について学んでからは確かに様々なスキルを覚えられるようになった気がする。

 

 大学に進学して一年ほどは進級のためにやらなきゃいけない課題や勉学も多かった。今ではかなり自由な時間があり、探索者としての研究に時間を費やせる。

 

「確かに試してみる価値はあるかもな」



 その日は二層の魔物を狩ると、長いせずに帰還することにした。

 

「なんだか砂でザラザラですが、楽しかったです」


 一層の舞う砂で、彩花は砂まみれになりながら笑っている。その姿が子どものようにみえたのだった。

 

 

 

 翌日、再び四人が集まった。集まった場所は日菜子の家である。

 日曜日なので惠もいる。惠からは『なんだかお兄さんのハーレムみたいですね』と言われた。

 成り行きでこうなってしまっただけだが、周りからそう思われているのかと思うと、少し憂鬱になる俊太郎だった。

 

 

「自分の迷宮職のことをどこまで知っているかテストしてみようか」


 そんなことを言いながら、このために作ってきたプリントを取り出す。

 自分のパソコンで作成し、コンビニで印刷してきたものだ。

 

 リビングに座った三人のパーティーメンバー。彩花のために音声に録音したものもわざわざ作成したのだ。そのせいで俊太郎は少し寝不足である。

 今は無料で、合成音声というものが使用できるため、それに文章をあてただけだ。彩花は『俊太郎さんの声ではないんですね』と発言していたのが気になった。俊太郎の声だとなんだというのか。

 

 彩花は文字はかけるというので、書くための紙を渡し、そこに書き込んでもらう。問題は選択問題なので、そう難しくないはずだ。

 

 

 さすがに俊太郎が普段から教えているだけあって、紫雨は早かった。

 答えの数も多く、最後の問題以外は正解していた。

 日菜子はその数分後、彩花は問題を聞くために時間を取られるせいではやり時間がかかった。

 

 順番にこたえられなかった問題を解説していく。紫雨にはわざと教えていなかった問題を出したということで、問い詰められた。

 教えてもらうばかりでなく、自らの意思で学ぶことも必要だと答えたが、紫雨はあまり納得していなかった。

 

 

「そもそもスキルとか迷宮職ってなんなんでしょうか」


 彩花がそんな根本的なことを言う。それが分かれば苦労しないと言いたいところだが、なんとなくでも話合うのにも意味があるかもしれない。

 

「実は探索者が迷宮職なんてのを手にいれたのは、ここ百年ほどのことなんだ」


 その当時の探索者は、今のように嫌われ者ではなく、迷宮の魔物から守る兵士のような扱いだった。

 活躍が目に見えるわけではないので、それほど認知されていたわけではないが、当時の書物はそれなりの数が世にでていた。

 今でも組合や大学にはそれらの複製品が保管されている。

 

 それまでの探索者は、さまざまなスキルを使用していたと言われている。

 剣を持ちならが魔法を使ったり、自分の得意としたことを迷宮職のようなものに囚われずに戦っていたらしい。

 

「それでは昔の探索者のほうが強いのでは?」


「それが、迷宮職を得てからの方が迷宮を攻略する速度はあがったらしい」


 当時の限界は、建石のような土地型迷宮で言えば三層、簡易迷宮なら三段階をいくのが精一杯だったそうだ。

 

「今でも研究をしている人はいるけど、迷宮や迷宮職のことに関しては分からないことばかりだね。だけど学ぶことにも意味があるなら、これからもこうして集まって勉強するのもいいかもしれない」


「そういえば、組合には資料室があると聞きましたが」

 

 質問をした紫雨も、他の二人も入ったことはないようだ。

 今度一緒に行ってみることにして、その日の勉強会は終えることにして、皆で食事をすることになった。

 

 リビングのソファからこちらを窺っていた惠も参加し、彩花は『茜さんにも手伝わせましょう』と言って呼び出した。

 

 全員で六人にもなると少し手狭ではあったが、楽しい日になった。

 惠も最近は自然な笑顔がよく見られるようになったと日菜子は言う。

 

 

 

 あれから平日をはさんでの週末には、再び建石に集まることになった。

 前回は二層をうろついただけで、それほど進むことはできなかった。

 朝早くから出発して、二層をいけるところまで進んでみようということになった。

 もちろんタイムリミットは決めている。行程がどうであれ、午後一時には帰還することに。

 帰るのが遅くなったとしてもその日の夜には帰還することが出来るだろうとのことだ。

 俊太郎たちがスムーズに進むことが出来たとして、五時間はかからないで三層にたどり着くことが出来るだろう。

 一層は一時間。二層に三時間はかかる計算だった。

 

 

 食事は朝を済ませてきてもらい、組合で直接集まる予定だった。

 その日は雨が降っていた。

 少し強めの雨は、周りの音をかき消すようにして叩きつけられていた。

 

 

 俊太郎が組合についたとき、紫雨と日菜子はすでに椅子に座って話をしていた。

 彩花は雨のために、車で送ってもらうと連絡が来ている。

 

 

 少しの間座って待つも彩花は現れない。

 俊太郎がちらりと腕時計を見る。予定の時間は過ぎていた。

 

 何かあったのかもしれないと、直接電話を掛けた。

 電話はつながらない。俊太郎はもしかしてと思い、受付で話を聞くことにした。

 

 

 俊太郎は外を出ると雨の勢いが強まっている。

 思わず飛び出た俊太郎だったが、組合からゲームセンターに行くまでの間にびしょ濡れになってしまった。

 

 

 ゲームセンターについたものの、紫雨と日菜子が付いてきていない。

 少し頭を冷やす時間になった。

 

 そこに新谷が現れた。

 

「どうしたんだい。びしょ濡れじゃないか」


「新谷さん……。彩花さんを見ていませんか、迷宮に入ったみたいなんですが」


「えっと、能都さんところの? 僕も今来たところなんだよ。ちょっとまって聞いてみるよ」


 新谷が近くにいた探索者に話を付け、どこかに消えてしまった。

 その間に紫雨と日菜子がたどり着く。

 

「ごめん先に来てしまって。今新谷さんに彩花さんが来ていないか聞いているところなんだ」


 

 戻ってきた新谷が手のひらでおいでとするように合図をした。

 

 何やら狭くるしい部屋に入れられると、中に人がいてパソコンをいじり映像を見ている。

 

「おそらく今から三十分ほど前に彼女が来ています」


 椅子に座った男が映像を切り替えて言う。


「これは?」


 映像に移されたのは、彩花がゲームセンターに入っていくところだった。

 視点が変わり今度はゲームセンター内部の映像だった。

 中に入った彼女はゲームセンターに置いてあった小さな椅子に座った。

 

「一応念のための物だよ。何か事件が起きたときに見返せると、誰がどの時間に迷宮に入ったのか映像で残っていると便利だからね」


 これは法的に問題のない行為なのだろうかと思ったが、俊太郎は気にしないことに決めた。

 

 映像の中の彩花が誰かに話しかけられている。ちょうど見切れていて分かりにくい。

 映像が早送りされる。彼らが移動する。映像が巻き戻され、彼らが離れていく瞬間に止める。

 男が複数いるのが分かる。一人はしっかりと映像に残っていた。

 

「これって……」


 日菜子が口にすると、紫雨も頷いていた。

 確かに俊太郎も見覚えがあった。

 彼らは以前、紫雨や日菜子に声を掛けていたナンパ男たちである。

 

「ナンパ? こんなところで?」


「馬鹿な探索者もいたものですね」

 

「彼女が能都のお嬢さんだと、彼らは知っているのかな」

 

 椅子をくるりと回し身体をこちらに向けた男は、意外にも見たことのある人物だった。

 組合の受付でもよく見かける、真面目そうな、あるいは有能だが神経質そうな見た目の男だ。

 眼鏡を掛けてきりっと澄ました顔は、よく見るとかなり端整な顔立ちをしていた。


 組合の人間がこんなところに居て、大丈夫なのかと思ったが、俊太郎は口には出さなかった。

 組合所属の職員でも、さまざまだ。元々探索者であったり、正式な公務員として国につながっている人物もいるらしい。

 ごちゃごちゃと様々なひも付きの人間がせめぎ合い、絶妙なパワーバランスの上で成り立っているのだと聞いたことがある。

 

 

「ボクもついていくよ」


 そんなことを言いだした新谷が、深玉を取り出した。

 光る珠が浮かび上がり、彼の背後にいた眼鏡の職員が『大丈夫です。行ってらっしゃい』と声をだす。

 

 

 迷宮の中に入り込むと、待っている人物がいた。

 俊太郎に深玉を渡した深界人でもある、コタマである。

 青い肌をした彼女はラフな格好で、すっと立っていた。

 

「大丈夫。彼女はまだ安全。今は二層に向かっているから急いで」


 どうやら彩花のことも見ていてくれていたらしい。いつのまにか彩花も活動者としての資格があったのかと、驚いたが、今は純粋に助けられたという思いでいっぱいだった。

 


「まあまあ、落ち着いてくれよ。今は強力しあう方が得策だろう?」


 何やら新谷がどこかと会話していたが、俊太郎は気にせず先を進むことにした。

 

 

 一層を進むも、彩花には出会わない。

 時折コタマが現れては、彩花の現在の位置を教えてくれる。

 二層の先に進んだようで、近づいてはいるが俊太郎には内心焦りがあった。

 

「あまり焦っても仕方ない。二層からは魔物も増えるし、いずれ追いつく」

 

 新谷がそう言う。俊太郎も分かっている。分かっているが焦りはこみ上がるばかり。

 

 最近出会ったばかりだが、彩花はもう仲間だ。出会ったばかりだからこそ、心配だという思いもある。

 紫雨や日菜子でももちろん心配になるだろうが、彼女たちならこうはならないだろうという信頼もあった。

 

 ようやく二層にたどりつき、コタマが方向を教えてくれた。


「もうすぐ。急いで」



 たどり着いたところで、なにやら言い争う声が聞こえてきた。

 彼らは、俊太郎たちが現れたことで、かなり慌てたようで。こちらに剣を構えた。

 新谷の顔は、本当に有名だったようだ。彼らも知っていたのか、新谷に気づいたあと顔を青くしている。

 

「これはどういうことかな」


 彼らの状況を見て新谷も困惑顔である。

 一人が気を失っているのか倒れている。

 

「彩花さん大丈夫ですか?」


 紫雨と日菜子が駆け寄り声を掛けた。

 彩花はなんともなかったのか、笑顔で二人に返事をしている。

 俊太郎は思わず息を吐いたのだった。

 

 

「俊太郎さんたちが、こちらに来ていると彼らが言うのでついてきてしまいましたすいません。私も途中で変だと思って帰ろうと思ったのですけど……」

 

 帰ろうとしたが、一人では危険だと彼らが言い、こっちだと腕を引っ張られ、二層まで来てしまったのだという。


「彼らは私の目が見えないと思っていたのでしょうね。帰ろうと言いながらも奥に進んでいくんですから。それを指摘したら私を攻撃しようとしてきたので反撃しました」


 男たちの一人が「話が違う」と指摘して、言い争っている間に俊太郎たちが間に合ったというのが話の経緯だ。

 

 彩花が使ったのはパラライズという魔法だ。魔物相手に使ってもしばらくの間動けなくなる魔法だ。階層主などの抵抗力が高い魔物でもなければ、強力な束縛ができる。

 

 数秒ほどだが、起き上がるまでに時間がかかる。人に対しても効果があるのか、起き上がるまでそれなりに時間がかかった。

 新谷が顔をはたき、目覚めさせる。

 

「話が違うというのはどういうことか教えてもらおうか」


 新谷がニヤリと笑いながら探索者に問う。剣を握りしめ笑う彼に、相手の探索者は観念したのか仲間の一人が話を始める。

 

 

 

 結局三人の男たちを罪に問うことはできなかった。

 迷宮内での行為では、日本の罰則を与えることは出来ない。ただ彼らは彩花を迷宮内に誘っただけだ。迷宮内で攻撃をしようとも、それを罪に問うことは出来ない。

 組合上の罰則でも探索者に攻撃をしてはならないとされているが、そうだとしても迷宮内で起きたことを証明することは出来ない。

 本人が自ら自白したことで、罰金などを科すことはできるが、それ以上のことにはならなかった。

 

 

「それで、彼らはあなたに指示されて事に及んだそうですが、何か弁明はありますか」


 ゲームセンターにいた眼鏡の男が、問い詰めている。

 組合に戻った俊太郎たちは、会議室のような場所で受付にいた男を連れて中に入った。

 

 問い詰められた男は、俊太郎が見たことのある不気味な男だった。さすがの男も青い顔をしているが、意外と冷静で自分は知らないと答えた。

 

「自分は彼女が迷宮に入ると言って、言われた通りに手続きを行っただけだ」


 彩花はこの男に、俊太郎たちが先に迷宮内に入っていると言われ、迷界の入り口となったゲームセンターに向かったのだ。

 そしてそこにいた迷惑な探索者たちが、俊太郎たちが怪我をしているから来てほしいと言われて、迷宮の中に向かったのだった。

 

 事の経緯はこんなところである。

 

「なるほど。君にも大した罰則には問えないようですね」


 眼鏡の職員がそういうと、あからさまにほっとした様子だった。

 こういうことはあまり言いたくなかったのですが、と前置きして話をつづけた。

 

「彼女のお祖父さんは、組合にも協力を仰いでいる企業の会長さんなのです。その方の指示を受けて、この建石の組合で働いている職員もいるらしいですね。ちなみに私は違いますが」


 ぽかんと口をあけて呆けたような表情をしていた。

 能都、という言葉を口にだす。こくりとゆっくり頷いた眼鏡の職員。

 気の毒なほどに顔色が悪くなっていく男は、どうにもなにも知らなかったようだ。そのようなことに気を使うくせに、彩花のような女性に困らせるようなことをするという。俊太郎には理解できないことだった。

 

 

 

「結局どこの奴でもなかったのかい?」


 色々なことがあって、疲れた果てた俊太郎たちは、新谷に誘われ食事をすることになった。

 組合の近くにある弁当屋で弁当を買い、わざわざゲームセンターまで戻りそこで食べることになった。

 

 ゲームセンターの中は、ゲームなどの筐体が並んでいる。

 ちょうど控室の近くにはそれなりのスペースがあり、そこでテーブルや椅子をならべて食事をすることになった。

 

 新谷に問われて答えたのは、ちょうど控室から出てきた眼鏡の職員である。

 

「そのようですね。強いて言うなら彼は公務員の資格があるので国の人間であるとは言えますけど、誰かの指示を受けている様子はありませんでした」


 急に現れた職員に、感謝の言葉を述べようと俊太郎はたちあがる。


「先ほどはありがとうございました。えっと……」


「そういえば名前を名乗っていませんでした。『マナマス』と言います」


「まなます、さん?」


「それはこっちでの名前ではないだろう?」


 新谷が訂正するように言うが、こっちとは何か。俊太郎は眉をひそめた。

 

「そうでした。迷界の中にいるので、忘れていました。日本では『岩楯学人いわだてまなと』という名前で生活を送っております」


 言いながら、さっと見た目を切り替える。

 手で触れたのは頭から顔に掛けて。蒼い肌と角のような触角が頭から見えた。

 マナマスが正体を見せたのは一瞬だったが、はっきりと地球人ではないことが確認できた。

 これには、俊太郎も驚きを隠せない。

 紫雨ですら小さく「えっ」という声を漏らしたくらいである。

 驚かなかったのは彩花だけだった。

 

 

「彼らに見せても良かったのかい?」


「ええ、皆さん活動者として認められたようなので、問題ないでしょう。あの娘の匂いがするようで、少し癪ですが」


 コタマのことはこのマナマスにも知られているらしい。案外彼女は有名なのかもしれない。

 

「ともかく、あの者たちのことはこちらに任せておいてください。正式な罪には問えませんがここまでのことをしたのですから、なんのお咎めも無しという訳にはいきません」


 そう言ってマナマスは去っていった。

 結局この日は迷宮を探索することはなかった。一番楽しみにしていたのは彩花であったが、妙なこと巻き込まれたのも彩花である。

 それでも彩花は迷惑を掛けてしまったと、落ち込んでいた。

 

 

 その後、問題の職員は別の地区の組合に異動になったとマナマスに教えられた。事件を起こした探索者も、新谷などが目を光らせているこの組合には顔を出せないようで見かけることはなかった。

 

 

 

「クランハウスの件ですが」


 そう言って切り出した彩花は、茜に合図する。

 茜が鞄から取り出したのは、部屋の間取りなどがまとめられた資料だった。

 

 その日は彩花が話があるといって、パーティーメンバーが集合した。

 場所は個室のあるレストランだった。

 落ち着いた雰囲気で良い場所だと思ったが、メニューの値段もそれなりである。

 

「どうでしょう」


 そう言われてみるが、正直どこを見たらいいのかも分からなかった。

 

「えっとこれって、一棟まるまるってこと?」


 彩花には分からないようで、茜が資料を覗きこむ。


「そちらでしたらそのようですね」


「さすがに、ここは無理だな……」


 いくつか資料を見るが、値段や条件もバラバラで、あまり俊太郎が考えていたような条件の物は入っていないようだった。

 

「どのような場所を考えていますか?」


 俊太郎もずっとその場所に住み込むつもりはなく、足掛かり的な物で十分だと考えていた。

 だから精々パーティー全員が住める程度の部屋数があればいい。

 迷宮で活動できるパーティーメンバーの数は六人までだ。

 クランを設立したとしても、現状は俊太郎がリーダーのパーティーしか存在しないため、最低でも六部屋あればいい。

 

 紫雨や彩花はそもそも部屋を借りるつもりがあるかも分からない。

 

「私は部屋によっては茜さんと一緒に越してもいいかと思ってます」


 俊太郎はそうなのかと、茜を見る。

 茜も初耳だったのか、驚いた様子だった。


「こう言ったらなんだけど、ご家族とは大丈夫なのかな」


「家族は大丈夫です。茜さんさえよければどうでしょう。私が稼いだお金で茜さんを雇ってもいいですし」


「いえ、会長からも貰っていますから大丈夫ですけど、本当にいいんでしょうか?」


 俊太郎はそれならと、クランのスタッフとして契約をしたらどうかと提案した。


「クランのメンバーは他に仕事をしている人間も組み込むこともあるし、本業に問題ないのなら、スタッフとして仲間になった方が手続きとかが楽になるかもしれません」

 

 

 他人事だったはずの物事がいきなり、自分も当事者になった茜。本腰を入れると「こんなのはどうでしょう」と俊太郎に次々にお薦めを提示してくる。

 それらは俊太郎の条件にも当てはまる物も多く、実際にみんなで見てみようか、ということになった。

 

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