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2-2


 

 俊太郎たちは再び、建石にある喫茶店で集まっていた。

 この日は彩花を含めた四人パーティーで迷宮に行くことになっている。行く先は建石ではないが、建石の近くにある簡易迷宮に行くことにした。

 彩花が住んでいるのはこの近所のようで、遠くまで行くには車なりなんなりを手配せねばならない。

 18歳になったばかりの紫雨はともかく俊太郎も日菜子も免許は持っていなかった。東京で暮らすのに車を必要と感じたことのが少なかった。

 

「今日は茜さんは忙しいのですか?」


「いえ、たまには休んでもらおうと思って、いつもわがままを言って付き合わせてばかりでしたから」



 紫雨と彩花の話を頭の隅で聞きながら、タブレットで情報を集めていた俊太郎は、スイッチを押して画面を消灯させる。

 

「それで、今日特に問題がなければ、これからパーティーとしてやっていくってことでいいのかな」


 俊太郎は紫雨や日菜子たちにも確認は取っていた。両人とも問題ない旨の言葉を受け取っている。

 しかし、彩花本人からまだであった。

 

「本当に私なんかが、よろしいのでしょうか」


 彼女はハンデを背負う割りに、自信をもって行動に移せる人のようで、日和らず探索にも前向きに活動していた。

 その彼女でも他人に迷惑をかけるかもと、パーティーの参加には積極性を見せなかった。

 だからこそ、前回の茜による発言は驚いたそうだ。

 

「能都さん、いえ彩花さんの能力は他では得られない希少なものです。それにそうでなかったとしても、迷宮で戦うことが出来るなら問題ありません。出来ないことをお互いで補うことがパーティーですから」


俊太郎がそう言うと、言葉を咀嚼するように頷き、パッと明るい表情になった。


「そ、それじゃあよろしくおねがいします」


 彩花は少し恥じらいながらも、嬉しそうに微笑んでいた。その姿は小柄な彼女の見た目通りに少女のようであった。

 

 

 三段階の簡易迷宮は複雑化している。

 暗闇で包まれていたり、分かれ道が多くあったり、罠があったりするものだ。

 

 今回行くことになった迷宮は、人工的な建物の中だった。

 大きな館のような内装の中を延々とグルグルと回るように歩く羽目になる。

 見た目も大きく変わらず、同じような見た目の廊下や階段があるだけの迷宮なのだ。

 

 

「どうです。見えますか?」


「はい見えます。私が一番小さいみたいです」


「え?」


「私が一番年上です」


「は、はあ」


 彩花は見た目はともかく、年齢は俊太郎や日菜子よりも上だ。まさかそんなことを気にすような性格とは思わなかったが。

 

「い、いえ。魔物が見えるかという話なんですが」


「もちろんわかっています。たくさんいます。が、近くにはいません」



 問題もないようなので、三段階の迷宮の攻略を開始した。

 一層は日菜子が召喚する精霊に少し似た魔物が現れた。

 日菜子は少し抵抗があったようだが、もともと精霊とはそういうものらしく、どちらの味方をしているわけでもない。

 

 簡易迷宮の魔物は、実際の魔物とは少し違うようで、そういうものだと割り切るのはそう難しくなかった。

 

 精霊と共に現れるのは『リビングドール』という動く人形の魔物である。

 カタカタとぎこちない動きで現れたかと思うと、攻撃するときは宙に浮かんで鋭い攻撃を放ってきたりする。

 

 彩花のファイアーボールが、人形に当たり弾き飛ばされる。バラバラに飛び散り、それ以外動くことなく光の粒となって消えていった。

 

「さすがに一層は余裕そうだな」


「二層に行きますか?」


 紫雨や日菜子にも確認を取り、二層に進むことにした。

 彩花は二層に行くためのゲートの位置まで分かるようで、こっちです、と案内までしてくれるようになった。

 その上、魔物の場所まで分かる。三段階の迷宮では、たくさんの分かれ道がある代わりに、運が良ければ魔物のいないルートを選びさっさと階層を変えてしまうことも出来るのだ。

 

 

 二層で増えた魔物の種類はいないようで、変わらずリビングドールと精霊。

 三層では新たに『動く剣』という魔物が現れた。動く剣とは宙に浮いた剣が飛びながらこちらを攻撃してくる魔物だ。

 宙に浮かんでいため、攻撃が当てにくく、俊太郎や彩花の遠距離攻撃が主になってくる。

 

 今回俊太郎は魔法使いとして参加していた。マジックソードを片手に魔法を使いながら戦っている。

 彩花は攻撃魔法のほかには扱える魔法スキルはあまりないようで、俊太郎がよく使う『火属性付与』などの魔法も覚えていなかった。

 

 同じ魔法使いであるため当然使えると思ったが、やはり扱えるスキルや魔法は人によって違うこともあるらしい。

 

 

 三層を超え、四層も難なく進んでいく。三段階の迷宮には挑戦したことがあると言っても、これだけスムーズに進むことが出来るのは彩花の存在が大きい。

 不都合なときに魔物を回避しながら進むなどという芸当は今までできなかった。

 

 

 五層に進むが、もうその先は、階層主を倒すのみとなってしまった。

 俊太郎もこんなに楽にすすむことが出来るとは思っていなかった。

 

 全員に意思を確認すると、挑戦してみたいとのことだった。

 

「リビングアーマーという魔物がここのボスなんだ」


「それはドールなんかと似たような感じですか?」


 紫雨の質問に俊太郎はそうだ、と応える。

 リビングドールは、精霊が乗り移った魔物と言われていて、リビングアーマーもそれに近い。

 当然ドールに比べて防御力が高く、階層主なだけあり体力も高いはずだ。

 

「防御力が高いようで、剣士なんかの攻撃は効きにくいと思う」



 俊太郎はパーティーメンバーの顔を見る。紫雨や日菜子はいつも通りだ。

 彩花はさすがに緊張しているのか、表情が硬い。

 

 確かにここまで容易に進んでこれたために、あまり気にしていなかったが、彩花は最近まで一段階をソロで挑戦していた探索者だ。

 それが今日では三段階の五層とはいえ階層主に挑戦することになっている。

 

 俊太郎は逡巡した。

 楽にすすむことが出来ているとはいえ、階層主は危険も多い。

 ここで引き返して、準備をし直すという選択も出来る。

 彩花がいれば、ここまで来るのはそれほど難しくない。

 

 すっと視線を巡らせる。すると紫雨がこちらを見ていた。

 刀に手を添えて、いつでも敵を倒せるような雰囲気が出ている。

 本当に剣豪の佇まいのようで、それを見た俊太郎は挑戦することに決めた。




 大きな扉が廊下の突き当りにどんと構えている。

 扉を全開にすれば、大人が十人ならんでも行き来できそうなほどだが、今は一人分が通ることが出来るほどの隙間しか開いていない。

 扉をぐっと押し込むと、動かすことが出来た。

 

 四人が扉を抜けた先に進む。大きな部屋の中心には一体の鎧が剣を床に向けながら突っ立っている。

 

 ギギという音をたてて扉がしまっていく。

 予想できた展開だが、閉じ込められるのは気持ちが良いものではなかった。

 

 

「行こうか」

 

 俊太郎が最後の確認のために三人の顔を見る。

 頷く彼女たちを合図に『リビングアーマー』との戦闘が開始された。

 

 

 鎧姿のリビングアーマーに向かって、日菜子が召喚した精霊たちが向かう。

 土の精霊と、今回は風の精霊を召喚した日菜子が、しなる鞭で床をひと叩きしながら命令をだす。

 

 土の精霊がいつものごとく音の無い叫びを放つ。

 風の精霊は鳥のような姿で、自在に空を飛んでいた。日菜子からそれほど遠くまで飛べないようで、隙を伺いながらリビングアーマーの頭上を旋回していた。

 

 

 俊太郎は土の精霊と自分に保護魔法を掛ける。これで防御力が上がるはずだが、ボス相手にどこまで効果があるかは不明だ。

 

 前衛に土の精霊。その隣に俊太郎。俊太郎の一歩下がった隣に紫雨がいる。

 後衛は日菜子と彩花である。

 

 紫雨は距離感としては前衛だが、攻撃を基本受けることはない。紫雨の剣士としての能力なのか、どうにも魔物に狙われにくいという特性があるらしい。

 

 

 リビングアーマーが、ぎこちない動きで剣を振り下ろす。ざくりと土の精霊に剣が吸い込まれる。

 見てからでもよけられそうではあるが、土の精霊は身体が大きく鈍間だ。どうにも階層主などのような、ボス級の相手には相性が悪いように思えた。

 

 剣を振り下ろしたところに頭上を飛んでいた風の精霊が滑空して突っ込んだ。破裂するような音をたてて、リビングアーマーが後ろにさがった。

 精霊本体の身体を突っ込ませたわけではなく、滑空し身体がぶつかる直前に風の塊をぶつけたのだ。

 攻撃というより相手の態勢を崩したり、味方の援護をする役割を担っている。

 

 

 バランスを崩したリビングアーマーに、火属性付与を掛けた俊太郎が迫る。

 マジックソードで切り付けると後ろから彩花の掛け声が聞こえた。すぐさま俊太郎が下がると、ファイアーボールがリビングアーマーに打ち付けられた。

 

 追い打ちをかけるように、紫雨が刀を振るう。何とか切りつけたものの、金属同士がぶつかる大きな音がした。

 

 紫雨が下がると剣が横なぎに通り過ぎる。リビングアーマーの振るった剣は誰も当たらなかったが、かなり威力が高そうに見えた。

 

 俊太郎の背よりも大きな鎧から繰り出される剣。両手に持ち上段に構えると土の精霊に振りかぶった。

 

 風の精霊が再び風を纏いながら体当たりを狙う。風の塊というよりもすでに爆発のような威力だが、リビングアーマーはなんとか持ちこたえて土の精霊に攻撃を当てた。

 それでも片膝をついたリビングアーマーに、再び俊太郎のマジックソードを突き刺すように放った。

 

 リビングアーマーの中身は実体のない霊体だという。中に人がいて動かしているわけではない。だから剣で攻撃したとして、ダメージを与えられるわけではなかった。

 しかしマジックソードならどうか。マジックソードは魔力を素にした影響力を持つ上に、火属性付与まで纏っている。

 俊太郎はなにかに攻撃を与えた感触があった。

 リビングアーマーが嫌がるように剣を振り払う。鋭さはなく、俊太郎のバックラーで防御する。

 ぐっと押し込まれるような重みがあった。

 

 俊太郎はもう一度切り付けると後ろに下がり、態勢を戻す。

 彩花の掛け声。再び魔法が飛んでくる。今度は『アイススピア』だった。

 彩花が覚えている中で一番強力な魔法の一つだ。単体に効果を発揮する魔法だが、ダメージが高い。

 

 なまじ鎧なだけにどれだけダメージを与えたのかが分かりにくい。あとどれだけ攻撃を与えたらよいのか、俊太郎は焦燥に駆られはじめた。

 

 俊太郎はマジックソードを解除した。紫雨に火属性付与を行い。自ら魔法を放つ準備に入る。

 

 リビングアーマーが剣を振り上げた。

 土の精霊に振り下ろす。再び振り上げたと思ったら、何度も剣が振り下ろされていく。

 弾けるようにして、土の精霊にかかっていた保護魔法の効果が切れたのが分かった。

 

 リビングアーマーがようやく止まったが、土の精霊の身体は無残にも土が飛び散り、小さくなってしまった。

 まだ体力は残されているようだが、瀕死であることは一目瞭然だった。

 

 日菜子が必死に祈りを捧げ、精霊を回復しているが、もう一度の攻撃は耐えられそうにない。

 

 風の精霊が三度目の体当たり。リビングアーマーも学んだのか、後ろに下がりながら衝撃を受け流していた。

 

 俊太郎が魔法を放つ。

 

「サンダーボルト」


 館の中。大きな広間とはいえ、屋内である。

 天井のあたりから青白いイカズチが、リビングアーマーに向けて走り抜けた。

 

 硬直するリビングアーマー。だがまだ生きているのが分かる。

 紫雨がすっと消えるように、俊太郎には見えた。

 構えから解き放たれた紫雨の攻撃。気が付けばリビングアーマーの頭上に向けて飛び上がっていた。

 上段に構えた刀が、飛び上がった勢いのまま振り下ろされていく。

 

「イナズマ!」


 紫雨の掛け声が聞こえたと思ったら、すでに刀は振り下ろされていた。

 すっと体勢を整えたあと、刀が鞘に仕舞われる。

 鯉口と鍔がぶつかり合い、刀が音を鳴らした。

 

 静寂があたりに包まれる。

 リビングアーマーがゆっくりと倒れていくのが分かった。

 倒れる寸前、重苦しい大きな音が響くかと思われたが、そうなる前に金属でできた鎧は、迷宮の塵となって消えていったのだった。

 

 

 息を吐いたのは誰だったか、日菜子かもしれないし、仕事を果たしたような紫雨の方から聞こえただろうか。いや、そう考えていた俊太郎自身かもしれなかった。

 

「はあ。疲れましたあ」


 彩花が白杖に似た装備を握りしめながら、ペタリと座り込んだ。

 誰も大きな怪我どころか、ダメージを負っていない。そのことに安心したものの、この勝利はギリギリの戦いだったように思えた。

 もう少し何かが食い違っていたら、もっと厳しい戦いになっていたのではないか。

 そんなことを反省しながら、俊太郎はリビングアーマーが残した戦利品を回収しに向かうのだった。

 

 

 

 翌日になってから再び集まり、回収したアイテムなどを換金し、分配することになった。

 

「こんなによろしいのでしょうか」


 三人で二段階の迷宮を最終層まで攻略したときと比べると一人当たりの金額も総額の値段も多少少なくはなっている。

 三人で挑戦した迷宮がたまたま楽に攻略できるところだったのか、今回挑戦した迷宮が難しかったのか、それほど経験がない俊太郎たちには判断が付かなかったが、それでも時間当たりで計算すると悪くない。

 

 その上、五層を攻略できたため、次回からはそれ以降の階層を攻略しやすくなった。

 一層から五層までの抜け道がある部屋を通れば、簡単に行き来できるようになったのだ。

 

 

 はじめて本格的な報酬をもらった彩花は金額を聞いて驚いていたが、これでも一人当たりの金額は少ない。

 更に今回からはパーティーの貯蓄をすることになった。

 獲得した金額の十パーセントをパーティーの口座に入れておくことにした。そこから消耗品や、迷宮を攻略する上で必要になった備品や装備などを購入することになった。

 

 

『それにしても昨日は白熱したなあ』

『中々しびれる戦いだった。リビングアーマーが良い仕事してる』

『三段階では割りと強めの主だよな』

『サヤカちゃんも初めて参加したにしては中々活躍してた』

『やっぱシウちゃんの最後の決め手が良かった』

『剣士が鎧相手に、よくあそこまで強烈な攻撃を与えられたよな』

『もうシュンタロの魔法で死に寸だったのでは?』

『いやそんなことはどうでもいい。消えたかと思った瞬間、頭の上に現れたの見たとき、まじでしびれた』



 深界人が昨日の戦いについて語りあっている。昨日も深玉は出していたが、集中していた俊太郎にはかき消されて、どんなことを話していたのかも覚えていない。

 

 

「それにしても、紫雨さんは探索者を初めて二か月なのでしょう?」


「はい」


「早すぎではありませんか? もう三段階の迷宮に足を踏み入れてます」

 

 それは確かにそうだ。当然一人の力ではない。日菜子の存在が大きいし、三人の能力がかみ合った結果だと思われる。そんなことを彩花に説明したが、彩花は納得しきれてはいないようだった。

 

「俊太郎さんも、それまでは一段階を攻略する探索者だったとか」


「そうですね。まあ何年も一段階をソロでやっていたので、存在力だけは高かったようです」

 

 存在力とは、迷宮内で魔物を倒せば倒すほど、上がっていく階位のようなものだ。俊太郎はあまりやらないが、ゲームなんかでレベルなどという項目があるらしい。それに近いのではと考察している文章をどこかで読んだことがあった。

 俊太郎が知っている中で、探索者がやっていることをゲームで体験するような物は少なかったように思う。

 

 

「それにしても、二段階を攻略しきるのが早いような」


「実際は、日菜子の存在が大きいと思いますよ。彼女の召喚する精霊がいるおかげで安全にすすむことが出来てますから」


「それは確かに。探索を終えたあとは土精ちゃんをよしよししてあげたくなりました」



『確かに早いかもなあ』

『そうか? こんなもんだろ』

『それはお前が活動者しか見ていないからだ。普通の探索者はもっとかかる』

『シュンタロもヒナコもどっちもいないと厳しいだろうな』

『シウちゃんが火力一辺倒だからなあ』



「それに、スキルの熟練度も種類も多すぎませんか」


「え? そうなのかな」


「それについては私も思ってた」


 それまで黙っていた日菜子が彩花に同意するように頷いている。紫雨はまだ探索者になったばかりでいまいちピンと来ていないようだが、俊太郎もこんなものだろうと思っている。

 

「そうかな。僕はもう探索者になって三年は経っているし……」


「私も同じ時期に探索者になっていたけど、そんなに早くないわね」


「でも君は精霊術師に転向しているだろ?」


 初期職と呼ばれる、最初に与えられる迷宮職は、それ以降にアイテムカードでなることの出来る上位の職と比べると、熟練度が上がりやすいと言われている。

 スキルの覚えられる速度も上位の職である精霊術師なんかに比べれば格段に上がりやすい。

 

 

「私だって精霊術師になったのは一年くらい前よ。それまでは普通の魔法使いだった。でもそんなに多くのスキルは覚えていないわね」



『確かにめちゃくちゃ早いかもな』

『速度だけで言えば、今最前線で活躍している奴らと同じくらいかもね』

『シュンタロは頑張ってるから』



 俊太郎は、なぜだろうと疑問に思う。迷宮で探索者は平等だと思っていた。

 才能などという不確かな物で片づけるには、あまり納得のいかないものだった。

 才能があるとしてそれはどういった能力なのだろうか。スキルを早く習得する力があるとしたらそれはどんなものなのか、俊太郎には一切思いつかなかった。

 

 彩花は目が見えない。しかし、迷宮では特殊なスキルを覚えて、探索者として活躍できるようになった。

 それは不平等だと思う人もいるだろうか。

 普通の人には見えないものを見て、より迷宮に適した能力を得ることができた。

 

 それが才能だとしたら、俊太郎はスキルを覚える才能があるのだろうか。

 なんだか腑に落ちない俊太郎は、もやもやとした疑問を抱えることになった。

 

 結局その日は、食事をして解散することになった。彩花を迎えに来る茜に送り届けるとそれぞれの家へと帰宅するのだった。

 

 

 

 その日は紫雨との家庭教師の日だった。それが終わると、日菜子から相談があると言われている。

 いつものように迷宮のこと、迷宮職のこと、スキルのことなどを学んでいく。もうすでに俊太郎でも分からないことを事前に調べて掘り下げてから紫雨に伝えるということをしなければならなくなっていた。

 当然お金を受け取っているが、それもなんだか申し訳なくなっている。

 紫雨が知識を蓄え、探索者として強くなれば結果的に俊太郎に得になる話なのだ。

 

「今日はこの後日菜子さんとお食事なんですよね?」


 勉強机にかじりつき、なんとか今日の予定が終わろうとしているところで、紫雨がこちらを見上げながらそんなことを言った。

 何故知っているのか。当然日菜子が紫雨に伝えたのだろうと思われる。

 悪いことはしてはないはずなのに、俊太郎は居心地が悪くなった。

 思わず『紫雨さんも一緒にいく?』なんて言葉が出かかった。

 仮に誘うとしても日菜子の許可がないまま誘えば、不幸になるだけだと悟った。

 

 

「急に誘われてね。相談があるらしい」


 パーティーメンバーの話を聞くのもリーダーの役目の一つだろう。成り行きでパーティーを組むことになったが、俊太郎の出来ることはなるべくやっていきたいと考えていた。

 

 スマホのメッセージアプリから通知が来ていることに気が付いた。

 日菜子から場所の連絡だった。どうにも彼女の家で惠も交えて食事をするのだそうだ。

 以前は紫雨も一緒だった。これなら誘っても問題ないだろうと思って、紫雨にも聞いてみる。

 

「私が行ったら、彩花さんを誘わないのはなんだか可哀そうでしょう。多分彩花さんが来るには茜さんも一緒ですよね。そんなに大丈夫なんですか?」


 その通りだった。

 仮に大丈夫だったとしても、お互い気を使う場になってしまうだろう。

 

「それに私は行かないので大丈夫です。今日は先生に与えられた課題を取り組みますから。先生は惠ちゃんと日菜子さんに囲まれて美味しい食事を楽しんでください」


 俊太郎は思わず苦笑いを浮かべた。毎回ではないにしろ、家庭教師が終わったら二人で迷宮に行っていたことに今更気が付く。

 

「冗談ですよ。この前先生とは買い物にも付き合ってもらいましたから」


 紫雨は表情の変わらない静かな顔でそんなことを言う。彼女の冗談は分かりにくいし、心臓にも悪い。

 

 彼女の顔には眼鏡がかけられている。少し大きめの眼鏡は彼女の顔をフィルターに通すように分かりにくくさせた。

 その上、普段からあまり表情が変わらない。最近はよくしゃべるようになったし、この間は笑顔すら見せたというのに、相変わらず普段の彼女は感情の起伏が平坦である。

 探索者として迷宮にいるときの彼女は、真剣な眼差しで生き生きとしているように見える。それは俊太郎が彼女にそうあってほしいという願望のあらわれなのか。俊太郎には分からなかった。

 

 

 

「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれたのは惠だった。

 彼女は現在中学生だ。梅雨の季節もそろそろ中ごろで、いつしか彼女の制服も夏服に切り替わっていた。

 

 家の中へと案内されると、リビングに通される。

 こちらからは見えないがキッチンでは、おそらく日菜子が料理をしているようでなんだか慌ただしい音が聞こえている。

 


 俊太郎は荷物を下ろしたものの、座るのもなんだか躊躇われ、周りを見渡していた。不躾だとは思うが、放ったらかしにされる身にもなってほしいところだ。

 惠は奥に引っ込んでしまったし、キッチンの方ではガチャガチャと聞こえてくる。

 

 棚の上には三人で撮った家族写真が飾られている。

 惠が中学に入学した写真なのか初々しさが見られた。

 

 

 惠が着替えを終えて戻ってきたところで日菜子も料理をひと段落させたのか、リビングにやってきた。

 

 

 

「それで相談とは?」


 食事をひと段落させて、日菜子に話を向けた。

 

「まあ、大したことはないんだけど、また建石に行かないかなって」


「建石? この前もいったと思うけど」


「迷宮の中には結局いかなかったでしょ。彩花さんも入ったし、日帰りでいいから一度経験しておかないかと思って」


 俊太郎は、そういえばそうだったと思い出した。

 確かに建石にはもう一度行きたいとは思っていた。

 いずれもっと奥の階層にいくつもりなら、経験しておくのも悪くない。

 

「そもそもの話、土地型の迷宮を攻略することに、日菜子は前向きなのか?」


 俊太郎と日菜子の関係もあれから少し変わってきた。同級生らしく気安い関係を維持している。どちらかというと俊太郎はそういった関係は苦手だと思っていた。

 しかし、探索者のパーティーとしてやっていくなら、そうも言っていられない。

 いざ呼び合う時に呼びやすいよう名前で呼び合うようになったし、昔のことは気にしなくなった。

 実際になんら関係など持ったことはない。せいぜいクラスメイトか友人知人くらいの関係性だった。

 切り替えることが出来ればやり直すことは難しくなかった。

 

「どうだろう。私は正直どっちでもいいけど。彩花さんや紫雨ちゃんはどうかな」


 そう言った話ももう少ししていかなければならないかと、俊太郎は顎に手を添えながら考える。

 

 

「そんな難しい話じゃなくて、悪い経験じゃなかったなって。建石の迷宮はあんまりいい環境じゃないけれど、三人でキャンプするのは純粋に楽しかったし」


「そうだね。二人にも話を聞いてみるよ」



 日菜子がそういえばと、話を変える。


「彩花さんって実家がすごいお金持ちだって気づいていた?」


 下世話な話だなと、思うものの俊太郎も気にはなっていた。

 

「調べたのか?」


「パソコンでね。検索すれば出てくるような大きな会社の会長さんが、お祖父さんなんだって。それも探索者組合にも深く関わってるみたい」


 俊太郎もこれにはさすがに驚いた。

 名前を聞けば俊太郎でも知っている会社だった。



 それから、と横に置いてあったタブレットを取り出した日菜子は、ストアのアプリを開いてこちらに押し付けるように渡してきた。

 

「装備、おねがいします」



 

 土曜日に建石の駅近くにある喫茶店で集まり、組合で迷宮に入るための申請を行うことにした。

 時間もお昼前ということもあり、食事をみんなで済ませてから出発することになった。

 

 

「クランハウスですか」


「もちろん、建物ごと買うとかそんな大きな話でなくて、アパートを何部屋か借りるといのでもいいんだ」


 彩花にクランハウスについての説明を行う。いくつかの候補はあるが実際に見に行ってもいないので、まったく候補は絞れていない。

 

「皆もちゃんと引っ越しをするなんて考えずにセカンドハウスのような扱いでも良いんだ。活動するための荷物も増えてきたし、その部屋に荷物を置いても良い」


 俊太郎は今のいるアパートに不満があるので引っ越すつもりだが、日菜子や紫雨もちゃんと家がある。

 特に紫雨に関してはまだ学生で、一人暮らしをさせるには早い気もする。

 

「なるほど。いいですね。お爺様に聞いたらいい場所を教えてくれるかもしれません」



 四人でぞろぞろと組合に入っていく。

 こうして歩くときは、彩花が紫雨か日菜子に触れながら歩いていることが多い。さすがに男の自分が触れるのはなんだか心理的な抵抗があった。

 どうにも彼女はお嬢様のようだし、世間知らずなところもある。

 一人で探索者になってしまうようなお転婆なところがあるものの、家族に愛されて育ったのではないかと俊太郎は考えていた。

 

 

 組合で建石に入るための申請を行う。受付の男がなんだか不気味だった。

 皆の名前を書類に書いて申請を出すと、紙を渡された受付の男がパッと顔あげこちらをじっと見た。

 その後に俊太郎の後ろを見る。どうやらパーティーのメンバーを探しているらしい。誰か目当ての人間がいたのか、そちらをじろりと見やる。何やらおもいがこもった視線を投げかけていた。

 

 

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