2-1
「いつまで続けるつもりなのですか?」
彩花が車の後部座席で、目的地に着くのを待っていると、運転席の方から声を掛けられた。
またこの質問かと、正直辟易しているものの、しかし彼女や皆の協力はなしに続けるのは不可能だった。
「だめですか?」
「心配です。なにも彩花さん本人が探索者なんてものをやる必要はないじゃないですか」
毎度のことだ。『探索者なんか』この言葉を聞くたび、やはり探索者というのは、どこかで蔑まされているのだと突き付けられる。
「私のことなんですから、私が行かなければならないでしょ?」
「せめてもっと他の人を連れていくとか……」
「では茜さんが一緒に行きますか?」
「それは……」
車内に沈黙が流れる。ちょっと意地悪なことを言っただろうか。
彩花としてはそれほど嫌なことを言ったつもりはなかったけれど、彼女にとっては中々難しいことなのかもしれない。
ちょうど、車がゆっくりと止まる。目的地に着いたのか、いつもなら着きましたと声をかけてくれるのだが、それはなかった。
「冗談ですよ。それでは行ってきます」
最後まで彼女から返事はなかったが、違う場所で止まっていたのなら、彩花では迷子になるだろう。
後部座席から、扉を開ける。白杖を握りしめアスファルトの感触を確かめた。
介助なしで降りだした彩花に慌てたのか、茜が車から降りてきた。
迷宮のある入り口までなんとか向かおうと思ったが、彼女の手に誘導されることになった。
「気を付けて。終わったら向かえに来ますので」
「ありがとう」
そう返事をすると、迷宮がある扉をくぐる。
じんわりと身体から力がみなぎるようなそんな感覚のあと、視界に白い線が広がっていく。
それまで確かに暗闇だった世界に、色が付き始めるのが分かる。
ただの白い線があちこちに飛んでいく。近づいてよく見ると、白い線はウネウネと動いているのが分かった。
そしてそこに壁があることも分かる。触れてみれば確かに硬い。
彩花はまさにこのために迷宮に来ていたのだった。
迷宮の外では目の見えない彩花にとって、歩くことも一苦労だ。
しかしここでは、握りしめた白杖だよりではなく、しっかりと彩花自信の視界によって自分が立っている場所が分かるのだ。
それまでの白杖は、彩花の手足となって彩花の世界を確かめる存在である。
迷宮のなかでは魔物を倒すために、魔法を唱えるための武器となるのだった。
彩花が一歩一歩確かめながら、道なりに進んでいく。
白い線で構築されたこの世界には、どうやら魔物が現れた。
壁の向こうに白い線以外の物が見えた。
ぶわりと燃えるような光がそこから発している。その色が白い線とは違っているのが分かる。その色が青い色をしているのだと、別の探索者から聞いたことがあった。
「ファイアーボール」
白杖を掲げ唱える。白杖の先から丸い球が浮かび上がるのが分かった。
あいにく自分が唱えた魔法には白い線が、丸を形成しようとウネウネと蠢いているようにしか見えない。
相手の魔物はまだこちらには気が付いていない。ちょうど壁からはみ出してこちらからも魔法が届くようになったのが分かった。
その瞬間、発射されたファイアーボールが魔物に向かっていった。
その日は購入したアイテムを受け取りに組合に来ていた。
番号を呼ばれ、受付に行く。声の感じから四〇代以上の男性のようだった。
アイテムを受け取る。カード化を確認するには誰かに見てもらわなければならない。もしくは実際に使ってみるかである。
しかし今は一人。仮に茜がいたとしてもカードの内容が間違っていないかなど、彼女に判断させるのは少し難しいような気もする。
この組合の近くにある建石の迷宮があるゲームセンター跡地ならば、アイテムカードを使うこともできるだろうと、一旦はその場を離れた。
建石のゲームセンターにたどり着くと、男性の声が聞こえてくる。
話の内容としてはどうやら、女性を誘うような軟派な文言ばかりである。
女性たちも困惑しているのか、断りの言葉を言うも男性は聞く耳を持っていなかった。
茜に連れられて、ここまで来たものの、なんだかあまりいい雰囲気ではない。
「どうしたました。何か困りごとでしょうか」
男性たちの声がピタリとやんだ。
「君も彼女たちのパーティー?」
一瞬そうです、とでも言ってしまおうかと思った彩花だったが、ギリギリのところで思いとどまり否定の言葉を放つ。
となりでハラハラとしている茜がいるのが分かった。
彼女はすらっとしていて気の強そうな見た目をしているらしいのだが、気の弱いところがある。彩花からしてみれば気が強そうなどと思ったことはない。
「違いますよ。なんだか困っていることでもあるかと思いまして」
「誰が困ってるのかな。それとも君が俺たちと一緒に遊んでくれる」
先ほどまで一緒に迷宮に誘う言葉を使っていたはずだが、彩花に対しては随分直接的な言葉だった。
「そうですね。ですが、私は誰かと遊ぶときはお爺様に許可を取る必要があるんですよ。私ではあなたたちがどんな人物か分かりませんので直接お爺様にお話しいただけますか?」
鞄の中から携帯電話を取り出す。専ら受信専用だが、簡単に家族たちに連絡できるようになっているものだ。
「その年齢で家族の許可が必要なのか? 自分で判断できるだろ」
「御覧の通り、私は目が不自由でして。過保護なのです」
二番を押せばお爺様につながりますと言い、携帯電話を差し出すも受け取る気配はなかった。
「どうしたんだ?」
そうこうしているうちに、声がかけられた。
困惑していた女性たちから安心したような雰囲気が現れた。どうやら彼女たちの連れが到着したのだと分かった。
彼女たちのパーティーメンバーだろうか。
目の前の男性たちからも舌打ちが聞こえてくる。どうやら撤退することに決めたようでどこかへ消えてしまった。
俊太郎が、組合での処理を終えて建石の迷宮前に向かうと紫雨と日菜子の二人が、男たちに絡まれていた。
なぜか分からないが他にも女性二人が傍にいる。
話を聞くと、絡まれていたところを助けてもらったらしい。
彼女は盲人であることを示すように、白い杖を手にしていた。
付き添いの女性もいて、なぜこんなのところにいるのか不思議に思う。
「そうでしたか、わざわざありがとうございました。それにしてもどうしてここに?」
「これでも私、探索者なんですよ」
それは分かっていた。首にぶら下げているのは探索者の証であるタグが見えていた。
「一応人に連れられて、二段階に行ったこともあるんです。今回は、こちらのアイテムを確認しようかと思いまして」
大した質問はしていないが、彼女は詳しく話をしてくれた。
どうやら、組合で購入したアイテムカードの詳細が分からないため、この建石の迷界であるゲームセンターで、わざわざ使用して確認しようとしていたらしい。
「買ったアイテムはどんなものですか? 僕が確認しますよ」
買ったものは、靴だそうだ。
耐久性もある革のブーツで、魔力の影響力や魔力値を上昇させる効果の付いているものだという。特に魔法スキルの使用速度が上昇という効果が珍しい。
「確かに革のブーツですが……」
購入した金額を聞いて驚いた。このブーツだけで百万ほどするらしい。
が、どうにも金額に見合う品には見えなかった。
その上、魔法スキルの使用速度なんていう文言は書かれていない。
「なんだか組合で勘違いがあったのかもしれないですね」
俊太郎はそう言ったものの、彼女の目が見えないことを良いことに、ごまかされたか、騙されたか、そんなところだろうと思った。
結局そのあと建石の組合に戻ると、受付で商品の取り換えをお願いすることになった。
俊太郎が代わりに説明をすると、受付の職員は平謝りであった。
何かの間違いであればいいが、十中八九故意の出来事だろうと俊太郎は考えたいた。
しかしさすがに大きな問題にするのも、申し訳ないと本人が言うので指摘はすることなく、取り替えてもらうことになった。
結局、彼女に対応したはずの職員は現れなかったようだが、遠くからこちらを睨みつけるような敵意のある視線を見つけた。
あまり良い視線ではないように見える。
「どうも、ありがとうございました。なんだか返ってこちらが助けてもらってしまいました」
「先輩の探索者の人が言うには、探索者は助け合いだそうですよ」
「あ、名前もちゃんと名乗っていませんでしたね。私は『能戸彩花』と言います」
俊太郎たちも改めて名乗り返す。それではそろそろと言った空気が流れたところで彩花の隣にいた人物が急に口を開いた。
「お願いがあるんです」
「どうかしましたか?」
彼女の真剣な眼差しに思わず答えてしまった。二人の関係性もまだつかみ切れていないが、どうにも簡単な間柄にも思えない。
「彩花さんともパーティーを組んでくれませんでしょうか。お願いします」
「ちょ、ちょっと茜さん?」
何か事情があるにしろ、こんなにも切羽詰まった状態だと逆に何かあるのではないかと疑ってしまう。俊太郎はパーティーメンバーの紫雨と日菜子の方をちらりと見る。
分かったのは俊太郎の助けに入ろうとは思っていなさそうであるということだった。
あれから数日後、俊太郎たちは一緒に迷宮にいくことになった。
二段階の迷宮で、本当に探索者として行動ができるのか、ということが重要だった。
迷宮内で、目の見えない人間を連れて、安全に行動できるとは思えない。
正直同断ろうかと悩んだが、彼女は迷宮の中では物が見えるらしい。
当然健常者のようにとはいかないが、どこに障害物があって、魔物がいるかなどであれば、しっかりと『視る』ことが出来るのだそうだ。
そうであれば、索敵の人間としても重要な人物となるだろう。これから先の迷宮に向かうなら、罠や魔物を先に発見することがどれだけ安全につながるか、考えなくても分かることだった。
意地悪をしたつもりはないが、ここはリザードなどの魔物が現れる迷宮である。
リザードなどの爬虫類は物陰に潜んでいたり、地面などに隠れる際に周囲と同化するような特殊能力を持った魔物もいるらしいのだった。
二段階ではそれほど特殊な魔物は現れないはずだが、それでも見つけにくい魔物であるのは確かである。
建石の組合近くには、駅前らしくいくつかのカフェが点在している。
当然チェーン展開されているお店ばかりだが、一個道に外れた場所に静かな喫茶店があるのを発見した。
そこで待ち合わせるとことになった俊太郎がたどりつくと、すでに紫雨がコーヒーカップを口につけながら、本を読んでいるのが見えたのだった。
「急なことになってしまったけど、紫雨さんはどう思う?」
結局勢いのままに一緒に迷宮に行くことになってしまった。
最近では俊太郎たちも、二段階の後半の攻略が進んでいる。
魔物の強さも上がってきており、中々簡単にはいかないが、安全に余裕をもって進んでいるからだ。
「もし彩花さんがパーティーに入れば、もっと早く進むことが出来るかもしれませんよね」
紫雨は頷きながら俊太郎の思う言葉を投げかけた。
「もし彼女があまりに付き合いきれないような人であったり、能力が見合わなかった場合はどうするんですか?」
「どうかな。性格の問題であればもちろん、お断りをお願いするよ。でも能力の場合は難しいね。僕だってそれほど偉そうなことを言えるほど能力は高くないだろうし」
俊太郎にとって、探索者になって数年感は一段階を攻略するのに費やしていた。大学に通いながらではあったが、ずいぶん鈍間な成長速度である。
紫雨が何かを言いかけるも、喫茶店の扉が開く音がして機を失ってしまった。
「こんにちは」
彩花と日菜子が一緒に入ってきた。どうにも店の前で鉢合わせたという。
軽い打ち合わせをしながら軽食を取る。
『茜さん』という女性が今日は来ていないことに気が付いて聞いてみた。
「彼女は契約的には家政婦なんですよ。『お爺様』にお願いされて私の面倒を見てくれていますが」
「彼女は探索者では?」
「え、茜さんが?」
思ってもみなかった言葉だったのか、驚きの声を上げた後くすくすと笑っている。
「ごめんなさい。彼女には探索者は難しいでしょうね。自分でも言っていますけれど、小心者なのです」
俊太郎はその言葉を聞いて少し意外に思った。
彩花と茜の風貌を見るに、彩花の方がゆったりとした柔らかな女性だとすれば、茜の方が気が強そうな立ち姿であったからだ。
何かしらのスポーツでもやっていたのか、たっぱのあるしっかり者に見えたのだ。
この迷宮は少し建石の土地型迷宮に少し似ている。
岩だらけの山道は、まさにあの『淀み』を見つけた場所に近い雰囲気である。
出現するのはロックリザードという魔物は岩に擬態して、近くにきた外敵を攻撃するのだ。
ロックリザードという魔物と戦うのは俊太郎たちも初めてである。
そもそも紫雨の攻撃が通用するのか、という問題もあった。
迷宮に入ると、彩花が周りを見渡す。
そして俊太郎たち一人ひとりの顔を確かめるように、見回していく。
紫雨が疑問を投げかけた。
「本当に見えるようになったんですか?」
「ええ。ですけど他の人の顔の形までは、わかりませんでした。せいぜい輪郭くらいですね」
どうにもスキルで視覚を補っているらしく、目に見えているのは魔力かなにかの一部分だけのようだ。
「まだ最近覚えたばかりのスキルなんです。だから他の人を見たのは初めてでした」
紫雨が手を出すと、彩花はそこに手を乗せる。
たったそれだけの事だ。
しかし彼女にとってとてつもなく大きなことだったのだと分かってしまった。
涙の跡を拭いて、気を取りなおした彼女は改めて謝罪した。
正直これだけでも、一緒に迷宮に来た甲斐があった気がした。
結論から言ってしまえば、彩花の探索者としての能力は問題なかった。
ロックリザードが岩に擬態していても、しっかりと場所を言い当てている。
彼女からどう見えているのか分からないが、距離があっても魔物を言い当てている。
「ウォーターボール」
彼女の魔法も問題ない。
口に出して唱えた魔法が、魔物に向かって飛んでいく。ロックリザードは、魔法スキルが効果的だ。
ウォーターボールの攻撃は一撃の威力少ない。
それでも持続的にダメージを与えたり、相手の防御力を減少させる効果がある。
そこに紫雨や俊太郎の攻撃を叩き込むと、防御力の高いといわれるロックリザードもあっさりと倒せてしまった。
どうにも彩花には相手に効きやすい魔法が目に見えているらしい。
それも倒した後には、どこの部位を狙うと効果的に攻撃が出来るということまで教えてくれる。
彼女の目には俊太郎たちが見えていないものまで見えている。それがどういったスキルか、魔法使いにそんなスキルがあったというのか、不思議に思うのだった。
その日はそこそこの探索で解散することにした。
彩花自身にも感触は悪くないことを伝えている。今はない貴重な戦力であるのは確かなのだった。
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俊太郎は一人になると、別の迷宮に来ていた。
職業カードを鞄から取り出し、使用する。新たになるのは剣士である。
俊太郎は最近この剣士と魔法使いを行ったり来たりしていた。
貴重な職業カードならともかく、この二つは基本的な職業の二つである。二段階を攻略していれば、拾って持ち歩くのも億劫になるくらいには集まるものだった。
腰にぶら下げた剣は、組合に預けておいたものだ。紫雨が持つ刀とも違っていて、西洋で扱われているような、ショートソードという物に近い。
マジックソードで扱っていた剣の長さに合わせたものだ。
すっと光る珠をどこからともなく取り出す。
スイッチをオンにするように、切り替えてから音量を調節する。
するとどこからともなく『声』が聞こえてきた。
『今日はソロか』
『シウちゃんどこ?』
『ヒナコお姉さまは?』
『やったぜ硬派なソロ迷宮だぞ』
俊太郎はつい嬉しくなる。彼らの明るさは、俊太郎にはないものだ。
文字通り別世界の人々ではるが、こうして彼らと言葉のやり取りをすることが出来る。
それはとても得難いもののように俊太郎は感じていたのだった。
慣れない身体の動きに、ヘトヘトになった俊太郎は、近くのコンビニで弁当を買って、それで晩御飯を済ませることにした。
アパートに戻ると、光る珠を浮かべたままだったことに気が付く。
この光る珠は、光る珠を持つ者にしか見えてない。不思議なものだが、活動者として認められたものではないと、目には見えないものらしい。
「それじゃあ今日はありがとう。また明日、はあるかどうかわらかないけど迷宮に行くときには付けるから」
俊太郎は光る珠、深玉に触れた。
『おやすみシュンタロ』
『ゆっくり休めよ』
『明日は頼むぞ。一人では行くな絶対だ』
おやすみと言って、深玉を操作する。すっと光が薄まるとどこかへ消えてしまう。
取り出そうと思えば、どこからでも呼び出すことが出来る不思議な珠だ。
どういう理屈でこんなことが出来るのか、まったくの謎だが、深界人にかかわることは謎ばかりである。
どうせ活動者以外には説明しても理解を得られるものではない。
そもそも深界人の存在が、活動者にしか認められていないのだ。
一般の人間からしたら、宇宙人や幽霊などの存在と大して変わりはないのだろうと思えた。
スマホを覗くとメッセージがいくつか届いているのに気が付いた。
さっそく連絡先を交換したばかりの彩花から感謝の言葉が綴られている。
短めの言葉の中にも丁寧な思いやるを感じる。
この感じだと、上手くやっていけるのではないかと思えた。
ノートパソコンを開いて、提出する課題をまとめることにした。
俊太郎の大学生活はもうすでに消化試合に入っている。
俊太郎は就職せずに探索者になるつもりなので、就活という慌てるようなイベントもない。
決められた課題を提出するのと、講義の日程を消化していけばいいだけなのだ。
講義も実はもう数えるほどしか残されていなかった。
人の歩く音に気が付いて集中が途切れる。一時間ほど集中したところだろうか。結局、食事も風呂も済ませていなかったことを思い出して、シャワーを浴びることにした。
俊太郎がコンビニで買ったお弁当をつまみながら、タブレットを開いていると、メッセージが届いた。
スマホのアプリと連携してあるメッセージアプリはタブレットからでも見ることが出来る。
スマホの方からアプリを開くと紫雨からだった。
『明日、一緒に迷宮にいきませんか』
明日はみんなで集まる予定はない。最近では週に決められた日程だけ集まることにしている。
俊太郎は、返事の言葉を押していく指が躊躇うように宙に彷徨った。
それは二人での誘いか、そんな疑問が浮ぶ。聞き返しても良い、けれどもしかしたらそれは無粋な行いではないだろうか。
何度か迷った挙句『分かった。何時からにする?』と少し遅れて返事をした。
コンビニ弁当のごみを軽く水に流して、袋にまとめる。
俊太郎が住むアパートは壁が薄く、よく音が漏れる。
今も隣からテレビの音が漏れ聞こえてくる。
いつものことだが、俊太郎はこのザラザラと聞こえるテレビの音が苦手だった。
窓を開けると、しっとり湿った空気が流れてきた。
雨が降り始めそうな匂いを鼻が感じて、結局窓は閉めることにした。
エアコンをつけ、ベッドに横になる。
タブレットでストアやSNSを確認しながら、眠気を感じたら寝ることにした。
電気を消して横になると雨が降り始めているのに気が付く。
前回の雨とは違って、数が多いような気がする。
気象に関しは詳しくないが、雨にも種類がたくさんある。今日の雨は粒が大きくないのか、ぽたぽたアパートを叩く音はあまりしない。
雨音に包まれながら横になっていると、俊太郎はいつのまにか意識を手放していた。
翌日になって時間を潰してから、待ち合わせの場所に向かう。
その日は駅前の大きなスーパーの前での待ち合わせだった。
ちらほらと学生服姿の恰好をした歩行者が目立つ。駅から駅に乗り換えるために一度降りてから別路線へ向かうための通り道だからだろうか、人通りが多いことが気になった。
「お待たせしました」
紫雨も駅から降りて、こちらに向かってきた。すぐに気が付いたようでスーパーの前で合流することができた。
「御疲れ様。学校の帰りでこのまま来たの?」
「ええ。ここにも組合があるんです。近くに迷宮があるので、そこに行きたいと思うんですけど。その前にちょっと買い物をしていいですか?」
断る理由もないので承諾する。
スーパーは食料品だけでなく、雑貨や化粧品などから衣類やゲームまで売っている大型の店舗だ。
俊太郎はあまり来たことがなかったが、ここら辺の中高生なら、ここで買い物を済ませることも多いようだ。
紫雨と二人、店舗の中を歩いていく。エスカレーターを登り、四階までいくと文房具や雑貨が置いてあるフロアまでたどり着いた。
「こんな人の目の多いところに来てよかったのかな」
紫雨はこちらを見上げて考えるが、思いつかないようで首をかしげている。
「紫雨さんの通う学校で噂されたりしないかってこと」
なるほど、と一つ頷くと「もう噂されています」と一言呟いた。
「え?」
思わず足を止めてしまう。俊太郎が問いただそうと紫雨に一歩詰め寄ると、紫雨が振り返った。
「冗談です」
いつもと変わらない表情で、こちらを見上げていた。すぐにさっと歩いて行ってしまう。俊太郎には何が何だか分からなかった。
たとえ眼鏡越しでなくとも、表情があまり変わらない。まさか冗談を言ってるようには見えなかったし、たとえ冗談だとしても心臓に悪すぎる。
俊太郎は紫雨の三歩ほど後ろを歩くことにしたが、すぐに紫雨が詰め寄ってくる。
どうやら逃げ場はないようだった。
「それで、なにを買うつもりなのか聞いてもいい?」
「はい。実はもうすぐ惠ちゃんの誕生日なんだそうです。だからプレゼントを買いにきたんですよ」
「そうだったのか。僕も買った方がいいかな」
「それはもちろんそうですけど、私と一緒のところではだめです」
「え、だめかな」
「惠ちゃんは頭がいいので、だめですよ。多分一緒に買い物したのがばれちゃいます」
俊太郎は一瞬、なにが駄目なんだろうと思った。
そんな俊太郎を見かねたのか、紫雨は説明をつづけた。
「惠ちゃんは周りに大人の男性がいないんです。きっと先生のことも憧れを持って見てしまいます。もう見てるかも。そんな人が自分のためだけに時間を割いてプレゼントを選んでくれたらきっと嬉しいはずです」
紫雨は思っていたよりも饒舌で、そんな姿に圧倒された俊太郎はなんだかよく分からないうちに納得させられたのだった。
「でも、僕は僕だよ。きっとどこかで幻滅されてしまうと思う」
「それでもいいんです。でも出来ることならその憧れも長く続けばいいなって私は思います。惠ちゃんは大人だから何も言わないと思いますけど」
紫雨は結局いくつかの文房具を買った。
プレゼント用に包んでもらい、鞄の中に仕舞った。
「実は本命のプレゼントは他にあるんです。日菜子さんには内緒です。あんまり高いのはあげなくて良いって言われてるんで、先生も気楽なものでいいと思いますよ」
「そうなのかな」
駅前にある組合の派出所は、建物の割りに人の数が多かった。
最近派出所としてできたばかりで、区役所の傍にある本所と近いため、今までなかったが、利用数や簡易迷宮の数が多くなってきたことで建てられた。
組合で紫雨が刀や装備を受け取る。
利用料を払うことにはなるが、装備類などを組合から組合へ届けてもらうことの出来るシステムだ。
「先生の装備は大丈夫ですか?」
「僕は歩いてきたんだ」
そう言うと、紫雨がえっと驚いていた。背中に背負う鞄の中に剣や防具などを含めて詰め込んある。
剣は専用のケースに入れてすぐに取り出せないようにはなっているが、それでも公共交通機関に持ち運びは出来ない。
装備を着けずに迷宮のある場所に向かう。元々カラオケ店だったようで、迷宮に入る前に着替える場所には困らないところだった。
エレベーターはまだ使えるようで、五階にたどり着くと突き当りに明らかにこの世の物ではなさそうな扉が一つある。
一つ前の扉に俊太郎が入ると、その隣に紫雨が入った。
防具類は複雑そうな物でも、一度つけて仕舞えば勝手に装着される。不思議なものだが、迷宮から手に入る装備とはそういうものだ。
逆に勝手に他人のを使おうと思ってもそうはいかない。
簡単に盗まれることはないとはいえ、剣などはそのまま振り回すだけでも凶器となる。管理も含めて探索者には責任があると組合では注意されるものだ。
するすると布が擦れる音が聞こえてくる。カラオケ店だからといって防音がしっかりしているわけではないようで、こうも静かだと隣の音も聞こえてしまうのか、生々しい姿が思い浮かびそうになり、俊太郎は頭を振った。
俊太郎が着替え終わり、部屋の外にでると紫雨がすでに扉の前で待っていた。
紫雨はセーラー服に和服の羽織を装備している。どちらも迷宮から得られたアイテムとして購入したものだ。
その上俊太郎があげた鉢巻きまでしているから、女子高生が幕末に出てくる剣豪のコスプレをしているように見える。
迷宮の中は仄かな明るさがあるだけの廃坑道だった。
どこからか、灯りが漏れ出ているようで、真っ暗闇というわけではないようだが、中々に雰囲気のある場所である。
この迷宮は三段階だ。
建石の迷宮を攻略してから、俊太郎たちは二段階の迷宮を制覇することに成功した。
最近では三段階の迷宮に行くことも増えた。
装備などのアイテムを得るならできれば二段階の奥で戦った方が良いものが得られるかもしれないが、近道があるとはいえそこまで行くのが面倒というのもある。
それに二人ならどうせ階層主などの強敵とは戦わないため、さほど変わらない。
俊太郎はライトの魔法を使う。こういった足元を照らす魔法は、剣士になっても有用だ。もちろん魔力を使うので使用できる回数は限られている。
それもマジックドレインというスキルを使えば、魔物の魔力がある限り使い放題だ。活力を消費するスキルだが、剣士では消費してもすぐに回復するようで、あまり気にならなかった。
この廃坑道の迷宮では、足元に注意が必要だった。
そもそもまっすぐの道ではないため、当然危険はあるのだが、出現する魔物が小さな物ばかりだった。
大きなネズミが飛び出してくる。そこを紫雨が切り伏せた。
当然一匹だけではない。その後ろから暗い廃坑道から暗闇だけが浮かび上がったような狼がいる。
シャドウウルフという名前のその魔物は、影に潜みながら突然現れるため慣れた探索者でも不意を突かれやすい。
俊太郎は自分の剣に火属性付与を掛けている。
魔法影響力が下がったせいで、威力も効果時間も弱くなったがないよりはましである。
ネズミと違って、シャドウウルフは少し体力が高い。三段階ともなると一層でも中々手ごわい魔物が現れるのだった。
俊太郎が剣を使ってスキルを放つ。俊太郎が剣士となって初めて覚えたスキルは『スラッシュ』だった。剣士の標準的なスキルである。
紫雨の構えから刀が解き放たれる前に、シャドウウルフが動き出し俊太郎に飛びつく。
盾で弾き飛ばすように魔物の頭を殴りつけた。そこに紫雨の刀が吸い込まれるように通り過ぎる。
本当にダメージを与えたのかいまいちわからない。シャドウウルフがこちらを睨みつけながら、血を吐くように闇が口から漏れ出ている。
シャドウウルフは、きらきらと輝く粒子の光となって消えていった。
深界石を拾うと再び探索を続ける。
二層に進むと新たにスモールワームという、地中に潜るヘビのような細長い魔物が現れる。こちらも気を付けなければ奇襲を受ける可能性があった。
「やはり、彩花さんがいるとこの迷宮も楽でしょうね」
紫雨にそう言われるように俊太郎もずっとそのことを考えていた。
こんな風に目に見えない敵に対して彩花はめっぽう強い。壁の裏や地中であろうとも彼女にとっては手に取るように分かるらしい。
彩花は魔法使いであるため、俊太郎にも覚えることが出来るスキルかと思ったが、どう意識しても取得出来る気がしなかった。
資料などを探してみても、索敵する魔法は存在するものの、それは敵がいるかどうかが分かるだけだ。
彩花のように壁の裏まで詳細に見えてしまう例は探しても見つけることはできなかった。
目に見えない彼女の特殊技能、ということなのかもしれない。あるいは持って入った武器に関係してくるのだろうか。
二層の魔物をいくつか倒し、深界石やドロップしたアイテムカードを回収してその日は帰還することにした。
組合に戻るとやはり探索者で混雑していた。俊太郎たちのように帰還した探索者が多いようだった。
その日は時間のかかる換金などはやめて、紫雨を家まで送り届けることにした。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。また明日もよろしく」
紫雨の家近くまで送り届けると、紫雨はこちらをちらりと見た後、家に入っていった。
午後8時は周っていないが、周囲はもう暗い。母親の綾子に怒られやしないかと少し心配になった。
アパートに戻り、なんとなくテレビをつける。バラエティーが流れてるチャンネルを変えて、ニュースの放送を探した。
テレビから流れ来る映像は、遠くの国で建物が無残にも崩壊しているところだった。瓦礫で埋もれた街が、戦争の悲惨さを物語っている。
一部の人々が地上にある土地型の迷宮内に逃げ込んだらしい。
探索者のような恰好をした人物が一般人を護衛しながら迷宮に入っていく姿を映像で捉えていた。
そこに敵国の探索者が入っていったらどうするのだろうか。人同士で探索者が戦いあうことになるのだろうか。
俊太郎は、自分たちの仲間である紫雨や日菜子たちのことを考えた。彼女たちの戦う力は確かに強力だ。しかし彼女たちは女性で人殺しのために強くなったのではないはずだ。
けれど、別の探索者がこちらを襲ってきたら戦わざるをえない。
俊太郎はその日は中々寝付けなかった。
有りもしない想像、と片づけるには現実的すぎる。日本に住む人間にとって戦争は遠い存在であるかもしれないが、戦争に加担している国は日本の隣にある国でもあった。
大きな国に巻き込まれたら、日本だって平穏無事とはいかないはずだ。
俊太郎は眠りにつくまで、瓦礫ばかりの光景が頭から離れないでいたのだった。
お久しぶりです。続きはあったのにPCの中に眠っていた話です。
中途半端で拙い内容ですが、良かったらどうぞ。
近々新作があがる予定です。




