216話 ヒラギス北方戦役 ~包囲戦~
ここまでのあらすじ
・ヒラギス北方での戦い2日目。夜が明けての小競り合いと、魔物側の大規模な戦力が公都周辺に集結中
「おお、守護者殿」
エルド将軍は師匠と共に城門上の最前列に居た。近くにはオレンジ隊もいるから、サティやティリカもそこだろうか。
町の周囲は完全に包囲されていて、魔物側から色んなものが飛んでくる。矢はもちろん石や槍なんかも多い。目立つ位置に目立つ格好で堂々と立っているエルド将軍なんかいい的である。まあ将軍も師匠もひょいひょい避けてるから当たらないんだけど。
わざと的になって無駄打ちさせてるんだろうかね。そしてエルド将軍と話すには俺もそこに行かねばならないようだ。
「エルド将軍、状況は?」
リリアの精霊風壁ならむろん完全に防げるのだが、俺だけ守られてというのも格好がつかないと、リリアは後方で待たせてエルド将軍の横まで行って話しかけた。まあ一方向からの遠距離攻撃を食らうほど、俺も間抜けじゃない。
「戦力も士気も十分。守護者殿のお陰で町の防衛も楽になった。この程度であれば、何日でも保たせられよう」
この程度ならか。魔物の数は相当だが、今のところは遠距離攻撃のやり取りのみ。
この町にはエルド将軍直属の精鋭二万と、その他二万のおおよそ四万の兵が入っている。一つの町の防衛には十分と思われる兵力だ。
だがエルド将軍麾下にはあと一〇万程度の戦力がいる。制圧した後方の町の整備や物資の輸送には時間がかかる。疲労を考えて休み休み進んだつもりだったが、それでも俺たちの進軍は早すぎた。まあ半端にここに戦力が集中するより、後方にも大量の魔物に対抗できるだけの十分な戦力が残ったことを良しとしよう。
「リゴベルド将軍のほうに魔物が集中していて危ういようだ。ここが大丈夫なら俺たちはこの後そちらの支援に行く予定だ」
直撃コースを飛んで来た投石をぎりぎりで避けながら話を続ける。投げそうな魔物をチェックしておかないと、投げたのを見てからだとちと危ないな。
エルド将軍は俺の言葉に「聞いている」と言って頷いた。
「これは本来我らの仕事よ。むしろエルフに頼ってばかりで申し訳ないくらいなのだが……」
「何か?」
「治癒術師が少々足りぬ」
エルド軍に魔法使いが少ないといっても、治癒術師に関してはそれなりに確保しているようで、これまでそういう要請はなかったのだが、ここにきてさすがに不足してきたか。
「何人か回そう」
おや。弓を持っていたオークの眉間に矢がぶっ刺さって倒れた。こちらに攻撃をしていた魔物がピンポイントに続けざまに倒されていく。サティか。
「助かる」
またエルフから人員を出して貰うことになるな。俺か回復魔法を取ったティリカが支援するという手もあるが、俺たちの魔力は攻撃に回したい。
「他には?」
「エルフの支援がある限り負けはすまい」
サティ一人の攻撃で、あっと言う間にこちらに遠距離攻撃をしかけてくる魔物は駆逐された。だがそれを見ても将軍の表情は厳しい。守れば負けはしないが、魔物の数を減らすことが出来ねば勝機はない。魔物側に増援がなければ持久戦もありなのだろうが、北から魔物は流入し放題。見えてる以外にどれほどの戦力があるのかまったく読めない。
「それで十分だ」
防衛面での心配がなければ、俺たちで攻勢に出られる。エルフの里の戦いは俺が来た時にはすでにどこもかしこも魔力切れで前衛戦力も少なく、戦線はボロボロだった。それを考えればずいぶんと余裕がある。
「ここの魔物を少しばかり減らしてから行くこととしよう」
そうエルド将軍に声をかけてから、サティたちを探しにオレンジ隊のほうへと移動する。
「サティとティリカはこのままエルド将軍に協力してくれ。俺たちはエリーの支援だ。何かあれば連絡してくれ」
見つけたティリカにそう言って召喚獣を渡す。
「ん、気をつけて」
サティはまだ矢を撃ち続けている。射程範囲外に退避出来たと安心した魔物をさらに追撃しているようだ。容赦ない。
サティは頼りになるな。できれば連れていきたいが、後方で動くことが多い俺と一緒じゃサティの火力を十全に発揮できない。師匠を置いていっても防衛にはさほど役には立たないだろうし、ミリアムと交代させるのもあまり意味がない。
「ティリカ、あっちに動きは?」
「まだ」
公都付近に集結中の魔物が動き出してからでも十分間に合うし、時間の余裕はあるな。
「リリア、治癒術師だけどエルフの里か、それともオレンジ隊から引き抜くか?」
「専門の者のほうが良かろう」
「エルフの治癒術師って見たことないな」
「簡単な怪我や病気などは自分たちで治してしまえるからの。おのずと治療院では高度な治療が求められるから優秀な者が揃っておるぞ」
「ほほう。そりゃ期待できるな」
「ではわたくしが里の治療院に声をかけに参りましょう」
ルチアーナがそう申し出てくれる。
「頼む。転移は俺がやるからあっちで待っててくれ」
「かしこまりました」
「ならエリーのほうも余裕はあるみたいだし、正面だけのつもりだったけど、少し攻撃範囲を広げるか?」
リリアが嬉しそうに頷いた。治癒術師を集めるのにも時間がかかるだろうし、待ち時間が少しできる。効率よく動かないとな。
「じゃあサティ、後でな」
「はい!」
お昼には戻ってこよう。
「行こう。まずは正面の敵からだ」
サティの矢で混乱している正面の魔物の前に降り立ち、範囲魔法を撃ち込みすぐに離脱して城壁に戻る。そのまま城壁沿いに進みながら、魔物の集団をいくつか潰して回った。一撃離脱なら対応する暇もない。簡単なものだ。
しかし魔物の集団は分散していて、本隊は町からかなり遠巻きに布陣していた。倒せたのは一割にも満たなかっただろう。敵中に突っ込む危険を冒して、俺とリリアの魔力を全部つぎ込んだとしても倒しきれそうになさそうだ。敵がここだけならそれもありなんだろうが、厳しいな。
とりあえず町を一周し終えたので拠点へ戻りエルフの里へ転移すると、ルチアーナが待っていて治癒術師の用意はすっかり完了しているようだった。
「この方たちは……?」
「その……エルフの中でももっとも熟練された優秀な治癒術師の方々でございます」
ルチアーナが珍しく口ごもってそう答える。
「ふぇふぇふぇ。無駄に歳を重ねただけじゃよ」
そう語ったのはひどく腰が曲がった魔女という表現がぴったりな感じの、相当高齢そうなエルフを筆頭に、全員お年を召していらっしゃる方々ばかりが十数名。
「まさか我らにお呼びがかかるとはのう。長生きはするものじゃ」
「ほんに。あの世に良い土産話を持っていけるわい」
リリアを振り返ると、リリアも諦めた様子でぶるぶると首を振る。
「あー、ひいお祖母様。治療院のほうはよろしいので?」
それでも一応何か言ってくれるようだ。リリアの曾祖母ってことはエルフの王族か。
「若いのに任せれば平気じゃろうて」
出来ればその若い方を連れてきて貰いたかった。この方たちを連れて行って、オレンジ隊ですってさすがに無理がある。
「交代してもらうか?」
リリアがひそひそと俺に言う。神託を受けたヒラギスでの戦いをエルフでは非常に名誉なことと受け取っている。それを見た目が多少適合しないからと追い返すなど、俺には無理だ。
「エリーがゲートはもう現場でバレてるって言ってたし、平気だろう」
すでに一〇〇人を三〇〇人まで増やした上に何度も交代させているのだ。今更だな。
「では皆さんこちらへ」
「守護者殿の魔法で運んで頂けるとは、ありがたやありがたや」
「里を出るのは二〇〇年ぶりくらいかのう」
「あの世に良い土産話ができるわい」
そう言って互いにけけけけけと笑い合う。エルフも歳を取ったら人間とそう変わらんのだな。まあルチアーナがもっとも熟練して優秀だと請け負ったのだ。間違いはないはずだ。何より今は時間がない。
転移後すぐに拠点に居たエルフに老治癒術師たちを託し、エリーのところへ。召喚獣のリンクがまた戻ってくる。リンクが短時間切れても召喚獣は維持されるし、そういえばティリカからの魔力供給があれば長時間俺が居なくても大丈夫なのは実証済みだったのをすっかり忘れてた。
んー、まあいいか。俺の手伝いができるってルチアーナも張り切ってるし、東部砦方面を見ていてくれるのはとても助かるのには違いない。輸送以外の部分はこのまま任せておこう。
「状況は?」
「あんまり変わらないわね。そっちは?」
公都付近の魔物はまだ動かないか。大集団だけに集結に時間がかかってるのかね。
「町の周辺の魔物を軽く叩いてきた。あと治癒術師が足りないってエルド将軍が言うからエルフの里から何人か送り込んだ。こっちは大丈夫なのか?」
「神殿が協力してるし、アンもいるしね」
俺たちの魔力は攻撃に回したほうがいいとは思うのだが、聖女様の立場上、治療を全くしないわけにもいかないのだろう。まあそのあたりは現場の判断だ。
で、そのアンは今も神殿のようだ。俺たちのところへその他のメンバー、シラーちゃんにウィル、シャルレンシア三姉妹が集まってきた。
「どうする、こっちでも打って出てみるか?」
疑問系なのは、なんだかこっちのほうが修羅場の様相を呈しているからだ。エルド将軍のほうの魔物は基本遠距離で、たまに血迷ったやつが突撃してくる感じだったのだが、こっちは魔物の数も多く見えるし、正面から波状攻撃で押し寄せて来ている。それをエルフや兵士たちが必死に叩いている。
堀で封鎖した町の東西と南側からも被害を物ともせず攻撃を加えてきているらしい。朝、エリーしかこっちに来なかったし、アンが神殿に詰めている訳だわ。
「エルフを増員しよう」
「そうね。いいかしら、リリア?」
「無論じゃ。準備万端整っておる」
すぐにどれくらい動員するか決めた。ここに二〇〇名、エルド将軍と東部砦に一〇〇名ずつ。エリーはここのエルフを昨夜だけで三回も入れ替えたという。明らかに戦力が足りてなくてエルフが過重労働になっている。合計三〇〇名で様子を見て、さらに増やすことも考えなければならないだろう。
「ただしちと問題があっての?」
「オレンジ隊のローブがもうありません」
リリアの言葉を受けてルチアーナが言った。元々二〇〇名の予定だったのだ。昨日からすでに三〇〇名を動員している。これ以上増やすともうオレンジ隊の制服がないってことか。
ヒラギス戦は神託を受けての戦い。いわば公式戦で、そこにユニフォームなしで出るようなもの。確かに大問題である。普段着でパーティに行ったら皆スーツを着ていたようなものかもしれない。かなり嫌なシチュエーションだな。
どうする? どうすればいい? どこかで緊急に購入……まず間に合わないし、そもそもオレンジ隊のローブは特注品なのだ。ローブ自体が高品質だし、色も独自に調合して作っているそうだ。市販品に同じものがあるとは思えない。
「俺が頭を下げよう」
「え?」
ん? エリーがキョトンとした顔をしたが、そんなに変なこと言ったか?
「オレンジ隊のローブなしで出撃するのはとても辛いだろうが、俺が謝罪して涙を飲んでもらう」
「そうじゃなくて、ローブなしで出しちゃうとさすがに転移魔法のことは誤魔化しきれないだろうって話だと思うんだけど……」
あー、そっちもか。まあゲートのことは今更だな。さっきはどう見ても誤魔化しようのない老エルフを送り出したし、すでに一〇〇名で運用しているところに三〇〇名も出しているのだ。ここから更に一〇〇名単位で増やすとなると、さすがに外から増援を連れてきたという説明にも無理がある。ゲートの露見は免れまい。
「さすがにローブがないから出撃したくないなどと言うエルフはおらんぞ?」
「そうなの?」
制服がないのは別に平気なのか……
「ローブが足りぬのは二〇〇〇人の準備をした時点でわかっておったからの」
なるほど。
「ゲートを使ってるだろうってのは薄々バレてるんだろ? じゃあもうエルフに空間魔法の使い手がいると公式に認めちゃっていいんじゃないか」
それがエルフの名声にも繋がる。エルフの強大な魔力でもって、どこへでも迅速に大量に人員を送り込める。もはやエルフを侮る国はなくなるだろう。
昨日からちょっと忙しかったのもあって、雑にゲートを使っていたというのもある。ゲートの運用は俺たち専用の拠点内のみで、使っているところは実際に見せることはなかったが、速度優先で誤魔化すための偽装工作は一切やってない。これで誤魔化そうというのには無理がある。
元々ゲートがバレて困るのは面倒を避けたいという程度の理由だ。まあその面倒がかなり大事になりそうだってこともあったんだが。
「どっちにしろ公式うんぬんは後回しね。まずはエルフの増員を呼びましょう」
「俺がもう一度行ってこよう。エリーはここで魔物に備えていてくれ」
エリーが頷き、俺はその場で転移を発動させた。護衛もなしに非常に雑だが、周りはオレンジ隊で囲まれている。時間優先だ。
「王様、増員をお願いします。二〇〇名、一〇〇名、一〇〇名の合計四〇〇名」
「聞いたか? すぐに準備をせよ!」
その場に居た王様がすぐに動員をかけてくれた。エルフが集まるのを待つ間に話しかける。
「しかし二〇〇〇人も動員して大丈夫ですかね?」
「魔境方面への偵察は密にしておる。大規模な襲来なら早い段階で察知できよう」
なら平気だろうか。魔物側もまさかエルフの里からヒラギスへと兵力が大量動員されているとは思うまい。ここに魔物を派遣するくらいならヒラギスへの攻勢を強めるだろう。
……だがもし魔物側がエルフが転移で各地に戦力を供給できると知ったら? 俺ならエルフの里を徹底的に叩く。オレンジ隊を出した時点でエルフへの敵意は確実に高まるのはわかってはいたが、恐らくそれどころじゃない。
まずいな。増員を出してほんとうにいいのか? ゲートの問題は俺たちの問題だと思っていたが、こうなるとエルフの問題になる。エリーやリリアがそのことを考えなかったわけがないだろう。それでもなお増員を決めた。
もしかすると俺はとんでもないことを仕出かそうとしているのかもしれない。
「この人数です。もはやゲートのことは隠し切れないでしょう。もう公式に認めてしまってはという話をしたんですが……」
「ふうむ。少々面倒なことになるの」
やはり王様もそう思うか。
「だがマサル殿を全面的に支援すると決めた以上、もはや後戻りも出来まい」
思えばエルフ王は当初からヒラギス出兵には否定的だった。それはここまでのことを想定していてのことだったのだろうか。それを周りが押し切った。王といえども重臣たちや民の総意には逆らえない。
「それで本当にいいので?」
「我らは三名のハイエルフを得ることが出来た。それ相応の働きは見せねばなるまい」
そしてその代償はエルフの血をもって贖われる。王様はすでに覚悟を決めているようだ。
俺がこんなことを考えることこそ今更か。オレンジ隊を作った時点で、それどころかリリアを里から連れ出した時点で、エルフには俺と深く関わる以外の選択肢はなかったのかもしれない。
「マサル様、二〇〇名揃いましてございます」
考えてる時間はないな。とりあえずゲートを公式に認める話は後回しにしてエルフを前線へと送り込もう。まずはヒラギスで勝たないと。
「では最初の一〇〇名、前へ!」
どの道どうにかしないと世界は二〇年後に終わる。エルフだけが血を見ずに終われるはずもない。




