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第5話 地味な令嬢はもういない―――世界で最も美しい最高顧問へ

 彼らが抱えているのは、溢れんばかりの最高級のシルク、繊細なレース、そして眩いばかりの宝石の山だ。


 どれも一目で高価なものだとわかる品々で、思わず息をのんでしまうほどだった。


「これらはすべて、君のために用意させたものだ」


「えっ……私の、ですか……?」


「来週末、帝国の重鎮を集めて君の歓迎晩餐会を開く。そのための衣装だ。エレノア、好きなものを選びなさい」


 圧倒されながらも、エレノアは控えめに一歩下がり、端に置かれていた深紺色のシンプルな生地を指差した。


「私は昔から『地味で華がない』と言われて育ちました。舞踏会でも装飾品をつける時間を惜しんで仕事をしておりましたから……このような、目立たない色が一番落ち着きます」


 何気なく口にしたその言葉に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。


 ヴァルハイトの表情から、それまでの甘さが消え、静かで恐ろしい冷気が満ちていく。


「地味、だと?」


 彼はおもむろにエレノアへと歩み寄ると、彼女の夜空を溶かし込んだような美しい濃紺の髪に手を差し入れ、そっとすくい上げた。


「シルヴェニアの王宮の者たちは全員、目が腐っていたようだな」


 ヴァルハイトは仕立屋たちに向き直ると、低く厳かな声で命じた。


「最高級の生地と宝飾品を用意しろ。彼女の美しい髪と、深い知性を秘めた紺碧の瞳にふさわしい、世界で最も気品高きドレスに仕立てるんだ」


「は、ははっ! 仰せのままに、陛下!」


 数刻後―――。


 仕立屋たちの手によって完璧に整えられたエレノアは、部屋に置かれた全身鏡の前に立っていた。


 鏡の中に映っていたのは、洗練された夜空色のドレスを纏い、胸元に星のように輝くダイヤモンドのネックレスを飾った一人の美女だった。過酷な労働から解放された肌は艶やかさを取り戻し、引き締まった立ち姿には洗練された気品が満ちている。


「これが……私……?」


 絶句するエレノアの後ろから、ヴァルハイトがそっと寄り添った。 漆黒の軍服を着た皇帝が、背後から彼女の肩を抱き寄せるように包み込む。鏡越しに交わる、アイスブルーの瞳と紺碧の瞳。


「言っただろう。地味などという言葉は、君には微塵もふさわしくないと」


 ヴァルハイトはエレノアの耳元に顔を近づけ、甘く低い声で囁いた。


「やはり、私の見立てに狂いはなかった。完璧だ、エレノア。今の君から、一瞬たりとも目を離せる気がしない」


「ヴァルハイト……様……」


 耳元にかかる温かい息遣いに、エレノアの肩が跳ねる。 自分の存在を丸ごと認められ、過剰なほどの愛と熱量で甘やかされる感覚。 かつて孤独に耐え、泥のように働かされていた故郷での記憶が、ヴァルハイトの惜しみない情愛によって、ひとつ、またひとつと塗り替えられていく。


(私を必要としてくれる……この人のために、私の知識とすべてを捧げたい)


 戸惑いは消え、エレノアの胸の中には温かな決意と、甘く激しい胸の高鳴りが芽生え始めた。


(それよりも、まず、歓迎晩餐会で皇帝陛下に恥ずかしい想いをさせてはいけない……)


 ローゼンバーグ家の令嬢として、公の場で必要とされる最低限の立ち居振る舞いは身につけていたものの、シルヴェニア王国では、晴れやかな舞台に立つことが少なかったエレノアは、晩餐会のような場に慣れていなかった。


 彼女の性格として、そうした場は気後れするだけで、決して、自ら進んで身を投じたいものではなかったが……。


 だが、自分を引き立てようとしてくれるヴァルハイトの期待に背くことにも気が引ける、という想いが、エレノアにはあった。


 ならば、せめて、その場に集まる人々について頭に入れておきたい―――。


「陛下……わたくしのような者に、そのような場を設けてくださり、感謝の言葉もございません。差し支えなければ、列席いただける方々のお名前やご経歴を教えていただけないでしょうか?」


「うむ……歓迎晩餐会と言っても、あまり肩肘の張らないものにしようと考えていたのだが……思ったとおり勉強熱心だな、君は。わかった、すぐに招待客のリストを作成させよう」


「お心遣い感謝します」


 深々と頭を下げるエレノアに、ヴァルハイトは、ふたたび、フッと表情を緩める。


「それでは、エレノア様。ドレスの仕立てのための採寸をさせていただきます」


 いつの間にか、エレノアのそばにやってきたガルディニア帝宮の侍女たちが、表情を変えることなく告げて、無地の羊皮紙を彼女の身体にあてがう。首回りや胸囲にあてがい、その位置にハサミで切れ込みを入れたり、ピンで穴を開けたりして、寸法を記録するのだ。


 手際よくエレノアの採寸を始めた侍女たちを確認しながら、ヴァルハイトは、目線だけで彼女たちに、


(あとの支度は任せた)


と告げて、エレノアのために準備した執務室権寝室から紳士的に去る。


 いつもは、複雑な魔導制御の文字列を記すためだけに使っていた羊皮紙が、自分の身体に当てられていることに不思議な感覚を覚えながら、エレノアは、来たるべき自身の歓迎晩餐会に不安が隠すことができなかった。

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