第08話 休日の朝
第08話 休日の朝
休日の朝だった。
平日より少し遅い時間。
森田家にはゆっくりとした空気が流れている。
俊昭はリビングでコーヒーを飲んでいた。
テレビはついている。
だが誰も真面目には見ていない。
朝の情報番組が流れ、
ニュースが流れ、
天気予報が流れる。
休日らしい穏やかな時間だった。
その時だった。
洗面所の方から、
ガタン。
という音がした。
続いて、
ガタン。
ガタン。
ガタン。
そして静かになる。
「また?」
香織の声が聞こえた。
俊昭はコーヒーカップを置く。
「あー」
香織が洗面所から顔を出した。
「あーじゃない」
予想通りの返事だった。
「また止まったのよ」
「脱水?」
「脱水」
俊昭は苦笑した。
もう何度目か分からない。
最近の洗濯機は機嫌が悪い。
動く日もある。
途中で止まる日もある。
今日は止まる日らしかった。
「寿命でしょ」
遥が欠伸をしながら現れた。
まだパジャマ姿だった。
「おはよう」
「おはよう」
香織は洗濯機を指差す。
「脱水で止まるの」
「寿命だね」
「やっぱり?」
「十年以上使ってるしな」
俊昭も同意した。
引っ越し前から使っている。
修理しながら騙し騙し使ってきたが、
そろそろ限界だった。
「買い替えたい」
香織が言う。
俊昭はコーヒーを飲んだ。
「買おう」
香織が一瞬止まった。
「ほんと?」
「ほんと」
「即答?」
「即答」
俊昭は笑った。
「SITE1000様のおかげで」
「また言ってる」
遥は呆れた。
「便利な言葉だね」
「便利なんだよ」
俊昭は悪びれない。
「最近やたら増えてるし」
「だからって洗濯機に消えるんだけど」
香織が現実を突きつけた。
「夢がないな」
「家電は夢じゃなくて生活なの」
「はい」
俊昭は素直に頷いた。
◇
テレビではニュースが続いていた。
『AIショックの影響について――』
『金融庁は現在も調査を続けており――』
『市場関係者は――』
アナウンサーが何か言っている。
だが森田家の関心は洗濯機だった。
「乾燥機付きがいい」
香織が言う。
「高いぞ」
俊昭が言う。
「欲しい」
「高いぞ」
「欲しい」
「強いな」
「毎日使うのよ」
その一言で勝負は決まった。
俊昭は反論をやめる。
遥が笑った。
「お父さん負けた」
「最初から勝てると思ってない」
「潔いね」
「結婚生活は学習だからな」
「何を学習したの?」
「逆らわない方が平和」
「正解」
香織は満足そうだった。
◇
朝食はトーストだった。
休日なので少し遅い。
三人揃って食卓を囲む。
平日は意外と少ない時間だった。
「どこ行く?」
遥が聞いた。
「家電量販店」
香織は即答した。
「決定してる」
「決定してる」
「いつ?」
「今日」
「行動早いな」
俊昭が笑う。
「壊れてからじゃ遅いの」
「まあな」
洗濯機は毎日使う。
ないと困る。
冷蔵庫と同じだ。
壊れてから考えるものではない。
「じゃあ昼から行くか」
「うん」
香織は満足そうに頷いた。
それだけで機嫌が良くなっている。
俊昭は少し笑った。
遥も笑った。
休日の朝だった。
特別なことは何もない。
洗濯機が古くなった。
だから買い替える。
それだけの話だった。




