第07話 研究開発本部
第07話 研究開発本部
午後の会議は予定より長引いた。
研究開発本部の会議室では、新薬開発の進捗報告が続いている。
「第三相試験の結果は良好です」
「副作用の報告件数は?」
「想定範囲内です」
スクリーンに資料が映し出される。
俊昭は腕を組みながら説明を聞いていた。
「申請スケジュールは変わらないな?」
「はい」
「分かった」
短く答える。
会議はさらに続いた。
競合他社の動向。
承認申請の準備。
予算。
人員配置。
研究開発本部長の仕事は多い。
研究者だった頃より、むしろ忙しいくらいだった。
◇
会議が終わる。
部下たちが資料を片付け始めた。
「本部長」
一人の部下が声を掛ける。
「来月の役員会資料です」
「ああ」
俊昭は受け取った。
数ページ目を見て眉をひそめる。
「ここの数字、前回と違うな」
「修正版です」
「理由は?」
「開発費の再計算が入りました」
「なるほど」
俊昭は数秒だけ目を通した。
「ここ、注釈を入れておいてくれ」
「分かりました」
「役員会で聞かれる」
「対応します」
部下はメモを取った。
俊昭は資料を返す。
こういうやり取りは毎日のようにある。
特別なことではない。
◇
夕方。
自席へ戻った俊昭はコーヒーを飲みながらパソコンを開いた。
メール。
会議予定。
承認依頼。
いつもの仕事だ。
そして休憩ついでにスマートフォンを見る。
SITE1000。
運用画面が表示される。
「また増えてるな」
思わず呟いた。
昨日より増えている。
今日も増えている。
理由は分からない。
だが増えている。
「すごいな」
最近のAIは本当に賢い。
俊昭は感心した。
研究者としての興味もあった。
どういう仕組みなのだろう。
そう思うことはある。
だが説明を読んでも途中で分からなくなる。
「便利だからいいか」
結局そこへ戻る。
電子レンジと同じだった。
仕組みは分からない。
だが使える。
だから使う。
◇
同じ頃。
社内の別フロア。
情報管理部。
「当日の接続ログの報告書ができました」
担当者が資料を差し出した。
「ありがとう」
部長は受け取る。
数ページ目を開く。
そして手が止まった。
「……えっ?」
担当者は黙っている。
部長はもう一度確認した。
名前。
社員番号。
認証記録。
端末情報。
見間違いではない。
「間違いないのか?」
「はい」
「何度か確認しました」
部長は報告書を見つめたまま動かない。
しばらくして、
小さく息を吐いた。
「……そうか」
重い沈黙が落ちる。
「これは私の一存では決められん」
報告書を閉じた。
「上に根回しする」
「はい」
「この件を知っているのは?」
「私と伊藤だけです」
「内密にしておいてくれ」
「はい」
「法務部にもまだ報告するな」
担当者は少し驚いた顔をした。
「よろしいのですか?」
「まず私が確認する」
部長は再び報告書を開いた。
そこに記載された名前を見る。
信じられないものを見るように。
◇
午後六時。
俊昭は机の上を片付けた。
「お先に失礼します」
「お疲れ様です」
部下たちが頭を下げる。
俊昭も軽く手を上げた。
会社を出る。
エレベーターを降りる。
駐車場へ向かう。
いつも通りの帰宅だった。
◇
その頃。
情報管理部長は一人で報告書を読み返していた。
接続日時。
アクセス履歴。
認証記録。
端末情報。
どれも矛盾がない。
だからこそ重かった。
部長は静かに報告書を閉じる。
「……まさか」
誰に聞かせるでもない独り言だった。
だが答える者はいない。
部屋には静寂だけが残っていた。




