第06話 製薬部の昼休み
第06話 製薬部の昼休み
昼休みのチャイムが鳴った。
森田遥はパソコンから顔を上げる。
午前中の仕事は無事に終わった。
薬事関連の資料確認。
承認申請書類の整理。
メール対応。
派手さはない。
だが製薬部の仕事は、こういう積み重ねが多い。
「森田さん、お昼行く?」
隣の席の中村が立ち上がった。
「行く」
遥も社員証を首に掛け直す。
二人は社員食堂へ向かった。
◇
昼の食堂は賑わっていた。
営業。
研究員。
事務職。
様々な部署の社員が集まっている。
遥は日替わり定食を選んだ。
中村はカレーだった。
「またカレー?」
「週一だからセーフ」
「毎週見てる気がする」
「気のせい」
二人は窓際の席に座った。
昼休みらしい他愛のない会話が続く。
「そういえばニュース見た?」
中村がスマホを見ながら言った。
「AIショック?」
「それ」
「朝もやってたね」
「まだやってる」
画面にはニュースサイトが表示されていた。
AIショック。
ニューヨーク市場。
史上最大級の乱高下。
そんな見出しが並んでいる。
「投資やってる?」
「やらない」
「全然?」
「NISAくらい」
「堅実だな」
「怖いもん」
遥は素直に答えた。
「こういうニュース見ると余計に」
「確かに」
中村も苦笑した。
「俺なんか口座開いただけで放置してる」
「一番ダメなやつ」
「分かってる」
二人は笑った。
◇
食事をしながら窓の外を見る。
雲ひとつない青空だった。
市場が暴落しようが、
世界が騒ごうが、
会社の昼休みは変わらない。
誰かが笑い、
誰かが昼寝し、
誰かがスマホゲームをしている。
そんな普通の光景だった。
「森田さん」
「ん?」
「今度の週末って暇?」
「たぶん無理」
「デート?」
「たぶん」
「たぶん?」
「まだ決まってない」
遥は苦笑した。
スマホを見る。
ゆうとからメッセージが届いていた。
『今週土曜日、母さんたちと食事どう?』
その一文を見て少しだけ肩の力が抜ける。
以前から話は出ていた。
お互いの両親も知っている。
結婚という言葉を口にするには少し早い。
だが、全く考えていないわけでもない。
そんな距離だった。
『大丈夫だと思う』
短く返信する。
数秒後。
『良かった』
と返ってきた。
遥は少し笑った。
「彼氏?」
中村が聞く。
「そう」
「顔が違う」
「何が」
「仕事の顔じゃない」
「余計なお世話」
「図星だな」
遥は味噌汁を飲んだ。
否定はしなかった。
◇
その頃。
同じビルの別の階では、
普段とは少し違う空気が流れていた。
「昨日のログ、もう一回確認してくれ」
「分かりました」
「抜けがないか見たい」
「了解です」
短い会話。
閉じた会議室。
モニターに並ぶ数字。
だがその様子を知る者は少ない。
少なくとも遥は知らない。
俊昭も知らない。
香織も知らない。
◇
昼休み終了五分前。
遥は席へ戻るため立ち上がった。
「午後も頑張るか」
「だね」
食器を返却口へ運ぶ。
エレベーターへ向かう。
廊下を歩く。
それだけのことだった。
いつも通りの会社。
いつも通りの昼休み。
いつも通りの一日。
遥は何も知らない。
世界中のニュースが騒いでいることも。
会社の一部が慌ただしく動き始めていることも。
その全てが、
自分の人生に繋がっていることも。
まだ知らなかった。




