第05話 AIショック
第05話 AIショック
昼前には、
「AIショック」
という言葉がニュースサイトの見出しに並び始めていた。
もっとも、その時点では誰も正式名称だとは思っていない。
記者が勝手につけた呼び名。
SNSが面白がって使い始めた言葉。
その程度だった。
テレビでは朝から市場ニュースが流れ続けている。
『ニューヨーク市場では昨夜、過去最大級の乱高下が発生しました』
画面には真っ赤なチャートが映る。
上がる。
下がる。
また上がる。
そして落ちる。
専門家らしき男が困った顔をしていた。
『AIによる自動売買が連鎖的に反応した可能性があります』
『ただし違法行為があったかどうかは現時点では確認されていません』
『製薬関連銘柄への資金集中も確認されています』
画面の下には、
市場混乱。
AI暴走説。
史上最大級。
そんな文字が並んでいた。
◇
SNSはもっと騒がしかった。
『AIが反乱した』
『絶対どっかの国がやってる』
『もう人間じゃ勝てない』
『AI取引禁止しろ』
『全部インサイダーだろ』
『市場終わったな』
『資産半分消えた』
『笑えない』
『笑ってる場合じゃない』
『追証きた』
『人生終わった』
真面目な意見もあれば、
冗談もある。
陰謀論もある。
怒鳴り合いもある。
だが共通していることが一つだけあった。
誰も理由が分からない。
◇
投資掲示板はさらに酷かった。
『誰だよ買えって言ったやつ』
『退場確定』
『AIに殺された』
『人間が勝てる相手じゃない』
『借金になった』
『終わった』
『本当に終わった』
『助けて』
数字だけ見れば、
儲かった人間もいる。
だが負けた人間もいる。
市場というものはそういうものだ。
ただ今回は規模が違った。
負けた人間の声が多すぎた。
◇
昼のニュースが始まる。
キャスターが神妙な顔で原稿を読む。
『金融庁はAI取引に関する調査を開始したと発表しました』
『また、複数の製薬関連銘柄において異常な取引が確認されています』
『市場関係者の間では、未公開情報の流出可能性も指摘されています』
スタジオの空気が少し重くなる。
だが誰も断言しない。
まだ証拠はない。
まだ何も分かっていない。
分かっているのは、
何かがおかしいということだけだった。
◇
森田遥は製薬部のデスクで資料を確認していた。
昼休みが近い。
フロアのあちこちから雑談が聞こえてくる。
「見た?」
「AIショック?」
「それそれ」
「朝からニュースばっかりだな」
若い社員たちがスマホを覗き込んでいる。
遥も少しだけ画面を見た。
朝と同じニュースだった。
ニューヨーク市場。
AI取引。
異常な値動き。
どれも自分とは関係ない話に思える。
「森田さんは投資やる?」
隣の席の同僚が聞いた。
「やらない」
「一切?」
「NISAくらい」
「堅実だなあ」
「怖いし」
遥は笑った。
「今回みたいなの見たら余計に」
「確かに」
同僚も苦笑する。
画面には再び、
AIショック。
という文字が表示されていた。
◇
一方。
研究開発本部では別の空気が流れていた。
俊昭は会議室から戻る途中、
廊下で聞き慣れない言葉を耳にした。
「情報管理部が動いてるらしい」
「本当か?」
「かなり大きい案件みたいだぞ」
すれ違いざまの会話だった。
俊昭は気にも留めない。
会社というものは、
毎日どこかで何かが起きている。
研究開発本部長ともなれば、
全てを把握することなど不可能だった。
それより気になるのは、
昼休みに確認したSITE1000の画面だ。
利益はまだ増えている。
「すごいな」
思わず呟いた。
もちろん誰も聞いていない。
俊昭は苦笑すると、
そのまま自室へ戻った。
◇
その日の夕方。
ニュース番組では再びAIショックが報じられていた。
『市場関係者の間では、複数のAIによる連鎖的な取引が原因との見方も出ています』
『現在、各機関が調査を進めています』
キャスターの表情は朝より深刻だった。
だがまだ、
誰も真相を知らない。
警察も。
金融庁も。
証券会社も。
投資家も。
そして、
SITE1000を利用している森田俊昭自身も。
世界市場は混乱している。
テレビは騒いでいる。
SNSは大騒ぎだ。
だが森田家の日常は、
まだ何も変わっていなかった。




