第03話 ニューヨーク市場
第03話 ニューヨーク市場
テレビのニュースが流れていた。
朝の情報番組。
天気予報が終わり、交通情報が終わり、キャスターの表情が少しだけ真面目になる。
『続いて経済ニュースです』
遥はコーヒーカップを手に取った。
香織は食器を片付けている。
俊昭だけが、テレビへ顔を向けた。
『昨夜のニューヨーク市場で歴史的な乱高下が発生しました』
画面が切り替わる。
真っ赤なチャート。
そして急上昇と急降下を繰り返した折れ線グラフ。
『市場関係者の間では、AIによる自動売買が連鎖的な価格変動を引き起こした可能性も指摘されています』
「へえ」
遥はあまり興味なさそうに言った。
株も投資も詳しくない。
海外市場と言われても実感がない。
だが俊昭は少しだけ眉を上げた。
「ん?」
遥は気づいた。
「どうしたの?」
俊昭はリモコンを手に取ると、少し音量を上げた。
『ヘルスケア関連銘柄を中心に異常な値動きが確認されており――』
「ああ」
俊昭が小さく声を漏らした。
「これかな?」
「何が?」
遥が聞く。
俊昭はノートパソコンの画面を指差した。
「SITE1000」
「昨日から利益がおかしい理由」
俊昭はニュースと画面を見比べた。
「SITE1000がうまく乗ったんだな」
それだけ言って、納得したように頷いた。
遥にはよく分からない。
だが父は妙に納得している。
「そんな簡単な話なの?」
「投資ってそういうもんだろ」
「知らないけど」
「俺も知らん」
俊昭はあっさり言った。
「知らないの?」
「詳しくは知らん」
「使ってるのに?」
「便利だからな」
遥は少し呆れた。
香織も同じ顔をしている。
「便利って怖い言葉ね」
香織が言った。
「便利だから使う」
「スマホもそうだろ」
「それはそうだけど」
「なんでネットができるか、俺は知らん」
「うん」
「車のナビも勝手に案内してくれる」
「うん」
「そこにある電子レンジだって……」
俊昭は食器棚の上の電子レンジを見た。
「なんで温まるんだ?」
本気で分からない顔だった。
遥は思わず吹き出した。
「そこから?」
「いや、知らんだろ」
「知らないけど」
「でも使う」
「それは使う」
「SITE1000も同じだ」
俊昭は肩をすくめた。
「何を計算してるか全部は分からん」
「でも利益は出てる」
「適当だなあ」
「世の中そんなもんだ」
ニュースでは解説が続いている。
『一部市場では取引停止措置も発動され――』
『投資ファンド各社は原因究明を急いでいます』
『市場全体への影響は今後も続く見通しです』
遥は画面を見た。
赤い数字。
緑の数字。
専門用語。
正直よく分からない。
だが、何か大きなことが起きたらしいことだけは分かった。
「世界中大騒ぎなんじゃない?」
「そうだろうな」
俊昭は頷いた。
「でもまあ」
「まあ?」
「うちは儲かった。それでいい」
そう言ってトーストを口に運ぶ。
遥は苦笑した。
たしかにそうだ。
父は投資AIを使っているだけ。
市場を動かしているわけでもない。
ニューヨークに知り合いがいるわけでもない。
テレビの向こうの出来事だ。
『今後も市場の混乱が続く可能性があります』
キャスターがそう締めくくる。
ニュースは次の話題へ移った。
芸能ニュース。
新作映画。
週末のイベント。
いつもの朝だ。
俊昭はテレビを消した。
「さて」
立ち上がる。
「そろそろ行くか」
執行役員。
研究開発本部長。
製薬会社の重役。
だが今の顔は、会社へ向かう父親の顔だった。
遥も立ち上がる。
バッグを手に取る。
香織は玄関まで見送りに来る。
いつもと同じ朝。
いつもと同じ出勤。
いつもと変わらない日常が始まった。




