第02話 SITE1000
第02話 SITE1000
食卓の横で、ノートパソコンの画面だけが静かに光っていた。
俊昭はトーストを片手に、画面を見つめている。
「食べるの?」
香織が言った。
「食べてる」
「見てるだけに見えるけど」
「ちゃんと食べてる」
そう言いながらも、俊昭の視線は画面から離れなかった。
遥はコーヒーを飲みながら、その様子を見ていた。
「何見てるの?」
「SITE1000」
「また?」
「まただ」
俊昭は苦笑した。
最近、この投資AIばかり見ている。
本人は便利だと言うが、遥にはよく分からない。
資産運用を自動でやってくれる。
リスク管理もしてくれる。
それくらいしか知らなかった。
「あれ?」
俊昭が眉をひそめた。
「どうしたの?」
「いや……」
画面を見直す。
もう一度見る。
さらに更新する。
数字は変わらない。
「おかしいな」
「何が?」
「利益」
遥は首を傾げた。
「減ったの?」
「逆だ」
俊昭は言った。
「増えてる」
「良かったじゃない」
香織が味噌汁を飲みながら言う。
「そういう話じゃない」
「どういう話?」
俊昭は少し考えた。
うまく説明できない。
「増え方がおかしい」
「おかしい?」
「今までと違う」
画面には運用実績が表示されていた。
数字そのものは理解できる。
だが理由が分からない。
それが気持ち悪かった。
「バグじゃないの?」
遥が言う。
「それも考えた」
「違うの?」
「今のところエラーは出てない」
俊昭は画面をスクロールした。
通知欄にはいつも通りの文章が並んでいる。
最適化処理が完了しました。
資産配分を更新しました。
市場分析を反映しました。
どれも普通だ。
赤い警告もない。
異常終了もない。
「じゃあ儲かってるんでしょ?」
香織が言った。
「儲かってる」
「ならいいじゃない」
「いや……」
俊昭は首をひねった。
「良すぎるんだ」
香織と遥が顔を見合わせた。
「どのくらい?」
遥が聞いた。
俊昭は少し黙った。
画面を見る。
数字を見る。
もう一度見る。
「二桁違う……」
「え?」
「今までと比べてだ」
遥は思わず画面を覗き込んだ。
もちろん意味は分からない。
だが俊昭が驚いていることだけは分かった。
「そんなに?」
「こんな数字見たことない」
「すごいじゃない」
香織は言った。
「すごいんだけどな」
俊昭は苦笑した。
嬉しくないわけではない。
むしろ嬉しい。
ただ、理由が分からない。
それが引っかかる。
「最近のAIってそんなにすごいの?」
遥が聞いた。
「分からん」
俊昭は素直に答えた。
「でも、俺より頭がいいのは確かだな」
「それは否定しない」
「ひどいな」
遥は笑った。
俊昭も笑う。
画面の数字は相変わらずだった。
何かが起きている。
だが何が起きているのかは分からない。
俊昭は研究者だ。
分からないものは気になる。
それでも、今のところ困ることはなかった。
利益は出ている。
エラーもない。
警告もない。
だから、まあいいか。
そんな結論になった。
「洗濯機買えるかな」
香織が言った。
「まだ買わない」
「今、考えたでしょ」
「少しだけ」
「やっぱり」
遥は笑った。
俊昭も笑った。
食卓にはいつもの朝が流れている。
トースト。
味噌汁。
コーヒー。
そしてノートパソコン。
SITE1000の画面だけが、静かに数字を増やし続けていた。




