第16話 刑事課
第16話 刑事課
田中と顧問弁護士が警察署を後にした。
刑事課の小さなブースには、提出された資料だけが残っていた。
黒川修刑事は、机の上に並べられた書類をもう一度見渡した。
アクセスログ。
認証履歴。
端末情報。
閲覧ファイル一覧。
会社の調査報告書。
どれも丁寧に整理され、付箋まで貼られている。
「会社も相当悩んだんでしょうね」
隣の刑事がつぶやいた。
「ああ」
黒川は短く答えた。
「隠したくない。しかし役員だから簡単に本人へ確認もできない。だから警察へ持ってきた」
そういうことだろう。
黒川は再び資料へ目を落とした。
本人のID。
本人のパスワード。
指紋認証成功。
本人登録端末。
会社としては、これ以上調べることができなかった。
「……」
黒川は腕を組んだ。
技術的な確認が必要だった。
受話器を取る。
「刑事課の黒川です。
桐山さん、少しいいですか。
サイバーの件で相談があります」
十分ほどして、一人の刑事が部屋へ入ってきた。
「サイバー犯罪担当の桐山です」
三十代半ば。
眼鏡を掛けた穏やかな男だった。
「悪いな」
「いえ」
桐山は資料を受け取った。
黙って一枚ずつ読み始める。
部屋には紙をめくる音だけが響いた。
「どうです」
黒川が聞いた。
桐山は資料から目を離さない。
「現時点では、外部から侵入された形跡は見当たりません」
「理由は」
「本人のIDです」
「うん」
「本人のパスワードです」
「そうだ」
「さらに指紋認証も成功しています」
「端末は」
「本人登録端末です」
黒川は小さく息を吐いた。
「つまり」
「技術的には本人が操作したように見えます」
桐山は続けた。
「少なくとも、この資料だけを見る限りではですが」
「ログの改ざんは」
「見当たりません」
「削除は」
「ありません」
「そうか」
黒川は椅子にもたれた。
会社が困る理由も分かる。
これだけ揃っていて、
「本人ではありません」
とは言いにくい。
桐山は資料を閉じた。
「今の段階では、これ以上の判断はできません」
「俺もそう思う」
黒川は立ち上がった。
「証拠を集めるしかない」
「どこから手をつけようか」
黒川が腕を組み首をかしげる。
「まず通信記録はどうですか?」
桐山がメガネの位置を直しながら言う。
「通信記録?」
「会社のサーバーへアクセスしたのなら、その前後にどこへ接続しているのか確認した方がいいです」
黒川は頷いた。
「では、プロバイダーへの照会ですね」
「ああ」
「その結果次第で、次の照会先が決まる」
黒川はメモ帳を開いた。
そこへ順番を書き込む。
・通信記録照会
・接続先確認
・必要に応じた追加照会
・関係資料収集
桐山がその文字を見た。
「結構時間がかかりますよ」
「構わない」
黒川はペンを置いた。
「推測じゃ事件にはならない」
「証拠ですか」
「ああ」
「証拠を積み上げる」
黒川は資料を封筒へ戻した。
そして立ち上がる。
「課長へ報告してくる」
「何と?」
桐山が聞いた。
黒川は封筒を持ち直した。
「相談案件だ」
「ただし、放っておくには重すぎる」
「まずは正式に証拠を集めたい」
「課長の許可を取ってくる」
そう言って部屋を出た。
黒川は静かな廊下を歩きながら、
迫り上がる高揚を抑えきれずにいた




