第14話 役員会
第14話 役員会
火曜日の午後だった。
社長室。
机の上には一冊の報告書が置かれていた。
社長は最後のページまで目を通し、静かに報告書を閉じた。
しばらく無言だった。
窓の外には市街地が見える。
だが、その景色を見ているわけではなかった。
「間違いないのか」
短く尋ねる。
「情報管理部で三度確認しています」
管理本部長が答えた。
「認証情報も一致しています」
「そうか」
社長は小さく頷いた。
それ以上は言わなかった。
その日の夕方。
臨時の役員会が開かれた。
出席者は限られている。
議題も一つだけだった。
会議室の空気は重い。
社長が報告書を机の中央へ置いた。
「まず読んでください」
数分後。
最初に口を開いたのは営業担当役員だった。
「……何かの間違いでは?」
「私もそう思います」
財務担当役員も続く。
「森田さんですよ」
「研究開発本部長ですよ」
誰もが同じ反応だった。
報告書に書かれている内容は理解できる。
だが納得できない。
「システム障害の可能性は?」
「確認済みです」
管理本部長が答える。
「ゼロとは言えませんが、現時点で異常は確認されていません」
「本人の端末?」
「一致しています」
「認証情報は?」
「一致しています」
「指紋認証は?」
「成功しています」
会議室が静まり返る。
否定材料が見つからない。
だからこそ誰も困っていた。
「森田さん本人には?」
法務担当役員が尋ねた。
「まだです」
社長が答える。
「現時点では伝えていません」
「理由は?」
「確認が終わっていないからです」
誰も反論しなかった。
この段階で本人へ伝えるのは危険だった。
無実ならなおさら。
故意ならもっと危険だった。
「どうしますか」
誰かが言った。
会議室の視線が社長へ集まる。
しばらく沈黙が続いた。
社長はゆっくりと口を開く。
「私は森田君を信頼しています」
誰もが頷いた。
それは本心だった。
長年会社に貢献してきた人物だ。
疑いたくない。
「ですが」
社長は続けた。
「信頼と調査は別です」
会議室が静かになる。
「もし無実なら、なおさら第三者の確認が必要です」
「……」
「もし問題があったとしても同じです」
誰も何も言わなかった。
社長は報告書を閉じた。
「警察へ相談します」
その言葉に反対する者はいなかった。
できなかった。
「社外への公表はしません」
「ですが、正式に相談は行います」
「会社として記録を残します」
役員たちは静かに頷いた。
それが最善だと分かっていた。
会議が終わる。
役員たちが席を立つ。
誰も雑談をしなかった。
誰も笑わなかった。
社長だけが最後まで会議室に残った。
机の上には報告書が置かれている。
社長はそれを見つめた。
そして静かに呟く。
「森田君でないことを願うよ」
返事をする者はいなかった。
会議室には静寂だけが残っていた。




