第13話 報告書
第13話 報告書
火曜日の朝だった。
情報管理部長の田中は、いつもより少し早く出社していた。
昨日受け取った報告書が机の上に置かれている。
特別なものではない。
ただの調査報告書だ。
アメリカ側から依頼された確認作業。
その結果をまとめたものに過ぎない。
田中はコーヒーを一口飲むと、報告書を開いた。
最初の数ページは概要だった。
調査対象。
対象期間。
確認方法。
どれも問題ない。
想定通りの内容だった。
ページをめくる。
アクセス履歴。
認証記録。
ファイル閲覧履歴。
さらにページをめくる。
そこで田中の手が止まった。
「……ん?」
思わず声が漏れた。
もう一度見る。
見間違いかと思った。
名前を確認する。
社員番号を確認する。
認証情報を確認する。
そしてもう一度名前を見る。
「……」
田中は無言になった。
報告書を机に置く。
数秒考える。
そして再び報告書を開いた。
同じだった。
内線を取る。
「伊藤くん、ちょっと来てくれるか」
『はい』
数分後。
ドアがノックされた。
「失礼します」
昨日の担当者だった。
「座ってくれ」
伊藤は椅子に座る。
田中は報告書を開いた。
「これだが」
「はい」
「間違いないのか?」
伊藤は頷いた。
「何度も確認しました」
「何回?」
「三回です」
「三回か」
「社員情報との照合もしました」
「認証記録は?」
「一致しています」
「端末情報は?」
「一致しています」
「指紋認証は?」
「成功しています」
田中は黙った。
伊藤も黙った。
部屋が静かになる。
「システムの誤作動という可能性は?」
「低いと思います」
「ゼロじゃない」
「ゼロではありません」
伊藤は慎重に答えた。
「ですが、現時点では記録に矛盾は見つかっていません」
「そうか」
田中は椅子にもたれた。
天井を見る。
ため息が出そうになる。
だが出さなかった。
「……困ったな」
小さく呟く。
伊藤は何も言わない。
言える立場ではなかった。
田中は再び報告書を見る。
そこに書かれた内容。
それ自体は明確だった。
むしろ明確すぎた。
だから困る。
「これは私の一存では決められん」
田中は報告書を閉じた。
「上に根回しする」
「はい」
「この件を知っているのは?」
「私と田中部長だけです」
「他には?」
「いません」
田中はゆっくり頷いた。
「内密にしておいてくれ」
「はい」
「誰にも言うな」
「分かりました」
「法務部にもまだ報告しない」
伊藤は少し驚いた顔をした。
だが反論はしない。
「確認を優先する」
田中はそう言った。
「はい」
伊藤が部屋を出る。
ドアが閉まった。
田中は一人になった。
机の上には報告書。
田中は再びそれを開く。
何度見ても内容は変わらない。
数字も。
記録も。
認証情報も。
すべて同じだった。
「そんな馬鹿な……」
誰に聞かせるでもない独り言。
田中は報告書に記載された名前を見る。
その名前だけが、どうしても現実味を持たなかった。
森田俊昭。
研究開発本部長。
執行役員。
田中はゆっくりと報告書を閉じた。
部屋には静かな空調の音だけが響いていた。




