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みいつけた!

 姫榕が気まぐれを起こすのは珍しいことではない。帰ったら姫榕が丁度階段を下りてきたところだった。そして出会い頭に「散歩に行くぞ」と言われた。うんともすんとも言う間もなく、私はそのまま外へ引っ張り出された。


 表の店が面している通りへ出る。姫榕は大きくて目立つので、彼が出歩いているのを見た人々は、今日は月影ちゃんが店にいないことを悟り、幾人かが残念そうな顔をした。


「姫榕、お腹が空いたから何か食べたい」

「そうか」


 姫榕は近くにある饅頭の屋台に立ち寄ると、私に聞きもせずいきなり「五つくれ」と頼んだ。


「五つも食べられないよ……?」

「いくつ食える」

「二つ?」


 二つと言ったのに、姫榕からは三つ渡された。食べられるかどうかと聞かれたら食べられるが、お腹がいっぱいになってしまう。


「食えるだけ食え」


 姫榕はそう言って、残りの二つの饅頭をするすると平らげた。そして私が三つきちんと食べ終わるのを眺めていた。


「ごちそうさまでした」

「行くぞ」


 姫榕はどこに行くとも宣言せず、ぶらぶらと無目的に見える感じで歩き回った。開いている店は酒楼だけではなく、かんざしや櫛、鏡などを並べる小物屋、店先で飲み食いができる屋台などもたくさんある。


 光に反射してきらきらとかんざしが輝いている。綺麗だなと思って見ながら歩いていると、不意に姫榕が一本を手に取った。そのまま私の頭にあてる。まさか、買ってくれようとしているのだろうか。


(つけていくところもないし)


「要らないよ」

「似合わん」

「……!」


 姫榕はかんざしを戻してまた歩き始める。いささか衝撃を受けたが、姫榕はこういう人だ。似合うなら似合うと言い、似合わないなら似合わないとはっきり言う。似合わないのは私のせいではない。特にさっきのが気に入っていたのでもないので気にするだけ損である。


 そうして散歩していると、突然私たちの背中に「おい待てえ!」と大きな声が飛んできた。振り返ると、見覚えのある顔の男が立っていた。


(う、うわあ)


 見覚えがあるといっても、いい思い出ではない。酔っぱらった挙句に店で暴れ、店の壺や飾りをいくつも壊されたのだ。けが人が出なくて幸いだったが、姫榕が嬉々として成敗しにいこうとするのを止めるのがどれだけ大変だったか。そして劉燕が壊されたものを勘定するときの笑顔がどれだけ怖かったか。


 男の登場により、隣の姫榕が目を細めた。私は内心で頭を抱えた。


「はは。やるのか?」

(姫榕はやっちゃだめ)


 男が刀に手をかけた瞬間、私は一歩出た。姫榕には「出てこないで」と目で伝える。姫榕に相手をさせると、本人がいくら手加減をしても酷いことになる。最悪、最悪なことになりかねない。私に体術を教えたのは姫榕自身であり、私は彼に一度も勝てたためしがない。もはや彼と戦おうなんて愚かなことだとすら思っている。


 元々武術に長けているのでもない、酔っぱらった男を倒すのは簡単だった。後ろに回って膝を蹴れば、容易に男を地面に押さえつけることができた。


 周りの見物人たちから「おー」という声が上がったが、姫榕は白けたように私たちを見下ろしている。あっけなさ過ぎたのだろうか。


 酔った男に話が通じるかは分からないけれど、うちが金額を不正にかさ増ししたと思われてはいけない。周りに説明する意味も含め、高額になった理由を大きな声で男に伝える。


「おい。寝てやがるぞ」


 動かないな、とは思ったが、男はいつの間にか寝ていた。姫榕からいよいよ興味がなくなっていくのが手に取るように分かる。


 姫榕に「どうしよう」と尋ねた。しかし案の定姫榕はもうどうでもよくなっており「寝かせておけ」と言って背を向けてしまった。


(えー……)


 姫榕がつまらないのはもう仕方ないとしても、倒れた男をそのままにしていいものか。せめて花街に駐留している兵士に引き渡さなくてはならないのでは。しかしそんな私の気も知らず、姫榕はさっさと行こうとしてしまう。


「ひとりで歩かないで」


 姫榕がひとりで歩いたら今みたいなのにまた絡まれたときに、どうなるか分からない。ぼっこぼこにして新たな恨みを買いかねない。ちょっと待ってもらおうと、もう一度姫榕を呼ぼうとしたとき。


「何事ですか」


 集まっている人の間を割り、また知らない人が出てきた。ぱっと見、酔っ払ってはおらず、真面目そうな感じのする青年だった。


 何と彼は倒れている男の腕を自分の肩に回し、易々と立ち上がらせた。口ぶりからしてどこか安全なところに連れていってくれそうである。


 もう今にも離れていきそうな姫榕が気がかりだった私は、彼に男を預けた。慌てて姫榕を追いかけると、姫榕から「友達か」と訊かれた。意味が分からない。


「全然、知らないけど」

「そうか」


 姫榕はどうしてか少しだけ楽しそうにしながら現場を振り返った。




 次の日。女官長の会議に出すお茶の用意をし、部屋の掃除を済ませ、掃除道具を片づけに行くと、いつもの先輩女官が「いたいた」と言いながらやってきた。


 どうしたのかと聞くまでもない。私に仕事を委譲しに来たのだ。先輩女官はしゃなりしゃなりとしながら目の前まで来ると、「朱春ちゃん」と小首を傾げた。


「はい」

「あのねえ、ちょっとこれから手が離せなくってえ。厨のかまど、磨いておいて頂戴」

「かまど」

「そう、あのおっきいやつね。よろしく~」

「……」


 答えを聞かず強行するところにだけ焦点を当てれば、仕事をくれる先輩女官たちは姫榕みたいなものである。言い方と態度が違うだけで、やっていることは同じではないか。


「じゃあね~。あら……? あら……!?」


 春風のように軽やかに先輩女官が立ち去っていこうとする方向から武官服を身にまとった兵士が歩いてきた。その辺を巡回している兵士とは少し恰好が違う。布の質がいいような気がした。


 兵士は先輩女官とすれ違い、真っ直ぐこちらに歩いてくる。先輩女官は何か思ったのか、目を丸くして足を止めた。どうしたのだろう、お目当ての官吏に会いに行くところだったのではないのだろうか。


(まさかただのさぼりじゃ……あれ、この人……ん?)


 先輩に倣った訳ではないが、私も目を丸くした。兵士に知り合いはいないけれど、近づいてくる人に見覚えがあった。しかもかなり最近。というか。


「昨日の……?」

「こんにちは」


 姫榕と散歩中に現れたあの青年だった。何と。ちょっとよさそうな武官服を着るような人だったのか。青年は私に用らしく、挨拶をして目の前で立ち止まった。


(どうして)


 何用かと疑問に思えば、青年は「少しお時間いただきたくて」と微笑んだ。


「これから次の仕事が」

「すみません、本当に少しだけです」


 申し訳なさそうにしているが、きっとここでの立場的には、彼の方がうんと階級が上のはずである。私は新入りの下っ端なのだから。断っていいことはないかもしれない。


「……分かりました」


 私が了承すると、青年は「では一緒に来ていただけますか」と言って向きを変え、ついてくるよう促した。私は心の中で本当にすぐ帰してくれるのだろうな、と疑いながら「はい」と返事をした。


「あ、あの~。あなた様は?」


 その場に留まっていた先輩女官が、青年に声をかけた。青年は私に向けた穏やかな顔と同じ顔を彼女に向け、「必要が?」と尋ねた。


(!)


 先輩が面食らった隙に、青年はすたすたと歩みを進める。私はちょっぴり気まずさを覚えながら彼を追った。一応先輩の前を過ぎるときに「私もこの方のことは知りません」という顔をして頭を下げたが、きつく睨まれた。


 今後面倒なことになりそうな予感を覚え「あ~やだ~」と思いながら、綺麗な武官服に身を包んだ青年の背中へ恨みの視線を突き刺した。


「こちらです」


 青年について歩くところは、どこも初めて通るところだった。広い敷地の中にある、武官たちの陣地。軍の人たちが駐留している部屋があり、訓練場があり、馬舎もある。物珍しい気持ちで辺りを見ながら、そして私もすれ違う兵士に珍しいものを見る目で見られながら歩いた。


 廊下を進み、階段を上がり。ついにたどり着いた部屋の前で、私は目を瞬かせた。私の読み違えでなければ、部屋の前にかかっている看板には、『大参謀室』と書かれている。


(大参謀室???)


 ここに連れてこられる理由が全く思いつかない。私は何かとんでもないことをやらかしただろうか、とここ最近の記憶をたどった。


お読みいただき、ありがとうございました!

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