骨董屋敷の年の瀬
年の瀬。
空気がきりっと澄んで、息が白くなる季節。
“骨董屋敷”ともいえるこの家は、モノダマたちが多く住んでいる分、汚れの増し方も尋常ではない。
というわけで。
「さあ、みんな! 今日は大掃除よ! 働いてちょうだい!」
私、三倉珠希はパンパン! と手を鳴らしながら、モノダマたちに号令をかけた。
すると。
――ガタッ! ガラガラガラガラッ!
と、家じゅうのモノダマたちが、一斉に飛び起きた。
掃除道具の箒や雑巾はもちろん、人形や食器、文鎮や置物に至るまで、「任せろ」とばかりにわちゃわちゃ動き出した。
「さあさあ、やりますよー!」
中でもやる気を見せていたのが、犬張子の付喪神である壱丸だ。
壱丸は前脚の下に雑巾を敷くなり、
「雑巾がけ部隊、続け~っ!」
と、人形のモノダマたちを引き連れて廊下を滑走していく。
しっぽをパタパタ揺らして駆け回る姿は、一生懸命でとても可愛らしい光景だった。
けれど。
「おーい、壱丸ゥ!」
傍で高い棚の上を掃除していた善が、壱丸に叫んだ。
「掃除もいいがなァ、お前さんは自分の抜け毛も何とかしろィ! それじゃ廊下を拭いても意味がねェ!」
「ええ〜!? そんなに酷くないですよう!」
壱丸は雑巾で駆け回りながら抗議するけれど、その矢先に、ふわりと白い毛が宙を舞っていた。
よく目を凝らすと、壱丸の体からちょこちょこ毛が浮いているのが見える。
「すごいわねぇ……家の中に雪が舞ってるみたい」
「もう一体分身ができるんじゃねェか、ってくらいには抜けるからなァ。あいつァ」
――そもそも、私としては付喪神に換毛期があること自体が衝撃的なのだけど。
そんなことを考えつつ、私は座布団の上に座り直し、手元の鉄瓶を柔らかい布で磨く。
「いい子ね、貴方。大人しくてやりやすいわ」
鉄瓶のモノダマは、まるで猫のようにゴロゴロと鈍い音を鳴らしている。
私のお手入れを喜んでくれているのか、さっきから抵抗ひとつしない。
けれど、残念なことに、時間はあまりかけてあげられそうにない。
モノダマたちは、まだまだたくさん控えているのだ。
小さな茶碗、硯の箱、花瓶――どれもこれも早く手入れをしてほしいようで、そわそわカチャカチャ動いている。
「こら、押さないの。順番よ」
あまりにも騒がしいので声をかけると、モノダマたちがピタッ! と全員、即座に静止した。
「カカカ! そっちは大盛況だなァ、骨董姫。モノダマどももいつになく行儀がいいこった」
善は愉快とばかりに肩を揺らして笑う。
棚の上の掃除は終わったようで、「おう、戻っていいぞ」と声をかけるなり、そこら中に退いていたモノダマたちが次々元の位置に戻っていった。
「おーい、壱丸。俺がブラシかけてやっから、こっちに来な。このままじゃ廊下がまっしろけになっちまう」
「え〜? でもぼく、珠希さまのお手入れがいいです!」
「文句言うんじゃねェ、珠希だって忙しいんだよ!」
善は壱丸をひょいと抱えあげると、膝の上に乗せて軽快にブラッシングをはじめた。
扱いには慣れているのか、案外、手つきは優しそうに見える。
「おーおー、大収穫じゃねェか。よくこんな大量の毛を隠し持ってたなァ、お前」
「ふへぇ、なんか鼻が……ふぇ、くしゅん!」
自分の毛でくしゃみをする壱丸。
その様子がなんだか可愛くて、私はつい笑ってしまう。
「年末だなァ……こうしてみると、うちもずいぶん賑やかになったもんだ」
「ええ。だからこそ、きちんと身綺麗にして新年を迎えないとね」
埃が落ち、物が磨かれ、気持ちが整っていく。
少し前は考えられなかった暮らしの温かさを、私は実感していた。
*
大掃除もひと段落し、空気もすっきりしたところで、私は台所でお汁粉を温めはじめる。
すると、居間では善がごそごそと何か大きなものを運び込んでいた。
「やっぱ年の瀬はこれがねェとなァ」
「わあ、おこたですね!」
どうやら、善が運んでいたのはこたつだったようだ。
鼻歌まじりに布団を広げ、天板を据えて、さっそく火を入れている。
壱丸は待ち遠しそうに、こたつの周りをうろちょろしていた。
「おこた、おこた〜♪ おこたでぬくぬく〜♪」
「カカカ、楽しみだなァ、壱丸。どれ、お前さんはみかんを持ってきな。俺ァ茶を入れてくるからよ」
「合点です! 珠希さまぁ、みかん持っていきますね!」
壱丸は台所にやって来て、かごの中にみかんをひとつひとつ積んでいく。
完全に“こたつ準備係”として浮き足立っていた。
「壱丸、転ばないようにね」
と私が声をかければ、壱丸は「はぁ〜い!」と元気よく返事をして去っていく。
「……あれ?」
けれど、ひと足先に居間に戻った壱丸が、なにかに気づいたようだ。
「うわーっ!? しゃちょー、おこたにモノダマさんたちが殺到してます! ぼくたち入れないですよう!」
壱丸が悲鳴をあげるようにきゃんきゃん鳴く。
振り返って見てみると、こたつの周りにはいつの間にか、モノダマたちが大集結していた。
狸の置物に、古びた達磨、お猪口に茶碗まで、一斉にこたつ布団の中にズザザザザ〜ッと潜り込んでいる。
この光景には、駆けつけた善も吃驚したようで、
「おいィ! お前らは寒かねェだろ! 付喪神の俺たちに譲れやい!!」
と布団をぱたぱためくって、モノダマたちを追い出していた。
「おら、とっとと出ろォ! お前は花瓶! 温める必要はねェ! お前は座布団だからケツに敷かれてろ! 鍋! てめェは温める手段が違ェだろォ!」
「も〜! 皆さん、ちょっとは遠慮してくださいよ〜っ!」
まったく、年末年始のてんやわんやも収まる気配がない。
いっときでもいいから静かに過ごしたい私は、
「アンタたち、うるさいわよ! 面倒だから、そのまま一緒に入っちゃいなさい!」
と彼らを一喝した。
善と壱丸は「はーい」と声を揃えて、しずしずとこたつに小さく収まる。
「はァ、ぬっくいぬっくい。ここで鍋食って酒飲むと最高なんだよなァ……」
「わあ! ぼく、お鍋大好きです〜!」
ガチャガチャと騒がしいモノダマたちの中心で、早くも夕食に心を奪われている善と壱丸。
食いしん坊の彼らに呆れつつ、私は
「はいはい、それは夜のお楽しみね。今はこっち」
と、お盆をちゃぶ台に置く。
すると、間髪入れずに二人がぴょこっと身を乗り出した。
「おおっ、こいつァ!」
「お汁粉だぁ〜!」
小豆の甘い香りに鼻をヒクヒクさせる壱丸と、子供のように目を輝かせている善に、私は
「お餅を喉に詰まらせないようにね」
とお汁粉のお椀を差し出す。
善一はお椀を手に、しみじみ言った。
「へへっ、こうしてると、今年のドタバタも悪くなかったって思えるなァ」
壱丸もお汁粉をふうふう冷ましながら、
「ぼくは珠希さまと会えて、とっても嬉しかったです〜」
と、無邪気に笑う。
「そうね。これからはずっと、みんなで一緒に年越しができるからね」
何気ない言葉。
けれど、それは願いでもあった。
善はこたつの天板に肘をつき、大きく頷く。
「まったくだ。俺たちもこの暮らしを守っていかにゃァ。なァ、壱丸?」
「もちろんです!」
背筋をぴんと伸ばし、力強くひと吠えする壱丸。
その様子を見て、思わず笑みがこみあげてくる。
「ふふ、頼もしいことね。でも、一番は貴方たちが元気でいることだからね」
「はい! 元気いっぱいで、来年も頑張ります!」
私は壱丸の頭を軽く撫でる。
それぞれが、それぞれの想いを胸に、新しい年を迎える準備をしていた。
楽しくて、少しだけうるさくて、何よりも愛しい年の瀬のひとときだった。




