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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
二章 骨董姫と瑠璃色の指輪
15/40

(15)青い石の指輪

「いやァ、いい買い物だったなァ! たまにゃァ洋服も悪くねェ」


 私に揃えてモダンな服装に着替えた善は、百貨店の客たちの注目の的になっていた。

 特にご婦人たちはみな一様に頬を染めていて、まるで人気の舞台俳優を前にしているかのようだ。

 けれど、善は周囲の熱視線なんてどうでもいいのか、私のほうばかり見ている。


「聞いたかィ? さっきすれ違った客、どの店の服だって気にしてたぜ。

 いい広告塔になってるじゃねェか、珠希」

「そ、そうかしら……私じゃなくて、善のことだと思うけど」

「うふふふっ、しゃちょーも珠希さまも、とってもお似合いですよ~」


 私のハンドバッグの中から、壱丸がこそこそと賛辞を贈ってくる。

 善は「カカッ」と小さく笑いながら、バッグ越しに壱丸をトントン撫でていた。


(なんでだろう……花魁道中を踏んでいたときは、ここまで落ち着かないなんてことなかったのに)


 もしや、花魁の私ではなく、本来の私で歩いているからなのかもしれない。

 珠希という普通の女として外に出るのは、本当に久しぶりで……だからこそ、自分をどう見せればいいのか、分からなくなっているのかもしれない。

 周囲の客の視線を浴びつつ、百貨店をぐるぐる見て回っていると、不意に私のバッグの中で、しきりに壱丸がもぞもぞ動き出す。


「どうしたの、壱丸?」


 なにやら鼻をひくひくさせている壱丸に私は尋ねる。

 壱丸は私と善にだけ聞こえる声で答えた。


「なんだか、仲間のにおいがします」

「仲間? それって付喪神のこと?」

「はい。とっても懐かしくて……あ! 珠希さまのおうちのにおいに近いかもしれません!」


 壱丸の言葉を聞いて、私と善は示し合わせていたかのようにパッと目を合わせる。


「そいつァ……売られちまった三倉の家財が近くにあるってことか?」

「壱丸、お願い。においがどこからしているか教えて!」

「はいっ、向こうの通路のほうからです!」


 壱丸が言うや否や、善がすぐさま私の手を引いて動き出す。

 善が人混みをかき分けて作った通路を、私は辿るようについていく。

 人の波に揉まれつつやってきたのは、一風変わったお店の前だった。

 ショーウィンドウに素敵な薔薇の彫刻を施したラックや、色鮮やかな食器が展示されているのに、私の視線は釘付けになる。


「洋物雑貨? 年季の入ったものばかりね……」

「そういや、ついこないだ、アンティークショップが開店したって聞いたな。ここのことだったのか」


 そういえば、過去に会話していた三倉家の家財の中には「自分は西洋からやってきた」と言っていた品もあった。

 売り払われた物が市場に流れて、ここに辿り着いたという線もあるかもしれない。

 ところが、ここで壱丸が困り果てたような様子で、きゅーん……と鼻を鳴らした。


「どうしましょう、さっきまでこのお店からにおいを感じていたはずなんですが……よく分からなくなっちゃいました……」


 しょげ返った壱丸が「ごめんなさい……」と謝る。

 私はバッグ越しに壱丸の体をとんとん擦りながら、「大丈夫よ、落ち込まないで」と励ました。


「まァ、これも何かの縁だ。せっかくだし、ちょっくら寄って行かねェか?」

「そうね。私も中が見てみたいわ」


 私は善の提案に頷き、店の中に足を踏み入れる。

 商品棚には様々な調度品が並べられていた。

 銀食器や茶器、小物入れに香水瓶……椅子や箪笥などの素敵な家具まで、心躍る品物が目白押しだ。

 西洋の骨董品には、東洋のものとは異なる華やかさがある。

 あちこち歩き回って品物を見ている私に、善が


「楽しそうだなァ、珠希。目が輝いてるぜ」


 と微笑みかけてくる。


「骨董姫さまはやっぱり、古い物が好きなのか?」

「そうね。お父様もお母様も古い物を愛でるのが大好きだったし、私も二人に似たのかも」


 私にとって、古い物を愛でている時間以上に幸福なものはない。

 手に取った調度品がどんな職人に作られたのか、どんな人に使われていたのか、どんな経緯でここまでやってきたのか――。

 そこに刻まれた物語に思いを馳せるだけで、素晴らしい旅をしているような気分になるのだ。


「“声”は今も聞こえているのかィ?」

「ええ、もうひっきりなしに」


 耳を澄ませば、物たちが色んな方向から『もっと私を見てちょうだい』『私はどこそこから来たの』と私に囁いてくる。

 あちこち引っ張りだこで、どの子から見ていこうか迷ってしまいそうだ。


「まあ、綺麗……!」


 順番に見て回っているうちに、私は店の一番奥に設置されたガラスケースに辿り着く。

 中にはサファイアのブローチにパールのネックレス、ルビーのイヤリングなど、美しいジュエリーの数々が収められていて、厳重に鍵がかけられていた。 


 ――『ご覧、珠希。この紫水晶は珠希が生まれるよりも何万年も昔に生まれた、とても長生きな石なんだよ。

 ほんのこれくらい大きくなるまで、百年もかかるんだ』

 ――『珠希、知ってる? 翡翠ひすいはね、ずっと箱にしまっていると濁ってしまうの。

 身につける時間が長ければ長いほど輝いてくれる、不思議な宝石なのよ』


 お父様とお母様が語りかける声が、私の頭の中でレコードのように再生される。

 両親は蒐集した古い物を愛でるとき、いつも私に見せながら様々なことを語ってくれた。

 だからなのか……私は両親との思い出を振り返る時、いつも宝物をしまった引き出しを開けるような気持ちになるのだ。

 優しい記憶に浸りながら宝石を眺めていると、ふとある石が私の心を惹きつけた。


(ラピスラズリ……確か瑠璃るりのことだったかしら?)


 余計なものが一切ない、純粋な青だけがぎゅっと凝縮された宝石。

 丁寧に磨かれた大きな一粒が、シンプルな銀の台座の上で輝いている。

 私は純度の高いその青色にすっかり惚れ込んでいた。


(……私が指にはめたら、この指輪は喜んでくれるかしら?)


 指輪をはめている自分の姿が容易に想像できてしまって、 私はそのラピスラズリの指輪を手に取ってみたくなった。

 できることなら入手したいまである。

 お父様やお母様がしていたように、手を伸ばせばいつでも届くようなところに置いておいて、ふとした時にじっくりと愛でられたら――最高だ。

 もしも値段がそこまで高くなければ、善にねだってみるのもありかもしれない。

 そう思って値札を見て、私はピキンと固まった。


(け、桁が他より一個多い……!

 そりゃそうよね……こんなに綺麗なジュエリーが安価なわけないわ……

 でもやっぱりちょっと欲しい……!)


 不純物のない、高純度かつ鮮やかな青色のラピスラズリは、値段も最高級だ。

 しかし、とはいえ――芸術品としての付加価値も上乗せされているにしても、ここまで値が張るとは……。


「その青い宝石が欲しいのかィ?」

「!」


 そんな葛藤を繰り広げているところへ、善から声をかけられ、私の肩はギクッと揺れた。

 しまった、善に指輪を注視しているところを見られた。

 勘の鋭い善のことだ、私が迷っているのを察知して、さりげなく声をかけてきたのだろう。


「いいえ、違うの。懐かしいなぁって思って見てただけ」

「そうかィ? 遠慮しなくてもいいんだぞ?」

「いいのよ、もう満足したから」

「ふーん」


 高価な服も日用品もたくさん買ってもらったのだし、これ以上なにかをねだるわけにはいかない。

 素敵なモガになれただけでも、私としては十分すぎるくらいなのだ。


「これくらいにしておくわ。適当なところで切り上げないと、ずっとここに入り浸っちゃう。

 善も他にしたい買い物があるんで……きゃ!」

「おっと!」


 焦って店を出ようとすると、私は自分の足に引っかかって転びそうになった。

 ぐらっと前に傾いた私の体を、善が素早く受け止める。


「大丈夫か? 歩きすぎて疲れたかィ?」

「だ、大丈夫……本当に、大丈夫だから……」 

「……あ。珠希、ちょいと」


 早く離れなきゃと思ったところで、善がいきなり顔を近づけてくる。

 今度は何!? と身構えた私に、善はそっと耳打ちした。


「口紅、端っこが擦れちまってる」

「え? ……やだ、ごめんなさい!」


 よく見ると、善のシャツの襟に、私がつけていた赤い口紅の線がついてしまっていた。

 買ったばかりの高価なシャツを汚してしまった、と焦る私を、善が「慌てなさんな」と宥める。


「隅っこにちょこっとついただけだ、そんなに目立たねェよ。それより珠希、化粧室が向こうにあるから、口紅塗り直してきな」

「うう……本当に申し訳ないわ……」


 私は顔全体が熱くなってくるのを感じながら、足早に化粧室に駆け込んだ。


(ああ、今日は絶不調ね……きまりが悪いったら……)


 化粧室の鏡に映る私は、心なしかげっそりしていた。

 私は擦れた口紅を綺麗に落とし、その上から丁寧に塗り直す。

 買ってもらったばかりのコスメの香りを感じつつ、深呼吸していると、


「珠希さま、大丈夫ですよ。しゃちょーは全然気にしてないはずです!」


 と、バッグからひょこっと顔を出した壱丸が、私を慰めてくれる。

 私は壱丸を撫でつつ「ありがとうね」と小さく言う。


(しっかりしなきゃ。もうちょっと頑張れ、私)


 動揺するな――私は桜花郷で一世を風靡ふうびした、玉樟花魁だ。

 かつてと同じように振る舞えば、きっと大丈夫。

 そう自分を鼓舞してから、私は化粧室を出た。

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