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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
二章 骨董姫と瑠璃色の指輪
10/40

(10)モノダマたちの住処

「なにこれ……!」

 

 靴を脱いで上がると、そこにはなんとも奇妙な光景が広がっていた。

 ほうきとちりとりが畳を駆け回ったり、急須が湯のみを連れて廊下を横切ったり……。

 他にも、食器やお人形、木桶や座布団など、家の中のあらゆる道具が、そのへんを縦横無尽に移動していた。

 あちこち見て驚いている私に、横から壱丸が胸を張って言う。


「モノダマさんたちです! この家では、みんなが自由に動けちゃうんですよ〜!」

「モノダマ?」


 私が耳慣れない言葉に首を傾げると、傍らの善が煙管を咥えつつ補足した。


「俺たちァ、付喪神になる手前の奴らをそう呼んでるのさ。

 ここで煙草をふかしてるうちに、俺が貯め込んでた霊力が充満したみたいでな。

 その霊力を受けたモノダマたちが、そこかしこでちょろちょろ動くようになったんだ。

 しょっちゅうドジを踏んで欠けちまう奴もいるから、ぶつからねェようにな」

 

 善の通った道を辿るように歩いていると、襖の影からちょこんと顔を出した湯のみと目が合った……ような気がした。

 よく見ると、モノダマたちには小さな目と、針金のように細い手足が生えている。


「ぼくもモノダマさんたちも、しゃちょーの霊力で動けるようになったんです。

 だから、しゃちょーはこの家のお父さんみたいなものなんですよ!」

「へえ……いいわね。賑やかで楽しそうなお家だわ」


 物の声を聞く骨董姫と呼ばれてきた私だけど、こんなふうに自由に動く物たちを見るのは初めてだ。 

 面白すぎる光景に目を奪われている私を見て、善が「カカカ」と声を立てて笑った。


「さすがは骨董姫、どっしりしてやがる。普通なら腰の一つも抜かしてるところだぜ」


 善の案内で居間に入ると、私の目の前に座布団がやってきて、ぽすんとその場に居座る。

 さあさあどうぞ、ここへお座りください――と言われている気がしたので、私はありがたく腰を下ろした。


「珠希の実家も、こんな感じだったのかィ?」

「ええ。物が動き出す以外は、本当にこんな感じのところよ。

 私、昔は引っ込み思案だったから、身の回りの骨董品や道具たちが友達みたいなものだったの」


 過去には、物に話しかけている私を見て、「頭のおかしい変な子供」と気味悪がる人達もいた。

 けれど、私はそんなくだらない陰口よりも、物たちと交わす会話の方がずっと楽しかったのだ。

 意地悪をされた日に愚痴を吐いても、物は静かに受け止めてくれるし、人間のように変なお説教をしてこない。

 私にとっては、実にいい友達だった。


「貴方が壱丸を引き取ってくれたおかげで、大切な友達に再会できたわ。ありがとう、善」

「俺ァ大したことはしてねェよ。でも、よかったな」


 私は壱丸が歩いて行った台所に目をやる。

 壱丸はやかんや急須のモノダマたちに指示を出し終えると、再び私のそばにやってきて、頭をすりすり寄せてきた。 


「本当ですよう。今日はお祝い日和ですね!」 

「だなァ。壱丸、お祝いの準備はどうだィ?」

「はい、もうすぐ大詰めですよ! 出前のお寿司もばっちりです!」

「上出来だ。壱丸は采配さいはい上手だねェ」


 善からわしわしと頭を撫でられて、壱丸は「むふふ〜」と自慢げに尻尾を振った。


「うし、ちょいと待ってくれなァ。すぐ支度を整えるからよ」

「あらあら、至れり尽くせりね」

「当然です! 珠希さまをお迎えするために、みんな張り切ってたんですから!」


 もう一度台所を覗くと、やかんのモノダマがお湯を沸かしながら、歌うようにしゅんしゅん音を立てているのが見えた。

 その傍らで、急須のモノダマは待ち遠しそうに足踏みをし、食器棚からはお椀などのモノダマが次々顔を出し始める。


「あいよ、今日は特別いいのを頼んだぜ」


 善が上機嫌に鼻歌を歌いながら、運んできたお重を並べていく。

 お重の中に所狭しと詰められているのは、色鮮やかな手まり寿司と、華やかなちらし寿司だ。


「はーい、お膳部隊はこっちですよ〜!」


 さらにそこへ、壱丸が小皿やお箸などのモノダマたちを引き連れて、台所からぞろぞろと行進してくる。

 モノダマたちが小さな足でぴょんと段差を越え、ちゃぶ台の上に次々整列していくのを見ていると、愉快でたまらなかった。


「お味噌汁隊、と〜まれ! さあさ、しゃちょーに盛ってもらいましょうね〜」

「おう、ちょいと使わしてくれな」


 壱丸に連れられた木のお椀たちや鍋が、ちゃぶ台のそばに整列する。

 歩いてきたお玉のモノダマを手に、善はお椀に手際よく味噌汁を盛りつけていく。

 一緒に動いているモノダマたちは、みんなコトコトと音を立てていて、さながら子供が無邪気に笑っているようだった。


「ふふ、みんな楽しそうに働くのね」

「そりゃそうさ。誰かのために使われることが、物の喜びだからな。

 使ってくれる家族が増えりゃァ、こいつらだってわくわくしちまうだろうよ」


 そう語る善のまなざしは、優しく慈愛に満ちていた。

 壱丸の言うとおり、モノダマたちの父親のような温かさがあった。

 準備がすべて整ったところで、善がお酒を注いだお猪口を掲げる。


「そんじゃ、珠希の仲間入りと再会を祝して」

「かんぱーいっ!」

「ふふふ、乾杯」


 私はお猪口を掲げ、壱丸は飲み物の代わりに前足を掲げた。


「お寿司なんて何年ぶりかしら。すごく美味しい……」


 遊郭で粗末なご飯ばかり食べてきた反動か、自分のために振る舞われたご馳走がいっそう深くみ渡る。

 見た目も味も丁寧にあつらえたお寿司は、極上の美味しさだった。


「だろう? ここの寿司は特にさばが美味くてなァ」


 そう言いながら、善は鯖のお寿司に舌鼓を打っている。

 荒っぽい口調が目立つ彼だけど、箸使いや食べ方は意外と上品だ。


(……『男の寝所での振る舞いは、食事の所作を見ると分かる』、だったかしら)


 以前、他の遊女とそんな会話をしていたなと思い出しつつ、私は善をさらに注視してみる。

 ――好きなものを最初に食べる男は、自分の欲望に忠実。

 ――食べ方が綺麗な男は、寝所でも紳士的に振る舞う。

 ――ゆっくり味わう男は、長く楽しむ傾向がある。

 ……夜の善の様子と照らし合わせながら観察してみると、案外説得力のある説だ。

 そんなことを考えていると、善が私の視線に気づいたのか、気まずそうに目を向けてきた。

 

「なァ、珠希ィ。そんなにじっと見られると食いづれェよ……」

「あら、ごめんなさい。綺麗な食べ方だなって思ってたら、つい見ちゃった」

「そうかねェ?」


 しまった。

 私としたことが、つい分析に夢中になってしまった。

 相手の所作をじっと観察し、色々と考察してしまうのは、遊女の職業病かもしれない。


「ぼくも綺麗ですよ! ほらっ、お米も残さずぴかぴかに舐めちゃいます!」

「ふふっ、そうね。壱丸は残さず食べて偉いわ」


 可愛い自慢をする壱丸の頭を撫でてあげると、壱丸はむふ〜と誇らしげに笑いながら尻尾を振った。 


「……そういえば、貴方や壱丸も、人間と同じように食事をするのね。やっぱり栄養が必要なの?」

「まァな。ただ、俺たちは食材からっていうより、そこに宿る霊力から栄養をもらってる感じだな。

 料理に込められた作り手の“念”が、俺たちにとっちゃ最高の糧になる」

 

 私は「へえ……」と声を漏らしつつ、お重の中のお寿司を見下ろす。

 言ってしまえば、お寿司なんて酢飯に魚の切り身を組み合わせたものに過ぎない。

 けれど、作り手の気持ちが加われば、それはただの食材ではなくなる。

 味や香り、見た目の美しさ――料理人が食べる人を想いながら、丁寧にあつらえた一品。

 その想いこそが、彼らにとっての糧ということなのだろう。


「ちゃんと味の好みもあるんだぜ。俺ァ幕府時代の鯖寿司や焼き鳥が好きだな。最近だとビイルや牛鍋もいいねェ」

「なんかオジサンくさい好みね」

「うるせェやい。オッサン言うなィ」


 さすが二百年生きた付喪神と言うべきか、善の好みからは時代の流れを感じる。

 すると、傍らで玉子のお寿司を食べていた壱丸も、尻尾をぱたぱたさせて会話に混ざってきた。


「ぼくも好きなものありますよ! 玉子のお寿司とか〜べっこう飴とか〜小豆ご飯とか〜あんころ餅とか〜おいなりさんとか〜……」

「でも長ネギとカラシは食えねェんだよなァ」

「ぼくは犬だからネギが食べられないんですーっ!」

「嘘つけ、玉ネギの天ぷらは嬉々として食ってたくせによ」

「あらあら、壱丸の味覚は子供に近いのね」


 こんな笑い声に満ちた温かい食卓なんて、何年ぶりだろう。

 長い間、私から欠け落ちていた破片が、少しずつ戻ってきているようだった。

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