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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
一章 骨董姫と喧嘩煙管
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(1)噂の骨董姫

 ゆるりと舞い上がった白い煙が、月明かりをはらんで輝いていた。

 満月が見下ろす橋の上で、煙の主は私に向かって、不敵に笑いかける。


「使えよ。俺ならあの豚を月までぶっ飛ばせるぜ」


 鈍色にびいろに輝く煙管きせるを片手に、彼は唇の隙間から白い煙を吐く。


「“俺”を使え、骨董姫。アンタのすべてを、“俺”で取り戻せ」

 

 彼が呼ぶその名が、私の胸に強くこだました。

 火花のような衝動が、私の中で弾ける。 

 あらゆる道具の声を聞く“骨董姫”の私と、道具の魂の化身たる“付喪神”の彼。

 ――手に取らない理由など、もはやありはしない。 


「いいわ。その賭け、乗りましょう」


 奪われた家も、過去も、誇りも――すべてをこの手で取り戻すために。

 私は息を整え、ゆっくりと頷き、魂を込めるように、“彼”に命じた。


「――百丸ひゃくまる善一ぜんいち! あいつを月までぶっ飛ばしなさい!」



 ――涼しい秋風が吹き抜ける、昼下がりの帝都・桜花郷おうかきょう

 ガス灯に囲まれた花街の一角で、私は三味線を弾いていた。

 現在、二十二歳になった私は、この花街の女郎屋・ちとせ楼の遊女『玉樟たまぐす』として生きている。


「おうい、玉樟。中島屋の若女将が、“骨董姫”に会いたいってよ」


 二人の新造に三味線の稽古をつけているさなか、遊郭の番頭さんが私を呼びに来た。

 私は「はあい、ただいま」と返事をし、二人に練習して待っているように言いつけた。


「お待たせいたしました、こちらが件の骨董姫です」


 お座敷では、なにやら神妙な面持ちの女性が、座布団に座って待っていた。

 番頭さんは私を客室に通すなり、お客さんに私のことを紹介する。


「突然お訪ねしてすみません。実は貴方に見てもらいたいものがあって……」


 そう言うなり彼女が差し出したのは、おかっぱ頭に赤い着物を身に着けた、昔ながらのお人形だった。


「このお人形がどうかしたのですか?」

「娘が『この人形からすすり泣くような声が聞こえてくる』って言うんです。

 もしかして、悪霊かなにかが憑いているんじゃないかと思って……お祓いをしたほうがいいのでしょうか?」


 私は若女将から受け取った人形の顔をじっと見つめる。

 確かに、びいどろのような瞳の奥には、涙が浮かんでいるように見えた。

 目を閉じてよく耳をすませると、かすかに人形の声が聞こえてくる。


 ――違う、違う……怖いの……寂しいの……

 ――一人ぼっちは……

 

 人形は少女のような声で、か細く私に訴えていた。

 突然知らないところに来て怯えているのか、あるいは若女将を怖がらせてしまったことを悔いているのか……。

 どちらにせよ、人形の訴えは切実そのものだった。


「……確かに、静かに泣いている声が聞こえますね」

「……! やっぱり……」


 私は昔からずっと、こんな感じで物の声が聞こえる。

 若女将はこの奇妙な体質のことを噂で知って、私のもとを訪ねてきたのだろう。


「ご安心ください。この子は悪霊でもなんでもありません。寂しがっていただけです」

 

 まずは若女将が一番知りたかったであろうことについて、私は手短に答える。


「寂しがっていた?」

「この子は娘さんの人形遊びに使われていた子ですね?

 でも、娘さんはもう長いこと遊んでいないのではありませんか?」


 人形から読み取った情報を交えつつ聞いてみると、若女将は驚いた様子ながらも「ええ、ええ!」としきりに頷いた。

 

「娘はもう十五歳ですし、この人形を使わなくなりましたから……ずっと出しっぱなしだったのを、つい先週物置きにしまったんです。

 泣き声はその次の日から聞こえてくるようになったそうで……」


 若女将は不安げな表情で、私と、私の手に抱えられた人形を交互に見ている。


「もしかして、私のせいで人形が怒ってしまったのでしょうか?」

「いいえ、怒るなどとんでもありませんわ。

 きっと、娘さんの姿が見られなくなって、悲しかったのだと思います」


 この子はたくさん愛されて、遊んでもらったのだろう。

 だからこそ、大好きな娘さんと引き離されたと思って、不安で泣いてしまったのだ。


「大切にされた道具には魂が宿るものです。

 お互いを大切にしあっていたからこそ、娘さんにもこの子の泣き声が届いたのかもしれませんね」

「まあ……そうだったの。私はとても可哀想なことをしていたのね……」


 人形の切ない思いを知った若女将は、口を押さえて、表情を曇らせた。

 私は人形の髪を指で軽く整え、曲がった帯を直してあげながら、若女将に伝える。


「この子は家族が集まる場所に飾ってあげてくださいな。そうすれば、きっと泣き止むはずです。

 時折周りをお掃除してあげたり、身だしなみを整えてあげるとなおよろしいかと」

「分かりましたわ。家に帰ったらすぐにそうしましょう」

 

 優しい人のところに行けてよかったわね、と人形に声をかけつつ、若女将のもとへ帰してあげる。

 すると、人形も安心したのか、「ふふ」と少女の声で笑った。

 若女将はしばらく人形を感慨深そうに眺めていたが、やがて私に向かって深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。貴方に見てもらって正解だったわ。主人はお焚き上げしなきゃって騒いでいたけど、この子を見ていたら不憫だと思ったのよ」


 娘にもよい報告ができそうです、と言って、若女将は懐からお饅頭を二つ差し出した。


「お金は受け取らないと聞いていたので、代わりに持ってきました。

 ささやかですが、気持ちとして受け取ってくださいな」

「……ありがとうございます。お役に立ててなによりですわ」


 せっかくなので、私はこっそりとそれを受け取った。

 若女将と人形が店を後にしたところで、私はお饅頭を懐に隠し、静かに自室へ戻る。

 


「あ、玉樟姐さん!」

「おかえりなさいまし」


 自室の襖を開けると、私がいない間も律儀に三味線の練習をしていた、新造のヨネとフクが出迎える。

 私はもらったお饅頭をこっそりと二人に差し出した。


「これ、アンタたちにあげるわ。みんなには内緒よ」

「わあ! ありがとうございます、姐さん!」

「でも、玉樟姐さんの分が……」

「私はいいのよ。アンタたちは育ち盛りなんだから、遠慮しないでお食べなさい。

 でも、絶対に誰にも見つからないようにね」


 私は二人よりもいい食事にありつけているし、客からこっそり料理を分けてもらうこともある。

 毎日少ない食事で頑張る二人だから、このくらいのご褒美はあってもいいはずだ。

 けれど、おやつを食べていることがバレれば、この子たちが楼主に厳しく叱られてしまうので、私は口を酸っぱくして言った。


「さ、そろそろ夜の準備をしなきゃね。少し用を足してくるから、アンタたちも支度を始めてなさいな」

「「はあい」」


 部屋の外へ出てかわやに向かおうとすると、背後で笑い声が聞こえた。

 明らかに私に聞こえるようにしている感じだったので、私はそっと振り返る。

 すると、私の後ろでニコニコと笑みを浮かべている女がいる。


「今日もご指名だったみたいじゃない、玉樟?」

「あら、初花はつはな


 彼女は同じ女郎屋で働く遊女の初花で、ここでは玉樟わたしに次ぐ人気を誇る花魁だ。

 私のことが妬ましいのか知らないが、なにかと理由をつけては突っかかってくる、少し面倒な女だ。

 

「あはは、馬鹿みたい。

 あんな嘘か本当かも分からないことを信じちゃうなんて、よっぽど純粋な女将さんなのね。

 まあ、デタラメだったとしても? 貴方は相手を満足させればいいんだしね。

 いいわあ、楽に稼げる仕事で」

「なにか勘違いしていないかしら。私は金銭を受け取ってないわ。単なる人助けをしているだけよ」


 私の噂を聞いて訪れる人たちの中には、金子きんすを持ってくる人もいる。

 けれど、私は金銭の類は必ず断っているので、嘘は言っていない。

 嫌みを言ってくる初花に、私は微笑みかけつつ訂正する。

 それでもまたなにかを言われそうだったので、私は彼女が真新しいかんざしを挿しているのを見て、先手を打つことにした。


「その牡丹の花の簪、とても素敵だわ。さすがは画商の宇喜田うきた様、貴方にぴったりの品を選んでくださったのね」

「えっ……!?」


 初花はぎょっと目を剥き、分かりやすく動揺する。

 無理はない。初めて身につけた品について、誰からもらったのかいきなり言い当てられれば、吃驚するに決まっている。

 けれど、私には見えるのだ――丁寧に塗られた朱漆の簪に宿る、熱い恋情の色が。


「よかったわね。簪を贈られたということは、宇喜田様は初花のことを本当に想ってらっしゃるのかも。

 昔の殿方は女性に求婚するとき、一緒に簪を贈ったというらしいし」

「なっ、そ、そんな、こと……っ!」


 もちろん、私は初花が宇喜田という馴染み客に想いを寄せていることも知っている。

 赤面してあっという間に大人しくなってしまった初花に、私はころころと笑いかけた。


「まあ、貴方がデタラメだと思うならそれでもいいけどね? 見聞きできないものを信じろというのも、難しい話なのは分かっているし」


 悔しそうに唇を噛む初花に手を振り、私はまた歩き出す。

 わからない人にとっては、物と会話できる力なんて胡散臭い以外の何物でもない。

 まして、物と会話してみせる私の姿は、人によっては気持ち悪く見えるだろう。

 散々虐められた過去のおかげで、私はそのことを十分に理解していた。

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