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第168話 小さな蒼い星での出逢い 下

「おいアンタ、もう宿は取っているのか?」

「……宿?」


 少女はARKHED(アルケード)に搭乗し、ステルスや監視衛星に捉えられぬよう細心の注意を払ってこの星に降り立った。

 星から脱するのも混乱を避ける為に目撃者が居ないようなところで搭乗しようと考えていて、この星に滞在するつもりは無い。

 面倒事を避けるならばもう宿は取ってあると答えればよかったのだが、言い淀んでしまった事で事態は変わる。


「……どうやらまだのようだな」

「……それが何か?」

「今の時期は他所から来た観光客でどこの宿も一杯だ。これから宿を探すとなると大変だぞ」

「平気よ。いざとなれば野宿でも構わないわ」

「それは……、随分とタフなんだな」


 感心したような、どこか呆れているような笑みを浮かべているジルベルト。

 それならばと深くは探りを入れず、気を付けろよと声を掛けるだけであったが、勢いよく開かれた扉に続いてなだれ込んできた子ども達によってアリーチェは再び歩みを止められてしまった。


「おねーさん旅の人?」「お祭り見に来たの?」「どこから来たの?」

「ちょ、ちょっと……」


 少女を取り囲んだのは子ども達で、皆、見慣れぬ衣服を纏った少女に興味津々といった様子であった。

 子どもを相手にどうすればよいか対応に困っていた少女に助け舟を出したのはジルベルトで、彼女に纏わりついていた子ども達を引き離そうとする。


「おいお前ら、迷惑かけちゃ駄目だろう」

「えーだってー!」「いいじゃんケチー!」「ジル兄はあっち行っててー!」


 どうやら子ども達はジルベルトの言葉を聞き入れないようで、絶えず少女へと質問を投げかけてくる。

 今度は二人でこの事態をどうしたものかと戸惑っていた所、ゆっくりとした足取りで一人の少女が、セラフィーナが近づいて来た。


「騒がしいと思ったらどうかしたの? ……って、貴女は――――」

「セラ……! またお前は勝手に寝床から出てきて……」

「熱なら下がったのよ。それよりも、こちらの方はどなたなの?」

「……ったく。この人は――――」

「近々祭りがあるから、観光しに来たのよ」

「そうなんですか~」


 まとわりつく子ども達に言い聞かせながらも、セラフィーナは子ども達と同様に興味津々といった目でチラチラと様子を窺っている。

 これ以上は迷惑かけられないと、何より早くセラフィーナを自室に戻さなければと思い至ったジルベルトは早く立ち去るようにと促すが、彼の不用意な言葉でセラフィーナは反応する。


「早くしないと宿が無くなるぞ」

「ええ、そうね。それじゃあ失礼するわ」

「待って! 貴女、今晩の宿が決まっていないの?」

「え、ええ……、まぁ……」


 嫌な予感を感じつつ答える少女。

 彼女の予想通り、セラフィーナと子ども達は互いに顔を見合わせ、いい案があると言い出した。

 そしてそれは少女にとって厄介なものであった。


「宿が決まっていないならここに泊まればいいじゃない」

「え……、でも……」

「私から神父様に頼んでみるわ」

「あ、ちょっと……、待ちなさ――――……行ってしまったわ」


 早速セラフィーナは子ども達を引きつれて神父の元へと向かう。

 残された少女は茫然としていたが、ジルベルトにすまないと声を掛けられ、ようやく状況を飲み込めた。

 観測装置オブザーベイションシステムである少女の使命。

 それは強い意志の力を持つ者を探し出し、その者の願いを叶え、意志の力で動くARKHED(アルケード)を与え、枷をはめ、苦しみもがきながらも抗う姿を観測するのが目的である。

 ジルベルトが観測対象として不適格であったならば早々とこの場を立ち去らなくてはならない。

 けれどもこうして何故だか彼らに歓迎され、68番の少女は厄介になる事となってしまった。

 これは無用な混乱を招かないよう細心の注意を払った上での行動だ。

 そうやって少女は自身に言い聞かせていたが、嫌悪感すら抱いたこの温かな日常で、もう少しだけ観測対象候補者であったジルベルトの様子を見てみたくもあった為、少女は皆の好意を受け取った。






 賑やかと言うよりも、騒がしくあった夕食を終え、子ども達はシスターに連れられて風呂場へと向かう。

 少女はと言うと、宿泊費としてお金を出そうとしたが、神父に子ども達が外の世界の話を聞けて嬉しそうだったからと言われ、受け取りを拒まれてしまった。

 ならばと少女は食器洗いをすると言い、今現在ジルベルトと並んで皿洗いをしている。


「本当にすまないな。子ども達の相手だけでなく、皿洗いまで」

「構わないわ。お代も払わずにいられる程、厚かましくありたくないもの」


 こうなればもう後は流れに従うしかないと諦めていた少女だが、夕食時の質問攻めには自分の考えが甘かったと後悔させられた。

 何が楽しいのか、この宇宙にどんな星があるのか、そこに住まう人達はどのような生活をしているのか。

 少女がこれまで見てきたものを説明する度、子ども達とセラフィーナは目を輝かせて聞き入っていた。

 その反応はARKHED(アルケード)を持ち、自由に飛び回れる少女にとって理解できないものであったが、この星の生活水準を考慮すればこれが普通の反応なのだと分かる。

 メルジーネでは都市部と地方の発展に差があり、利便性も格段に違うのだが、自然豊かな土地を好む者も一定数は居て、こうしてこの港町の様な先進技術に溢れていない所もあるのだった。

 少しばかり離れた土地には大都市がある。

 そして高度な技術に溢れている都会に憧れる者は多い。

 このような田舎町ならなおさらであって、それらを恥じることは無い。

 子ども達はそういったここではない何処かを夢見ている子もいたが、ジルベルトやセラフィーナは違った。

 セラフィーナは自身の身体の事をよく理解していて、忙しない様子の都会は肌に合わないのだと思っている。

 外の世界は話を聞くだけで満足で、ここから何処かへ行きたいという気持ちは無いらしい。

 一方でジルベルトはそもそも外には興味が無く、彼にはセラフィーナの事しか頭にないようであった。


「(……彼女に囚われて、この土地に縛られて……。それで幸せなのかしら……)」


 潜在的な意思の力。

 ジルベルトからその力感じ取っている少女は、あらゆる可能性を持っていても燻っているような姿に憐れみすら感じた。

 当人は幸せそうだが、まだ視野が狭いだけで。

 セラフィーナが居なければジルベルトは大きく羽ばたけるのだと、そう確信があった為、少女は問いかけた。


「ねぇ。アナタに願いは無いのかしら」

「何だ? 藪から棒に……」

「もし願いが叶うのなら、あなたは何を願うの?」

「ああ……。そういや祭りの最終日に願い札を灯篭に乗せて海に流すんだっけか」


 唐突な質問を勝手に解釈したジルベルトはしばらく考え込んで、それから答えを出した。

 それは期待外れで、非常につまらないもので、ある程度予想はしていたものの、少女は内心落胆した。


「……特にないな。俺は今の生活に不満が無いからな」

「……そう」


 キッパリと言い切ったジルベルト。

 一見すると迷いはなさそうであったが、彼の目線は下がっていて、少女は僅かな迷いを見透かしていた。

 彼自身もこのままでは駄目だと思っていて、それでもどうする事も出来ないもどかしさを抱いているのだろう。

 けれどもそれを表に出すことは無く押し込めていて、愛する者の為に耐える姿は見ていて不愉快であった。


「旅人さん……! 寝床の準備が出来たわよ」


 後片付けが終わった頃、キッチンにセラフィーナが顔を出した。

 彼女は少女の腕をとり、こっちよと案内をするが、そこは彼女の私室であった。

 こうなる事は分かっていたようだが、ジルベルトは心配らしく、少女の方へとあまりセラフィーナを夜更かしさせないで欲しいと頼む。


「ちょっとジル、どういうつもりなの?」

「お前に言っても聞きやしないじゃないか」

「そんなことは無いわよ」

「どうだかな……」

「もういいわ……! さ、旅人さん、小うるさいジルは放って置いて行きましょう」

「え、ええ……。分かったわ……」


 セラフィーナの部屋へと入る前に少女が振り返って見ると、ジルベルトは悪かった、世話を掛けさせてという意味を込めてポーズをとった。

 彼が気に留めることは無いのだと肩を竦めさせて首を横に振り、少女は就寝の挨拶をして背を向ける。


「本当に良いの?」

「ええ。良いのよ。それよりも旅人さんは私と一緒じゃ嫌なのかしら」

「そうではないのだけれど……」

「なら決まり。さぁ、こっちこっち」


 大きな寝台に先に入って手招きをするセラフィーナ。

 どうしてここまで気を許せるのか。

 今日出会ったばかりで、しかも旅人という得体の知れない身でここまで心を許すなど信じ難い所だが、この土地の穏やかな気候が、風土がそうさせているのだろうと気付き、少女は諦めきった様子で好意を受け入れた。

 二人で横になり、少女は一度背を向けたが、セラフィーナにこっちを向いてと言われ、渋々向きを直す。


「早く寝ないと体に障るわよ」

「少しだけ、少しだけなら良いでしょう?」

「……どうなっても知らないから」

「ふふ……っ。……ありがとう」


 まだ話をしたそうなセラフィーナが子犬の様な目でおねだりをし、少女は簡単に折れてしまった。

 と、言っても少女には話すことは無く、セラフィーナの方から問い掛けて会話が始まるのだが、彼女は中々問いかけてこようとしない。

 話が無いのならもう寝るわねと再び背を向けようとしたが、慌てて待ったが入った。


「旅人さんは……その……夢とか、願いとかある?」

「え……?」


 それは先程ジルベルトに対して少女が投げかけた問いで、まさかここに来て自分が同じ問いを掛けられるとは思いもしなかった。

 観測装置オブザーベイションシステムである少女には使命しかなく、夢や個人的な願いなどありはしない。

 まだ人と触れ合う機会が少ない少女にとっては尚更で、セラフィーナの問いには答えられずにいた。


「もしかして、お願いごと、何もないの?」

「……そうね。思いつかないわ」

「……そっか。旅人さんはいろんな星に行けて、自由で、何でも願いは叶ってしまうから、今更願う事もないよね」

「……何でもは叶わないわよ」

「そうなの?」

「ええ。人というものには限界があって、そのくせ高望みをしてしまうもので、願いというのは際限のないのが普通だわ」

「旅人さん……、何だか自分が人じゃないみたいな言い方だね」

「……!」


 常に緩んだ笑みを浮かべていて、能天気そうだと思っていたセラフィーナは意外と鋭く少女は驚く。

 まさか正体を見抜かれたのかと焦りを感じたが、それは杞憂で済んだ。

 セラフィーナとしてはただの冗談だったらしく、彼女は自分の願いを語り出した。

 表面上は無欲であったジルベルトと違い、セラフィーナには確かな願いが、それも幾つもあるようで、近々催される祭りで海へと流される灯篭に何を願おうかと悩んでいるようだ。


「私はね、まず皆が元気で暮らせるようにって……。一番元気にならなくちゃいけないのは私なんだけど、私の病気は治りっこないから……」


 困ったように笑うセラフィーナ。

 彼女の病は決して直らないものではない。

 けれどもそれは都市部での話で、病を克服しようとすれば莫大な治療費が掛かるのであった。

 その為今は症状を和らげる薬を服用し、大人しく過ごす事で難を逃れているが、発作が起きればどうなるかは分からない。

 金さえあれば、地位さえあれば治療できる病。

 人とは常に平等ではなく、生きるか死ぬかは持つ者と持たざる者とで変わってくる。

 セラフィーナは持たざる者で、その現状を受け入れていた。

 健気で、病弱でありながらも誰かの役に立ちたいと願っている彼女が救われない世の中。

 それは魔術師の世界マギイストも機巧の世界ソルダントも変わりはしない。

 けれども少女は目の前で苦しむ者を憐れみ、そして世界を嘆いた。

 その気持ちに気付いてか、表情には出していない筈だったが、セラフィーナには悟られていたらしく、彼女は自分の病状は気にしないで欲しいと言い、湿っぽい気分を変えようと今度は明るい夢を語る。


「もう一つの願いはね、宇宙を……。ううん、この際この星の空でも良いから飛んでみたいと思うの」

「それは……、叶わない事も無いんじゃないかしら」

「そうなの……! 今度のお祭りにはね、海上でARKS(アークス)のレースが行われて、最新の機体も来るようで、一般客も乗せて貰えるアトラクションもあるらしいの」


 期待に胸を膨らませるセラフィーナ。

 どうやらこの願いは灯篭と共に流さなくても叶いそうで、少女は嬉しそうに笑顔を綻ばせるセラフィーナの姿に思わずつられて口端を緩める。

 これでセラフィーナの願いは最後かと思われたが、彼女の願いは尽きない。

 遠く離れた星の珍しいお菓子が食べてみたいだとか、遥か辺境の地に生息する可愛らしい小動物を抱いてみたいだとか、どれも可愛らしい年相応の少女が願うものであったが、最後にセラフィーナが語った願いはこれまでよりも重く、強い願いが込められていた。


「ジルにね、素敵な恋人ができたらいいなって思うの」

「……は?」


 少女には理解が出来なかった。

 セラフィーナはジルベルトの事を愛していて、彼も彼女の事を愛していて、相思相愛のように思えた二人であった。

 けれどもセラフィーナは自分ではない他の女性がジルベルトの隣に居て欲しいと願っていた。

 そう語ったセラフィーナの瞳は潤んでいて、段々と声は震えていて。

 本心でないことが丸分かりなのだが、彼女は頑なとしてそうであって欲しいと意志を曲げない。

 少女は何故だと問いかけるとセラフィーナは無理に笑って理由を告げる。


「愛しているから、だからこそ私じゃ駄目なの……」


 それは想うが故の願いで、痛ましいものであった。




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