第167話 小さな蒼い星での出逢い 上
アリーチェから全てを……ジルベルトの過去と彼女との関係を話すと言われ、鳴鳥は後日、アリーチェの指定した場所へと向かう。
そこは彼女が住んでいる邸宅があるエーデルシュタインの高級住宅街で、その中でも一番見晴らしの良い豪邸を鳴鳥は訪れていた。
「一人で大丈夫?」
「はい。ここまで送って頂いてありがとうございました」
ここに来るまでは久城に車を運転して貰った。
アリーチェとの話は本人との約束で二人きりであることが条件で、久城の同行はここまでとなる。
以前、アリーチェは感情に任せて鳴鳥の頬を叩いたことがあり、その事が久城には気掛かりなのだが、鳴鳥は全く恐れていないようで、寧ろ早く真実を知りたいと急く様子さえ見えた。
「何かあったら連絡をして。僕は車内で待っているから」
「ありがとうございます。でも、私の事なら大丈夫ですよ」
裏切ったのは自分の方だから、どんなに非難されても構わないと鳴鳥は心に決めていた。
鳴鳥が到着したのに反応してか、大きな門が開閉し、そして老齢の執事が出迎え、彼に邸内を案内される。
流石エーデルシュタインの五大企業であるバルニエール商会の会長宅であるせいか。
屋敷は広く、一人にされると迷子になりそうなほどであった。
暫く長い廊下を歩いた先には一室が、執事が呼び出しボタンを押し、室内に居る者はそれに応じて扉を開く。
「よく来たわね」
「あ、えっと、お招きいただき有難うございます」
「別に。ここに招いたのは致し方なくよ」
「そ、そうですか……」
素っ気ない態度のアリーチェは適当に座るようにと言い、自分もソファーに腰を下ろす。
ここまで案内をした執事は鳴鳥が持参した手土産である菓子をティースタンドに並べ、二人分の紅茶を淹れてアリーチェの私室を去った。
紅茶を一口飲んだアリーチェ。
彼女の私室はこれぞ女の子の部屋といった印象で、可愛らしい小物に溢れ、ピンク色で統一されたインテリアが並び、普段の元気すぎる彼女にぴったりである。
けれども今の彼女の表情は優れず、この部屋では浮いているように思えた。
「まずはアタシの事から話しましょうか」
「は、はい……」
「アナタ、ジルの観測装置が誰なのか知っているのかしら?」
「えっと……、訳あって傍には居ないと、それでアランさんが代わりをしていたと聞きました」
「そう……」
アリーチェがジルベルトの観測装置の話をしたという事は、彼女はそれが誰であるのかを知っているという事で、鳴鳥は嫌な予感を覚える。
ジルベルトの観測装置は彼の傍に常に居なかった人物。
そしてアリーチェは過去の記憶を失っている。
導き出される結論は受け入れ難いものであって、鳴鳥は違って欲しいと思いながらアリーチェを見つめる。
鳴鳥の願いも虚しく、現実は残酷で。
アリーチェはせせら笑いながら鳴鳥の想像を肯定した。
「アタシは……、アタシがジルの観測装置よ」
「そんな……! そんな事って……。ジルベルトさんはこの事を知っているのですか?」
「ええ。この間、アルヴァルディにお邪魔した時、アタシは彼に全部打ち明けたわ」
「そう……、ですか……」
ジルベルトならば自分を苦しめていた枷を与えた者がアリーチェだとしても責めたりはしないだろう。
寧ろ彼女の方が苦しんでいたのではないかと気遣うだろうと鳴鳥には分かる。
ならば何故、アリーチェが真実を打ち明けた事によってジルベルトの様子がおかしくなったのか。
鳴鳥は直ぐにでも問いかけたい所だが、真実を明かす事はアリーチェにとって苦しいものであると分かっていて、問い詰めるような真似は出来ず、彼女の言葉を待った。
「アタシはジルの観測装置で、彼にARKHEDと不死の力を与え、そして枷をはめた」
「不死の力はジルベルトさんが望んだものではないんじゃ……」
「いいえ。彼は望んだのよ。病にも侵されない、どんな病気をも克服できる不死の力を」
アリーチェは強く肯定するが、鳴鳥は納得できずにいる。
それはジルベルトが自分の力を語る時の忌々しげな表情を知っているからで、そんな彼が力を望んだなど到底思えなかった。
何故ジルベルトが不死の力を望んだのか。
それは遡る事18年前、まだジルベルトがARKSのレーサーになる前の話であった。
アストリアから離れた場所。
辺境宙域との境に存在した小さな蒼い星『メルジーネ』。
陸地が少なく海ばかりの星に観測装置であるアリーチェは降り立った。
まだ観測対象を定めていなかった彼女がこの星に降りたのは強い想いの力を感じ取ったからで、彼女はそこで一人の青年と出会った。
港近くの小さな町。
漁業を生業とする者が多いその町でジルベルトも漁港で漁師として働いていた。
朝早く船に乗り、漁を終えて戻ってきて、昼過ぎには仕事を終えたジルベルトは小高い丘へと車を走らせる。
「お帰りなさい、ジル」
「ただいま、セラ」
丘にある教会。
そこに併設されているのは孤児院で、そこがジルベルトの家であった。
仕事を終えた彼を出迎えたのは長い亜麻色の髪の少女で、肌の色は白く……と言うよりも不健康そうなまでに青白く、身体全体は細く華奢であった。
可愛らしく、庇護欲に駆られるような姿である少女は見た目通り病弱で、決して寝床から抜け出して良い体調ではない。
帰宅の挨拶を済ませたジルベルトは少女、セラフィーナの肩を掴み、庭先の畑仕事から強制的に彼女の自室へと移動させた。
「もう! 心配しなくても大丈夫だよ。今日はすごく調子が良いんだから」
「……そう言ってお前は何度倒れた。体調に関するお前の言葉は信じないぞ」
「その節は……ごめんなさい。でもでも、今日は本当に大丈夫なんだよ」
「本当か……?」
ベッドに戻されたセラフィーナ。
彼女のすぐ傍の椅子に座っていたジルベルトは平気だと言うセラフィーナの前髪を掻き上げ、ピタリと自分の額をくっ付けた。
じんわりと伝う熱。それは体調が悪い証拠で、言い逃れは出来ない。
「セラ……。やっぱり言わんこっちゃない」
「ち、違うよ。これはジルが顔を近づけてきたからで、体調が悪いわけでは――――」
「良いから寝ていろ。表の畑仕事は俺がやっておくから」
そっと肩を押され、横になる様にさせられて、セラフィーナは渋々大人しく休む。
ただベッドで寝ているだけは退屈なようで、今日はどんな魚が獲れたのだとか、近々催される収穫祭の様子はどうだとか、セラフィーナは矢継ぎ早に質問をしてきた。
「祭りに行くのなら、なおさら体調を整えておかないとな」
「むー。ジルのいじわる……!」
「あのなぁ、俺はお前の事を思って――――」
「分かっているよ」
セラフィーナの伸ばした手はジルベルトの袖を掴む。
軽く引っ張ればそれが合図かのように、セラフィーナは目を瞑り、ジルベルトはフッと微笑んで顔を近づける。
あと少しで互いの唇が触れそうになった瞬間、部屋のドアが勢いよく開けられて子ども達がなだれ込んできた。
「セラねーちゃん! 体はだいじょーぶ?」「お見まいに来たよ!」「ん? ジル兄ちゃん? 今何して――――」
「……邪魔が入ったようだな」
「そうだね」
教会では神父が子ども達に学問を教えていて、どうやら勉強の時間は終わったようだ。
皆はジルベルトやセラフィーナと同様に孤児院の子ども達で、こうしてよくセラフィーナの様子を見に来ていた。
子ども達が来てしまえばジルベルトとセラフィーナの二人きりな時間は終わり、二人は子ども達の兄や姉であるように接する。
と、言っても皆が来る前にしようとしていた事により、冷やかしてくる子ども達の対応に追われ、ジルベルトは部屋を後にし、セラフィーナは慌てて弁明をする。
「やあ、ジルベルト君。今日も生きの良い魚をありがとう」
「神父様……」
孤児院から出た所、初老で人当たりの良い笑みを浮かべた神父と庭の畑で会い、ジルベルトは彼の畑仕事を手伝う。
本来なら16歳でこの孤児院から巣立ち、職に就いて独り立ちするところであるが、ジルベルトは漁師になった今も港から離れた丘の上にある孤児院まで帰宅する。
それは戦争で両親を亡くした自分を育ててくれた恩を返す為であり、重い病気のセラフィーナの傍になるべく居たいからであり、彼の想いを知っている神父は快く受け入れていた。
「神父様、セラの事なんですが……」
「ん? どうかしたのかね」
「また寝床を抜け出して畑仕事をしていて……」
「はは……。じっとしていられないのは彼女らしいね」
「そうですが、セラは……」
「分かったよ。シスター達に定期的に見回るように頼むか……、お針仕事でも彼女に頼もうか。それならばベッドの上でも体に負担を掛けずに出来るだろう?」
「服が血まみれになるのは避けた方が良いのでは……」
ジルベルトの指摘通り、セラフィーナは手先が器用ではない。
縫い物などやらせると、真っ白なシャツは赤く染まる事が容易に想像できる。
呆れたように笑いあう神父とジルベルトだが、セラフィーナを放っておけば笑い事で済まなくなるかもしれない。
神父は教会での仕事に加え、子ども達に勉強を教えていて手一杯である。
二人いるシスターも、大勢いる子ども達の衣服を洗濯したり、料理や掃除と忙しい。
「私からセラフィーナにもう一度話しておくよ」
「助かります」
「しかし君の言葉の方がよく聞き入れるのではないかな」
「いえ。自分に対してはハイハイと言うだけで、素直に従わないですよ」
「それはまた、すっかりと尻に敷かれているねぇ」
「……面目ないです」
決して裕福ではないが皆笑顔が絶えなくて、穏やかな時を過ごしていたジルベルト達。
病に侵されていたセラフィーナの事は不安でならなかったが、ジルベルトは自分の出来る事を精一杯やり遂げていて、充実した毎日を送っていた。
慎ましやかに暮らす神父と子ども達。
彼らが過ごす古ぼけた教会を訪れたのはふわふわとしたピンク色の髪をワンサイドアップに纏めた少女で、この辺りでは珍しい近代的な黒い衣服を身に纏っていた。
「(強い意志の力を感じ取ったのだけれど……)」
礼拝堂でぼんやりとくすんだ色のステンドグラスを眺めていた少女。
彼女はセスデクオクという名で、それは名と言うよりも認識番号に近しいもので、その名称は68番目という意味であった。
「(ぬるま湯のようで気持ちが悪いわ)」
穏やかな情景に内心毒づいたその表情は冷め切っていて、観測対象候補者の姿を見ていても最初は嫌悪感しか抱かなかった。
少女が見定めた者。彼、ジルベルトは大切な者……病弱な少女、セラフィーナの為に生きていて、彼女の事を深く愛していて、彼女の為にならどんな事もやり遂げられる強さを持っていた。
彼の想いの力は強いが、それは愛する者の為であって、彼を観測対象として定めるのは相応しくないかも知れない。
ARKHEDを与えるならば、戦わなければ生き残れない窮地に追いやられた者や、その強大な力を欲する欲深い者の方が扱いやすい。
ジルベルトには戦う理由もなく、彼には戦う力が必要ない。
そう結論付けた68番の少女は新たな観測対象を探す為にこの場から去ろうとした。
「珍しいな。こんな所に」
「……」
接触はするつもりではなかった。
まずは遠くから様子を見て、その上で近づこうとしていたが、相手の方から近づいてきて、声を掛けられてしまった。
これがただの町中なら相手も声を掛けてこなかっただろうが、ここは古ぼけた教会であって、礼拝が行われる時間以外は訪れる者が少なく、掃除用具を持ったジルベルトが驚いて声を掛けるのも当然であった。
「見慣れない顔と服装だが、もしかして観光客なのか?」
「……ええ、まぁ」
不審に思われるのは避けた方がよい。
適当に話を合わせておいた方が良いだろうと判断した少女はジルベルトの言葉に同意する。
彼は特に不審がる様子も見せず、それならば納得だと自己完結しているようだ。
「もうすぐ収穫祭だからな。他所から観光客が来るのも珍しくは無いが……。その格好、他の星から来たのか?」
「……ええ、そうよ」
「へぇ……。さほど有名ではないと、せいぜいこの星の住人しか来ないと思っていたが、外からも来るんだな」
遠い所をわざわざご苦労だと言うジルベルトだが、彼はこの土地を心の底から愛しているようで、観光客である少女を快く受け入れていた。
しかし彼と話していても時間の無駄であると、そう考えている少女は軽く会釈をして立ち去ろうとする。
スッとジルベルトの横を通り過ぎ、これでもう会うことは無いのだと思っていた少女だが、彼女は呼び掛けられ、無視をする訳にもいかずに歩みを止めた。




