第165話 黄色の機体に描かれたノーズアート 上
別部隊、特務部第13部隊に配属早々、ジルベルトはある意味熱烈な歓迎を受ける。
船長であるドナートや案内役を買って出たカリナの馴れ馴れしい態度にジルベルトは辟易とするが、彼らに振り回されている場合ではなかった。
案内を終え、簡単に纏めてきた私物を私室に置き、ジルベルトはジュラルミンケースと縦長の紙袋の手提げを手に船長室に向かう。
ある程度は予測していたが、ドナートは船長室で既に酒を煽っていて、赤ら顔で管を巻いていた。
彼の酌に付き合っているのはドナートよりも年上のようで、身の丈が軽く二メートルを超えた巨漢で、額には二対の角が生えた鬼人種という珍しい種族の男、マグヌス・メルテザッカーであった。
「よう! ジル。一杯付き合わねぇか」
「……お断りします」
「はぁ? つまんねぇ野郎だな。女も酒もやらねぇとは……。それでも男かっての」
「酒は時と場を選んでなら飲みます。女についても、今がそのような場ではないからです」
「……真面目くさりやがって。事前の情報とはえらい違いじゃねぇか」
「……事前の情報?」
「ああ。あの狸ジジイが言っていたんだぞ。職務はキッチリとこなすが、気を抜けるときには気を抜いて、酒についてはザルで、18も歳の違う可愛い彼女がいるってな」
「……」
グッと拳を握りしめたジルベルトはへらへらと笑う上官の姿を思い浮かべてわなわなと肩を震わす。
余計な事を喋ったヘニングに対する怒りが募るが、今はそれすらも気に留めている暇は無いと苛立ちを振り切り、ジルベルトは一呼吸置いた所で本題に入る。
彼がテーブルに置いたのはジュラルミン製のケースで、その中には大量のデータメモリースティックが入っていた。
「これが例のブツか」
「はい。これらを監視衛星に取り付けるのがこの部隊の今後の任務となります」
本来ならばアストリアを中心軸として外周を回るように辺境宙域を航行しているエアヴェルメン。
かの船に乗る者達は通常は辺境宙域で起きたいざこざを片付けたり、外宇宙からの脅威に備えていたりとするのだが、今回は普段とは違う特別な任務が与えられた。
アストリアから遠く離れた場所は連合軍や警備隊の目も届きにくく、犯罪の温床となる事が多い。
広い宇宙では常に見回る人員も予算も無く、警備の手間を軽くするために監視衛星が置かれていて、それらは常に異常がないか人に成り代わり目を光らせている。
今回ジルベルトが持参したデータはセリアから託された物で、エルンストが動かし、今現在は時空を歪めることによりその姿を隠している小惑星、アドミニストラードの位置を特定するプログラムが書き込まれている。
第13部隊に与えられた任務は獲物を捕らえる為の網を張る様なもので、どうやらこの地道な作業をドナートはお気に召さないらしい。
「……今回の任務は自分一人でも充分です。ただ、中継点としてこちらの船に何度か帰投できれば問題ありません」
「いくらARKHEDと言えども、乗っている奴は普通の人間だからな。全部の監視衛星を回るだけの体力はもたないってか」
「……ぜひともご協力、よろしくお願いします」
ジルベルトが頭を下げなくとも、上からの命には逆らえない。
めんどくさそうにボリボリと後ろ頭を掻いていたドナートはグラスに残ったビールを飲みきり、ジョッキをテーブルに置いて大仰な溜息を吐く。
命には逆らえなくとも、いやいや協力するのと誠心誠意協力するのとでは差が出る。
できればいち早く任務に取り組みたく、ジルベルトは真面目に頭を下げるが、ドナートの返答は意外なものであった。
「お前さん一人には苦労させねぇよ」
「いや、手を煩わせる訳には――――」
「データを書き換える間、無防備になるだろう。いつ襲撃が起きるか分かんねぇ時に、更には敵の位置を捕捉する為に作業している奴なんざ、敵としては早々に潰したいだろうさ。そんな任務を一人でやらせる訳にはいかねぇ」
「自分の搭乗するARKHEDは少々の攻撃なら耐えられます。いや、寧ろ巻き込まない為にも、余計な犠牲を出さない為にも貴方がたは後方待機でお願いしたいのです」
要らぬ世話だと突っぱねるのではなく、皆を危機に晒したくないのだと強調してジルベルトは言うが、ドナートはしかめっ面に、徐々に不機嫌さを表情に表わしていく。
穏便に事を進めたかったはずだが、下手に出たのは間違いだったようで、ジルベルトの気遣いは逆に相手の癇に障ったようだ。
ドンっと大きな叩きつける音。
それはドナートがテーブルを握り拳で叩いた音で、彼はこめかみに青筋を立ててジルベルトを睨み付けた。
「この船に来たからにはお前さんは俺の部下だ。……勝手は許さねぇ」
「……しかし、敵の機体はARKHEDで、ARKSでは――――」
「確かに機体の性能差はある。だが、引けを取るとは限らない。俺達は性能の差を実力で補う」
「……簡単に言いますが、過去にARKHEDと対峙した事はあるのですか」
「いや、ねぇな」
「……」
悪びれもせずに大口を叩くドナート。
辺境の惑星には危険種も多く、それらを相手にする事が多い彼ら第13部隊。
その実力は特務部の中でも高い方で、ジルベルト達よりも場馴れはしている。
けれどもARKHEDが相手となると話は違う。
頑として意見を曲げる事が無いドナートを相手にどうしたものかとジルベルトは悩むが、ここは自分が折れるしかないと思い至った所、これまで沈黙を貫いていた者、マグヌスが口を挟んだ。
「船長は実力を見くびって欲しくないとか、そういった事で反対している訳ではない」
「五月蠅ぇ! マグヌス、お前は黙っていろ!」
「……船長はこの通り、感情で物を言うから会話が成立しにくい」
「……はぁ」
言葉で言っても無駄ならばと、ドナートはマグヌスに掴みかかるが、相手は岩のような大男であって胸ぐらを掴んだ所でビクともしない。
逆に襟ぐりを掴まれてしまい、話の邪魔だという風にポイッと放り投げられ、ドナートは床にダイブした。
マグヌスはこの船の副船長であるからして、上官であるドナートに対しての扱いが雑すぎるようであったが、これは日常茶飯事らしく、気にしないようにとジルベルトに対して彼は言った。
「話は戻るが、船長はお前の身を案じているのだ」
「……自分は不死の力を得ています。その位は存じているのでは?」
「ああ。確かにそうだが、今回の敵の中に、お前を手酷く痛めつけ、危機的状況まで追いやった者が居るとも聞いている」
「……」
エルンストの情報は既に出回っていて、あの忌々しい出来事を思い出してジルベルトは内心舌打ちをする。
確かにマグヌスの言う通り、エルンストはジルベルトの存在を認識しており、今後はその力の対策を手駒にも持たせているかもしれない。
不死者であるというアドバンテージを過信し過ぎない方が良いと言うのは尤もな意見で、その事にも苦虫を噛み潰す様な気にさせた。
相手の言い分にも一理あるようだが、それでもARKHEDを守る為にARKSを配置するなど、逆なら当然だが、あってはならないとジルベルトも意見を曲げない。
「それではこうしよう。私達は自分達の命を最優先にすると。少しくらいの足止めなら良いだろう?」
「……分かりました。こちらとしても協力していただけるのは有難いと思います。ですが、くれぐれも、奴らが現れた際には下手に刺激をしないよう、自分に任せて下さい」
一応は話が付いたようだが、ドナートは納得がいかないようであり、ジルベルトに掴みかかろうとした。
こうなる事も予測し無かった訳ではない。
それでもここまで話の通じない相手だとは思っておらず、ジルベルトは内心溜息を吐きつつ、持参した縦長の紙袋を差し出した。
「遅くなりましたが、これはこれから世話になるにあたっての心ばかりの品ですが、お受け取り下さい」
「……こんな物如きで俺は――――うおっ!? これは幻の大吟醸『桜花』じゃねぇか!」
不機嫌そうな面は一瞬にして極上の笑顔へ。
ビールだけでなく、酒と名のつく物なら何でも好むドナート。
ヘニングのアドバイス通りになるべく良い品を持参したジルベルトであったが、予想外の身の変わりように呆れ返り、最初に渡しておくべきだったと後悔する。
極上の酒を手に入れて上機嫌のドナートは早速祝杯だと息巻いており、先程の不機嫌さは微塵にも感じられない。
どうやら上手くいったようだが、彼に無理やり肩を組まれてラウンジに連行されるジルベルトは内心ウンザリだと毒づいた。
セリアとの話を終えた鳴鳥はアランと共にアルヴァルディに戻り、何時も通り夕食の準備に取り掛かる。
そして夕食後、皆に今日セリアから聞かされた事を打ち明けた。
セリアからは一人で考えるよりも他者の意見を聞くのも良いだろうと、口止めをされるどころか相談する事を勧められた。
自分でもにわかに信じ難い話であって、皆にも驚かれるかと思い、鳴鳥は恐る恐る自身の力の事を話すが、意外にも皆は動じる事が無く、どこか腑に落ちたような、納得したような顔つきになっていた。
「やっぱり、ナトリさんは特別だったんスね。いや~俺も前からそうじゃないかって、思っていたんっスよ」
「もう、コンラードったら、調子がいいんだから。……だけど、この子の言う事に私も同意よ。前々から、何か私達とは違うと、特別な力があるとは思っていたわ」
調子付くコンラードはさて置き、マリアンの言葉にスティングや久城が頷く。
そこまで皆に言われてしまえば、セリアの言葉も信じられるような気がするが、自信に満ち溢れることは無く、やはりまだ、もう一度ARKHEDに搭乗しようという気は起きない。
皆は鳴鳥の望むようにするのが一番だと言ってくれたが、結局その答えは皆との話の中ででは見つけられなかった。
夕食後の片付けを終えた鳴鳥は自室に戻ろうとした所、一人ラウンジに残っていた久城に呼び止められた。
「少し、いいかな」
「あ、はい。でしたら、お茶を用意しますね」
「……ありがとう」
久城の手元にあった空のカップに琥珀色の紅茶が満たされ、鳴鳥のカップにも注がれる。
茶の用意が出来、一口飲んでお互いが一息ついて落ち着いた頃、久城から話を切り出した。
彼は先程の、セリアとの話の事で言いたかったことが言えなかったようだ。
「僕としてもセリアさんの言う事は尤もだと思うんだ」
「……久城センパイ」
未だ自身の力を信じ切れていない鳴鳥に対し、久城はもっと自信を持つべきだと言う。
それはただの気休めの言葉ではないと、自ら経験した上での意見であると、久城は続けて言った。
「僕が怒りや憎しみの感情に飲まれていた時、君の声が聞こえたんだ」
「そ、それは――――」
テレンティアとの戦にて久城は鳴鳥の命を狙い、彼女を執拗に追い、後一手の所まで追い詰めた。
彼に殺される事も致し方ないと諦めた所で出た鳴鳥の言葉、好きだったという気持ちが彼の心を揺さぶり、我に返る切っ掛けを与えたそうだが、今となってはどう反応してよいのやら困る所の過去の話である。
一時の気の迷いとは言わないが、彼への想いは恋愛とは違う家族に対する情愛だと今では気付いていて、彼を救った切っ掛けがあの言葉だとなると、鳴鳥は申し訳ない想いで一杯になる。
鳴鳥の戸惑いに気づいてか、久城は蒸し返したようで済まないと言い、その事についてはもう良いのだと、それよりもと話を続ける。
「強い想いの力があったから、だから君の声が届いたんだと僕は思うんだよ」
「……あ、あの時は無我夢中で……っ」
「その様な追い込まれた状況だから、普段は抑えられている君の力が発揮されたのかも知れないね」
「力の発現は危機的状況下で……って事ですか。それって火事場の馬鹿力的なものでは……」
「ある意味そうかもしれない。そもそも、ARKHEDはそういった感情の波を、激しく波打つ心を解析する為に設計されたようだから、潜在的な能力を見抜いて君の元へとセリアさんが助けを求めたのは当然の事なんだ」
だから戸惑うことは無いのだと。何時も通りに誰かの為にと奔走している姿が鳴鳥らしいと久城は言う。
彼も背中を押してくれた。皆と共に戦える。
それはARKHEDを失い、歯がゆい思いをしていた鳴鳥が望む事であるが、やはりあと一歩、踏み出す勇気が湧いてこない。
そんな彼女に後押ししたはずの久城は自嘲気味になりながら前言を否定するかのような意見も述べる。
「僕としては前にも言った通り、鳴鳥には戦場に立って欲しくは無いんだけどね」
「……久城センパイ」
「何にせよ、鳴鳥が気負いすぎることは無い。いざとなればセリアさんも居る事だし、君が戦わなくて済むよう、僕も傍に居るから」
久城の優しさは嬉しく思う鳴鳥であったが、このまま彼に甘えていても良いのか、皆が戦うのを見守っているだけでいいのかとも思う。
けれども人知を超えた力を持つセリアには敵わないという自信の無さから、まだ迷いは晴れずにいた。




