第164話 白く可憐な花が咲き誇る庭園 下
アストリアから遠く離れた宙域を航行する商船……に見せかけた星団連合所属の船。
真紅のボディに黒いラインが入ったその船はエアヴェルメンという名で、ジルベルトが降り立った新たな配属先であった。
ハンガーに機体を収め終わり、機体から降りた頃にはこの船の船員だろう者たちがわらわらと集まってきており、ARKHEDを物珍しそうに見ていた。
人波を割って進み出たのは40代そこそこの男で、もみあげから顎までびっしりと髭を生やし、色付きグラスを掛けている。
胡散臭い風貌の彼は陽気な声を上げてジルベルトを迎え入れた。
「ようこそ、掃き溜めに中の掃き溜めに!」
「……本日付より第13部隊に配属となりました、ジルベルト・ジャンディーニと申します」
「おいおいなんだぁ、その肩っ苦しい挨拶はよぉ。今からお前も俺達と同じ釜の飯を食う仲になるんだから、遠慮はナシだぜ」
「……はぁ」
いきなり肩を抱き、馴れ馴れしくする男、ドナート・ダビット。
彼はこの船の船長で、ジルベルトの上官となる。
歓迎されず、過去の過ちから忌避の目で見られたりすることには慣れている。
そういった事を覚悟もしていたジルベルトだったが、逆に熱烈な歓迎を受け、暑苦しい男に絡まれてしまい、とある人物を思い起こしてウンザリとしていた。
あからさまに嫌そうな顔をしているジルベルトに気づいていないのか、はたまた気が付かないフリなのか。
ドナートはジルベルトの肩を抱いたまま、早速歓迎の祝杯を上げるぞと言いながら引きずるようにしてジルベルトを連行しようとする。
どうしたものかと、一応上官に着任早々逆らうのは良くないと思い諦めきって大人しくしていたジルベルトだが、ラウンジに向かって歩いていた彼らの前に一人の女性が立ちはだかる。
「もう、船長! 新入りが困っているじゃないの」
「んあ? そんなことは無いぞ。なぁジル、そうだろう?」
「……はぁ」
「ほらやっぱり、嫌そうな顔をしているじゃない。全く……。船長じゃ話にならないから、あたしがこの船を案内するわ」
馴れ馴れしいドナートからジルベルトを解放したのは、この船の船員であり、ARKS操縦者であるカリナ・カランカであった。
健康的な褐色肌にサッパリとした青髪のショートカット、出るとこは出ていて引っ込むところは引っ込んでいるスタイルに、露出の多い服装で少々目のやり場に困る所だが、ドナートの対応に困っているジルベルトを助けるなど、気が利く女性のようだ。
気をよくしていたドナートは割入ってきたカリナに対しムスッとしたように不機嫌さを露わにしていたが、彼女に逆らう事は出来ないのだろう。
それならば任せると言いつつも、ニヤニヤしながら探りを入れてきた。
「そう言って物陰に連れ込んでしっぽりと決めるんじゃないのか」
「は……?」
「やだもう! 来て早々はいくらなんでも無いわよ」
「ほう。なら夜には歓迎も兼て一発やるのか?」
「それは相手次第だけどね」
カリナとドナートのやり取りにゲラゲラと笑う粗野な男達。
何やら下品な会話での洗礼であるが、ジルベルトは動じるようなタマではない。
カリナ達の会話はアッサリとスルーして案内を頼むと言い、話を終わらせた。
色気に惑わされる事も無く、誘いに乗ることは無いジルベルト。
一見して愛想のないようだが、カリナは大そう気に入ったらしく、腕を絡めて引く。
「それじゃ、行きましょう」
「お、おい……っ」
ジルベルトが戸惑いながら声を掛けても気には留めず、カリナはズンズンと歩みを進める。
意識などしないと思っていたジルベルトだが、腕を組まれ、柔らかな感触を押し付けられてしまえば意識せざるを得ない。
暫く歩いた先でジルベルトは立ち止まり、腕を軽く払って拒否の姿勢を表すが、カリナは全く動じる様子を見せなかった。
それどころか彼女は何処か見透かしたかのように上目遣いでニッと笑みを浮かべて探りを入れてくる。
「あ、もしかして、彼女が居るとか?」
「……彼女」
そう言われてジルベルトは今でも愛しく想う者の姿を思い浮かべる。
それでもここに来るにあたって彼女に対しては何も説明できず、更には自分の欲望を満たす行為をした上で置いてきてしまった。
そのような彼女を恋人であると言えるのか。
返答を考えあぐねていると、カリナは全てを悟ったように肩を落として苦笑する。
「まぁ、ここに来たからには当分その彼女と会えない訳だし、その間は仲良くしましょう」
「……仲良く、って。俺はそういった事に興味は無い」
「そうなの? そういう事、好きそうな感じだと思ったのに。残念だわ」
簡単に諦めてくれたようであったが、ニヤリと笑うカリナはその気になればいつでも歓迎だと言い寄ってくる。
いい加減ウンザリだと、相手をするのが面倒になってきたジルベルトはキッパリと必要ないという意思表示をするが、カリナは相も変わらずあっけらかんとしていた。
「浮気だなんて思わなくていいのよ。初回はタダだけど、二回目からはキッチリとお代を頂くし。あ、でも、あなたはあたしの好みだから、二回目以降も安くしてあげるわよ」
「……お前、まさかこの船で自分を売っているのか?」
「そうよ。だって刑期短縮の為にはお金を稼がなきゃだし」
「……」
さも当然の事のように言ってのけるカリナ。
彼女もまた、特務部所属という事で前科者であって、ジルベルトと同様に刑期があり、金を稼いで収める事により刑期を短縮することが出来るようだ。
いくら金の為とはいえ、自分の身体を大事にしない彼女の考えは褒められたものでは無いが、生活の為にその身を犠牲にする者はいくら技術が発達した世の中でも存在する。
彼女の生き方を否定はしないが、自分には必要ないのだと、ジルベルトはハッキリと断った。
「もしかして、あたしみたいな誰とでも寝ちゃう女はお嫌い?」
「いや、嫌いではない」
豊満なボディにあどけなさが残る顔立ち。
ジルベルトの好みから外れている訳ではなく、過去にそういった店に行った事が無いわけでもない。
けれども今はそういう気分にはなれず、まだ身体が憶えている感触を上書きしたくなくて、カリナの誘いは断った。
「ふーん。……まさか、あっちの気があるって訳じゃないでしょうね」
「……勘弁してくれ」
「そうなんだ。ま、気が変わったらいつでも言ってね」
船長のドナートといい、今現在船内を案内して回るカリナといい、アクの強い者達の部隊へと配属されたジルベルト。
着任早々洗礼とも言える歓迎を受ける彼だが、ドナート達に振り回されている場合ではない。
ジルベルトはこの辺境宙域を航行する船に乗船した理由を改めて胸に刻み付けた。
たった一人で別次元の世界、マギイストの者達と戦う事を決めたセリア。
彼女は鳴鳥の持つ力に惹かれて地球に降り立ったという。
彼女に言われて鳴鳥が思い起こすのは真っ白な世界で聞いた声で、よくよく振り返ればあの時に聞いた声は今対面している彼女の声に似ていた気がする。
「やっと見つけることが出来た。けれども貴女はあの時、危機的状況にあって、私は貴女を救い出すのに精いっぱいだった」
セリアが鳴鳥と接触を図ったと同時に、地球は忽然と姿を消すように消滅した。
それは怒りの感情に囚われていた久城がARKHEDの力を振るった結果だった。
鳴鳥が助かったのはセリアの力によるものであり、その後フェルスボウデンに転移したのは不安定な状況下で力を行使した結果であった。
転移のポイントがずれたセリアのARKHEDと鳴鳥。
直ぐにでも回収に向かおうとしたセリアだが、星を一つ消し去る程の力を防いだ上に転移の力を行使し、ARKHEDの力は限界を超えていた。
直ぐにでも力を回復するには精神結晶の力を使うしかなく、運よく巨大な結晶をレーダーで捕捉し、力を得ようとしたが、そこで現地の者達に存在を知られてしまい、更には鳴鳥がジルベルトと接触をしてしまった事により、回収に向かうのが困難に陥った。
その後、何の因果か再び鳴鳥はセリアのARKHEDと再び会い見え、その力を得ることになるが、彼女の隣にはジルベルトが居て、彼にも監視の目があり、派手な行動は起こせずにいたそうだ。
「その時はまだ、ミリアム達はエルンストに忠誠を誓っていたから。私はただ動向を見守る事しか出来なかった」
地球からフェルスボウデンへと転移した時。
何が起こっていたのかは理解できた鳴鳥だが、何故自分が選ばれたのか、それは未だに理解できない。
強い力とセリアは言ったが、鳴鳥は終始ARKHEDの力に振り回されていて、軍人であるジルベルトに敵わないのは当然として、同じ地球人で、これまで機械兵器に搭乗した事のない筈である久城にもとても追いつけない。
鳴鳥が疑問を抱き問おうとする前に、セリアは柔らかな笑みを浮かべてその力が何であったのかを明かす。
「貴女は他の誰よりも強い意志の力を秘めている。それは真っ直ぐでいて、淀みが無くて、闇に落ちた者を救い出す様な光を放っていて……。こちらの世界では認識できる者が稀なのだけれど、マギイストでは相手の精神力を見極めることが出来るの。そしてあなたの力はこれまで見たことも無い程に凄い力を秘めているわ」
「そんな……、私にそんな力があるなんて、信じられないです」
「それも無理は無いわね……。だけど、これまでの出来事で身に覚えがあるんじゃないかしら。……そう、例えば、精神結晶を使った時に、力が暴発するとか」
「そ、それは……、確かに。あったかも知れません」
それは任務中の事。水浴びをした後に髪を乾かす為、ジルベルトから熱風を起こす為の精神結晶が填め込まれた指輪を借りた時、鳴鳥は思うようにコントロール出来ずに危うく火傷を負いかけたのだった。
よくよく思い返せばその事だけでなく、スティングから贈られた餞別の品であるナイフにも精神結晶が填め込まれていて、藪を刈ろうとした鳴鳥は大木を真っ二つにしてしまったのだった。
思い当たる節が無いわけではないが、どれも失敗した時のように思えて、いまいち実感が湧かないようで。
鳴鳥の口から洩れるのは自分を卑下する言葉ばかりであった。
「そ、それでも、私は何時も皆さんの足を引っ張ってばかりでいて……。ARKHEDはちゃんと乗りこなせていなくて……」
「それはあの機体が意志で動く物だから。ARKHEDに搭乗する場面はほとんどが戦場で、誰かと対峙する時であるから。ナトリさん。貴女は強い力を持っていても、優し過ぎるから。だからARKHEDに搭乗した時には力を発揮できずにいるようね」
「あ……」
テレンティアと戦う事となり、ジルベルトに訓練に付き合って貰った際、彼にも指摘された。
鳴鳥は敵の事を意識しすぎていると。
シミュレータでは克服して、その後何度か戦場も経験して、完全に乗りきったつもりでいたが、やはりまだ心のどこかに躊躇う気持ちが残っていたようだ。
「貴女が本気の力を出せれば、エルンストだけでなく、マギイストの賢者達をも退けられるかもしれない。無関係だった貴女を巻き込んでいて、戦う事を望んでいない貴女に戦う事を強いるなんて酷な話だと分かってはいるわ。だけど今は貴女の力が頼りなの。虫の良すぎる話だけれど、力を貸してはくれないかしら」
ミリアムとディノスの危機的状況を救ったセリアが、自分よりも遥かにARKHEDを乗りこなせている彼女が、自分に助力を求めている。
己の力が未だ信じられずにいる鳴鳥にとって、セリアの言葉はどう答えて良いか分からず、直ぐには返答できずにいた。
この世界を守る為ならば、自分が力になれるのならば、勿論協力はしたいと思う反面、また足を引っ張るような真似をしてしまうのではという恐れがあって踏み出せずにいる。
鳴鳥が思い悩んでいる様子に、セリアはふっと微笑み、直ぐに答えを出す必要が無いと言うが、それは気休めだと、本当はすぐにでも答えを望んでいるのだと分かる。
エルンストがいつ襲撃を仕掛けてくるか分からない状態で、悠長に事を構えている場合でないのは鳴鳥も十二分に分かっていた。
それでも返答は出来ずにいた所、セリアは鳴鳥へと小型通信機を貸して欲しいと言われ、言われた通りに手渡すと、セリアが持つ端末と繋げて操作をした。
「これで貴女の端末から何時でもARKHEDを呼び出せるようにしておいたから。もしもの時は、遠慮なく使ってくれて構わないわ」
「そ、そんな……! 私では何も――――」
何も出来はしない。
そう言った筈だが、セリアは鳴鳥の力を信じているようで、終始期待の眼差しを向けていた。
セリアの話が終わり、暫くの間、他愛も無い話と共にティータイムを過ごした鳴鳥。
一時間程経った頃、セリアとミリアムは再び職務に戻るとの事で、鳴鳥とアランはアルヴァルディに戻る事となった。
車に乗り、少し走らせたところで鳴鳥の緊張はようやく解け、そして溜息を吐くと共に先程セリアに言われた事を思い出し、また気持ちを沈ませた。
視線を落としつつ未だ考えあぐねている鳴鳥の様子に、アランは穏やかな笑みを浮かべて問いかけてくる。
「決して悪い話ではないように思いますが……。やはりまだ覚悟はできませんか」
「……はい。やっぱりどう考えても、私には相応しくないとしか思えなくて……」
「ですが、セリアさんがあそこまで言うのですから、もっとご自身の力を信じてみても良いのではないですか」
「そう……、ですけど。まだ実感が湧かなくて……」
アランもセリアと同様に直ぐに答えを出す必要は無いと言ったが、やはりうだうだと考えている暇は無い。
明日にでもエルンストの襲撃が仕掛けられるかもしれないと思うと、早く答えを出さないと、と焦りは募る。
こんな時にと思い浮かぶのはジルベルトの姿で、彼ならばどう言ってくれただろうかと、鳴鳥はぼんやりと流れる景色を見つめながら考えを巡らせた。




