第163話 白く可憐な花が咲き誇る庭園 上
アルヴァルディの皆やメリエル達のお蔭で立ち直ることが出来た鳴鳥。
彼女ならもう大丈夫だろうと安心したメリエル達は、翌日に朝食を終えた後にスティングの運転する車で学園へと戻った。
まだ彼女達と一緒に居たい気もする鳴鳥だが、このアルヴァルディは連合軍所属の船であって、いくら軍学校に在籍しているとはいえ易々と招き入れてよいものでもなく、彼女達にも学業がある。
現在は先の実地訓練の際に巻き込まれて遭難した事により、負傷した者や精神的に参った者が居てまともな授業が行われていない。
更に、マギイストやエルンストの事もあって学園全体が休校状態に、卒業間近の者達は部隊編成に組み込まれるなど、慌ただしくて学園は機能を果たしていない。
それでも学生の身分ではフラフラとしている訳にはいかないのだろう。
メリエル達も別れを惜しみつつ、アルヴァルディを去った。
「いい、なっちん。あの男が帰ってきたら、必ずアタシ達を呼ぶんだよ」
「メ、メリエル? まさか……」
「勿論。ナトリを泣かせたことを後悔させてあげるわ」
「マ、マイアまで……」
「当然ですわ! ナトリの手を煩わせる事はありませんわよ。わたくし達が罰を下すのですから」
「レーヌも……! お願いだから、手荒な真似は止してね」
別れ際に物騒な事を言うメリエル達。
彼女達に詰め寄られるジルベルトの姿を思い浮かべて困ったように笑う鳴鳥だが、皆がここまで想っていてくれる気持ちを嬉しく思う。
程々にと言いつつも感謝の気持ちを伝え、そして約束をする。
それは今度何かあったら必ず相談すると、もう一人で抱え込んだりしないというものであった。
メリエル達が去り、船内は台風が去ったかのように穏やかな様子だ。
鳴鳥はここ数日間、皆へと心配をかけた事を改めて謝る。
申し訳なさそうに顔を伏せさせていた鳴鳥だが、彼女が気に病む事は何一つないのだと、皆は口々に言った。
鳴鳥が元気を取り戻しているならばそれで良いと、皆の気持ちが嬉しくて涙ぐみそうになった鳴鳥だが、ぐっとこらえて今為さねばならない事をと話を進めた。
「あの……、久城センパイ、ヘニング団長と連絡を取りたいのですが……」
「セリアさんとの話の事だよね。それじゃ、この後にでも連絡を入れようか」
鳴鳥が落ち込んでいて迷惑を掛けたのはアルヴァルディの皆だけでなく、ヘニングにも負担が掛かっていた。
彼にはセリアが鳴鳥との対話の場を望んでいたのを待ってもらっていた為、非常に申し訳無い気持ちで一杯であった。
昼食後に特務部のヘニングの元へと通信を繋いだ久城と鳴鳥。
真っ先にこの間の非礼を詫びる鳴鳥であったが、ヘニングも皆と同じように鳴鳥が立ち直ってくれたのならばそれで良いと、咎めることは無かった。
彼からはセリアへと連絡を入れた後に折り返し日時と場所を知らせると言われ、通信はそこで終わった。
ヘニングから知らされた日時。
その日、鳴鳥は星団連合軍の軍服を身に纏い、キッチリと身なりを整えてから目的地に向かうための車に乗り込んだ。
運転手はアランが務め、車は連合本部ではなく、ガルレシアの首都リヒト・ヴォールの中央区へ。
軍関係者でも普段は立ち入ることが出来ない場所、広大な土地にそびえ立つ居城、アストリアの王が居を構える王城がセリアとの対話の場を設けられた場所であった。
この宇宙の中心とも言えるアストリアの城だけあって、荘厳であって美しさは言葉にし難い程である。
巨大な水晶を思わせる城。本来ならば王が居る筈のそこには王が不在で、城から離れた塔に王は軟禁状態で暮らしていた。
鳴鳥達は案内人を務める者の先導に従い、城ではなく王が住まう塔へと向かう。
街の喧騒から離れた厳かな雰囲気に飲まれた鳴鳥は、車の運転だけでなく付き添いも兼ねたアランと共に庭園を歩く。
落ち着きがなさそうに、常に視線を彷徨わせる鳴鳥とは違い、流石にアランは落ち着いていて、と言うよりも落ち着き過ぎていて勝手知ったる場所のように戸惑うことなく歩いていた。
塔の最上階。そこには分厚い扉があって、来客に反応して自動的に扉が開く。
城の周りにも立派な庭園があったが、塔の最上階にも先程とは引けを取らない程の美しい庭園が広がっている。
緑溢れる庭には白く可憐な花が多く咲き誇り、天井からは陽の光が差し込む美しい一室であった。
その部屋の主たるアストリアの王、ディノスは大柄な体躯に似合わないようなティーカップを持って茶を楽しんでいたようだが、来客に気が付き立ち上がる。
「おう、よく来たなお嬢ちゃん」
「え、あ、えっと……、ほ、本日はお招きに預かり真に光栄でありまして――――」
「ああ、肩っ苦しい挨拶はナシだ、無し。ミリアムとセリアの嬢ちゃんは今席を外していてな。も少ししたら来るだろうから、それまで待っててくれ」
そう言いながらディノスは緊張で固まった鳴鳥の肩を抱き、席に着かせる。
セリアとの話に彼が同席するとは聞いていなかった鳴鳥は何がなんだかよく分からないようで混乱していたようだが、ディノスが茶を淹れようとしたのに気が付き慌てて止めに入る。
気さくそうな態度に、厳つい顔であるが笑みを浮かべていて、とても親しみやすいのだが、彼はこの星の本来の代表者であって、そのような者に茶を淹れさせるわけにはいかない。
客人をもてなすのは当然だと言うディノスを何とか言いくるめ、鳴鳥は三人分の茶を淹れた。
「おお、嬢ちゃんの淹れたお茶、中々じゃねぇか。ミリアムといい勝負だ」
「お、お褒めに預かり、光栄でございます」
「あー……だから、そんなに畏まらなくったっていいっての。なぁ、アラン」
「ええ。ナトリさん、この方にはそこまで構えなくても良いですよ」
「え……!?」
ニコニコと笑みを讃えるアラン。
彼はディノスの前ででも平然としており、呑気に紅茶を味わっている。
肝が据わっている……と言うよりも、ディノスの態度から、どうやら二人が旧知の仲であるかのような様子であった。
「あの……、お二人はお知合い、なのですか?」
「ええ、まぁ」
「と、言うよりかなぁ」
「……?」
へらへらと笑うディノスに、困ったように笑うアラン。
ティーカップをソーサーに置いたアランはディノスに目配せをした後、何故二人が旧知の中であったのかを明かす。
実は……とアランが切り出した内容。それは驚くような事で鳴鳥は何度も目を瞬かせた。
「お二人が……親子、……ですか?! え、えっと、という事はアランさんは王子さまって事に――――」
「それは無いです。僕の存在はごく限られた人にしか明かされていませんから」
「そう……、なんですか……」
「正確に言うとアランは俺とミリアムの遺伝子で作られた者で、普段は俺の目になって貰っていたんだ」
ディノスとミリアムの関係は、あの議会での彼の様子からなんとなくは分かっていた。
それでも二人の間に子どもがいるとは、しかもそれがアランだったとは思いもよらなかった。
混乱しかけた鳴鳥であったが、アランとディノス、二人の髪の色は似ていて、アランの優しげな顔立ちはミリアムとよく似ている気がしないでもない。
アランが以前、鳴鳥に話したいと思っていた内容。
それがこの事らしく、彼は隔離されて自由に動くことが出来ないディノスの代わりに外の世界を見ていて、そしてもう一つの役目を請け負っていた。
「観測装置の代役……、ですか? ……という事は、まさか――――」
「そうです。僕は船長の、ジルベルトさんの行動を監視してきました」
ARKHEDの契約者には観測装置というエルンストが作り出したホムンクルスがその行動を監視する為に傍にいる。
本来ならば、ジルベルトの傍にもその役目を担った者が居たはずなのだが、訳あってアランが代役をしていたらしい。
驚くような事ばかりで頭の整理が追い付かない鳴鳥であったが、ふと申し訳なさそうに表情を曇らせたアランの姿が視界に入り、現実に引き戻される。
「騙す様な形で申し訳ありませんでした」
「い、いえ……。私の事は良いんです。それよりもジルベルトさんはこの事を……」
「既に話してあります。まぁ、船長は僕の事など全く気に掛けていないで……と言うよりも、それどころではなかったようですから、アッサリと流されてしまいました」
「そ、そうですか……」
ここ最近のジルベルトの様子から察するに、アランが正体を明かした時の様子が見て取れる。
何か思いつめていたジルベルトであったが、例えそうでなくても、彼ならばアランを責めたりはしないだろう。
アランもまた、ジルベルトの事を信じていたようで明かす事に躊躇いは無かったそうだ。
「役目は終えた形となりましたが、一応僕は特務部所属のいち軍人ですので、今後ともよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ。アランさんにはいつもお世話になっているようで……。これからもご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」
互いに謝りあって、今後ともと挨拶を交わす。
それは妙な気分なのだが、常に気を遣う二人にとっては当たり前の様な事である。
アランの話を終えてから程なくして、今日ここを訪れた理由である人物、セリアがミリアムと共に室内を訪れた。
「ごめんなさい、お待たせして」
「い、いえ。お待たせしたのはむしろ私の方ですので……。返答が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
「ううん、良いのよ。大体の事情はヘニングさんから聞いているから」
セリアが先に席に着き、ミリアムが茶を淹れようとしたが、そこはやはり彼女の手を煩わせる訳にはいかないと鳴鳥は名乗り出て、皆の分を用意する。
忙しくしていた後の紅茶はホッと一息つくらしく、セリアとミリアムは肩の力を抜いてリラックスした様子であった。
「それにしても驚きました」
「私の言った通りだったでしょう?」
「そうですね」
一息ついた所でミリアムは改めて感心したと、鳴鳥を見ながら頷く。
そしてセリアは少しばかり得意げに、ミリアムへと笑みを向けた。
二人が何を言っているのか、全く思い当たらない鳴鳥は首を傾げていて、そんな彼女にミリアムはセリアと何を話していたのかと明かす。
「ナトリさん。ディノスの枷は存じているのですよね」
「あ、は、はい……。って、あれ、そういえば――――」
ディノスのARKHED契約時に架せられた枷は、彼の周囲に居る者達の感情に作用する力であった。
それは主に憎しみや妬ましく思う気持ちなど、暗い感情を増幅させるものであり、彼が戦場に出れば戦況は悪化し、平和な土地には争いを招いてしまうのという厄介なものである。
最初は周りに居る者に。影響を与えるのは小規模であったが、ディノスの枷の力は徐々に強くなり、やがて多くの人に被害が広まった。
敵陣を混乱に陥れる為に最前線に立ちもしたが、やがて増大した力は味方をも飲み込む程に。
最終的に彼はこの塔で軟禁生活を送る事となった。
マギイスト人のセリアや観測装置のミリアムや彼女と同等の存在であるアランはディノスの力の影響を受けない。
だが鳴鳥はごく普通の人であって、本来ならディノスに近づいた途端、精神に異常をきたす筈であった。
それがどういう事か、鳴鳥は全くもって普通に接し、今の今まで何ともなく居られたのである。
枷の影響を受けないとなると、鳴鳥が思いつくのは一つの事で、喜ぶようにその可能性を口にしたが、ミリアムは残念そうに首を横に振った。
「も、もしかして、ディノス陛下の枷も……」
「残念ながら、そうではないのです」
「そ、そうでしたか……。だとしたら、何故、私は……」
「それはね、貴女が他の人とは違うという証拠なの」
鳴鳥の問いに答えたのはセリアであった。
彼女から他の者とは違うと言われた鳴鳥。
自分が特別な力を持っているなど、思いもよらずに戸惑い、実感が湧かない。
今まで皆に助けられてばかりで、自分の無力さを何度も思い知っていただけに、セリアの言葉はにわかには信じ難く、鳴鳥は無意識のうちに懐疑的な表情を浮かべてしまっていた。
「マギイストから逃れてきて、この果てのない宇宙で、私はどうにかエルンストや賢者達を止める為の手立てを探してきたの」
たった一人で見知らぬ土地で、肉体を失っていてもなお、エルンスト達の暴挙を止める為に彷徨っていたセリア。
彼女はアストリアから離れた果ての果て、辺境の宙域にて強い力に惹かれて、その星に降り立った。
意志の力で動くARKHED。
魂だけの存在となり、機体と同化していたセリア。
彼女の存在だけでも充分にARKHEDはその力を振るうことが出来たが、搭乗者が居れば、更なる力を得る事が叶った。
「私は、貴女の力に惹かれて貴女の母星に降り立ったの」
それは鳴鳥にとってこの宇宙を巡る事となった始まりの切っ掛けであり、偶然と必然が重なり合った出会いであった。




