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第162話 青色のカプセル剤 下

 甘いお菓子。パステルカラーのマカロンやフィナンシェなどの焼き菓子は上品な甘さで。

 久しぶりに食べ物の味を味わえた鳴鳥はそのおいしさに顔を綻ばす。

 メリエル達の近況を聞いたり、取り留めもない話でひとしきり笑いあって、そして落ち着いた所で鳴鳥はこれまでの事を話した。

 あの後、遭難後に救出された後に皆と別れて、一度はジルベルトと想いが通じ合った鳴鳥。

 その後は毎日が幸せな日々で、嘘のような事ばかりで、ずっとこの先もこの様な日々が続くのだと信じて疑わなかった。

 だがその幸せな日々はある日を境にして変わっていく。


「それが女狐の登場ってワケね」

「メリエル……、女狐だなんて……。アリーチェさんはそんなに悪い人じゃないよ」

「でも、その方はナトリの頬を叩いたのでしょう。その殿方と恋仲という訳ならともかく、恋敵同士なら、手を上げるなど以ての外ですわ」

「レーヌもありがとう。でも、私は以前アリーチェさんに絶対ジルベルトさんの事を好きにならないようにと言われていて、そこで了承してしまって……。その事をすっかり忘れて、しかも抜け駆けしたようで。怒られても、殴られても仕方がないんだよ」

「全く、ナトリは相変わらずのお人好しのようね」

「あはは……。心配かけてごめんなさい」


 眉をハの字にして申し訳ないと頭を下げる鳴鳥。

 いつかどこかの悪い奴に騙されて酷い目に遭うのではないかと危惧するメリエル達であったが、バカが付くほどのお人好しな所が鳴鳥の長所であると分かっていた。

 それは今更な事であって、とやかく言っても仕方がない。

 取り敢えず変な人には近づかないようにだとか、一度疑ってみてから信用するようにとか小言を言い、無理やりに頷かせた。


「えっと、それでね。アリーチェさんが来て、ジルベルトさんと二人でお話をして……。何も問題は無いって、ジルベルトさんはちゃんと話を付けたと言っていたの。でもその日を境にしてから、なんだか様子が変で……。任務かなにかちゃんと教えてくれなかったけど、忙しいようで会う機会も少なくなっていて……」

「すれ違いに、説明が無し。それって浮気じゃ……」

「メリエル。ナトリを不安にさせるような事は言わないの」

「えーっ。だってさ、おかしいじゃん。タイミング的に」

「そうですわね。その点に関してはわたくしも同意しますわ。ナトリ、貴女は悪い男に騙されたのではなくて?」


 ここまで言われれば落ち込むところであり、ジルベルトに対する疑念も深まる筈であった。

 けれども鳴鳥は皆の予想に反して真っ向から否定をし、そして俯いてもじもじと、言い難そうにブツブツと呟き出した。

 信ずるに値する根拠は何故あるのかという問いに対し、鳴鳥は顔を赤らめているばかりで言い出せない。

 そこでメリエルとマイアは何か感付いたようで、ニヤニヤと笑い出した。


「もしかしてなっちん……」

「あら、そうなのね」

「……えっと、それは……、その……」


 メリエルとマイアには言わずとも見透かされてしまったようで、上手く誤魔化す事も出来ない鳴鳥はやっとの事で小さく頷き、彼女らの予測を肯定した。

 その途端二人のテンションはあからさまに高くなり、どうだったのかと下世話に感想を聞き出そうとした。

 ワイワイと賑やかになる所だが、一人置いて行かれたようなヴィオレーヌは未だ分かっていないようで、頬を膨らませて教えろと喚き立て出す。


「何なんですの? わたくしにも分かるよう、説明をして下さいまし」

「……私の口からじゃ……、その……」

「……ナトリ。わたくしは貴女の事を……、その……、ゆゆゆ友人だとっ、思っていましたのに……っ」


 仲間外れにされたと思い込んだヴィオレーヌは友情を疑い、涙目で訴える。

 彼女の誤解を解くためにここは致し方ないのだと鳴鳥は腹を括り、それでもまだ恥じらいはあるようで、ヴィオレーヌの耳へと顔を寄せ、コソコソと耳打ちをした。

 ジルベルトとのすれ違いの日々が続いていたある日の夜。

 彼は鳴鳥を求めて、彼女はそれに応えた。

 その事を直接的な単語を避けてヴィオレーヌに伝えた鳴鳥。

 メリエル達みたいに冷やかしてくるかと思いきや、ヴィオレーヌの反応は違った方向であった。

 鳴鳥から事情を明かされたヴィオレーヌは鳴鳥以上に顔を赤くし、暫く硬直していた。

 様子のおかしな彼女を心配した鳴鳥は顔を覗き込んで声を掛けようとするが、その瞬間大きな声を上げられて驚いた。


「は、破廉恥ですわ! こここ婚前交渉など、あり得ませんわよっ!」


 顔を真っ赤にして喚くヴィオレーヌの姿が余程可笑しかったのか、メリエルは指をさしてゲラゲラと笑い、マイアは口元を抑えてクスクスと笑っていた。

 二人に馬鹿にされたと気付いたヴィオレーヌは直ぐに噛付こうとするが、メリエルに鼻で笑われてぐぬぬと唸り声を上げる。


「と言うか今時婚前交渉って……。まぁ貴族様は大事に取っておかなくちゃならないかも知れないけど、それって大変だよね。男に不自由しているなんてさ」

「なっ! わたくしにも言い寄ってくる男くらい居ましてよ! ただ、その中にわたくしと釣り合うレベルの殿方が居ないのだから致し方ないですわ!」

「へー。って事は巻き毛は彼氏居ない歴=年齢って事なんだ」

「べ、別にわたくし位の歳ならばさして珍しいことでは……」

「うーん……、まぁそうかもだけどさ、あーのんはおぼこ娘を相手にはしなさそうだけど、そこん所はどうなのよ?」

「どどど、どうしてそこでアーノルドの名前が出てくるのです!!」


 これ以上無い程に頬を赤くしたヴィオレーヌはメリエルに掴みかかろうとして鳴鳥に抑えられる。

 流石に言い過ぎだとマイアはコツンとメリエルにげんこつを落とす。

 だが、ゴメンゴメンと軽く謝るメリエルは余計にヴィオレーヌを腹立たせていた。

 賑やかすぎる空気に落ち込んでいた気持ちは何処かに去ってしまった鳴鳥だったが、ヴィオレーヌとメリエルの罵りあいが落ち着いた所でマイアに話の続きを促されて、先程の、胸を締め付けられるような思いが呼び覚まされ、表情が暗くなる。


「その晩は、凄く、満たされた夜だったの。でも明け方になって、ジルベルトさんは隣に居なくて……」


 瞳の奥が熱くなって涙が零れ落ちそうになるが、どうにか堪えた鳴鳥は翌朝ジルベルトが去った事を上官から伝えられたのだと説明した。

 そして話はそこで終わりとなり、こうして部屋から出られずにいたのは落ち込んでいたからだと、そんな事の為に皆をここまで来させてしまったようで申し訳ないと謝った。

 やはりと言って良いのか、メリエル達は病気でもないのに呼ばれたことに対して気分を害していない。

 寧ろ鳴鳥をここまで追い込んだのはジルベルトの責任であると言い、彼を糾弾し始めた。


「それってヤリ捨てじゃん! サイッテーだよ、許せない!!」

「メリエル、ハッキリと言い過ぎよ」

「でも、何も言わずに去ったのでしょう? 女性にとって大事な初めてを奪っておきながら逃げるような真似、わたくしも許せませんわ」

「……そんな……っ。あの晩の事は私も望んでそうなった訳だから。で、でもジルベルトさんにも何か理由が……」

「そうね。ナトリの言う通りだわ。アナタ達も見たでしょう、彼を。あれだけ心配そうにして駆けつけて来て、そんな彼が理由もなしに去る筈がないわ」

「……まぁ、そう言われてみればそうかも」

「そう……、かも知れませんわね」

「みんな……」


 堪えていたものが抑えきれなくなった鳴鳥をメリエル達は優しく迎える。

 泣き止むまで根気よく付き合ってくれた皆だが、結局の所鳴鳥が思い悩んでいることは解決できない。

 それでも想いを聞いて貰えて気持ちは幾分軽くなったのか、顔を綻ばせて感謝の言葉を伝えた。

 最初にメリエル達がこの部屋を訪れた時よりも、鳴鳥の顔色は良くなっており、瞳には輝きが戻ってきている。

 それでも彼女達はまだ力になりたいようで、どうにか出来ないかと今後の話を始めた。


「……やっぱり何も言わずにってのは納得いかないんだよね」

「とは言え、手掛かりはなさそうですわね」

「待って。ナトリ、彼の私室は調べたの?」

「えっと……、ずっとここに居たので、調べてはいないけど……」


 それならば話は決まったと、メリエルは部屋を飛び出して何処かへと行ってしまい、マイアは寝間着姿の鳴鳥に服を着替えさせ、ヴィオレーヌはティーカップの片付けを始めた。

 何が何やらわからぬうちに話は進み、鳴鳥はメリエル達に流されるままでいて、いつの間にかジルベルトの私室前まで来ていた。


「ロックの解除を頼んできたから開くはずだよ」

「さぁ、家探しとしましょうか」

「本来なら持ち主が不在の私室に勝手に入る事すら許されませんが、今回は致し方ありませんわ」

「み、みんな……」

「ほら、なっちんも、何か手がかりがあるかもしれないよ」

「う、うん……」


 ジルベルトの私室を訪れるのはあの日以来で、この部屋には思い出がたくさん残っていて、ソファーを見ると肩を抱き寄せてくれた彼の姿が思い浮かび、ベッドに視線を落とすとあの晩の出来事が思い浮かぶ。

 求められて、愛を囁かれた時の彼の表情は決して嘘を吐いているようではなかった。

 今でも脳裏に焼き付いている彼の姿を、やはり疑う事は出来ない。

 皆で部屋の隅から隅まで、タブレット端末の中身まで探したが、これといった情報も、彼が残した言葉も無かった。

 皆が落胆しかけたが、そこで鳴鳥はある事を思い出し、急いで自室に舞い戻った。

 それはあの日の明け方、気怠い身体で起き上がった時に見つけた物で、それは寝間着の上に来ていた上着のポケットに仕舞っていた。

 見た事が無い青色のカプセル剤。

 それはジルベルトの部屋で見つけた物で、彼が去った理由には結び付きそうにもないが、唯一残された手掛かりのようにも思えた。

 小さな青色のカプセル剤を手にブリッジを訪れた鳴鳥はアランの元へ、彼にそのカプセル剤を渡してその中身を訪ねてみた。


「この薬は……」

「いきなりですみません。その、どんな薬か分かりますか?」

「これを何処で手に入れましたか?」

「……ジルベルトさんの部屋です」

「そうですか……。分かりました。少し待っていてください」


 薬の解析はアランに任せた。

 解析機器で調べた結果、それは命を落とす様な劇薬で、主に暗殺に使われるものらしい。

 アラン曰く、ジルベルト以外が飲んでいたら死に至るのは容易いらしく、その薬の効果、苦しみに意識を向ける事によって、枷の効果、意識を失う事に耐えていたのではないかという推測を彼から耳打ちされた。


「全く、船長は無茶をしますね――――、ナトリさん?」

「はい……っ、そう……、ですね……」

「大丈夫ですか? ナトリさん」

「わ、私は……っ、大丈夫です……」

「あぁ! なっちん、こんな所に居たんだ……ってどしたの?! また泣いて……。ま、まさか――――」

「え!? 僕は何も……――――」

「火の無いところに煙は立ちませんわよ」

「純朴そうな外見に反して女の子を泣かせるなんてね」

「み、みんな違うの、これはね――――」


 そうまでしてでも求めてくれた。

 言葉は残されていなかったが、あの時のジルベルトの気持ちを悟った鳴鳥は皆の前でまた涙を溢した。

 自分のせいでジルベルトが居なくなったのではと己を責めていた鳴鳥。

 それでも考えるうちに彼の事を少しだけ疑いもした。

 今ではその疑念は晴れ、少しだけでも疑ってしまった事を申し訳なく感じる所であった。

 アランに対するメリエル達の疑惑を解いた鳴鳥は皆に笑顔を向けてもう心配は要らないと、これまで迷惑を掛けたと頭を下げる。

 まだ皆は心配であるようだったが、鳴鳥の笑みは作られたものでは無いことが明らかで、彼女の言葉を信じる事にしたようだ。

 ここ数日間、アルヴァルディの皆には心配を掛けさせ、メリエル達はわざわざこうして訪ねて来てくれた。

 立ち直ったばかりである鳴鳥だが、皆に感謝の気持ちを伝えたいらしく、早速何時もの彼女らしく、キッチンで腕を振るう。

 アルヴァルディの皆とメリエル達と迎えた夕飯は何時にも増して賑やかで、それが何よりも今の鳴鳥にとってもう一度前を向いていられる力と成った。


「ナ、ナトリさん、ちょっと良いっスか」

「コンラードさん? なんでしょうか」

「あの可愛い獣人種の子、ナトリさんのお友達なんっスよね」

「はい。メリエルもマイアもレーヌも、大切な友達です」

「そ、そうっスか~。でで、メリエルさんは、その~……か、彼氏とか居るんっスかね」

「はい。リベルトさんって方で凄く頭が良くて真面目な人ですよ」

「え!? あ、そ、そうっスよね。そ、それじゃ、あの美人な竜人種の子は――――」

「マイアにも彼氏が居るそうですよ。マティアスさんと言って、力持ちな鬼人種の方です」

「あー……。そうっスか…。だとしたらあの気の強そうなお嬢様は――――」

「レーヌは彼氏が居ないみたいですけど――――」

「マジっスか!?」

「アーノルドさんっていう男の方なのに凄く顔が整った人が気になっているみたいですよ」

「……全滅じゃ無いっスか」


 ガクッと肩を落とすコンラード。

 可愛い女の子を見るとすぐに飛びつこうとする節操無しな姿に鳴鳥は困ったように笑みを返すが、マリアンがすぐさま調子に乗るなと締め上げる。

 程々にとマリアンを宥めていた鳴鳥だが、彼女の元にも眉を吊り上げて近づく者が。

 どうやらヴィオレーヌにも聞かれていたらしく、アーノルドの事は何とも思っていないのだと顔を真っ赤にして弁明しだす。

 お酒も入り、ここには強く窘める者も居ない。

 宴は続き、夜遅くまで、皆が酔いつぶれるまで続いて、メリエル達は一晩泊まる事となった。

 客室に分かれても良かったが、皆の希望で鳴鳥の部屋に簡易ベッドを運び込み、四人で横になる。

 沢山話して、飲んで食べて、久しぶりにも思える賑やかで温かい時間を過ごして。

 そこに鳴鳥の想い人は居ないが、彼の想いを信じる事も出来て。

 鳴鳥は数日ぶりに穏やかな気持ちで眠りにつくことが出来た。


「(……今頃、ジルベルトさんは何をしているのかな……)」


 遠く離れた地に居る彼の事を想う鳴鳥。

 ジルベルトは不死の身体であるから心配は要らないようにも思えるが、敵であるエルンストはその不死の力を物とも言わせなかった。

 エルンストがいつのタイミングで仕掛けてくるか分からない今、警備隊の手薄なエリア、アストリアから離れた辺境宙域では危機に陥る可能性も高いだろう。

 ジルベルトの事が心配ではあるが、別れの言葉を残さなかった彼はいつかきっと戻ってきてくれる。

 そう鳴鳥は信じられた。




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