第九十九話 初めての実習
二年目が始まって、しばらく経った。
ある朝、七組の教室へ入ってきたヴァレンは、いつもの教材とは違う紙の束を持っていた。
「今日は、二年生から始まる実習について説明します」
教室が少しざわついた。
エイルも顔を上げる。
「実習?」
隣のカイが紙を受け取りながら言う。
「休み前に説明あっただろ」
「選択授業のこと?」
「それとは別」
エイルは配られた紙を見る。
そこには、学校の外にあるいくつかの場所が書かれていた。
商店。
工房。
役所。
農場。
治療院。
運送を扱う商会。
ほかにもある。
「一年目は、学校の中で基礎を学ぶことが中心でした」
ヴァレンが説明する。
「二年目からは、それが実際にどのように使われているのかを見る機会を設けます」
「働くんですか?」
誰かが聞いた。
「いきなり仕事を任せるわけではありません。最初は見学と簡単な手伝いが中心です」
教師や受け入れ先の大人の指示に従う。
危険な作業には参加しない。
勝手に商品や道具に触れない。
知った客の情報などを外で話さない。
いくつもの注意事項が続いた。
「ノア」
エイルが小声で呼ぶ。
「何?」
「工房あるよ」
「見えてる」
ノアはさっきからそこを見ていた。
「行きたい?」
「行きたい」
「俺も」
「お前、商店も見てただろ」
「そっちも行きたい」
「全部行きたいだけじゃないか」
「うん」
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最初の実習では、生徒をいくつかの班に分け、街の仕事を順番に見て回ることになった。
まだ自分の希望する仕事だけを選ぶわけではない。
エイルたちが最初に向かったのは、学校から歩いてしばらくのところにある商店だった。
店先には穀物や干した食べ物、油、塩、布、生活用品などが並んでいる。
エイルは中へ入ってすぐ、棚を見回した。
「塩ある」
カイが横を見る。
「そりゃあるだろ」
「いっぱい仕入れすぎてない?」
「授業の話を店で引きずるな」
店主が二人を見る。
「何の話だ?」
「こいつ、授業で塩しか仕入れなかったんです」
カイが答えた。
「なんでだ?」
「儲かると思ったから」
「売れたか?」
「余りました」
店主が笑った。
「そりゃそうだ」
エイルは少し悔しかった。
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最初に任されたのは、届いた商品の確認だった。
木箱がいくつも置かれている。
店主が紙を渡す。
「ここに書いてある品と、届いた品が合ってるか確認してくれ」
「数えるだけ?」
「まずはな」
エイルとカイが一つずつ確認する。
油。
布。
乾燥豆。
石鹸。
農具の部品。
「合ってる」
エイルが言った。
「待て」
カイが一つの箱を指した。
「これ一個足りない」
「本当?」
もう一度数える。
確かに足りない。
エイルは紙を見る。
「どうするの?」
「店主に言う」
カイが答えた。
「自分で書き直さないの?」
「なんでこっちの記録変えるんだよ」
二人で店主へ報告する。
店主は箱と伝票を確認した。
「本当だな」
「一個くらいならいいんですか?」
エイルが聞く。
「よくない」
「でも一個ですよ」
「こういう一個が積み重なると金が合わなくなる」
店主は別の帳面にも何かを書いた。
「あとで仕入れ先に確認する」
「間違えたって言うの?」
「そうだ」
「向こうが、ちゃんと入れたって言ったら?」
「そのときは話し合う」
「どっちが本当か分からなかったら?」
「面倒になる」
店主は笑った。
「だから届いたときに確認するんだよ」
エイルは箱を見た。
授業では数字として書かれていた商品が、ここでは本当に箱に入って届く。
一つ足りなければ、紙の数字だけでは済まない。
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次に行ったのは工房だった。
ノアの顔が明らかに変わった。
「近い」
エイルが言う。
「何が?」
「道具見るときの顔」
「普通だよ」
「普通じゃない」
工房では金属や木材を使った生活用品を作っていた。
奥では魔道具の部品も扱っているらしい。
ただし、生徒たちが触っていいのは簡単な材料だけだった。
職人が一枚の金属板を見せる。
「これを同じ大きさに揃えてもらう」
「切るんですか?」
ノアが聞く。
「今日は印をつけるところまでだ」
少し残念そうだった。
エイルは定規のような道具を使って長さを測る。
印をつける。
隣を見る。
ノアは妙に慎重だった。
「遅い」
「ずれたら切ったとき困るだろ」
「これくらい?」
「ずれてる」
「ちょっとだけ」
「ちょっとでも違う」
職人が近づいてくる。
二人の板を見る。
「こっちはやり直し」
エイルの方だった。
「やっぱり」
ノアが言う。
「ちょっとなのに」
職人が笑った。
「物を作るときは、そのちょっとが困ることがある」
エイルは印を消して、もう一度測った。
形成なら、見た形を正確に作るのは得意だった。
けれど、手で金属板に線を引くのは別だった。
二度目は少し慎重にやった。
「今度は?」
ノアが見る。
「大丈夫そう」
「本当?」
「たぶん」
「たぶんじゃ困る」
職人に言われた。
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午後は役所だった。
ここではセレナが一番よく質問していた。
机が並び、大人たちが紙を読んだり書いたりしている。
エイルには、最初は何をしているのかよく分からなかった。
「これ全部何ですか?」
案内役の役人に聞く。
「全部と言われても困るな」
役人が笑う。
一枚を見せてもらう。
近くの村から出された、道の修繕についての申請だった。
別の机には土地に関する記録。
その隣には税に関する書類。
「ずっと紙書いてるんですか?」
「紙を書くのが仕事ではないよ」
「でもいっぱい書いてる」
「決めたことや、誰から何を聞いたかを残さないと、後で分からなくなるからな」
「覚えてたら?」
「私一人しか知らなかったら、私が休んだ日に誰も分からなくなるだろう?」
エイルは少し考えた。
「じゃあ書く」
「そういうことだ」
横ではセレナが別の書類について質問していた。
エイルには難しそうな話だった。
ミナは役人が説明したことを、自分の紙に短くまとめている。
カイは途中から少し眠そうだった。
「カイ」
「起きてる」
「まだ何も言ってないよ」
「顔で分かった」
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学校へ戻ったのは夕方だった。
教室で簡単な振り返りをする。
ヴァレンが聞いた。
「実際に見て、授業で想像していたものと違ったことはありましたか?」
何人かが手を挙げる。
エイルも挙げた。
「商店」
「何が違いました?」
「本当に物がある」
教室が笑った。
ヴァレンも少し笑う。
「もう少し詳しく」
「授業だと数字だったけど、店だと箱で届いて、数えないといけなくて、一個足りなかったら確認しないといけなかった」
「なるほど」
エイルは続ける。
「工房も、ちょっとずれたら駄目だった」
ノアが横から言う。
「エイルがずらしたから」
「やり直したよ」
また笑いが起きる。
ヴァレンは黒板に一言だけ書いた。
――実際にやる。
「教室で知ることと、実際の仕事を見ることは同じではありません。二年目の実習では、その違いにも触れてもらいます」
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寮へ戻る途中。
エイルとカイは今日見た仕事について話していた。
「カイ、店どうだった?」
「家と似てた」
「つまらなかった?」
「いや」
カイは少し考える。
「家と違うところもあった。扱ってる物も多かったし」
「工房面白かったよ」
「お前、線ずらしたんだろ」
「ちょっとだけ」
「役所は?」
「紙がいっぱい」
「それだけ?」
「セレナに聞いた方がいい」
カイが笑った。
「で、どれが一番やりたい?」
エイルは考えた。
商店も面白かった。
工房も面白かった。
役所はよく分からないところが多かった。
「まだ分からない」
「だろうな」
「次はどこ行くんだろ」
「もう次のこと考えてるのか」
「うん」
エイルは学校の門をくぐった。
授業で聞くだけでは分からないことが、外にはたくさんあった。




