第九十八話 商売の授業
エイルが選んだ授業の中で、一番馴染みがなかったのが商業だった。
村にも物を売りに来る商人はいたし、買い物をしたこともある。
けれど、商人が普段何を考えているのかは知らない。
「今日は、実際に仕入れを考えてもらいます」
教師がそう言って、何枚かの紙を配った。
紙には三つの町の名前と、そこで売られている品物の値段が書かれている。
小麦。
塩。
布。
油。
農具。
それぞれ値段が違う。
さらに、町までの距離、荷車を借りる費用、途中の宿代まで書かれていた。
「以前にも似た問題をやりましたね」
一年目の計算の授業でも、仕入れと運搬を扱ったことがある。
そのときは、計算問題だった。
今回は違う。
「あなたたちは小さな商店を経営しているとします。手元にある資金は、ここに書かれている分だけです」
エイルは紙を見る。
使える金には限りがある。
「この町の住民に必要な商品を仕入れ、利益を出してください」
教師が黒板に条件を書く。
「ただし、何をどれだけ仕入れるかは自由です」
教室がざわついた。
エイルは隣を見る。
カイが紙を見ながら、もう何か書き始めている。
「カイ」
「何」
「何買う?」
「自分で考えろ」
「まだ始まったばっかりなのに」
「だからだよ」
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エイルはまず、一番安い商品を探した。
「これだ」
塩。
三つの町の中で、かなり安く売っている場所がある。
そこから大量に買って、この町で売ればいい。
エイルは計算を始めた。
仕入れ値。
運搬費。
宿代。
それでも利益が残る。
「できた」
まだ授業は始まったばかりだった。
エイルは紙を持って教師のところへ行った。
教師が見る。
「塩だけですか?」
「はい」
「なぜ?」
「一番儲かるからです」
「なるほど」
教師は答案を返した。
「では、それで店を開いてください」
「はい」
エイルは席へ戻った。
簡単だった。
そう思っていた。
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全員が仕入れを決めると、教師が新しい紙を配った。
「では、一か月目の結果です」
エイルは受け取る。
塩。
販売数。
残った在庫。
「……売れてない」
大量に仕入れた塩の半分以上が残っていた。
エイルが手を挙げる。
「先生」
「はい」
「なんで売れないんですか?」
「町の人が必要な量以上に塩を買わなかったからです」
「安くしたら?」
「安くすれば多少は増えるでしょう。ただ、塩を一日に十倍使う人はいません」
教室から笑いが起きた。
エイルは紙を見る。
「余ったら次の月に売れますか?」
「売れます。ただし、その間も店に置いておく必要があります」
「置いておくだけならいいんじゃないですか?」
「倉庫は無料ではありません」
「え」
教師が黒板に新しく数字を書く。
保管費。
エイルは計算した。
利益がさらに減った。
「そんなの最初の紙になかった」
「ありましたよ」
エイルは慌てて最初の紙を見る。
端の方に書いてある。
「本当だ」
隣でカイが笑っていた。
「読めよ」
「カイは読んだ?」
「読んだ」
「ずるい」
「何がだよ」
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カイの店を見る。
塩。
油。
布。
簡単な農具。
いくつかの商品を少しずつ仕入れている。
「なんで分けたの?」
「店だから」
「店だから?」
「塩だけ売ってる店、困るだろ」
「塩屋さんなら?」
「今回は町の商店って設定だろ」
エイルは課題の説明を読み直した。
確かにそう書いてある。
「あと、これ」
カイが町について書かれた資料を指した。
人口。
周辺の村。
主な仕事。
季節。
エイルはそこをほとんど読んでいなかった。
「農家が多いから、この時期なら農具がいるかもしれない」
「絶対?」
「知らない」
「知らないのに買ったの?」
「商売ってそういうもんだろ」
カイは平然と言った。
「売れると思って買う。でも本当に売れるかは、売ってみないと分からない」
エイルはカイの結果を見る。
農具はかなり売れていた。
「当たってる」
「今回はな」
「すごい」
「家で似たこと見てるから」
カイはそう言いながらも、布がかなり残っていた。
「これ売れてないよ」
「見るな」
「カイも外してる」
「全部当てられるわけないだろ」
「じゃあ俺と同じだ」
「塩しか置いてない店と一緒にするな」
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授業はそれで終わらなかった。
二か月目。
教師が新しい条件を出した。
近隣の村で豊作。
小麦の値段が下がる。
別の道では橋の修理が始まり、一部の運搬費が上がる。
「変わるの?」
エイルが言った。
「変わります」
教師が答える。
「先月と同じ値段で、同じように仕入れられるとは限りません」
今度はエイルも資料を最初から読んだ。
何が必要なのか。
どこから運ぶのか。
いくらかかるのか。
残った商品はどうするのか。
考えることが多い。
「商売って面倒だね」
エイルが言う。
「お前、うちの親の前で言うなよ」
カイが答える。
「カイはこれ毎日見てたの?」
「俺がやってたわけじゃないけどな」
「じゃあ、お父さんとお母さんすごいね」
「まあな」
カイが少しだけ嬉しそうにした。
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授業の最後。
教師が黒板に二つの数字を書いた。
一つは、最も大きな利益を出した店。
もう一つは、利益は小さいが必要な商品を切らさなかった店だった。
「どちらが良い店でしょう?」
生徒たちの意見が分かれた。
利益が多い方。
必要なものが揃っている方。
両方。
エイルも考えた。
「利益がないと店なくなるよね」
「そうですね」
「でも必要なものがないと、お客さん来ない?」
「それもあります」
「じゃあ両方いる」
「簡単にできればいいですね」
教師が笑った。
エイルも笑った。
確かに、それが簡単なら授業にはならない。
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昼休み。
エイルはいつもの卓へ行った。
「ノア」
「何?」
「店やるなら何売る?」
突然聞かれたノアが止まる。
「なんで?」
「今日、店やった」
「やってないだろ」
カイが訂正する。
「紙の上でやった」
「塩屋をな」
「途中からちゃんとしたよ」
セレナが聞く。
「利益は出たの?」
「少し」
「最初は?」
「塩がいっぱい残った」
ミナが笑った。
「なんでそんなに買ったの?」
「一番儲かると思ったから」
「売れればね」
「うん。売れなかった」
エイルはパンをちぎった。
商売の授業を選んだのは、カイがやっていた問題が面白そうだったからだ。
商人になりたいと決めたわけではない。
それでも、知らなかったことを一つ知った。
物には値段がある。
運ぶにも金がかかる。
置いておくにも金がかかる。
そして、持っているだけでは金にはならない。
「次の授業も店?」
エイルがカイに聞いた。
「知らない」
「またやりたい」
「今度は塩以外も売れよ」
「もう分かったよ」
エイルはそう言って、残ったパンを口に入れた。




