第九十二話 それぞれの得意
事故からしばらく経った。
ミナも教室へ戻り、学校には少しずついつもの空気が戻っていた。
授業を受ける。
食堂へ行く。
訓練する。
寮へ戻る。
校外実習はまだ再開されていない。それでも、学校の中で学ぶことはいくらでもあった。
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その日の基礎魔力学で、ヴァレンが黒板に一つの術式を書いた。
「今日は発動させません。この術式の問題を探してください」
エイルは黒板を見る。
使われている記号は、ほとんど知っている。
一つずつなら意味も分かる。
だが、全体を読んでいくと途中で引っかかった。
「……どこだ?」
隣のカイも同じ顔をしている。
「分かった?」
「まだ」
「俺も」
しばらくして、何人かの手が上がった。
その中からヴァレンが一人を指す。
「ここと、こちらが合っていないと思います」
答えた生徒が二つの条件を指した。
「そうですね。では、どう合っていませんか?」
今度は別の生徒が答える。
「片方では熱を一定以上にしないようにしているのに、もう片方では、それより高くならないと先へ進まないようになっています」
「その通りです」
説明されて、エイルも二本の線を追った。
「ああ」
カイが小声で聞く。
「分かった?」
「今分かった」
「俺、半分くらい」
「あとで聞こう」
「誰に?」
エイルは前の方を見る。
セレナも手を上げていた一人だ。
「セレナ」
「お前、すぐ聞くよな」
「授業終わってからだよ」
「そういう意味じゃない」
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授業が終わると、二人は本当にセレナのところへ行った。
「セレナ、さっきのところ教えて」
「どこ?」
エイルが黒板を指す。
「ここから」
「ほとんど最初じゃない」
「途中までは分かる」
「じゃあ、分かるところまで説明してみて」
「俺が?」
「そう」
エイルは黒板を見る。
最初のまとまりを読む。
次へ進む。
条件を一つ説明する。
その次で止まった。
「ここから分からない」
「なら、そこね」
セレナは二本の接続を指した。
「こっちだけ見ないで、どこから来ているかも見て」
エイルが線を戻っていく。
「あ」
「分かった?」
「多分」
「じゃあ説明して」
「厳しくない?」
「教えてって言ったのはエイルでしょう」
横でカイが笑った。
「俺は聞くだけにしよう」
「カイもやるの」
「なんで?」
「二人で来たから」
結局、三人で黒板の前に残った。
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別の日の計算では、立場が少し違った。
教師が黒板に問題を書く。
ある町で品物を仕入れ、別の町まで運んで売る。
運ぶには金がかかる。
途中で一部が壊れることも見込む。
損をしないためには、残った品物をいくら以上で売ればいいか。
エイルは数字を書いた。
途中で止まる。
もう一度計算する。
「……合わない」
隣を見ると、カイはすでに先へ進んでいた。
「早くない?」
「これ?」
「うん」
「家で似たようなの見るから」
「なんで?」
カイが顔を上げた。
「言ってなかったっけ。うち店だよ」
「初めて聞いた」
「そうだっけ?」
カイの家では、日用品や農具などを仕入れて売っているらしい。
「じゃあ、こういう計算するの?」
「俺が店やってるわけじゃないけど、手伝うときに見る」
エイルは自分の紙を差し出した。
「どこ違う?」
「ここ。運ぶ金が入ってない」
「あ」
「あと、壊れた分を抜いた数で考えないと」
「ああ」
カイが呆れた顔をする。
「これで売ったら損するぞ」
「店やらなくてよかった」
「まだ何になるか決めてないだろ」
「じゃあ店はやめとく」
「一問間違えただけで決めるなよ」
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ノアは、魔道具が出てくると急に質問が増えた。
基礎魔力学の実習で、教師が小さな照明用の魔道具を見せたときもそうだった。
「中にも術式があるんですか?」
「あります」
「人が形成するのと同じ形ですか?」
「基本になる考え方は同じですが、そのままではありません」
ノアが一歩近づく。
「中、見てもいいですか?」
「駄目です」
「開けません。見るだけです」
「開けなければ中は見えません」
「あ」
周囲から笑いが起きた。
エイルも笑った。
ただ、授業が終わったあともノアは教師のところへ残っていた。
材料は何か。
どうやって術式を中へ持たせるのか。
どれくらい使えるのか。
次から次へと聞いている。
「ノア、ああいうの好きなんだな」
エイルが言う。
「今さら気づいたの?」
ミナが返した。
「質問多いなとは思ってた」
「エイルも多いでしょ」
「俺?」
「多いよ」
「そうかな」
「多い」
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地理の授業では、六人で一枚の地図を囲んだ。
ある村から別の村まで荷物を運ぶ経路を決める課題だ。
「これ」
エイルはすぐ一本の道を指した。
「一番短い」
「でも荷車には向いてないって書いてあるよ」
ミナが地図の横を指す。
道幅が狭く、途中に急な坂がある。
「あ、本当だ」
「こっちなら通りやすい」
カイが別の道を指した。
「でも遠いわね」
セレナが言う。
「こっちには途中に町がある」
ノアも別の道を出す。
「何かあったら寄れる」
レオンはしばらく地図を見てから言った。
「この道は?」
「水場が少ない」
「じゃあ駄目か」
「人数と荷物によるんじゃない?」
意見が次々に出る。
エイルは地図を見回した。
「結局どれ?」
「今それを決めてるんでしょう」
セレナが言う。
「分かってるよ」
「ちょっと待って」
ミナがみんなを止めた。
「エイルは距離が短い方がいい。カイは荷車が通りやすい方。ノアは途中に町がある方がいい。セレナは遠回りしすぎるのが嫌で、レオンは水のことを気にしてる」
「うん」
「なら、全部じゃなくても近いもの探そうよ」
六人でもう一度地図を見る。
少しして、一本の道が残った。
最短ではない。
町も通らない。
ただし荷車で通ることができ、大きく遠回りせず、途中に水場もある。
「これか」
エイルが言う。
「俺もそれがいいと思う」
レオンが頷く。
ほかの四人も異論はなかった。
授業が終わったあと、エイルはミナに言った。
「ミナ、さっき分かりやすかった」
「何が?」
「みんなが言ってること、まとめたやつ」
「そう?」
「うん。俺、途中でどれが何だったか分からなくなってた」
「エイルは最初に短い道を選ぶのが早すぎるんだよ」
「一番短かったから」
「荷車通れなかったけどね」
「うん」
ミナが笑った。
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身体訓練では、相変わらずレオンに教わることが多かった。
エイルが木剣を振る。
レオンが避ける。
「今のどう?」
「踏み込む前に肩が動いた」
「また?」
「また」
「直したつもりだった」
「前よりは小さい」
「じゃあもう一回」
エイルが構える。
「待て」
「何?」
「少し休む」
「レオンが?」
「俺も疲れる」
エイルは意外そうに見る。
レオンが眉を寄せた。
「何だ、その顔」
「レオンも疲れるんだなって」
「当たり前だろ」
近くで見ていたカイが笑った。
「エイルの中でレオン何なんだよ」
「訓練が得意な人」
「人なら疲れるだろ」
「確かに」
「納得するところからなの?」
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同じ教室で、同じ授業を受けている。
それでも、見ているところは少しずつ違った。
術式を読むとき、セレナはつながりを追うのが速い。
商売に近い計算になると、カイは急に迷わなくなる。
ノアは魔道具が出てくると、授業が終わっても質問を続ける。
意見がばらばらになったときは、ミナが一度みんなの話を並べ直す。
レオンは身体を動かすことになると、エイルが気づかないところまでよく見ている。
エイル自身も、形成なら人より早くできることが多い。
けれど、学校でやることは一つではなかった。
分からないところは誰かに聞く。
逆に、形成について聞かれることもある。
そうやって授業は進んでいく。
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昼休み。
エイルが教本を読んでいると、廊下からカイの声がした。
「エイル!」
「何?」
「今日、食堂に肉あるって!」
エイルはすぐに本を閉じた。
「行く!」
「急がないとなくなるぞ!」
二人が走り出す。
後ろからセレナの声が飛んだ。
「廊下を走らない!」
エイルとカイは同時に速度を落とした。
「……歩く?」
「先生に見つかったら怒られる」
「じゃあ早歩き」
二人は早足で食堂へ向かった。




