第九十話 それぞれの受け止め方
ミナが教室へ戻ってきたのは、その日の昼過ぎだった。
右腕から肩にかけて、まだ厚く布が巻かれている。
教室へ入ってきた瞬間、何人もの生徒が振り返った。
「ミナ!」
エイルが真っ先に立ち上がる。
「大丈夫?」
「大丈夫だから来たんだけど」
「腕は?」
「まだ動かしちゃ駄目」
「痛い?」
「ちょっと」
「治る?」
「エイル、質問多い」
ミナが笑った。
後ろからカイがやってくる。
「よかったな。いつものミナだ」
「どういう意味?」
「ほら」
カイがエイルを見る。
「元気だろ」
「うん」
「本人の前で確認しないでよ」
ミナは呆れた顔をした。
その様子を見て、エイルもようやく笑った。
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午後の授業が終わったあと。
六人は久しぶりに同じ机を囲んだ。
「先生から事故の説明あったよ」
カイが言う。
「私も聞いた」
「そうなの?」
エイルが聞く。
「昨日、別に説明してもらったから」
ミナは自分の腕を見る。
「私が転んだところも調べたって」
「何かあった?」
「普通の木の根」
「普通?」
「壊れてたとか、急に何か落ちてきたとかじゃないってこと。私が引っかかっただけ」
「そっか」
「だから、次からもっと足元見る」
「でも走ってたしな」
ノアが言う。
「そうなんだよね」
ミナも少し困った顔をする。
「ゆっくり歩いてたら、それはそれで危なかったかもしれないし」
「じゃあどうすりゃいいんだ」
カイが言った。
「転ばない」
「それができたら苦労しないよ」
ミナが返す。
少しだけ笑いが起きた。
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「俺は、もっと早く撤退を決められなかったか考えてた」
レオンが言った。
「まだ考えてるの?」
エイルが聞く。
「考えるのはやめない」
「先生は問題なかったって」
「今回の判断に大きな問題がなかったことと、次も同じでいいことは別だろ」
レオンは自分の手を見る。
「騎士団に入ったら、自分で決めなきゃならないこともある。だったら、こういうときに何ができたかは考えておきたい」
「真面目だなあ」
カイが言う。
「お前も少しは考えろ」
「考えてるよ」
「何を?」
「危ない仕事はなるべく避けようって」
一瞬、レオンが黙った。
「それも判断か」
「だろ?」
「たぶん」
「なんだよ、たぶんって」
ミナが笑った。
事故の前にも、こんなふうに話していた。
それが戻ってきたことの方が、エイルには嬉しかった。
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「エイルは?」
セレナが聞いた。
「何が?」
「事故のあと、ずっと訓練しているそうですね」
エイルがカイを見る。
「言ったの?」
「別に秘密じゃないだろ」
「秘密じゃないけど」
エイルは少し考えてから答えた。
「もっと強くなりたい」
「やっぱりそこなんだ」
ミナが言った。
「うん」
エイルはミナの腕を見る。
「あのとき、ちゃんと牙ネズミに当てたんだ」
木剣ではなかった。
身体強化を使って、全力で打った。
それでも止まらなかった。
「バルガ先生は一発で倒した」
自分にもそれができていたら。
ミナが腕を上げる前に、止められたかもしれない。
バルガも、その可能性はあると言った。
だから。
「次は止められるようになりたい」
ミナが少しだけ眉を下げる。
「次なんてない方がいいけどね」
「それはそう」
「でも、ありがと」
「何が?」
「戻ってきてくれたこと」
エイルは少し考えた。
「ミナいたから」
「うん」
「だから戻った」
「うん」
それ以上、ミナは何も言わなかった。
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「ノアは?」
エイルが聞いた。
「俺?」
「うん」
「俺はバルガ先生みたいになるのは無理だな」
「なんで?」
「そもそも、あんなに戦いたくない」
ノアは机の上で指を組んだ。
「俺はやっぱり魔道具の方がいい」
「事故に遭っても変わらないんだ」
「むしろ変わらなくなった」
「どういうこと?」
「人が危ないところに行かなくてもできることが増えたら、その方がいいだろ」
「なるほど」
エイルには完全には分からなかったが、ノアらしいとは思った。
「カイは?」
「さっき言っただろ。安全に稼ぐ」
「ずっとそれだね」
「大事なんだって」
カイは胸を張った。
「俺は将来、ちゃんと飯を食えて、ちゃんと寝られて、魔物に追いかけられない仕事に就く」
「全部できる仕事ある?」
「だから学校で探してるんだよ」
「なるほど」
今度はエイルも納得した。
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「セレナは?」
今度はミナが聞いた。
「私は……学校がこれからどうするのかは気になります」
「学校?」
「問題が起きたから全部やめる、では終わらないでしょうから」
学校はすでに、実地訓練の方法を見直すと説明していた。
訓練する区域を狭くする。
班同士を離しすぎない。
教師が生徒のところへ到達しやすい配置にする。
異常があれば、早めに訓練を止める。
「必要なことなら、どうすれば続けられるかを考えなければいけませんから」
「そういうの気になるんだ」
「父のところでも、問題が起きれば似たような話になります」
セレナはそう言ってから、
「もちろん、学校とは全然違いますけど」
と付け加えた。
エイルは六人を見回した。
同じ場所へ行った。
同じ事故に遭った。
それでも、考えていることは少しずつ違う。
レオンは判断のこと。
セレナは学校のこと。
ノアは魔道具。
カイは安全な仕事。
ミナは、まず腕を治すこと。
そしてエイルは。
もっと強くなることだった。
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放課後。
エイルは訓練場へ向かった。
木剣を持つ。
身体強化を発動する。
踏み込む。
振る。
「力みすぎだ」
後ろから声がした。
振り返ると、バルガがいた。
「先生」
「腕だけで振ってる」
「強く振ろうと思って」
「それで遅くなってる」
バルガが顎で前を示した。
「もう一回」
エイルが構える。
踏み込む。
振る。
「足からだ」
もう一度。
「腰が遅い」
もう一度。
「今の方がましだ」
「ほんと?」
「ああ」
エイルはもう一度構えた。
足を踏み込む。
腰を回す。
木剣を振り抜く。
さっきより速い。
「先生」
「なんだ」
「俺、強くなれる?」
「訓練すれば今よりはな」
「先生くらいは?」
「知らん」
「そこは、なれるって言ってよ」
「嘘をついてどうする」
エイルは笑った。
「もう一回やる」
「あと十回で終わりだ」
「二十回」
「十回」
「十五」
「十回」
「先生、そこは変わらないね」
「早く構えろ」
「うん」
エイルは木剣を構え直した。
足を踏み込む。
腰を回す。
振る。
もう一度。
今度こそ。
あの牙ネズミを一撃で止められるくらいに。
エイルは、ただ強くなろうとしていた。




