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THE GUILD  作者: axe
第二章 学びの街
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第八十九話 検証


事故から二日後。


七組の教室へ入ると、黒板の前に大きな地図が貼られていた。


第五回実地訓練で使った森だ。


各班が通る予定だった道。


教師がいた場所。


連絡地点。


エイルたちが足跡を見つけた場所。


そして、怪我人が出た場所。


一つではない。


教室の前にはバルガとヴァレン、それに実地訓練を担当していた教師が二人立っていた。


「最初に言っておく」


バルガが口を開く。


「調査はまだ終わっていない。分からないこともある。今日は、今の時点で確認できたことだけ話す」


エイルは地図を見た。


昨日、聞き取りで話したことも、どこかに使われているのだろう。


「まず、訓練前だ」


バルガが地図を指した。


---


第四回の実地訓練で正体の分からない痕跡が見つかった南西側は、第五回では使われていなかった。


訓練区域そのものを変え、前日には教師が予定経路とその周辺を確認した。


当日の朝にも、主要な道は確認されている。


「その時点で、訓練を中止する必要があると判断する異常は見つからなかった」


一人の生徒が手を上げた。


「牙ネズミの痕跡もなかったんですか?」


「あった」


バルガが答える。


「だが、牙ネズミ自体はこの辺りにいる。見つかった痕跡も、その時点では珍しい量ではなかった」


エイルは地図を見る。


自分たちが見つけた足跡は、もっと多かった。


「増えたのは、あとから?」


「少なくとも、学校側が異常を把握したのは訓練開始後だ」


事故のあと、学校は周辺の村や街道を使う者にも話を聞いたらしい。


そこで、訓練当日の朝に、普段より多くの牙ネズミを見たという人が見つかった。


エイルが手を上げる。


「その人は、増えてるって分かってたの?」


「普段より多いとは思ったそうだ」


「じゃあ、なんで学校に――」


途中まで言って、止まった。


その人が学校の実地訓練を知っていたとは限らない。


バルガが答える。


「学校があの日に森を使うことを、その人は知らなかった。それに、牙ネズミを見ること自体は珍しくない」


「そっか」


「学校へ知らせる決まりもない。その人に責任がある話ではない」


エイルは頷いた。


ただ、その人が見たことを学校が知っていたら。


そう考えてから、地図へ視線を戻した。


---


訓練開始後。


最初に、一つの班が複数の牙ネズミを見つけた。


担当教師が班を後退させ、連絡地点へ報告した。


別の班では、多数の足跡が見つかった。


さらに別の場所でも、牙ネズミがまとまって移動しているのが確認された。


バルガが地図へ印をつけていく。


離れた場所に、三つ。


四つ。


「こんなに離れてたんだ」


カイが小さく言った。


エイルも同じことを思った。


森の中にいたときは、自分たちの周囲しか見えていなかった。


セレナが手を上げる。


「最初の報告だけでは、森の広い範囲で増えているとは分からなかったんですか?」


「ああ」


バルガが頷く。


「一か所だけなら、その場所に集まっている可能性もある。複数の報告が集まって、広い範囲で普段と違う動きが起きている可能性が高いと判断した」


「それで全体を中止した?」


「そうだ」


だが、その時には各班がすでに森の中へ入っていた。


連絡地点はあった。


教師も増やしていた。


伝えるために動く人間もいた。


それでも、離れた班すべてへ同時に知らせることはできなかった。


中止の知らせが届く前に、牙ネズミと遭遇した班がいくつかあった。


「俺たちは?」


エイルが聞く。


「全体の中止が決まる前に戻り始めている」


「足跡を見つけたから?」


「ああ。俺がその場で撤退を決めた」


ノアが小さく頷いた。


自分たちの班は、全体から知らせが来る前に異常を見つけていた。


別の班でも、担当教師が独自に戻る判断をしている。


逆に、異常をまだ見つけていなかった班は、中止の知らせが届くまで予定どおり動いていた。


同じ森の中でも、知っていることが違っていた。


---


バルガが、怪我人の出た場所を示した。


エイルたちの場所。


脚を深く噛まれた生徒の班。


教師が負傷した場所。


ほかにも軽い怪我が出た地点がある。


エイルは、自分たちの印を見る。


「先生」


「なんだ」


「ミナが転ばなかったら、ミナは噛まれなかった?」


教室が少し静かになった。


バルガは地図を見たまま答える。


「可能性は高い」


エイルは黙る。


「だが、ほかの場所でも怪我人は出ている。転んでいない生徒も怪我をした。教師にも負傷者がいる」


エイルは別の印を見る。


確かに、一つではない。


昨日、自分がもっと強ければミナを助けられたかもしれないと思った。


今も、それは変わらない。


でも、自分が強かったとしても、別の場所にいた生徒まで助けられたわけではない。


レオンが手を上げた。


「俺たちの班の判断は、どうだったんですか?」


バルガがレオンを見る。


「何が聞きたい?」


「もっと早く戻るべきだったのか」


レオンはまっすぐ聞いた。


「俺が班の責任者でした」


バルガは少し考えた。


「今まで確認した範囲では、お前たちの班が足跡を見つける前に撤退すべきだったと判断できる材料はない」


レオンは黙って聞く。


「足跡を見つけたあとも、その場で教師へ報告している。そこから先は俺が撤退を決めた」


「はい」


「振り返るのは構わん。ただ、当時持っていなかった情報を、今知っているからといって、昨日のお前が知っていたことにはするな」


レオンが少しだけ地図を見る。


「……分かりました」


---


今度はヴァレンが前へ出た。


「学校側でも、今回の実地訓練のやり方を見直します」


第五回は、一年目最後の総合訓練だった。


これまで習った、


周囲を見る。


情報を共有する。


進むか戻るかを考える。


その一連を、生徒たち自身にやらせるため、以前より各班の行動範囲を広くしていた。


その分、教師と連絡地点も増やしていた。


「ですが、結果として、異常が複数の場所でほぼ同時に起きた際、全班へ十分な速さで情報を届けられませんでした」


黒板の地図を見ると、それがよく分かる。


班は離れている。


連絡地点も離れている。


森の中では、教室のように一声で全員へ知らせることはできない。


「来年度以降の一年生については、活動範囲を狭くする方向で見直します。班同士を離しすぎず、教師が短時間で各班へ向かえる範囲にする」


カイが手を上げた。


「実地訓練自体はなくさないんですか?」


「現時点では、その予定はありません」


ヴァレンが答える。


「街の外での安全な行動は、将来どの道へ進むにしても役に立つものです」


商人になる者もいる。


村へ戻る者もいる。


役所で働く者もいる。


魔術を専門に学ぶ者も、騎士を目指す者もいる。


学校の外へ出る人間すべてが、魔物と戦う仕事に就くわけではない。


それでも、街道を使うことはある。


森や村へ行くこともある。


「ですから、危険を見つけること、周囲へ伝えること、必要なら引き返すことは今後も教えます。ただし、その教え方と安全管理は変えます」


エイルは手を上げた。


「それなら、次は怪我しない?」


ヴァレンは少しだけ間を置いた。


「怪我をする可能性は下げられます」


「なくせない?」


「街の外で何も起こらないと保証することはできません」


エイルは少し考える。


「じゃあ、できるだけ起きにくくする?」


「そうです。そして起きたときに、被害を小さくする」


「分かった」


---


話が終わっても、地図はしばらく黒板に残された。


生徒たちは休み時間になっても、その前に集まっていた。


エイルも近づく。


自分たちの経路を指で追う。


「ここで足跡」


ノアが言う。


「うん」


「こっちの班が最初に見つけたのは、かなり離れてる」


セレナが別の印を指した。


「その時点では、私たちは知らなかった」


「向こうも、俺たちの足跡知らなかったんだよな」


カイが言う。


「そうね」


エイルは地図全体を見る。


森にいたとき、自分たちには自分たちの周囲しか見えていなかった。


教師も同じだった。


一人の教師が森全体を見ていたわけではない。


離れた場所で見つかったものが、連絡地点を通って少しずつ集まった。


集まって初めて、森全体で何かがおかしいと分かった。


「これ、最初から全部分かってたら中止してたんだよな」


エイルが言う。


「当然でしょうね」


セレナが答える。


「でも分からなかった」


「そうね」


「難しいな」


エイルは地図を見たまま言った。


セレナも、今度は何も付け足さなかった。


---


昼過ぎ。


七組の教室の扉が開いた。


全員がそちらを見る。


「……何?」


ミナが立っていた。


片腕を布で固定している。


その横には教師もいる。


カイが最初に立ち上がった。


「ミナ!」


「声大きい」


「もう来て大丈夫なの?」


「授業受けるくらいならって」


エイルも席を立った。


「腕は?」


「まだ動かすなって」


「字は?」


「左手で書く」


カイが真顔になる。


「読める?」


「失礼だな」


「俺、左手なら絶対読めない」


「右手でも怪しいでしょ」


「それは関係ないだろ」


何人かが笑った。


事故のあと、教室でこんなふうに笑ったのは初めてだった。


エイルも笑う。


ミナは自分の席へ向かいながら、黒板の大きな地図を見た。


「今日、それやったの?」


「うん」


「あとで教えて」


「先生から聞いた方がいいよ」


「エイルよりはその方が分かりやすそう」


「なんで?」


「なんとなく」


「ひどくない?」


また笑いが起きた。


ヴァレンが次の授業の準備を始める。


地図が黒板から外された。


いつもの授業が始まった。


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