第九話 帰ってきた
翌日の昼を少し過ぎた頃。
「ハインだ!」
村の方から声が上がった。
畑で鍬を振っていたエイルは、すぐに顔を上げた。
「父さん」
「行ってこい」
「いいの?」
トーマは鍬を動かしたまま答える。
「どうせ気になって仕事にならんだろ」
「そんなことないけど」
「じゃあ残るか?」
「行ってくる」
鍬を置いて走り出すと、後ろでトーマが笑った。
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村の入口まで来て、エイルは足を緩めた。
ハインは一人ではなかった。
三人いる。
ハインを入れれば四人だ。
一人は、とにかく大きな男だった。背が高いだけでなく肩幅も広く、背中には長い槍を背負っている。
その隣には、髪を後ろでまとめた女がいた。
最初は若く見えたが、近くで見ると思っていたより大人だった。腰には短い剣があり、肩から大きめの鞄を下げている。
最後の一人は細身の男だった。
こちらは弓を背負っている。
「ハイン!」
ベルンもやってきた。
「遅かったな」
「人を探してた」
「見つかったか?」
ハインが後ろの三人を見る。
「三人だけな」
大きな男が片手を上げた。
「ボルだ」
女も軽く頭を下げる。
「サナ」
弓を持った男は、
「カイル」
とだけ名乗った。
ベルンが三人を見る。
「来てもらって悪いな」
「話は聞いた」
ボルが言う。
「灰牙だって?」
「ああ」
「何頭いる?」
「分からん」
ボルがハインを見る。
「本当に何頭いるか分からねえのか?」
「分かってたら先に言ってる」
「そりゃそうか」
サナが村の外へ目を向けた。
「被害は?」
ベルンがこれまでのことを説明する。
最初に羊が襲われた隣の村。
そのあと被害が出た南の村。
この村の近くで見つかった足跡と、柵に残っていた灰色の毛。
東の森で、ハインとドルクが実際に二頭の灰牙を見たこと。
エイルは少し離れたところから話を聞いていた。
「三つの村に出てるなら、結構動いてるね」
サナが言ったところで、ドルクもやってきた。
「同じ群れだと思う」
「根拠は?」
サナが尋ねる。
「足跡の大きさと、動いた時期。それと向こうの猟師の話だ」
「何頭くらい?」
「分からん」
サナが少し笑った。
「みんなそれ言うね」
エイルは思わずサナを見た。
同じことを思っていたらしい。
「分からんものは仕方ない」
ドルクが言う。
「だから確かめるんだろ」
その後の話はベルンの家ですることになった。
当然のようについていこうとしたエイルの前で、ハインが立ち止まる。
「お前は仕事戻れ」
「なんで?」
「なんでって……」
「聞くだけだよ」
「聞かなくていい」
「俺も灰牙の――」
「エイル」
後ろから声がした。
振り返ると、トーマが立っていた。
いつの間に来たのか分からない。
「畑」
「……はい」
諦めるしかなかった。
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「三人だった」
畑へ戻る途中、エイルが言った。
「見た」
「ボルって人、父さんよりでかかった」
「そうだな」
「悔しくない?」
「なんでだ」
「なんとなく」
「お前は何を競わせたいんだ」
エイルは少し笑った。
「あとサナって人と、カイルって人」
「そうか」
「サナって何する人だろ」
「知らん」
「剣持ってた」
「なら剣を使うんじゃないか」
「でもハインも剣持ってるじゃん」
「本人に聞け」
「話し合い入れてくれなかった」
「当たり前だ」
畑に戻ると、エイルは置いていた鍬を拾った。
何度か土を起こしてから、また口を開く。
「四人で足りるのかな」
「ドルクも行くだろ」
「五人」
「村からも誰か出るかもしれん」
「父さんは?」
「行かん」
返事は早かった。
「なんで?」
「俺は農家だから」
「でも村の近くだったら、父さんもいた方が――」
「それでもだ」
トーマは鍬を土へ入れた。
「できる奴がいるなら、できる奴に任せる」
「人数多い方がよくない?」
「何をすればいいか分からん奴が増えても邪魔になるだろ」
エイルは少し黙った。
「父さん、斧使えるじゃん」
「薪を割るためにな」
「灰牙にも当たりそうだけど」
「試したくない」
「俺も見たくない」
「なら仕事しろ」
「それ関係ある?」
「ある」
「ないと思う」
それでもエイルは鍬を振った。
ハインにも前に似たようなことを言われた。
強い人がいれば安全になるわけではない。
人数が増えればいいわけでもない。
エイルにはまだ、その辺りがよく分からなかった。
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夕方。
村の中央に大人たちが集まった。
今度は家の中ではなく外だったので、エイルも少し離れたところから話を聞くことができた。
明日の朝、東の森へ入る。
行くのは、ハイン、ボル、カイル、サナ、ドルク。
それから村の男が二人。
七人だった。
「七人で行くの?」
隣にいたリナが聞く。
「そうみたい」
「魔物は何匹?」
「分かんない」
「七匹?」
「なんで同じ数なんだよ」
「一人一匹」
「そういう戦いじゃないと思う」
「じゃあ十四匹?」
「増やすなよ」
リナはよく分かっていない。
エイルも、実際のところ似たようなものだった。
ベルンが説明を続ける。
森へ入る者以外は村に残る。
明日は東の畑には出ない。
子供は村の外へ出さない。
見回りを増やし、家畜も外へ出さない。
話が終わると、人が少しずつ散っていった。
エイルはハインを見つけて近づく。
「明日行くんでしょ?」
「ああ」
「七人で?」
「今のところな」
「足りる?」
「知らん」
「またそれ」
「分からんものは分からん」
「でも行くんでしょ?」
ハインは少し考えてから頷いた。
「ああ」
「前は二人だったから奥まで行かなかったじゃん」
「今は七人いる」
「じゃあ七人なら大丈夫?」
「大丈夫とは言ってない」
エイルは眉を寄せた。
「じゃあ、なんで行くの?」
「見に行かないと、いつまで経っても分からんからだ」
「危なかったら?」
「帰る」
「七人でも?」
「七人でも」
そこは変わらないらしい。
エイルは少し考えてから頷いた。
「分かった」
「珍しいな」
「何が?」
「すぐ次の質問が来なかった」
「今考えてた」
「やっぱり来るのか」
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夕食のあと、エイルは家の外へ出た。
村の中央では、明日の準備が続いていた。
武器。
縄。
水。
食料。
必要なものをそれぞれが確かめている。
ハインはボルと槍を見ながら何か話していた。
カイルは矢を一本ずつ確認している。
少し離れたところにはサナがいた。
足元に鞄を置き、中身を確かめている。
布。
小さな瓶。
包帯のようなもの。
ほかにも、エイルには何に使うのか分からないものがいくつか入っていた。
その横に、短い杖が置かれている。
エイルの目が止まった。
サナが杖を手に取り、先端を確認してから鞄の横へ戻す。
「何?」
突然サナがこちらを見た。
「え?」
「さっきから見てるけど」
エイルは杖を指差した。
「それ、何に使うの?」
「これ?」
「うん」
サナが杖を持ち上げる。
「魔術」
エイルは一瞬黙った。
「……魔術?」
「そう」
「使えるの?」
「使えなかったら持ってこないよ」
「見せて」
「嫌」
返事が早い。
「なんで?」
「明日使うかもしれないのに、今わざわざ使いたくない」
「ちょっとだけ」
「ちょっとでも嫌」
「どんなの使えるの?」
「色々」
「火は?」
「使える」
「水は?」
「少しなら」
「風は?」
「使える」
「治すのも?」
「それも」
エイルの目が大きくなる。
「怪我を治せるの?」
「何でも治せるわけじゃないよ」
「じゃあ、どんな――」
サナが手を上げた。
「待って」
「何?」
「君、名前は?」
「エイル」
「エイル」
「何?」
「質問多い」
「気になるから」
「私は明日早い」
「あ」
そうだった。
エイルは口を閉じた。
サナは鞄の中身を整え、杖も入れる。
「帰ってきたらね」
エイルはすぐに顔を上げた。
「見せてくれる?」
「気が向いたら」
「約束?」
「してない」
「じゃあ約束して」
「しない」
サナは鞄を閉じてしまった。
「けち」
「聞こえてるよ」
「聞こえるように言った」
「君、ハインが言ってた通りだね」
「ハイン、俺のこと何て言ったの?」
「質問が多い子供」
「それだけ?」
「今のところは」
エイルは少し不満だったが、サナはもう明日の準備に戻っていた。
邪魔をすると、本当に何も教えてもらえなくなりそうだ。
「じゃあ、明日」
「無事に帰ってきたらね」
「うん」
エイルはそこで初めて、少しだけ言葉に詰まった。
「……気をつけて」
サナは一瞬エイルを見て、それから笑った。
「ありがと」
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家へ戻る途中、エイルは自分の右手を見た。
少しだけ魔力を集める。
散らさないようにして、腕へ流す。
いつもやっていることだ。
これで薪が少し軽くなる。
鍬を振るのも少し楽になる。
けれど。
「火……」
手のひらを見る。
ここからどうすれば火が出るのか。
まるで分からない。
試しに、いつもより少しだけ手のひらへ魔力を寄せてみる。
何も起きなかった。
「そりゃそうか」
やり方を知らないのだから、当然だ。
エイルはそれ以上試すのをやめた。
サナなら知っている。
明日、無事に帰ってきたら聞いてみよう。
家に入ると、リナが先に寝床へ入っていた。
「兄ちゃん遅い」
「サナと話してた」
「誰?」
「今日来た人」
「大きい人?」
「それボル」
「弓の人?」
「カイル」
「じゃあ知らない」
「今日見ただろ」
「覚えてない」
エイルは呆れながら自分も寝床に入った。
目を閉じる。
けれど、なかなか眠れなかった。
明日、七人が東の森へ入る。
灰牙は何頭いるのか。
サナはどんな魔術を使うのか。
気になることが多すぎた。




