第十話 森へ
翌朝。
エイルが外へ出ると、村の中央にはすでに人が集まっていた。
ハイン、ボル、カイル、サナ、ドルク。
それから村の男が二人。
昨日聞いた通り、七人だった。
「早いね」
エイルが言うと、ハインが振り向いた。
「お前が遅いんだ」
「まだ朝じゃん」
「朝だから出るんだよ」
ボルが槍を肩に担ぐ。
「こいつがエイルか?」
「そう」
ハインが答えた。
「質問が多いやつ」
「それ言わなくていいでしょ」
「本当だろ」
エイルが言い返そうとしたところで、サナがやってきた。
昨日の大きな鞄を肩にかけている。
「おはよう」
「おはよう。杖持ってる?」
「持ってる」
「見せて」
「昨日と話が変わってないね」
「帰ってきたらって言ったじゃん」
「まだ帰ってきてないよ」
「あ」
確かにそうだった。
サナは笑いながらハインたちの方へ歩いていった。
「エイル」
トーマに呼ばれる。
「邪魔するな」
「してないよ」
「出るところなんだ。離れとけ」
エイルは少し後ろへ下がった。
ベルンが七人の前に立つ。
「無理はしないでくれ」
「そのつもりだ」
ハインが答えた。
「今日はまず昨日の場所まで行く。そこから先は跡を見て決める」
「戻る目安は?」
「日暮れ前には森を出たい。ただ、奥まで追うことになれば分からん」
ベルンが頷く。
「分かった」
ドルクが弓を背負い直した。
「行くぞ」
七人が歩き始める。
エイルはその背中を見送った。
東の柵を抜け、畑の間を進み、少しずつ小さくなっていく。
その先には森がある。
「見えなくなった」
隣でリナが言った。
「そりゃ森に入ったからね」
「いつ帰る?」
「知らない」
「兄ちゃんも知らないこと多いね」
エイルはリナを見る。
「……最近それ流行ってる?」
「何が?」
「もういい」
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七人が森へ入ってから、村は妙に静かだった。
いつもなら東の畑へ向かう人がいる。
森へ薪を拾いに行く人もいる。
猟師が出入りすることもある。
今日は誰も東へ行かない。
「エイル」
トーマが鍬を渡してくる。
「今日は西だ」
「東じゃないんだ」
「当たり前だろ」
「分かってるよ」
二人で西側の畑へ向かう。
仕事そのものは、いつもと変わらない。
草を抜く。
土を起こす。
水を運ぶ。
それでも、エイルは何度も東を見てしまった。
「見ても帰ってこないぞ」
トーマが言う。
「見てない」
「今見てただろ」
「ちょっとだけ」
「手を動かせ」
「はい」
鍬を振る。
少しだけ魔力を腕へ流す。
もう一度。
最近は、いちいち止まらなくてもできることが増えてきた。
うまくいかないときもある。
けれど、最初の頃のように何度も集中し直さなくても、少しずつ身体の中で動かせる。
「父さん」
「なんだ」
「今、普通にできた」
「何が」
「魔力」
「そうか」
「前は止まらないとできなかったじゃん」
「知らん」
「見てたでしょ」
「お前が仕事中に止まってたのは見てた」
「そこじゃなくて」
トーマが笑った。
「できるようになったならいいだろ」
「もっと驚いてよ」
「薪を全部一人で運べるようになったら驚いてやる」
エイルは積んである薪を思い浮かべた。
「それは無理」
「じゃあまだだな」
「基準おかしくない?」
そんな話をしているうちに、少しだけ東の森のことを忘れた。
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昼。
家へ戻ると、ミラが食事を用意していた。
「まだ?」
席についたエイルが聞く。
「まだよ」
「誰か見に行った?」
「行くわけないでしょ」
「森じゃなくて、入口くらいまで」
「邪魔になるだけよ」
トーマも席につく。
「帰ってくれば分かる」
「でもさ」
「食え」
「はい」
リナがパンを持ったまま聞く。
「灰牙、何匹いるかな」
「分かんない」
「十匹?」
「多いな」
「百匹?」
「多すぎる」
「千匹?」
「村なくなるだろ」
「じゃあ十匹」
「なんで戻ったんだよ」
リナは真剣だった。
「七人だから、七匹なら勝てる?」
エイルは昨日と同じような話だと思った。
「一人一匹じゃないって」
「じゃあ八匹?」
「だから増やすなって」
トーマが横から言う。
「数だけで決まらん」
「どういうこと?」
エイルが聞く。
「一頭でもでかけりゃ危ない。何頭いても、逃げていくなら追う必要はない」
「灰牙でも?」
「ハインもそう言ってただろ」
エイルは頷いた。
魔物だから全部倒すわけではない。
それは前に聞いた。
「じゃあ今日も、見つけても倒さないかもしれない?」
「そうだろうな」
「せっかく七人で行ったのに?」
「倒しに行ったんじゃなくて、どうなってるか見に行ったんだろ」
「……そっか」
エイルはスープを飲んだ。
七人も武器を持って森へ入ったから、なんとなく戦いに行ったような気になっていた。
でも、最初からそう決まっているわけではないらしい。
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森の中では、ドルクが先頭を歩いていた。
その少し後ろをハインとカイル。
さらにボル、サナ、村の男たちが続く。
「ここだ」
ドルクが足を止める。
湿った土の上に、いくつもの跡が残っていた。
カイルがしゃがむ。
「新しいな」
「昨日の雨のあとだ」
ドルクが答えた。
「何頭?」
ボルが聞く。
カイルはすぐには答えなかった。
いくつかの跡を見比べ、少し先まで歩く。
「少なくとも三つは違う」
「三頭?」
「三頭以上」
「子は?」
「分からない」
ハインが森の奥を見る。
「向きは?」
「奥へ入ってる」
ドルクが周囲を確認した。
「こっちだ」
一行はさらに進んだ。
森の中は昨日の雨で濡れていた。
土は柔らかく、ところどころ足が沈む。
ハインが前を歩きながら、
「ここ、滑るぞ」
と言った直後。
後ろで大きな音がした。
振り返る。
ボルが尻餅をついていた。
「……」
ハインが黙って見る。
「何だよ」
「いや」
「何だ」
「俺のこと笑ってたよな」
「笑ってねえ」
「笑ってた」
「歩け」
サナが横で笑っていた。
「仲いいね」
「よくねえ」
二人が同時に答えた。
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さらに森の奥へ入ったところで、ドルクが突然手を上げた。
全員が止まる。
声を出す者はいない。
ドルクが地面を指した。
そこには、灰色の毛が落ちていた。
一つではない。
その先にも、いくつかある。
ハインがしゃがみ込む。
「近いな」
カイルが弓を手に取った。
村の男たちの表情が硬くなる。
ボルも槍を肩から下ろした。
サナは鞄の位置を直し、周囲を見る。
「血は?」
「ない」
ドルクが答える。
「抜け毛だろう」
「寝床?」
「かもしれん」
ハインが少し先を見る。
木々の間に、低い茂みが続いている。
「ここからは詰めすぎるな」
全員が少し間隔を空けた。
ゆっくり進む。
一歩。
また一歩。
そのとき。
カイルが止まった。
「いる」
小さな声だった。
全員が視線を向ける。
木々の向こう。
灰色の身体が見えた。
一頭。
地面の匂いを嗅ぎながら歩いている。
普通の犬より明らかに大きい。
肩も高く、口元から伸びる牙が遠目にも分かる。
灰牙だった。
ボルが槍を構えようとしたが、ハインが手で止めた。
灰牙はこちらに気づいていない。
しばらくすると、木の向こうへ消えた。
誰も追わない。
「一頭」
村の男が囁く。
ドルクが首を振る。
「待て」
少しして。
別の灰牙が現れた。
その後ろに、もう一頭。
さらに小さな影が二つ。
ボルが眉を寄せる。
「子がいるな」
ハインも見ていた。
成獣が二頭。
それよりかなり小さい個体が二頭。
最初に通った一頭を合わせれば、見えただけで五頭。
だが、それで全部とは限らない。
「群れだな」
カイルが呟いた。
サナが小さく尋ねる。
「どうする?」
ハインはすぐには答えなかった。
灰牙たちはこちらに気づかず、森の奥へ移動している。
ドルクが地面を見る。
「まだ跡がある」
「他にも?」
「たぶん」
ハインはしばらく森の奥を見ていた。
やがて、
「戻る」
と言った。
村の男の一人が驚く。
「戻るのか?」
「ああ」
「せっかくここまで――」
「数を確かめに来た」
ハインが低い声で答えた。
「五頭見えた。子もいる。まだ他にもいるかもしれない。今ここで仕掛ける理由はない」
「でも村の家畜が――」
「だから一度戻る」
ドルクも頷いた。
「ここで騒がせたら、散ってどこへ行くか分からん」
男はまだ何か言いたそうだったが、黙った。
七人はゆっくりと来た道を戻り始めた。
誰も灰牙を追わなかった。
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夕方。
エイルは村の入口に座っていた。
「まだ?」
隣のリナが聞く。
「まだ」
「お腹すいた」
「帰れば?」
「兄ちゃんは?」
「待つ」
「じゃあ私も待つ」
少しして。
「お腹すいた」
「さっき聞いた」
「帰ろうよ」
「一人で帰れるでしょ」
「嫌」
「じゃあ待ってて」
リナは地面に線を描き始めた。
エイルは東を見る。
日がだいぶ傾いている。
森の方は暗くなり始めていた。
「遅いな……」
そのとき。
遠くに人影が見えた。
「来た!」
エイルが立ち上がる。
リナも立った。
一人。
二人。
三人。
数える。
「四、五……六、七」
全員いる。
エイルは息を吐いた。
七人が近づいてくる。
服は泥で汚れているが、誰かが怪我をしている様子はない。
「どうだった?」
エイルが真っ先に聞いた。
ハインが疲れた顔で答える。
「いた」
「何頭?」
「見たのは五頭」
「五頭!」
リナが驚く。
エイルも少し目を見開いた。
「倒した?」
「倒してない」
「なんで?」
「子がいた」
「子供?」
「ああ」
「じゃあ親子?」
「たぶんな」
「他にもいる?」
「その可能性がある」
やっぱり、全部は分からなかったらしい。
「明日また行く?」
エイルが聞く。
ハインはベルンの方を見た。
「まず話す」
ベルンも頷いた。
「分かった。中で聞こう」
大人たちが移動を始める。
サナもついていこうとしたところで、エイルが呼び止めた。
「サナ」
「何?」
「帰ってきた」
サナが一瞬きょとんとした。
「……ああ」
「約束」
「してない」
「魔術」
「覚えてたの?」
「もちろん」
サナは少し笑った。
「今日は疲れた」
「ちょっとだけ」
「明日」
「本当?」
「たぶん」
「たぶん?」
「じゃあ、元気だったら」
「それ約束になってないよ」
「してないからね」
サナは笑いながらベルンたちの後を追っていった。
エイルは少し不満だったが、七人が無事に戻ったことの方が大きかった。
「兄ちゃん」
リナが袖を引く。
「何?」
「お腹すいた」
「……帰ろうか」
「うん」
二人は家へ向かった。




