第八十五話 違う痕跡
四回目の実地訓練の日。
森へ入る前に、六人は地図を囲んでいた。
エイル、カイ、レオン、セレナ、ノア、ミナ。
前回と同じ班だ。
「今日は先に決めとこう」
カイが言った。
「誰が決めるか、だろ?」
レオンが聞く。
「そう。前みたいに、なんとなくレオンになるんじゃなくて」
ミナが笑う。
「結局レオンなんだ」
「いいのか?」
レオンが全員を見る。
誰も反対しなかった。
「じゃあ俺が最後に決める。ただ、気づいたことは全部言ってくれ」
「それでいいと思います」
セレナが頷く。
役割も決めた。
レオンが前方。
ミナが後方。
エイルとカイが左右。
ノアが地面の痕跡を確認し、セレナが地図と資料を見る。
もちろん、ずっと同じ場所だけを見るわけではない。
だが、少なくとも全員が一つの足跡を覗き込むことはない。
「前よりちゃんとしてるな」
エイルが言った。
「三回やってるからな」
カイが答えた。
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出発前。
バルガが生徒たちを集めた。
「第四回は、これまでより俺たちが口を出す場面を減らす」
生徒たちの前には、それぞれ今日使う区域の地図と資料がある。
「第一回では、何を見るかを教えた。第二回では、遭遇したときの行動をやった。第三回では、自分たちで進路や役割を決めた」
バルガが四本目の指を立てる。
「今日は、現地で得た情報を使って、進むか戻るかまで自分たちで考えてもらう」
カイが聞いた。
「先生は何もしない?」
「前回と同じだ。危険だと判断すれば止める」
「ですよね」
「お前たちが判断する訓練と、お前たちを危険にさらすことは別だ」
バルガはそう言ってから、資料を持ち上げた。
「それから、これを正解だと思うな」
エイルも自分の資料を見る。
今回の訓練区域は学校の南西。
森の向こうには小さな村がある。
資料には、この辺りで確認されている三種類の魔物が載っていた。
最近の巡回記録もある。
**五日前――異常なし。**
「資料に書かれているのは、確認された時点での情報だ。現地と違えば、現地を見ろ」
魔物学でも習ったことだった。
情報は古くなる。
今日の森を知っているのは、今日そこへ入る自分たちだ。
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最初のうちは順調だった。
資料に載っている小型魔物の足跡。
低い位置についた木の傷。
食べられた木の実。
一つ見つけるたびに必要な者だけが確認し、残りは周囲を見る。
「右、異常なし」
エイルが言う。
「後ろも大丈夫」
ミナが答える。
ノアとセレナが痕跡を確認する。
レオンが報告をまとめる。
三回目よりずっと滑らかだった。
バルガは後ろを歩いている。
ほとんど何も言わない。
エイルは少し嬉しかった。
自分たちだけでも、ちゃんと動けるようになってきた。
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昼前。
先頭のレオンが止まった。
手を上げる。
全員がその場で止まった。
「何かある?」
エイルが聞く。
「足跡」
ノアが前へ出る。
エイルは自分の位置から周囲を見たまま、地面を覗いた。
今までのものより大きい。
かなり大きい。
「これ……」
カイも気づいた。
「資料にあった?」
セレナが確認する。
一枚。
もう一枚。
首を振った。
「ありません」
レオンがバルガを見る。
「先生」
バルガが近づいた。
足跡の前にしゃがむ。
しばらく見てから、その周囲も確認する。
「何の魔物ですか?」
レオンが聞いた。
「分からん」
「先生も?」
カイが聞く。
「ああ」
バルガは立ち上がった。
「少なくとも、学校が今回想定していた三種類のものではない」
エイルが足跡を見る。
「危ない魔物?」
「それも分からん」
「大きいけど」
「足跡が大きい。それは分かる」
バルガがエイルを見る。
「そこから先はまだ分からん」
第一回で何度も言われたことだった。
見えたことと。
想像したことを混ぜない。
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レオンが聞いた。
「どうすればいいですか?」
「それを考えるのが今日の訓練だ」
バルガは答えた。
それから、すぐに付け加えた。
「ただし、俺もこの痕跡の正体を知っていて黙っているわけじゃない」
六人を見る。
「俺にも分からん」
エイルは足跡を見た。
今までとは少し違った。
先生が答えを持っていて、それを当てる問題ではない。
本当に、誰も答えを知らない。
「まず分かっていることを整理しよう」
レオンが言った。
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六人は道の端へ寄った。
「五日前は異常なし」
セレナ。
「今は資料にない足跡がある」
ノア。
「大きい」
カイ。
「それは見れば分かる」
「でも情報だろ」
「そうですね」
「ほら」
カイが少し得意そうな顔をする。
エイルは周囲を見ながら聞いた。
「何匹?」
「分からない」
ノアが答える。
「いつ?」
「それも分からない」
「どっち行った?」
これは分かった。
足跡は道を横切って、森の奥へ続いている。
自分たちが進む方向とは違う。
「じゃあ、もういない?」
ミナが聞く。
「そうとは限りません」
セレナが答える。
「戻ってきているかもしれませんし、別の個体がいる可能性もあります」
分からないことが多い。
それでも今のところ。
音はしない。
ほかの痕跡もない。
足跡は進路から外れている。
「戻る?」
カイが聞いた。
「足跡一個で?」
ミナが言う。
「でも何か分からないんだぞ」
「だからって、知らない足跡を見るたびに全部戻ってたら森を歩けないよ」
どちらも分かる。
エイルはレオンを見る。
レオンはすぐには答えなかった。
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「次の開けた場所まで行こう」
しばらくしてレオンが言った。
「そこまで?」
「ああ。距離は近い」
地図を指す。
「ただし、何かもう一つ見つけたら、そこで止まってもう一度考える」
「足跡でも?」
「何でもいい。同じ足跡、木の傷、糞、鳴き声」
セレナが頷いた。
「今より、近くにいる可能性が高くなる情報が出たら、ということですね」
「そう」
全員が納得した。
レオンはバルガを見る。
「進みます」
バルガは周囲を確認した。
「分かった」
それだけだった。
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進む速度は自然と遅くなった。
さっきまでより、森が静かに感じる。
エイルは左を見る。
何もない。
枝が揺れた。
風だった。
また歩く。
しばらくして。
「止まってください」
セレナの声。
全員が止まった。
「上です」
少し先の木。
エイルが見る。
高い位置の樹皮が、大きく剥がれている。
ノアが確認する。
「さっきまでの小型魔物の傷じゃない」
「古い?」
レオンが聞く。
「かなり古いようには見えない」
さらに。
木の近くの地面にも、跡があった。
大きな足跡。
さっきと似ている。
一つ。
その先にも。
「同じやつ?」
エイルが聞く。
「同じ種類の可能性は高そうです」
セレナが答える。
そしてノアが、足跡の先を見る。
「これ……道と同じ方向に行ってる」
全員が黙った。
さっきは横切っていた。
今度は違う。
自分たちが向かう先へ続いている。
レオンがバルガを見る。
バルガも足跡と木の傷を確認した。
「これも、事前の調査では確認されていない」
「先生もまだ分からない?」
エイルが聞いた。
「ああ」
バルガの返事は変わらなかった。
「ただ、さっきより情報は増えた」
それだけ言って、バルガは下がった。
決めるのは六人だった。
目的地はこの先。
遠くはない。
だが。
正体の分からない何かも、同じ方向へ進んでいる。
レオンが地図を開いた。
「どうする?」
今度は、すぐに答える者はいなかった。




