第八十四話 自分たちで
三回目の実地訓練の日。
森へ入る前に、バルガは生徒たちを集めた。
「今日から少しやり方を変える」
これまでの二回は、教師が先に決めることが多かった。
第一回は教師について歩き、何を見るべきかを学んだ。
第二回は魔物に遭遇したときの行動を学び、戦う必要がある場合も、誰が何をするかは教師が決めた。
「第三回は、お前たち自身で決める」
バルガが地図を広げる。
「目的地はここだ」
森の中に印がある。
「どの道を使うか。誰が何を見るか。途中で何かあったときにどうするか。班で相談しろ」
カイが手を挙げた。
「先生は?」
「ついていく」
「じゃあ危なかったら教えてくれる?」
「危険が迫っているのに黙って見ているほど趣味は悪くない」
何人かが笑った。
「ただし、何でも先に答えてやるつもりもない。安全を確保できる範囲では、お前たちに判断してもらう」
エイルは地図を見た。
今までは先生が決めた道を歩けばよかった。
今日は違う。
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班は六人だった。
エイル。
カイ。
レオン。
セレナ。
ノア。
そして同じ第七組のミナ。
六人で地図を囲む。
目的地までの道は、大きく二つあった。
一つは森の中を通る短い道。
もう一つは森の縁を大きく回る道。
「こっちの方が早い」
エイルが短い方を指した。
「でも、ここ」
セレナが資料を見る。
十二日前。
牙ネズミの目撃記録。
「十二日前でしょ?」
ミナが言う。
「今もいるとは限らないよね」
「いないとも限りません」
「長い方は?」
ノアが見る。
目立った危険情報はない。
ただし、かなり遠回りになる。
カイが言った。
「長い方でよくない?」
エイルが意外そうに見る。
「カイが?」
「なんで毎回俺が危ない方を選ぶと思ってるんだよ」
「前回、戦えるって聞いて嬉しそうだったから」
「それとこれとは別だ」
結局、六人は長い道を選んだ。
理由もバルガへ報告する。
「いい。行け」
それだけだった。
正しいとも間違っているとも言わない。
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森へ入ってすぐ、エイルは気づいた。
「誰が前見るの?」
六人が止まった。
「……決めてないな」
レオンが言う。
カイがエイルを見る。
「言い出したやつがやれば?」
「いいよ」
「待ってください」
セレナが止めた。
「前だけでは足りません」
結局、
前方をエイル。
後方をミナ。
左右をカイとレオン。
セレナとノアが地図や地面の痕跡を確認することになった。
「これでいい?」
エイルがバルガを見る。
「俺に聞くな」
「あ、そっか」
自分たちで決める訓練だった。
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しばらくは何もなかった。
途中、小さな足跡をノアが見つけた。
「止まって」
六人が集まる。
「これ、資料のやつじゃない?」
エイルがしゃがむ。
「多分」
カイも隣に来た。
セレナが資料を開く。
ミナも覗き込む。
レオンも近づいた。
六人で足跡を見る。
「牙ネズミではないですね」
セレナが言った。
「こっちです」
資料に載っている小型魔物。
人間を襲うことは少ない種類だった。
「じゃあ進めるな」
レオンが言った。
そのとき。
「お前ら」
バルガの声。
全員が振り返る。
「今、森を見ていたのは誰だ?」
六人が黙った。
誰もいない。
全員で地面を見ていた。
カイが周囲を見回す。
「……あ」
「痕跡を見つけたら全員で集まる必要はない」
バルガはそれだけ言った。
「行け」
六人は顔を見合わせた。
「次から二人は周り見る?」
ミナが言った。
「そうしよう」
今度は自分たちで決めた。
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昼前。
道が途切れた。
正確には、道の途中を小さな川が横切っている。
地図にも川はある。
そして資料には、
**徒歩で渡河可能**
と書かれていた。
だが。
「これ、渡れる?」
カイが言った。
水が思っていたより多い。
流れも速い。
昨日までの雨で増水しているらしい。
エイルが岸へ近づく。
「石の上なら行けそう」
「滑ってます」
セレナが言う。
ノアが少し下流を見る。
「向こうに倒れた木がある」
「渡れそう?」
「分からない」
レオンが地図を開く。
「迂回路もある」
川沿いに少し下れば、小さな橋へ出られる。
ただし二十分ほど余計にかかる。
「二十分か」
カイが川を見る。
「行けそうな気もするけどな」
ミナが言った。
「でも誰か落ちたら、もっと時間かかるよ」
エイルは水を見る。
確かに。
渡れるかもしれない。
でも、わざわざ危ない方を選ぶ理由もない。
「迂回しよう」
レオンが言った。
「俺もそれでいい」
エイルが答える。
ほかの四人も同意した。
六人は橋へ向かった。
バルガは何も言わなかった。
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迂回した分だけ遅れたが、六人は無事に目的地へ着いた。
指定された場所の印を確認する。
怪我人なし。
魔物との遭遇なし。
帰りも同じ道を使った。
学校へ戻る頃には、全員かなり疲れていた。
「何も起きなかったな」
カイが言った。
「川あったじゃん」
「魔物的なやつ」
「会わない方がいいだろ」
「それはそうだけど」
三回目も、魔物を一匹も倒さなかった。
それでも訓練は終わった。
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学校へ戻ると、班ごとに振り返りが行われた。
「まず、自分たちで気づいたことを言え」
バルガが言った。
ノアが最初に手を挙げる。
「足跡を見つけたとき、全員で集まった」
「次」
ミナ。
「川を渡らずに迂回した」
「それはどう思う」
「よかったと思います」
「なぜだ」
「二十分早く着くために、落ちる危険を取る必要がなかったから」
バルガが頷いた。
「ほかは?」
少し沈黙した。
エイルは朝から思い出してみる。
道を選んだ。
役割を決めた。
足跡を見つけた。
川を迂回した。
目的地へ着いた。
戻った。
「ちゃんとできた?」
エイルが聞いた。
「大きな問題はなかった」
バルガが答えた。
「ただし、一つ聞く」
六人を見る。
「今日、最終的に判断していたのは誰だ?」
エイルはレオンを見る。
カイもレオンを見た。
ミナも。
「俺?」
レオンが言った。
「お前たちがそう決めたのか?」
誰も答えない。
決めていない。
なんとなく。
レオンが経験者だから。
誰かが意見を出して。
みんなが賛成して。
それで進んでいた。
「今日は意見が大きく割れなかった」
バルガが言った。
「だから困らなかった」
地図上の川を指す。
「では三人が渡ると言って、三人が迂回すると言ったら?」
誰も答えない。
「一人が戻ると言って、五人が進むと言ったら?」
エイルが考える。
「話し合う?」
「どれくらい?」
「え?」
「魔物が近くにいるときも、全員が納得するまで話すのか?」
エイルは黙った。
それは無理だ。
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寮へ戻る途中。
六人はその話を続けていた。
「じゃあ次は責任者決める?」
カイが言う。
「レオンでいいじゃん」
ミナも言った。
レオンが少し困った顔をする。
「俺が全部決めるのか?」
「戦い慣れてるし」
「戦うことだけならな」
レオンは首を振った。
「道や魔物のことまで、俺が一番知ってるとは限らない」
セレナが言った。
「決める人と、全部知っている人は同じでなくてもいいのでは?」
エイルが聞く。
「どういうこと?」
「みんなから聞いて、最後に決める人です」
「それならできるかもな」
レオンが言った。
エイルは少し考えた。
自分たちで決める。
最初は単に、先生に聞かずに決めればいいのだと思っていた。
でも。
誰が見るのか。
誰が伝えるのか。
意見が違ったら誰が決めるのか。
六人で歩くだけでも、決めておくことは思っていたより多かった。
次は、もう少しちゃんとできそうだった。




