第八十三話 遭遇したとき
二回目の実地訓練は、二週間後に行われた。
前回と同じように、朝から生徒たちは校外へ出た。
ただし、今回向かうのは北の森ではない。
学校から西へ伸びる街道を進み、その先にある丘陵地だった。
「今日は何するんだっけ」
歩きながらカイが聞いた。
「魔物に会ったときの行動」
エイルが答える。
「戦う?」
「それもあるんじゃない?」
前を歩いていたバルガが振り返った。
「それもある、じゃない」
聞こえていたらしい。
「今日覚えるのは、遭遇したらまず何をするかだ」
「倒す?」
カイが聞く。
「話を聞いていたか?」
周囲から笑いが起きた。
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丘陵地へ着くと、バルガは生徒たちを集めた。
「第一回で教えたのは、見つけることだった」
足元の地面を指す。
「足跡。糞。食痕。傷。音。匂い。そういうものから、何が分かって、何が分からないのかを考えた」
エイルは前回の足跡を思い出した。
一つの足跡があるからといって、一匹とは限らない。
新しい痕跡があるからといって、すぐ近くにいるとも限らない。
「第二回は、その先だ」
バルガが続ける。
「実際に魔物がいたらどうするか」
何人かの表情が引き締まった。
「最初に言っておく。今日も目的は討伐じゃない」
またそれか、とエイルは思った。
だが、今度は理由も分かる。
「見つけたら止まる。距離を見る。数を見る。向こうがこちらに気づいているかを見る。逃げられるなら戦わない」
バルガは指を一本立てた。
「戦うのは、戦わなければ危険を避けられないときだ」
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最初は魔物を使わずに練習した。
教師が、
「右前方に魔物一匹」
と言う。
班ごとに止まる。
「どうする?」
エイルたちの班では、レオンが答えた。
「距離を取ります」
「その前に?」
セレナが周囲を見る。
「一匹だけか確認します」
「そうだ」
別の状況。
「後方に二匹。こちらにはまだ気づいていない」
「前へ進む?」
カイが言う。
「前が安全か分からない」
ノアが返す。
「じゃあ横?」
「そっちも確認してない」
「面倒だな」
「だから見るんだろ」
エイルが言った。
カイが嫌そうな顔をした。
「森って面倒だな」
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昼前。
教師たちは生徒たちをいくつかの班に分けた。
エイル、カイ、レオン、セレナは同じ班だった。
少し離れたところにバルガがいる。
今回は、昨日から教師たちが周辺を確認していた。
さらに今朝にも、訓練に使う範囲を見回っている。
この辺りにいる可能性がある魔物についても説明を受けていた。
その中の一つが、牙ネズミだった。
低い身体。
太い首。
大きな前歯。
単独でいることもあれば、数匹で動くこともある。
人間を積極的に追い回す魔物ではない。
だが、追い詰めたり近づきすぎたりすれば襲ってくる。
「見つけても近づくな」
バルガが言った。
「まず報告だ」
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実際に見つけたのは、それからしばらく後だった。
「止まって」
セレナが最初に気づいた。
少し離れた斜面。
茶色い身体が見える。
一匹。
その後ろにもいる。
「二匹?」
カイが小声で言う。
レオンが首を振った。
「もう一匹いる」
木の陰。
三匹目。
牙ネズミだった。
エイルは木剣へ手を伸ばしかけた。
だが、止めた。
第一回なら、すぐ先生を見たかもしれない。
今回は先に周囲を見る。
右。
左。
後ろ。
ほかに動いているものはない。
「三匹」
レオンがバルガへ報告した。
「距離は?」
「まだあります」
「気づいているか?」
一匹がこちらを見ている。
「多分、一匹は」
「多分でいい。見えていることを言え」
「一匹はこちらを見ています」
バルガが頷いた。
「どうする」
四人で相談する。
「戻れる」
セレナが言った。
来た道に魔物はいない。
道幅もある。
「じゃあ戻る?」
エイルが聞く。
レオンが頷く。
「戦う必要はない」
四人はゆっくり後退した。
牙ネズミは追ってこなかった。
それで終わった。
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「……終わり?」
安全なところまで戻って、カイが言った。
「終わりだ」
バルガが答えた。
「戦わないの?」
「必要がなかった」
「今日、遭遇したときの訓練ですよね?」
「今、やっただろ」
カイが黙った。
エイルは少し笑った。
「ちゃんと遭遇した」
「なんか思ってたのと違う」
「お前が勝手に戦うと思ってただけだ」
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だが、その日の訓練はそれだけではなかった。
午後。
教師たちが管理している別の区域へ移動した。
そこには一匹の牙ネズミが確認されていた。
周囲には複数の教師がいる。
退路も確保されている。
バルガが生徒たちを集めた。
「今度は、避けられない場合をやる」
カイの顔が少しだけ明るくなった。
「嬉しそうにするな」
「してません」
「してる」
今回は、教師の指示で四人が前に出た。
エイル。
カイ。
レオン。
セレナ。
「想定はこうだ」
バルガが説明する。
「進路を塞がれている。後ろにも戻れない。戦って道を作る必要がある」
役割はバルガが決めた。
レオンが前。
エイルとカイが左右。
セレナは少し後ろ。
「なぜ自分たちで決めないんですか?」
エイルが聞いた。
「まだ二回目だからだ」
バルガは答えた。
「今日は、役割を持って動くことを覚えろ。自分たちで役割を決めるのはその先だ」
エイルは納得した。
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牙ネズミがこちらを向いた。
低く唸る。
「勝手に出るな」
バルガの声。
レオンが盾を前にする。
魔物が動いた。
速い。
レオンへ向かう。
盾にぶつかる。
「今!」
エイルが横へ出た。
身体強化。
踏み込む。
木剣を振る。
当たった。
牙ネズミが身体を捻る。
カイも反対側から入った。
だが、深追いしない。
レオンが再び前へ出る。
セレナの光が魔物の前方で強く光った。
一瞬、牙ネズミの動きが止まる。
「下がれ!」
バルガの声。
四人が離れる。
次の瞬間。
バルガが前へ出た。
一撃で終わった。
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エイルは倒れた牙ネズミを見ていた。
「最後まで俺たちでやらないんだ」
「やる必要がない」
バルガが答える。
「今日の目的は討伐経験じゃない」
また同じ言葉だった。
だが今度は、その意味が少し違って聞こえた。
「お前たちは道を作るために必要なところまで対応した。それでいい」
レオンが盾を下ろす。
カイは少し息を切らしている。
エイルも自分の手を見る。
前の模擬戦よりは動けた。
一人ではなかったからだ。
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学校へ戻る前。
全員で振り返りをした。
バルガが二つの遭遇について聞いた。
「最初の三匹。なぜ戦わなかった」
「戻れたから」
「午後の一匹。なぜ戦った」
「逃げられない想定だったから」
「そうだ」
バルガは地面に一本の線を引いた。
「魔物を見つけた」
その先を二つに分ける。
片方。
**避けられる。**
もう片方。
**避けられない。**
「強いか弱いかだけで決めるな」
バルガが言った。
「勝てそうでも、戦う必要がなければ避けろ。弱い相手でも、戦えば怪我をすることはある」
エイルは午後の牙ネズミを見る。
自分たち四人なら倒せたかもしれない。
でも、教師が最後を処理した。
無理に経験を積ませる必要はない。
今日は、戦うことそのものが目的ではなかった。
「第三回からは」
バルガが続ける。
「少しずつ、お前たち自身に決めてもらう」
カイが嫌そうな顔をする。
「今日みたいに先生が決めてくれない?」
「いつまでも俺が横にいると思うな」
「ですよね」
帰り道。
エイルは今日の二つの場面を考えていた。
三匹いたときは戻った。
一匹のときは戦った。
数が少ないから戦ったわけではない。
強かったからでもない。
その場で、何をすれば安全に帰れるか。
それを考える。
第一回より、少しだけ難しくなっていた。




