第八十一話 模擬戦
魔物学の授業が始まってしばらく経った頃。
戦闘基礎の授業で訓練場へ行くと、いつもの木剣と盾が並べられていた。
ただ、今日は目印も、決められた動きを示す線もない。
バルガが生徒たちの前に立つ。
「今日は模擬戦をする」
途端に、教室より少し騒がしくなった。
「やっとか」
カイが小さく言う。
エイルも木剣を見る。
これまでは、攻撃する場所が決まっていた。
右へ動け。
左へ動け。
ここで止まれ。
相手をつけた練習でも、やることはある程度決められていた。
今日は違うらしい。
「二人一組。一対一だ」
バルガが続ける。
「頭部への攻撃と突きは禁止。相手が倒れたら止める。身体強化は授業で使っている基本術式だけ。勝手に術式を変えるな」
そこで一度、生徒たちを見渡した。
「勝つことだけ考えるな。終わったあと、自分が何を見て、なぜ動いたか説明できるようにしておけ」
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最初の二人が前へ出た。
合図と同時に、一人が勢いよく攻めた。
木剣を振る。
相手が盾で受ける。
また振る。
また下がる。
攻めている方が押しているように見えた。
そのまま何度か続き――。
「止め!」
バルガの声が響いた。
二人が動きを止める。
「後ろを見ろ」
守っていた生徒が振り返った。
すぐ後ろが訓練場の端だった。
「気づいていたか?」
「……いえ」
「攻めていた方は?」
「相手が下がっていたので、そのまま押せると思ってました」
「相手しか見えていなかったな」
二人が戻ってくる。
カイが小さく言った。
「あれ、俺もやりそう」
「俺も」
相手の木剣を見ながら、足元や後ろまで見る。
言われれば分かる。
実際にできるかは別だった。
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何組か続いたあと、エイルの名前が呼ばれた。
相手は同じ七組の男子生徒だった。
木剣と盾を持って前へ出る。
身体強化の基本術式を形成し、発動する。
向かい合う。
「始め!」
相手が先に踏み込んだ。
木剣が来る。
エイルは盾で受けた。
次。
また受ける。
三度目。
少し遅れた。
木剣が肩に軽く触れる。
「一本」
バルガの声がする。
「あ」
当てられた。
すぐに離れ、開始位置へ戻る。
「もう一度」
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二回目。
今度はエイルから踏み込んだ。
木剣を振る。
盾で止められる。
もう一度。
また止められた。
相手が反撃してくる。
エイルは一歩下がった。
木剣だけを見るな。
以前の練習で言われたことを思い出す。
肩。
腰。
足。
全部を一度に細かく見ることはできない。
それでも、剣だけを追わないようにする。
相手が踏み込んだ。
エイルは横へ動く。
木剣が空を切った。
「お」
避けられた。
少し余裕ができる。
今度はこちらから。
肩を狙うように木剣を上げる。
相手の盾が上がった。
今だ。
胴へ変える。
そう思った。
けれど、頭で考えたほど簡単には動かなかった。
木剣だけ向きを変えようとして、足と腰が遅れる。
姿勢が崩れた。
「うわっ」
そこへ相手の木剣が来た。
胴へ軽く当たる。
「一本。そこまで」
終わった。
エイルは自分の足を見る。
負けたことより、今の動きの方が気になった。
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戻ると、カイが笑っていた。
「途中、すごい変だった」
「肩に行くふりして、胴に変えようとした」
「できてなかったな」
「うん」
「でも、できたら格好よかった」
「だろ?」
「そこは否定しないんだ」
エイルは訓練場の端へ座った。
さっきの相手を見る。
途中までは動きが見えた。
避けることもできた。
でも、見えたからといって、自分の身体が思った通りに動くわけではない。
「難しいな」
カイが隣へ座る。
「楽しい?」
「うん」
「負けたのに?」
「負けたけど」
「やっぱり変だな」
「カイもすぐ番くるよ」
「それは言うな」
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カイの番。
開始と同時に勢いよく踏み込んだ。
相手が下がる。
もう一歩。
さらに下がる。
「お」
エイルが身を乗り出す。
カイが三度目の攻撃に出た。
その瞬間、相手が横へ動いた。
「あ」
木剣が空を切る。
勢いのままカイの身体が前へ流れた。
背中へ木剣が軽く触れる。
「一本」
戻ってきたカイが不満そうな顔をする。
「また下がると思った」
「横に行ったね」
「見てたなら言えよ」
「戦ってる途中に?」
カイが少し考える。
「無理だな」
「うん」
二人で笑った。
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レオンの番になると、エイルは少し前へ出た。
相手も身体訓練の得意な生徒だ。
開始。
二人ともすぐには飛び込まない。
距離を保ちながら、相手を見る。
先に相手が動いた。
レオンが盾で受ける。
すぐには返さない。
もう一度。
受ける。
三度目。
相手が踏み込もうとした瞬間、レオンが先に横へ出た。
木剣が空を切る。
そのまま一歩。
レオンの木剣が相手の胴へ触れた。
「一本」
エイルは目を細めた。
速かった。
でも、それより気になる。
相手が振る前に、レオンは動いていた。
二回目が終わり、レオンが戻ってくる。
「今の、なんで分かったの?」
「何が?」
「三回目。相手が振る前に横へ行った」
「ああ」
レオンが少し考える。
「最初の二回とも、踏み込む前に左足が少し開いてた」
エイルは相手の足を見る。
「それ見てたの?」
「見えてた」
「俺、剣見てた」
「剣が動いてからだと間に合わないこともある」
以前にも似たことは聞いている。
それでも、自分が前へ立ったときには木剣を追ってしまった。
「次の人も見よう」
エイルが訓練場へ向き直る。
カイも横に座った。
「足見るの?」
「足だけじゃない」
「じゃあどこ?」
「分からん。いろいろ」
「雑だな」
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模擬戦は続いた。
エイルは今度は、木剣だけを追わないようにした。
足。
腰。
肩。
二人の距離。
どちらが前へ出ているか。
どこへ動けるか。
全部見ようとすると、今度は肝心の攻撃を見落とした。
「あ、当たった」
「見えてなかった?」
カイが聞く。
「足見てた」
「足見すぎだろ」
「じゃあどう見るんだよ」
前にいたレオンが振り返る。
「全部を一個ずつ見る必要はない」
「どういうこと?」
「ずっと見てれば、いつもと違う動きが目に入るようになる」
「いつ?」
「慣れたら」
カイが嫌そうな顔をする。
「またそれか」
「練習すればってこと?」
「そういうことだ」
「結局そこなんだな」
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全員の模擬戦が終わると、バルガが生徒たちを集めた。
「今日勝った者」
何人かが少し嬉しそうな顔をした。
「次も同じように勝てるとは思うな」
その顔が少しだけ引き締まる。
「負けた者」
エイルもそちらだ。
「一度負けたから、それだけで弱いと決まるわけでもない」
バルガは訓練場を見渡した。
「今日は一対一。平らな地面。正面から開始。相手も武器も最初から分かっている」
エイルも周囲を見る。
確かに、知らないことはほとんどなかった。
相手がどこにいるか。
何を持っているか。
いつ始まるか。
全部教えられている。
「それでも、相手だけ見て端まで下がった者がいる。攻撃に夢中になって姿勢を崩した者もいる。相手が同じ動きをすると決めつけた者もいる」
カイが小さく咳払いした。
エイルは笑いそうになった。
「実際に危険な場面では、最初から分かっていることの方が少ない」
バルガは続ける。
「だから今日は、まず簡単な条件の中で、自分が何を見落とすのか覚えておけ」
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授業が終わり、木剣を片づけていると、レオンがエイルを呼んだ。
「エイル」
「何?」
「さっき途中で攻撃を変えようとしただろ」
「うん」
「考え方は悪くない」
「でも失敗した」
「動きが追いついてない」
エイルは木剣を持ったまま、さっきの動きをやってみる。
肩。
そこから胴。
やはり途中でぎこちなくなる。
「どうしたら追いつく?」
レオンが答える。
「まず普通に振れるようになれ」
エイルが止まった。
カイが吹き出す。
「そこから?」
「そこからだ」
レオンは真顔だった。
「構えも、足運びも、振り方も安定してないのに、途中で別の動きを入れたら崩れる」
「じゃあ、まず普通に振る」
「足も」
「うん」
「構えも」
「増えたな」
「最初から全部だ」
「レオン、それ何年やってるの?」
「何年も」
カイがため息をつく。
「急に遠くなった」
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寮へ戻る道で、エイルは今日の模擬戦を思い返していた。
身体強化は使えた。
相手の攻撃も、一度は避けられた。
途中で別の場所を狙うことも考えた。
それでも、うまくはいかなかった。
「次は勝ちたい?」
カイが聞いた。
「勝てたら嬉しい」
「そこまででもない?」
エイルは少し考えた。
「それより、さっきのやつ成功させたい」
「肩から胴?」
「うん」
「俺相手にやるなよ」
「練習ならいいだろ」
「嫌だ」
「盾持ってれば大丈夫」
「そういう問題じゃない」
前を歩いていたレオンが振り返る。
「やるなら、最初は相手なしでやれ」
「じゃあ明日教えて」
「いいぞ」
カイが二人を見る。
「俺は?」
「盾」
「だから嫌だって」
エイルは笑った。
次の模擬戦がいつあるかは知らない。
その前に、まず普通に木剣を振るところからだった。




