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THE GUILD  作者: axe
第二章 学びの街
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第八十話 魔物学


身体強化の授業から数日後。


午後の教室に入ると、黒板には大きな絵が三枚貼られていた。


一枚目は、四本脚の獣。


二枚目は、長い尾を持つ爬虫類のような魔物。


三枚目は、エイルが見たこともない、六本の脚を持つ魔物だった。


「これ、魔物の授業?」


カイが言う。


「多分」


エイルは三枚目を見た。


「こいつ知らない」


「俺は全部知らない」


「一個目も?」


「見たことない」


「村の近くにいたよ」


「普通に?」


「たまに」


カイが少し嫌そうな顔をした。


「お前の村、怖くない?」


「普通だよ」


「それ村の普通だろ」


教師が入ってきて、話をやめた。


⸻


「今日から魔物について扱います」


教師は黒板の絵を指した。


「皆さんの中にも、実際に魔物を見たことがある者はいるでしょう」


かなりの数の手が上がった。


エイルも上げる。


「では、戦ったことがある者」


手が大きく減った。


レオンは上げている。


エイルは上げなかった。


村が襲われたとき、魔物を目の前にしたことはある。


だが、自分が戦ったとは思っていない。


「学校の周辺で行う実地訓練でも、いずれ魔物を扱います」


教室の空気が少し変わった。


カイがエイルを見る。


エイルも見返した。


「本物?」


「多分」


「嫌そうだね」


「そりゃちょっと怖いだろ」


教師が続ける。


「その前に、知っておかなければならないことがあります」


黒板に一つ書いた。


種類


「まず、何と遭遇したのかを知ることです」


⸻


最初に扱ったのは、一枚目の魔物だった。


エイルの村の近くにも出る。


低い姿勢で走り、鋭い牙を持つ四足の魔物。


教師が質問した。


「この魔物について、知っていることは?」


何人かが手を上げる。


エイルも上げた。


「エイル」


「畑の近くに出ます。あと、夜に見ることが多いです」


「他には?」


エイルは考える。


「走るのが速いです」


「それから?」


「……それくらいです」


教師が頷いた。


別の生徒が言う。


「肉を食べます」


さらに別の生徒。


「群れになることがあります」


教師は黒板へ書いていった。


生息域。


活動時間。


食性。


群れの規模。


身体的特徴。


「エイル」


「はい」


「村では、これを何と呼んでいましたか?」


エイルが名前を答える。


教師は別の名前を黒板に書いた。


「地域によって呼び方が違います」


「違うんですか?」


「珍しくありません。同じ魔物に複数の呼び名がある場合もあれば、逆に似た魔物を同じ名前で呼んでいる場合もあります」


エイルは黒板を見る。


自分にとっては、昔から知っている魔物だった。


だが。


名前すら、場所によって違うらしい。


⸻


教師は二枚目の絵へ移った。


「では、これは?」


誰もすぐには答えなかった。


少しして、一人の生徒が手を上げる。


「沼地にいる魔物です」


「そうです」


教師は生息域を書いた。


「主に湿地帯。水辺から離れることは少ない」


続けて、身体の特徴や行動が説明されていく。


エイルはノートに書いた。


「尻尾が長いな」


カイが小声で言う。


「うん」


「噛むのかな」


「口あるから噛むんじゃない?」


「魚だって口あるぞ」


「魚も噛むのいるよ」


「そうなの?」


「いる」


教師がこちらを見た。


二人とも黙った。


⸻


三枚目。


六本脚の魔物。


教師が言う。


「これは北部の岩山周辺で確認される魔物です」


エイルは図書館で見た本を思い出した。


似た絵を見た気がする。


「特徴は?」


誰も手を上げない。


教師は説明を始めた。


岩場に巣を作ること。


昼間より夕方以降に動くことが多いこと。


縄張りに入った相手へ攻撃すること。


「では、この魔物と遭遇した場合、どうしますか?」


一人の生徒が答える。


「戦います」


「なぜ?」


「襲ってくるからです」


「必ず?」


生徒が止まった。


教師は黒板に大きく書いた。


距離


「縄張りに入った者へ攻撃する傾向があります。しかし、離れていれば追ってこない場合が多い」


別の生徒が言う。


「じゃあ逃げればいい?」


「状況によります」


また出た。


エイルはこの学校に来てから、この言葉をよく聞く気がした。


教師は続けた。


「すでに近づきすぎているなら、背中を向けて走ることで攻撃を誘発することもあります」


「じゃあどうするんですか?」


エイルが聞いた。


「距離と相手の状態を見ながら、ゆっくり離れるのが基本です」


「近かったら?」


「その場合は別の対応が必要です」


「どのくらいから近いんですか?」


「個体差があります」


「個体差?」


「同じ種類でも、すべて同じ行動をするわけではありません」


エイルは少し眉を寄せた。


「難しいな」


教師が笑った。


「だから学ぶんです」


⸻


授業の後半。


教師は黒板から三枚の絵を外した。


代わりに、一枚の地図を広げる。


学校の周辺地域だった。


街。


道。


森。


川。


小さな村。


エイルは身を乗り出した。


「この地域で確認されている魔物を考えます」


教師はいくつかの場所に印を付けた。


森の奥。


川沿い。


山の近く。


「では、この道を通って隣の街まで移動するとします」


一本の街道を指でなぞる。


「何に注意しますか?」


生徒たちが地図を見る。


レオンが手を上げた。


「この辺りは森に近いので、森から出る魔物を警戒します」


「そうですね」


別の生徒が川を指す。


「増水していたら、川沿いの魔物が移動しているかもしれません」


「可能性はあります」


エイルも地図を見る。


図書館で見た魔物の分布図に似ている。


「先生」


「はい」


「この印って、いつの情報ですか?」


教師がエイルを見る。


「良い質問です」


地図の端を指した。


そこに小さく日付が書かれていた。


「三か月前の調査を基にしています」


エイルが首を傾げる。


「今も同じなんですか?」


「分かりません」


「分からない?」


「魔物は動きますから」


教室が少し静かになった。


教師は続けた。


「巣が移ることもあります。数が増えることも減ることもある。天候や餌の状況で行動範囲が変わることもあります」


カイが言う。


「じゃあ、この地図だけじゃ分からないじゃん」


「その通りです」


教師はあっさり答えた。


⸻


「では、どうしますか?」


生徒たちが考える。


「新しい地図を見る?」


「新しいものがあれば、それも一つです」


「街の人に聞く」


「誰に?」


「……兵士?」


「いいでしょう。他には?」


別の生徒が言う。


「その道を最近通った人」


「それも重要です」


黒板に書かれていく。


兵士。


周辺住民。


商人。


旅人。


狩人。


「本に書かれた知識は重要です」


教師が言った。


「ですが、魔物を相手にするとき、それだけで十分だと思わないことです」


エイルは地図を見る。


三か月前。


村にいた頃なら、三か月などそれほど長い時間には思わなかった。


でも魔物の居場所を知るための情報として考えると。


「結構古いな」


「だな」


カイも地図を見ていた。


⸻


授業の終わり。


教師は今日の地図を畳んだ。


「魔物について覚えることは多いです。特徴、生息域、行動、弱点。それらはこれから学びます」


そして最後に言った。


「ただし、一番危険なのは、知っているつもりになることです」


教室を見渡す。


「去年ここにいたから、今年もいる。昨日いなかったから、今日もいない。この種類だから、必ずこの動きをする」


黒板に残った文字を消していく。


「知識は判断するために使うものです。判断そのものを代わりにしてくれるわけではありません」


授業が終わった。


⸻


教室を出たあと、エイルはカイと図書館へ向かっていた。


「また図書館?」


カイが聞く。


「魔物の本借りてるから」


「休暇中に読んだんじゃないの?」


「読んだけど、今日出たやつ確認したい」


「六本脚?」


「うん」


「俺、食堂行く」


「じゃああとで」


二人が別れる。


エイルは少し歩いてから振り返った。


「カイ」


「何?」


「今日の夕飯、席取っといて」


「そこは忘れないんだな」


「うん」


⸻


図書館で、エイルは『地域別魔物分布』を開いた。


ページをめくる。


北部。


岩山。


六本脚の魔物。


「あった」


授業で見たものと同じだった。


説明を読む。


生息域。


行動。


危険性。


その下に、小さな文字がある。


調査年――


エイルの手が止まった。


「五年前?」


本をもう一度見る。


間違いない。


五年前だ。


本に書かれていることが、間違っているわけではない。


けれど。


今も全部同じとは限らない。


エイルはしばらくそのページを見ていた。


村にいた頃は。


魔物について知りたければ、サナや父に聞いた。


昨日どこで見た。


最近増えた。


今年はあの辺りに近づかない方がいい。


そういう話が、いつの間にか村の中を回っていた。


学校には、それよりずっと多くの知識がある。


本もある。


地図もある。


教師もいる。


それでも。


今そこに何がいるのか。


それだけは、古い本を開いても分からなかった。


エイルは本を閉じず、そのまま次のページをめくった。

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