第七十八話 戦闘基礎
休暇が終わり、学校にいつもの騒がしさが戻った。
その数日後。
エイルたちは訓練場に集められていた。
「今日は何するんだろ」
カイが周囲を見る。
普段の身体訓練とは少し様子が違う。
訓練場には木剣や盾が並べられ、少し離れた場所には藁を固めた人型の標的も置かれている。
やがてバルガが前に立った。
「今日から、戦闘の基礎に入る」
ざわついていた生徒たちが静かになる。
エイルも前を向いた。
「最初に言っておく」
バルガは木剣を一本持ち上げた。
「強い魔術が使えるから戦える。身体強化ができるから戦える。剣を振れるから戦える。そう考えているなら、今日から捨てろ」
木剣を肩に担ぐ。
「戦うというのは、それだけじゃない」
⸻
最初にやらされたのは、攻撃ではなかった。
二人一組になり、一定の距離を保ったまま向かい合う。
エイルの相手はカイだった。
「木剣使わないの?」
「まだだろ」
「戦闘なのに?」
「俺に聞くなよ」
バルガが説明する。
「片方が前へ出る。もう片方は同じだけ下がれ。相手との距離を変えるな」
エイルとカイが向かい合う。
「始め!」
エイルが一歩出る。
カイが下がる。
もう一歩。
カイも下がる。
「簡単だな」
カイが言った。
「うん」
エイルが少し速く踏み込む。
カイも急いで下がった。
今度はカイが前へ出る。
エイルが下がる。
しばらく続けたところで、バルガの声が飛んだ。
「七組! 止まれ!」
全員が止まる。
「今、自分と相手の足ばかり見ていた者」
エイルは少し考えて手を上げた。
カイも上げる。
かなり多い。
「それでは遅い」
バルガが一人の生徒を前へ呼んだ。
「人間は足だけで動くんじゃない。肩、腰、重心。動く前には必ずどこかに変化が出る」
生徒と向かい合う。
相手が動いた瞬間、バルガも同時に動いた。
「相手が動いてから考えるな。見ながら動け」
エイルはカイを見る。
「もう一回やろう」
「まだ先生話してる」
「あ」
⸻
次は木剣を使った。
ただし、まだ打ち合わない。
構える。
踏み込む。
振る。
戻る。
それだけだった。
エイルは木剣を握った。
「思ったより重いな」
「本物はもっと重いんじゃない?」
カイが言う。
少し離れたところでは、レオンが自然に剣を構えている。
エイルも真似してみた。
「違う」
後ろから声がした。
レオンだった。
「何が?」
「手」
エイルの握りを見る。
「強く握りすぎてる」
「そうなの?」
「ずっとそれだと腕が固まる」
エイルは少し力を抜いた。
「これくらい?」
「もう少し」
「落としそう」
「振るときに締めればいい」
エイルが振ってみる。
木剣の先が少しぶれた。
「難しいな」
「最初はそんなものだ」
カイがレオンを見る。
「俺も見て」
「お前も握りすぎ」
「まだ何もしてないぞ」
「持ち方で分かる」
「なんか腹立つな」
⸻
バルガの合図に合わせて、何度も同じ動きを繰り返した。
構える。
一歩出る。
振る。
戻る。
エイルは途中から身体強化も使った。
術式を形成し、発動する。
腕と脚が軽くなる。
さっきより速く踏み込めた。
そのまま木剣を振る。
「うわ」
勢いがつきすぎて、身体が前へ流れた。
バルガがすぐに言う。
「止めろ」
エイルが姿勢を戻す。
「強化した分だけ速く動こうとするな」
「はい」
「お前が扱える速さで動け」
「はい」
「もう一度」
今度は少し抑える。
踏み込む。
振る。
戻る。
さっきより安定した。
エイルは自分の足を見る。
「速くできるのに、速くしないの?」
近くにいたバルガへ聞いた。
「速くして崩れるなら意味がない」
「でも慣れたら速くする?」
「そのために練習する」
「なるほど」
「分かったなら続けろ」
「はい」
⸻
次は二人一組だった。
一人が木剣を持つ。
もう一人は盾を持つ。
攻撃する場所は決められている。
肩。
胴。
脚。
攻撃側は、バルガが指定した場所だけを狙う。
防御側は盾で受ける。
「勝手に別の場所を狙うな」
バルガが念を押す。
「これは試合じゃない。攻撃を見る練習だ」
最初はエイルが盾を持った。
カイが木剣を構える。
「肩!」
バルガの声。
カイが振る。
エイルは盾を上げる。
ゴン、と木がぶつかった。
「おお」
「何がおおだよ」
「結構くる」
「次いくぞ」
「胴!」
今度は横から来る。
エイルが盾を動かす。
間に合った。
「脚!」
カイが木剣を下げる。
エイルも盾を下げた。
だが、一瞬遅い。
木剣が軽く脚に触れた。
「当たった」
「今のは分かったのに」
「分かってても間に合わなかったな」
「もう一回」
⸻
交代する。
今度はエイルが木剣を持った。
「肩!」
踏み込む。
カイが盾で受ける。
「胴!」
横へ振る。
また受けられる。
「脚!」
エイルは木剣を下げた。
カイの盾も下がる。
止められた。
「全部止めた!」
「場所言われてるからだろ」
「それでも嬉しいだろ」
少し離れたところでは、レオンが別の生徒と組んでいた。
同じ練習をしている。
ただ、動きが違う。
剣が動き始める前に、相手の盾が動いていることがある。
エイルは休憩になったところでレオンのところへ行った。
「なんであんなに早く分かるの?」
「何が?」
「どこに来るか」
「先生が言ってただろ。剣だけを見るな」
レオンは木剣を構えた。
「肩を狙うときと、脚を狙うときじゃ身体の使い方が違う」
「どこ見るの?」
「全部」
「全部?」
「一か所だけ見ない」
エイルはレオンを見る。
肩。
腕。
腰。
足。
「難しいな」
「だから練習する」
「バルガ先生と同じこと言うね」
レオンが少し嫌そうな顔をした。
「それはやめろ」
⸻
最後にバルガは、生徒たちを訓練場の端へ集めた。
「今日は攻撃と防御の形だけをやった」
木剣を地面に置く。
「次から少しずつ、決められていない動きも入れる」
何人かの表情が変わった。
カイが小声で言う。
「やっと戦う感じするな」
エイルも少し楽しみだった。
だが、バルガは続けた。
「その前に覚えておけ」
訓練場にいる生徒たちを見る。
「戦闘では、相手はお前たちの練習に付き合ってくれない」
誰も喋らない。
「待ってもくれない。狙う場所も教えない。自分より弱いとも限らない」
バルガは少し離れた藁人形を指した。
「そして魔物なら、人間と同じ動きをするとも限らん」
エイルは藁人形を見る。
図書館で読んだ魔物の本を思い出した。
脚の数が違うもの。
地面を這うもの。
飛ぶもの。
人間より大きなもの。
「だから最初に覚えるのは、どう強く攻撃するかじゃない」
バルガが言った。
「見ることだ」
⸻
授業が終わった。
寮へ戻る道で、カイが肩を回していた。
「腕痛い」
「俺も」
「レオンだけ平気そうだったな」
少し前を歩くレオンを見る。
「ずっとやってたからじゃない?」
「七歳からだっけ」
「確か」
カイがため息をつく。
「俺も七歳からやっとけばよかった」
「何を?」
「全部」
「無理じゃない?」
「言ってみただけだよ」
エイルは笑った。
少し歩いてから、自分の手を見る。
身体強化を使えば、前より速く動ける。
力も出る。
それでも今日、カイの木剣を防げなかった。
術式が遅かったわけではない。
魔力が足りなかったわけでもない。
ただ。
見て、判断して、身体を動かすのが遅かった。
「戦うのって難しいな」
エイルが言う。
カイが頷いた。
「まだ初日だぞ」
「うん」
「これからもっと難しくなるんじゃない?」
エイルは少し笑った。
「楽しみだな」
「そこは楽しみなんだな」
二人はそのまま寮へ向かった。




