第七十五話 ノア
翌日の午後。
エイルたちは、普段とは違う教室に来ていた。
机の上には教本ではなく、いくつもの道具が置かれている。
小さな灯具。
金属の筒。
木箱。
水を入れた容器。
何に使うのか分からないものもあった。
カイが一つを覗き込む。
「これ何?」
「触るなよ」
「まだ触ってない」
「触ろうとしてたじゃん」
「見るだけだ」
教師が入ってきた。
「席についてください」
カイがすぐに手を引っ込める。
⸻
今日の授業は、魔術そのものではなかった。
教師は机の上に、小さな灯具を置いた。
「皆さんが使っている照明器具にも、さまざまなものがあります」
教師が灯具を持ち上げる。
「油を燃やすもの。蝋燭。そして、魔術を利用したもの」
灯具の一部を開く。
中には小さな部品が組み込まれていた。
「これは、あらかじめ組み込まれた術式に魔力を流すことで光を生み出します」
エイルは少し身を乗り出した。
自分で術式を形成しているわけではない。
道具の中に、最初から術式がある。
「これなら魔術が苦手な人でも使えるんですか?」
誰かが聞いた。
「一定量の魔力を扱える人なら、使用できます。もちろん道具によって違いますが」
教師は灯具を机へ戻した。
「今日はこうした、魔術を利用した道具について学びます」
⸻
一人一つずつ、小さな灯具が配られた。
「壊さないように内部を確認してください」
エイルは蓋を開けた。
中を見る。
細い板の上に術式が刻まれている。
「小さいな」
隣でカイも覗いている。
「こんなの手で作れるのか?」
「どうやってるんだろ」
術式そのものは、授業で扱った光の術式より単純だった。
ただし。
配置がかなり狭い。
教師が説明を続ける。
「道具に組み込む場合、人がその場で形成する魔術とは条件が変わります」
壊れないこと。
何度も使えること。
扱う人間が変わっても動くこと。
大きさ。
材料。
作るための費用。
「性能だけを考えればいいわけではありません」
エイルは灯具を見る。
昨日の授業を少し思い出した。
何を残して、何を変えるか。
魔術だけではなく。
道具になると、さらに考えることが増えるらしい。
⸻
「これ、無駄じゃない?」
後ろから声がした。
エイルが振り返る。
細身の男子生徒が灯具を見ていた。
同じ七組だ。
顔は知っている。
何度か授業でも見ている。
ただ、ほとんど話したことはなかった。
カイが聞く。
「何が?」
男子生徒が内部を指す。
「ここ」
エイルも見る。
「この線、遠回りしてる」
「本当だ」
「こっち通した方が短いと思う」
カイが首を傾げる。
「短い方がいいの?」
「材料減るだろ」
「ああ」
エイルも気になった。
「でも、なんで最初からそうしないんだろ」
男子生徒が答える。
「多分、熱かな」
「熱?」
「近づけすぎると駄目なんじゃない?」
そこへ教師が通りかかった。
エイルはすぐに聞いた。
「先生」
「何ですか?」
「ここの線、もっと短くしたら駄目なんですか?」
教師が灯具を見る。
「ああ。そこですか」
指で二つの部分を示す。
「ここには使用中に熱を持つ部品があります。近づけると劣化が早くなります」
「やっぱり」
男子生徒が小さく言った。
教師が彼を見る。
「よく気づきましたね」
「父の工房でも似たようなのがあったので」
「なるほど」
教師はそのまま別の机へ向かった。
エイルは男子生徒を見る。
「工房?」
「うん」
「何作ってるの?」
「いろいろ。農具とか、簡単な魔術具とか」
「魔術具も?」
「父が作る」
エイルは灯具と男子生徒を交互に見た。
「だから分かったの?」
「似た失敗を見たことがあるだけ」
「失敗?」
「一回、部品を詰めすぎて中が焼けた」
カイが笑う。
「それ大丈夫だったのか?」
「売る前だったから」
「そういう問題?」
「大事だろ」
⸻
男子生徒の名前は、ノアといった。
同じ七組なので、自己紹介では聞いていたはずだった。
エイルはすっかり忘れていた。
「ノアは職人になるの?」
休憩時間に聞く。
「多分」
「多分なんだ」
「魔術具を作りたいけど、まだ決めてない」
ノアは机の上の灯具をもう一度見る。
「もっといろいろ見たいし」
「魔術師にはならないの?」
ノアがエイルを見る。
「なんで?」
「魔術具好きだから」
「別に自分で魔術を使って戦いたいわけじゃないし」
「そうなの?」
「うん」
ノアは当たり前のように言った。
「便利なもの作る方が好きだから」
エイルは少し考えた。
「それも魔術なんだな」
「魔術使ってるからな」
「確かに」
カイが横から言う。
「エイルの中の魔術、戦うか光るかしかないだろ」
「そんなことないよ」
「じゃあ他に何がある?」
エイルは考える。
「……身体強化」
「戦う方じゃん」
「走るときも使える」
「苦しいな」
ノアが笑った。
⸻
後半の授業では、いくつかの道具を班ごとに調べた。
水を少しずつ汲み上げる道具。
箱の中を一定の温度に保つ道具。
決められた時間だけ光る灯具。
どれも派手ではない。
魔物を倒せるわけでもない。
だが。
「これ、村にあったら便利だな」
エイルは水を汲み上げる道具を見ながら言った。
「井戸?」
ノアが聞く。
「うん。水運ぶの結構大変だから」
「これは深い井戸だとそのままじゃ使えないと思う」
「なんで?」
「力が足りない」
「強くすれば?」
「できるけど、その分魔力も必要になるし、部品も変えないと壊れるかも」
「じゃあ大きくする?」
「それだと高くなる」
エイルは黙った。
ノアが道具を指す。
「どれくらい深い井戸?」
「分からない」
「じゃあ分からない」
「そっか」
「深さ分かったら考えられるけど」
「今度、父さんに聞いてみる」
「うん」
カイが二人を見る。
「もう作る話になってない?」
「まだだよ」
エイルが答える。
「深さ分からないから」
「そこじゃない」
⸻
授業が終わったあとも、ノアは道具を眺めていた。
エイルは鞄を持ちながら聞く。
「帰らないの?」
「もう少し見たい」
「先生片づけてるよ」
「あ」
ノアが慌てて灯具を戻す。
三人で教室を出た。
廊下を歩きながら、エイルが聞く。
「こういうの、いっぱいあるの?」
「魔術具?」
「うん」
「あるよ。もっと大きいのもあるし」
「どんなの?」
「知らないの?」
「知らない」
「街にあるだろ」
「俺の村にはほとんどなかった」
「ああ」
ノアは少し考えた。
「じゃあ今度、街の工房見に行く?」
エイルが振り向く。
「入れるの?」
「店なら」
「行く」
「早いな」
カイが言った。
「俺も行っていい?」
「いいんじゃない?」
「じゃあ行く」
三人で階段を下りる。
エイルは今日見た道具を思い出していた。
魔術は。
自分で術式を作って、発動するだけではないらしい。
誰かが作ったものを。
別の誰かが使うこともできる。
そして、それなら。
魔術が得意ではない人の生活にも届く。
そんな使い方があることを。
エイルは初めて知った。




