第七十二話 寮生活
学校での生活に慣れてくると、エイルの一日はだいたい決まってきた。
朝。
起きる。
顔を洗う。
着替える。
食堂へ行く。
授業を受ける。
昼を食べる。
午後の授業を受ける。
寮へ戻る。
そして。
「エイル、起きろ」
「起きてる」
「目閉じてるぞ」
「起きてる」
「じゃあ立て」
「……もうちょっと」
朝だけは、なかなか慣れなかった。
⸻
同室になって一か月。
エイルとカイの部屋の使い方にも、少しずつ違いが出始めていた。
エイルの机には教本が積まれている。
授業で使うものだけではない。
学校で借りた本も何冊かあった。
一方。
カイの机には教本と紙、それから昨日脱いだ服が置いてある。
「カイ」
「何?」
「これ、昨日もあったよね」
エイルが服を持ち上げる。
「あったな」
「なんで机にあるの?」
「置いたから」
「片づけないの?」
「今日着るかもしれない」
「着ないでしょ」
「なんで分かる」
「昨日着てたから」
「洗えば着られる」
「じゃあ洗わないと」
「……確かに」
カイは服を受け取った。
一緒に暮らしてみると。
授業では分からなかったことまで分かってくる。
カイは朝に強い。
エイルは弱い。
エイルは本をその辺に置く。
カイは服をその辺に置く。
二人とも。
自分のことは、それほど散らかしていると思っていなかった。
⸻
寮では、自分のことは基本的に自分でする。
洗濯もその一つだった。
村にいた頃も手伝ったことはある。
だが。
毎回、自分の服を自分で洗うとなると少し違う。
休日。
寮の裏にある洗い場には、大勢の生徒が集まっていた。
「混んでるな」
カイが言う。
「みんな同じ日にやるからじゃない?」
「じゃあ明日にする?」
「明日着る服なくならない?」
カイが持っている籠を見る。
「……やるか」
「うん」
二人で空くのを待つ。
ようやく場所を確保して洗い始める。
少しして。
カイが隣を見る。
「エイル」
「何?」
「それ多くない?」
「何が?」
「洗うやつ」
エイルの桶には泡がかなり立っていた。
「これくらいじゃない?」
「知らん」
「俺も知らない」
二人でしばらく桶を見る。
近くで洗濯していた上級生が口を挟んだ。
「入れすぎ」
「やっぱり?」
「それ、すすぐの大変だぞ」
エイルは桶を見る。
「どうすればいいですか?」
「水足せ」
「はい」
学校では。
教師以外から教わることも多かった。
⸻
食堂にも慣れた。
最初の頃は、人の多さだけで疲れた。
今では空いている時間も分かる。
ただし。
食事そのものについては、カイと意見が合わないことがある。
「今日これにする」
カイが肉の煮込みを選ぶ。
「昨日もそれじゃなかった?」
「美味かったから」
「毎日同じの食べるの?」
「美味いならいいだろ」
「他にもあるのに」
「お前は?」
「これ」
エイルが魚を取る。
カイが見る。
「それ、昨日俺が食って微妙だったやつ」
「じゃあ食べてみる」
「なんで?」
「本当に微妙か知りたい」
「微妙だぞ」
席に座る。
一口食べる。
エイルは少し考えた。
「普通」
「だろ?」
「微妙じゃないよ」
「普通は褒めてないだろ」
そんなことを話しながら食べる。
村では。
食卓に並んだものを家族で食べていた。
ここでは毎日、自分で選ぶ。
それも最初は少し面白かった。
⸻
夜になると、寮の雰囲気は昼の学校とは変わる。
廊下で話している者。
部屋で勉強している者。
誰かの部屋に集まっている者。
早く寝る者。
消灯時間までは、かなり自由だった。
ある日。
エイルが教本を読んでいると、扉が叩かれた。
「カイいる?」
同じ七組の男子だった。
「いる」
カイが扉を開ける。
「何?」
「下でやるぞ」
「何を?」
「カード」
「ああ」
カイが振り返る。
「エイルも行く?」
「カード?」
「知らない?」
「うん」
「じゃあ来いよ」
「勉強は?」
「明日やる」
「今日も言ってなかった?」
「明日になれば今日になるから大丈夫」
「よく分からない」
それでも。
エイルは本を閉じた。
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一階の共用室には、すでに何人か集まっていた。
同じ七組の生徒もいる。
別のクラスの生徒もいる。
机の上にカードが並べられた。
「まずルールな」
説明を聞く。
数字。
組み合わせ。
出せるもの。
勝敗。
「分かった?」
「多分」
「じゃあ一回やろう」
始める。
エイルは負けた。
「もう一回」
また負けた。
「もう一回」
カイが笑う。
「ハマってるじゃん」
「まだ分かってない」
「三回目だぞ」
「だからもう一回」
四回目。
今度は途中までよかった。
最後に負けた。
「なんで?」
「それ残したからだよ」
「先に出した方がよかった?」
「多分な」
「もう一回」
「お前、負けず嫌い?」
「違うよ」
「じゃあ何でそんなやるんだ」
エイルはカードを見る。
「分かりそうだから」
結局。
消灯時間ぎりぎりまで遊んだ。
⸻
部屋へ戻る。
「楽しかった?」
カイが聞いた。
「うん」
「明日もやる?」
「勉強してから」
「真面目だな」
「カイもした方がいいよ」
「急に先生みたいなこと言うな」
二人はそれぞれのベッドへ入った。
部屋が暗くなる。
しばらくして。
エイルが口を開いた。
「カイ」
「何?」
「家、帰りたくならない?」
少し間があった。
「なるよ」
「やっぱり?」
「そりゃな」
カイの家までは三日ほど。
近くはない。
それでも。
エイルの村よりはずっと近い。
「お前は?」
「たまに」
「帰りたい?」
「うん」
即答した。
父はどうしているだろう。
村のみんなは。
あの畑は。
家は。
気になることはいくらでもある。
「でも、まだ帰らないんだろ?」
「休み短いから」
「二週間だもんな」
「うん」
片道で休みが終わる。
カイが笑った。
「遠すぎるだろ」
「俺も来てから思った」
「来る前に気づけよ」
「二週間って聞いてたよ」
「じゃあ気づいてるじゃん」
「乗ってみたら思ったより長かった」
「ああ、それは分かる」
⸻
翌日。
授業を終えて部屋へ戻ると。
エイルたちの部屋の前に、一通の手紙が届いていた。
「エイル」
カイが拾う。
「お前のじゃない?」
「え?」
受け取る。
宛名を見る。
エイルの名前。
そして。
見覚えのある文字だった。
一瞬で分かった。
「村からだ」
「おお」
エイルはその場で開けようとして。
止めた。
「部屋で読む」
「そうしろ」
中へ入る。
机に座る。
封を開く。
紙を広げる。
父の字だった。
エイルは最初の一行を読む。
そして。
少しだけ笑った。
学校へ来て一か月。
村から届いた。
最初の手紙だった。




