第六十六話 セレナ
数日後。
基礎魔力学では、これまでより少し複雑な術式を扱うようになっていた。
新しく習ったのは、方向、距離、強さ、持続、対象などを表す記号だ。
一つずつなら覚えられる。
問題は、それが線で結ばれ、まとまりになったときだった。
「今日は、この術式を読んでもらいます」
ヴァレンが黒板に図を描く。
これまでの課題より、明らかに線が多い。
「まずは自分で読んでみてください」
教室が静かになった。
エイルも最初の記号から追っていく。
発光。
その光の強さ。
次に方向。
範囲。
持続。
「……」
前よりは読める。
ただ、一つ確認して次へ進み、分からなくなれば前へ戻るので、どうしても時間がかかる。
少し前の席では、セレナがもう何かを書いていた。
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しばらくして、ヴァレンが顔を上げた。
「では、この術式が何をするものか。分かる人は?」
何人かが手を上げた。
ヴァレンが一人を指す。
「前方を照らす魔術です」
「大まかには合っています。ほかには?」
今度はセレナが指された。
「術者の前方に弱い光を発生させ、指定した範囲を一定時間照らします」
「そうですね。では、なぜ弱い光になるのですか?」
「強さの条件が、発光の部分にかかっているからです」
「持続するのは?」
セレナは黒板の一部分を示した。
「ここです。発光だけではなく、このまとまり全体に作用しています」
ヴァレンが頷く。
「その通りです」
エイルも自分のノートと見比べる。
時間をかければ、同じところまではたどり着けた。
でも、セレナは速い。
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「では、少し変えましょう」
ヴァレンが術式の一部を消した。
方向を指定していた部分だ。
そこへ別の接続を書き加える。
「これで何が変わりましたか?」
エイルは線を追う。
使われている記号は、ほとんど同じだ。
違うのはつながり方。
どこから、どこへ――。
「照らす方向が固定されなくなります」
セレナが答えた。
エイルは少し遅れて、同じところへたどり着いた。
「正解です」
ヴァレンは黒板を指した。
「記号そのものを覚えるだけではなく、何と何がつながっているかを見る。これが術式を読む基本です」
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授業の後半は、二人一組の課題になった。
ヴァレンが順番に組を決めていく。
「エイル。セレナと」
「はい」
二人で机を寄せ、一枚の紙を見る。
課題は、完成した照明の術式を少し変更するものだった。
『前方を照らす』
これを、
『術者の周囲を照らす』
に変える。
ただし、光の強さと持続は変えない。
エイルは紙を見る。
「方向を変える?」
「それだけでは足りません」
セレナが答えた。
「今の範囲指定は、前方という条件につながっています」
「じゃあ、そこも変える?」
「はい。方向の指定を外して、範囲とのつながりも組み直します」
セレナは紙の上を指で追っていく。
どこを外すのか。
何を残すのか。
どこにつなぎ直すのか。
エイルも途中から意見を出した。
「これ、残すよね?」
「残します。光の強さは変えないので」
「こっちは?」
「それは持続です」
「あ、そっちか」
何度か間違えながら、二人で変更後の形を作っていく。
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「これでどうでしょう」
セレナが言った。
エイルは最初から線を追った。
周囲。
範囲。
発光。
強さ。
持続。
「多分、合ってる」
「多分?」
「俺が間違えてなければ」
「確認してください」
「はい」
もう一度読む。
今度は問題なさそうだった。
エイルは完成した術式を眺めた。
「これ、形成してみたい」
セレナが顔を上げる。
「今は術式を読む授業ですよ」
「発動しなければいいんじゃない?」
「先生に聞いてください」
「先生」
少し離れたところにいたヴァレンが振り向いた。
「何ですか?」
「これ、形成だけしてもいいですか?」
ヴァレンが二人のところへ来る。
まず紙を見る。
「変更した部分は二人で?」
「はい」
セレナが答えた。
ヴァレンはしばらく確認してから頷いた。
「大きな問題はありません。形成するだけなら構いません。ただし、発動はしないこと」
「はい」
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エイルはもう一度、紙を見る。
今度は意味を追うためではなく、形成する形として見た。
記号の位置。
線。
間隔。
まとまり。
頭の中に全体を置いてから、魔力を動かす。
術式の形が手の前に現れた。
セレナが横から見る。
「本当に全体から作るんですね」
「うん」
「途中で確認しないんですか?」
「できてから見る」
エイルも紙と見比べる。
「あ」
一か所、線の位置が少しずれていた。
「間違えた」
形成を消す。
「そこだけ直さないんですか?」
「作り直す方が楽」
「私は逆です」
「そうなの?」
セレナは手を出した。
「私はまずここから作ります」
術式の一部を形成する。
そこから次のまとまりへ。
途中で形を確認しながら、少しずつ広げていく。
「ずれたら、その場で直します」
「そっちの方が大変そう」
「全部作り直す方が大変です」
二人で顔を見合わせた。
どうやら、かなり感覚が違う。
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エイルはもう一度形成した。
今度は紙とほぼ同じになった。
ヴァレンが確認して、
「いいでしょう。消してください」
と言った。
エイルはすぐに形成を解く。
「今の二人は、同じ術式を見ていましたが、やっていたことは違います」
ヴァレンが二人の紙を指した。
「変更するときに必要だったのは、目的に合わせて条件とつながりを考えることです」
次にエイルが形成していた場所を見る。
「一方、完成した術式を魔力で再現するのが形成です」
エイルは頷く。
「セレナは、これまでに術式を読む経験があります。エイルは、形成そのものに慣れている」
そこでヴァレンは話を切った。
「得意な部分が違うというだけです。今は自分に足りない方も、授業で覚えていってください」
「はい」
「はい」
ヴァレンは次の組へ移っていった。
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授業が終わったあと、エイルはセレナに聞いた。
「セレナって、いつから魔術を勉強してたの?」
「七歳くらいからです」
「そんな前から?」
「最初は文字や魔力の扱い方ですよ。そのあと、簡単な記号や術式を習いました」
「形成も?」
「もちろん」
「輪とか?」
「やりました」
「どうやって作る?」
「線を作って、それを曲げます」
エイルは少し笑った。
「やっぱり」
「何ですか?」
「みんな線から作るんだなって」
「あなたの作り方の方が変わっているんです」
「先生にも似たようなこと言われた」
セレナも少し笑った。
「エイルは、いつから形成の練習をしていたんですか?」
「練習じゃないよ」
「では、いつからああいうことを?」
「小さい頃から。最初は球とか線とか」
「誰かに教わって?」
「いや。勝手に」
「そのあと輪を?」
「うん。四角とか、文字とか、もっとごちゃごちゃしたのとか」
「術式は知らなかったんですよね?」
「全然」
セレナが不思議そうに聞く。
「では、何のために?」
「だから、遊び」
「……遊びであれを?」
「難しい形ができると面白いよ」
「そうですか?」
「やってみたら?」
「遠慮します」
「なんで」
「私は意味のある術式を覚えたいので」
「それも面白そうだけど」
「それを勉強しているんです」
「確かに」
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寮へ戻る途中、カイが追いついてきた。
「セレナと何話してた?」
「家で何習ってたか」
「へえ」
「セレナ、七歳くらいから術式やってたんだって」
「だから読めるの速いのか」
「多分」
エイルは少し考える。
「俺は形作るのは速いけど、読むのはまだ遅い」
「知ってる」
「カイは?」
「……何が?」
「何が得意?」
カイが嫌そうな顔をした。
「急に聞くなよ」
「気になった」
「今は特にない」
「そっか」
「そこで普通に納得するな」
「じゃあ何て言えばいいんだよ」
「何かあるだろ。これから見つかるとか」
「じゃあ、これから見つかるんじゃない?」
「後から言うな」
エイルは笑った。
学校には、自分より術式を読める者がいる。
形成のやり方も人によって違う。
まだ話したことのない生徒も大勢いる。
入学してまだ少ししか経っていない。
誰が何を得意なのか。
自分が何を苦手なのか。
それすら、まだ分かり始めたばかりだった。




