第六十三話 球を作れ
翌日。
基礎魔力学の授業は、いつもの教室ではなく、机のない広い実習室で行われた。
三十一人の生徒が、互いに少し間隔を空けて立っている。
前に立ったヴァレンが手を上げた。
「昨日話した通り、今日は形成を実際にやってみます。設計も発動も使いません」
手のひらの上に魔力が集まり、拳より少し小さな球になった。
「まずは球です。この大きさを目安にしてください」
黒板には、
『形』
『大きさ』
『維持』
と書かれている。
「できるだけ歪ませない。見本と大きさを合わせる。そして、その状態を保つ。まずはこの三つだけです」
ヴァレンが球を消した。
「では、やってみてください」
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一斉に魔力が動き始めた。
エイルも手を前へ出す。
球を思い浮かべ、そこへ魔力を集める。
丸くする。
大きさを合わせる。
「……できた」
昔から何度もやってきたことなので、特に難しくはなかった。
ただ、周りを見るとかなり違う。
隣の生徒は、できかけた球の片側が膨らみ、それを直そうとして反対側まで崩している。
別の生徒は大きく作りすぎたらしく、少しずつ縮めていた。
カイも球を作っている。
形にはなっているが、表面がふるふる揺れていた。
エイルは自分の球を見る。
特にすることがない。
しばらく待ってから消した。
「エイル」
「はい?」
「まだ消さないでください。こちらで確認します」
「あ、はい」
後ろから笑い声がした。
振り返るとカイだった。
「お前、早すぎ――」
その瞬間、カイの球がぐにゃりと曲がった。
「あ」
今度はエイルが笑う。
「二人とも集中してください」
「はい」
「はい……」
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ヴァレンが順番に見て回る。
「少し大きいですね」
「はい」
「魔力を足して直すのではなく、今あるものを動かしてみてください」
「はい」
セレナのところでは、ヴァレンが短く頷いた。
彼女の球はかなり整っている。
「経験がありますね」
「はい。家で基礎を教わっています」
「分かりました」
レオンも安定していた。
少し大きかったが、指摘されると時間をかけて調整している。
カイの前では、ヴァレンが球を見て言った。
「崩れそうになるたびに魔力を足していますね?」
「……はい」
「量を増やすのではなく、位置を直してください」
カイがもう一度集中する。
揺れが少し小さくなった。
そしてヴァレンがエイルの前へ来た。
球を見る。
「大きさは問題ありません。形も安定していますね」
「はい」
「こういう練習をしたことがありますか?」
「練習っていうか……遊んでました」
「遊び?」
「丸とか線とか作って」
ヴァレンが少しだけエイルを見る。
「誰かに教わったわけではない?」
「はい」
「どのくらい?」
「何年かです」
「なるほど」
それだけ言って、次の生徒へ移った。
エイルは少し拍子抜けした。
もっと何か聞かれるかと思ったが、そうでもなかった。
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全員の確認が終わると、次は輪になった。
ヴァレンが細い魔力の線を伸ばし、それを曲げて端と端をつなぐ。
「太さをなるべく一定に。大きさはこちらに合わせてください」
エイルは見本を見る。
輪。
これも何度も作った。
「始めてください」
周囲では、見本と同じように線を伸ばす生徒が多かった。
少しずつ曲げて、最後につなぐ。
エイルは輪そのものを思い浮かべた。
その形に合わせて魔力を置く。
輪ができる。
隣を見る。
カイはまだ半分くらいだった。
「……」
少し待つ。
やがてヴァレンがこちらへ来た。
エイルの輪を見る。
「一度消してください」
「はい」
消す。
「もう一度」
作る。
「もう一度」
「はい」
また消して、作る。
ヴァレンが聞いた。
「どこから作っていますか?」
「どこから?」
「最初に線を作って、伸ばしてはいませんね」
「はい」
エイルは考えた。
どこからと言われても、特にない。
「最初から輪です」
「全体を一度に?」
「はい」
「なるほど」
ヴァレンは少し考えたあと、
「分かりました。続けてください」
と言って離れた。
それだけだった。
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授業が終わると、カイがすぐにやって来た。
「なあ、どうやった?」
「何が?」
「輪」
カイが手を出す。
細い魔力の線を作り、少しずつ曲げていく。
端同士が近づいたところで、一方が歪んだ。
「あっ」
直そうとすると、今度は別のところがずれる。
「これが難しいんだよ」
「最初から輪にすれば?」
「できないから困ってるんだろ」
「なんで?」
「なんでって……」
カイは少し考えた。
「全部一緒に作ろうとすると、どこに魔力置けばいいか分かんなくなる」
エイルには、そちらの方がよく分からなかった。
輪を思い浮かべる。
その形に魔力を置く。
それだけだ。
「人によってやりやすい方法が違うんじゃない?」
声がして、二人が振り返った。
セレナだった。
「私は部分ごとに作るように教わりました」
彼女も魔力の線を作る。
伸ばす。
曲げる。
形を確認して、最後につなぐ。
きれいな輪ができた。
「途中でずれを確認できるので、この方が失敗しにくいんです」
「へえ」
エイルはセレナの輪を見る。
確かに、それなら作っている途中で直せる。
「エイルは、途中で確認しないの?」
「うん。できたあと見る」
「それで合うの?」
「大体」
カイが嫌そうな顔をする。
「何だよそれ」
「俺に言われても」
セレナが少し考えてから聞いた。
「他の形も同じように作れる?」
「多分」
「例えば?」
エイルは手を出した。
昔作ったことのある形を思い出す。
輪を二つ。
間に線。
そこから枝分かれさせて、端を少し曲げる。
意味はない。
ただ、作ったことがあるだけだ。
魔力をその形へ整える。
手の上に模様が現れた。
カイが覗き込む。
「何これ?」
「知らない」
「知らないもの作ったの?」
「ただの形だよ」
セレナも見る。
「術式じゃないの?」
「違う。意味ないし」
「じゃあ、なんでこんなの作ったの?」
エイルは少し考えた。
「簡単なのばっかりだと飽きるから」
カイが笑った。
「やっぱ暇だったんだな」
「村だし」
「村に謝れ」
「カイも村出身じゃん」
「俺はこんなの作ってない」
「じゃあ何してたの?」
「普通に遊んでた」
「俺も遊んでたよ」
「遊び方がおかしいんだよ」
三人でそんな話をしながら、実習室を出た。
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エイルにとって、球も輪も難しくなかった。
それは、何年も似たことをしていたからだ。
ただ、それで魔術が使えるわけではない。
今日作った球も輪も、何も起こさなかった。
昔作った複雑な形も同じだ。
エイルは歩きながらセレナに聞いた。
「セレナは術式も習ったんだよね?」
「少しだけ」
「読める?」
「簡単なものなら」
「さっき俺が作ったやつは?」
「意味がないなら読めない」
「そっか」
エイルは少し考えた。
自分は形を作れる。
セレナは、簡単な術式なら読める。
似ているようで、やっていることはかなり違うらしい。
次の授業では術式を読むと聞いている。
エイルには、そちらの方が難しそうだった。




