第六十二話 設計と形成
翌日。
基礎魔力学の授業が始まると、ヴァレンは黒板に昨日と同じ三つの言葉を書いた。
『設計』
『形成』
『発動』
「昨日は、魔術をこの三つに分けて考えるところまで説明しました。今日は設計と形成の違いを、もう少し具体的に見ていきます」
エイルはノートを開いた。
昨日初めて知った言葉だ。
まだ完全には分かっていない。
ヴァレンは黒板の横に、新しく『照明』と書いた。
「例えば、暗い部屋で本を読みたいとします。必要なのは?」
何人かが手を上げる。
「光です」
「そうですね」
その下に『光』と書く。
「では、『光を出す』。これだけで十分でしょうか」
今度は手が上がらない。
ヴァレンが指先を上げると、小さな光が浮かんだ。
かなり弱い。
昼間の教室では、よく見なければ分からないほどだった。
「これで本が読めますか?」
「無理です」
誰かが答え、教室に笑いが起きる。
「では、強くしましょう」
光が一気に明るくなった。
エイルは思わず目を細めた。
「眩しい」
「そうですね」
ヴァレンが光を消す。
「どちらも光は出ています。しかし、本を読むための照明としては使いにくい」
黒板に言葉を足していく。
『強さ』
『位置』
『範囲』
『持続』
「どのくらい明るくするのか。どこを照らすのか。どこまで広げるのか。どれだけ続けるのか」
エイルは順番に書き写した。
ただ光を出すだけでも、決めることがいくつもある。
「何を起こしたいのか。そのために何が必要なのか。そして、それぞれをどう組み合わせるのか」
ヴァレンが『設計』を指した。
「それを術式として組み上げるのが、設計です」
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「では、条件は多いほど良いと思いますか?」
今度はセレナが手を上げた。
「必要のないものまで増やせば、術式が複雑になります」
「その通りです」
ヴァレンが頷く。
「本を読むだけなら、部屋の外まで照らす必要はありません。一晩中光らせる必要もないでしょう」
エイルは手を上げた。
「じゃあ、本の周りだけ明るくすればいい?」
「それで目的を満たせるなら、その方が簡単ですね」
「魔力も少なくて済む?」
「多くの場合は。ただし、術式の作り方にもよります」
エイルはノートに、
『必要なものだけ』
と書いた。
「もう一つ」
ヴァレンは黒板へ二つの言葉を書く。
『狭い範囲』
『広い範囲』
「同じ場所に、同時にこの二つを指定したら?」
カイが手を上げた。
「……狭くて広い?」
教室から笑いが起きる。
「そうなれば便利ですが」
ヴァレンも少し笑った。
「実際には、どちらにすればいいのか決まりません」
二つの言葉の間に線を引く。
「一つ一つの条件を知っているだけでは足りないんです。条件同士がどう関係するかも考えなければならない」
今度は、
『弱い光』
『長く続く』
と書く。
「これは?」
セレナが答えた。
「両立します」
「そうですね。用途によっては、この組み合わせが適していることもあります」
エイルは黒板を見る。
強さ。
対象。
位置。
方向。
範囲。
持続。
一つなら分かる。
二つでも、まだ分かる。
それが増えていけば、どれとどれが関係しているのかまで考えなければならない。
「実際の術式では、もっと多くの要素を扱うことがあります。ただし、一年生の皆さんがいきなりそれを自分で組むわけではありません」
ヴァレンが言った。
「まずは、すでに完成している基本的な術式を読み、覚え、使うところから始めます」
エイルは少し安心した。
今日聞いただけで全部作れと言われても、無理だ。
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ヴァレンが黒板の空いたところへ簡単な図を描いた。
いくつかの記号。
それを結ぶ線。
まとまりごとに区切られた形。
「術式では、こうした記号やつながりを使って、条件やその関係を表します」
エイルは図を見る。
本屋で見たものに少し似ている。
けれど、記号の意味は一つも分からない。
「今は写さなくて構いません」
書き始めようとしていたエイルの手が止まる。
「記号だけを覚えても、術式を読めるようにはなりません。何を表しているのか、何とつながっているのか。その関係を理解する必要があります」
ヴァレンは図全体を指した。
「こうして、魔術として働く形を完成させるところまでが設計です」
次に手を前へ出す。
魔力が集まり、小さな球になった。
「そして、決められた形を魔力で実際に再現するのが形成です」
球が伸びて線になる。
その線が曲がり、輪になった。
エイルはじっと見る。
どれも、自分が遊びで作ったことのある形だった。
「ただし」
ヴァレンが輪を指す。
「これは魔術ではありません」
輪が消える。
「魔力を輪の形にしただけです。術式としての意味はありません」
今度は星のような形を作る。
「これも同じです。形を作る練習にはなりますが、これだけで光ったり、燃えたりはしません」
エイルはノートの端に、小さな丸を描いた。
昔、自分がやっていたことだ。
丸。
線。
文字の真似。
もっと複雑な模様。
名前も知らずに作っていた。
あれは魔術ではなかった。
でも、今説明されている「形成」という作業には近い。
「逆に」
ヴァレンが黒板の術式を指した。
「ここに正しい術式が書いてあっても、それを魔力で正確に再現できなければ発動には進めません」
黒板へ簡単にまとめる。
『何を、どう働かせるか決める――設計』
『完成した形を魔力で再現する――形成』
『魔力を通して現象を起こす――発動』
「この三つは別の技術です。形成が上手ければ、設計まで上手いというわけではありません。その逆もあります」
エイルは三つの言葉を見た。
自分が知っているのは、そのうちの一部分だけらしい。
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授業の後半は、いくつかの例を考える時間になった。
暗い部屋で本を読む。
夜道を歩く。
広い倉庫を照らす。
どれも欲しいのは光だが、必要な明るさも範囲も違う。
最後にヴァレンが出したのは、
『暗い洞窟を進む』
という問題だった。
「では、どんな照明がいいでしょう」
レオンが手を上げる。
「進む先が見えるくらいの範囲を照らす」
「一つの考え方ですね」
別の生徒が言う。
「広くした方が安全じゃないですか?」
「場合によります」
ヴァレンは答えた。
「広く照らせば見つけやすいものも増えます。一方で、自分の位置を遠くから知られることもあるでしょう」
今度はセレナが手を上げる。
「周囲の状況によって変える必要があります」
「そうですね」
ヴァレンは黒板に、
『目的』
『状況』
と書いた。
「同じ術式が、いつでも最適とは限りません。ただし、これはもう少し先の話です。今はまず、基本の術式をきちんと使えるようになってください」
カイが小さく息を吐いた。
「考えること多いな……」
エイルも同じだった。
魔術を覚えるというのは、火や光を出す方法を丸暗記するだけだと思っていた。
どうやら、それだけではないらしい。
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授業の終わりに、ヴァレンが言った。
「次回は、実際に形成をやります」
教室の空気が少し変わった。
「術式は使いません。まずは球と輪。この二つを魔力で作ってもらいます」
エイルは顔を上げた。
球。
輪。
それなら、何度もやったことがある。
「何だ、簡単そうじゃん」
隣でカイが言う。
「やったことある?」
「球くらいなら。小さい頃に」
「そっか」
エイルは少し意外だった。
自分だけがやっていたわけではないらしい。
「お前は?」
「俺も。輪とか、変な形とか」
「何で変な形作るんだよ」
「面白いから」
「やっぱ変だな」
「カイも球作ってるじゃん」
「球は普通だろ」
「普通って何だよ」
言いながら、二人で教室を出る。
明日は初めて、同じ課題を他の生徒たちとやる。
自分がどれくらいできるのか。
それは少し気になった。
でも、それ以上に。
今日、黒板に描かれた術式の記号が、エイルには一つも読めなかった。
そちらの方が気になっていた。




