第六十話 寮と三百人
門をくぐったところで、エイルは思わず足を止めた。
「……多い」
前に試験で来たときも、人は多かった。
でも、今日はそれ以上だった。
大きな鞄を背負った子。木箱を抱えた子。親と一緒に歩いている子もいれば、一人で荷物を抱えている子もいる。
何人かで話している子たちの横では、馬車から次々と荷物が降ろされていた。
あっちにも、こっちにも、自分と同じくらいの年の子がいる。
エイルは背負った荷物を少し持ち直した。
二週間。
ようやく着いた。
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まずは受付だった。
学校から届いた紙を取り出す。
新入生――第三受付。
顔を上げると、少し離れた場所に番号の書かれた札が並んでいた。
一。
二。
三。
「あった」
列は長い。
エイルが最後尾に並ぶと、その後ろにもすぐ人が並び始めた。
待っている間、周囲を見る。
服だけでも全然違う。
見たこともないような綺麗な布の服を着た子。腰に剣を下げている子。杖を持っている子。
その一方で、エイルと大して変わらない普通の服に、使い込んだ鞄を持っている子もいる。
一人で来ている子も、思っていたより多かった。
「……」
少しだけ安心した。
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「次」
呼ばれて、エイルは前へ出る。
「入学許可証を」
「はい」
鞄を開く。
本と服の間に挟んでおいた紙を探し、取り出した。
「あった」
受付の女が受け取り、内容を確認する。
「エイルさんですね」
「はい」
何かを書き込んだあと、別の紙と鍵を渡された。
「第三寮、三〇七号室です」
「三〇七」
「寮の場所は分かりますか?」
「分かりません」
女が外を指した。
「この道をまっすぐ進んで、噴水を越えたところを右です。寮棟には番号があります」
「ありがとうございます」
エイルは渡された紙を見る。
今日は、まず荷物を寮へ運ぶ。
昼前に新入生集合。
午後は学校生活についての説明。
そして明日が入学式。
「……」
まだ始まってもいない。
なのに、もう少し疲れた。
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教えられた道を歩く。
校舎が一つ。
その奥には、また大きな建物。
広場もある。
少し離れたところには、訓練場らしい場所まで見えた。
さらにその向こうには、前に街からも見えた塔が立っている。
試験で来たときは、父について試験会場まで歩いただけだった。
今日は自分で歩く。
やがて噴水が見えた。
「あれか」
そこを右へ曲がる。
建物がいくつも並んでいた。
第一寮。
第二寮。
その奥。
第三寮。
「……でかい」
四階建て。
同じ形の窓がずらりと並んでいる。
入口にも学生が何人も出入りしていた。
中へ入って、三階を目指す。
一段。
二段。
荷物が肩へ食い込む。
「重い……」
持ってきたものが多い。
途中で一度止まり、腕と脚へ少しだけ魔力を流した。
「よし」
それで、少し楽になる。
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三階。
三〇一。
三〇二。
三〇三。
廊下は思ったより長かった。
三〇四。
三〇五。
三〇六。
そして。
三〇七。
「あった」
鍵を差し込み、扉を開ける。
中にはベッドが二つ。
机が二つ。
棚も二つ。
窓が一つ。
二人部屋だった。
紙に書いてあったから知ってはいた。
でも、実際に見ると少し変な感じがする。
ここで、まだ顔も知らない誰かと暮らす。
エイルは二つのベッドを見比べた。
特に違いはない。
片方が窓側というくらい。
「こっち」
窓側を選び、荷物を下ろした。
「はぁ……」
一気に身体が軽くなる。
二週間、ずっと一緒だった荷物だ。
服を棚へ。
生活用品も片づける。
持ってきた本は机に並べた。
一冊。
二冊。
筆記具も置く。
最後に、父が昔使っていた古い鞄を机の横へ置いた。
それだけで、知らない部屋が少しだけ自分の場所になった気がした。
窓を開ける。
下を見る。
人がいる。
まだ、どんどん増えている。
「……何人いるんだ」
試験のときも多いと思った。
でも、あのときは受験する人間だった。
今日ここにいるのは、試験に受かった人間たちだ。
それでも、こんなにいる。
村なら、同じくらいの年の子なんて数えるほどしかいない。
ここは違った。
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がちゃ、と扉が開いた。
エイルが振り返る。
男の子が一人、入口に立っていた。
背中には大きな鞄。
さらに片手にも荷物を持っている。
少年は部屋を見て、エイルを見て、最後に手元の紙を確認した。
「三〇七?」
「うん」
もう一度、部屋番号を見る。
「じゃあ、ここだ」
中へ入り、荷物を床へ下ろす。
どさっ。
「重っ」
エイルが少し笑った。
「俺もさっき同じこと言った」
少年が顔を上げる。
「階段、多くない?」
「三階だから」
「一階がよかった」
「俺も」
少しだけ沈黙する。
やがて少年が手を出した。
「カイ」
エイルも手を出す。
「エイル」
握る。
「よろしく」
「うん」
それだけで、少し気まずさが減った。
カイは空いている方のベッドを見る。
「そっち使ってる?」
「うん」
「じゃあ俺こっち」
部屋の場所取りは、それで終わった。
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カイも荷物を片づけ始める。
服。
本。
袋。
その途中で聞いてきた。
「どこから来た?」
エイルは村の名前を言う。
カイが少し考えた。
「……どこ?」
「やっぱ知らない?」
「知らない」
「ここから馬車で二週間くらい」
カイの手が止まった。
「二週間?」
「うん」
「一人で?」
「うん」
少し間が空く。
「よく来たな」
「前に試験で一回来たから」
「でも二週間だろ?」
「うん」
エイルは少し考えてから言った。
「尻が痛い」
カイが吹き出した。
「そこ?」
「ずっと座ってるから」
「俺、三日でも痛かった」
「三日?」
「うん」
エイルはカイを見る。
「近い」
「三日前まで遠いと思ってたんだけど」
「二週間乗ったら近く感じる」
「絶対乗りたくない」
「俺も、しばらくいい」
二人で少し笑った。
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しばらくして、カイが窓の外を見ながら言った。
「そういえば、一年だけで三百人くらいいるらしい」
エイルの手が止まった。
「三百?」
「受付で前のやつが話してた」
「一年生だけ?」
「うん」
窓の外を見る。
人。
人。
また人。
「……三百人も魔術習うの?」
「学校自体、国に何個もないからな」
「ああ」
そうだった。
だから父も、学校は遠いと言っていた。
近くの町ごとにあるような場所ではない。
いろんな土地から、ここへ来る。
カイは三日。
エイルは二週間。
もっと遠くから来ている人間もいるのかもしれない。
「三百……」
村の人たちを思い浮かべる。
大人も子供も全部。
それでも、三百という数はうまく頭に入らなかった。
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昼前。
二人で部屋を出る。
「集合場所どこ?」
カイが聞く。
「講堂」
「場所は?」
「知らない」
「俺も」
階段を下り、外へ出る。
少し歩いたところで、二人とも止まった。
「……どっち?」
人の流れはある。
でも、それが全部新入生とは限らない。
そのとき、エイルが看板を見つけた。
『新入生集合』
その下に矢印。
「あれ」
「助かった」
二人で人の流れについていく。
やがて、大きな建物が見えてきた。
扉をくぐったところで、エイルはまた足を止めた。
「……でか」
椅子がずっと奥まで並んでいる。
何列あるのかも分からない。
そこへ、自分たちと同じくらいの年の子が次々に入ってくる。
カイも少し黙った。
「これ全部一年?」
「三百って言ってた」
「聞くのと見るの、違うな」
「うん」
空いている席へ座る。
前も知らない人。
横も知らない人。
後ろも知らない人。
その中で、カイだけは知っている。
今日会ったばかりなのに、それだけで少し安心した。
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前に教師らしい男が立った。
「静かに」
大きな声ではない。
でも、不思議とよく通った。
少しずつ講堂が静かになる。
「新入生の皆さん。本年度、本校に入学する新入生は三百十二名です」
少しざわめきが起こる。
エイルが小さく言った。
「十二人多い」
カイが横を見る。
「そこ気になる?」
「十二人って結構いるよ」
「三百の後なら誤差だろ」
「村なら結構いる」
「村と比べるなよ」
前から視線を感じた。
二人とも黙った。
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説明が始まる。
学校。
寮。
食堂。
授業。
図書館。
訓練場。
保健室。
「図書館」
その言葉に、エイルが反応した。
カイが横を見る。
「好きなの?」
「本?」
「うん」
「好き」
「俺、あんまり」
エイルはカイを見る。
「なんで?」
「なんでって言われても」
よく分からない。
本は面白いのに。
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「皆さんは十のクラスに分かれます。一クラス三十名前後です」
エイルは頭の中で数える。
三百。
十。
「ほんとに十だ」
「何が?」
「さっき計算した」
「してたの?」
やがて紙が配られた。
名前。
寮。
そしてクラス。
エイルはそこを見る。
一年七組。
「七」
横を見ると、カイも自分の紙を確認していた。
「あ」
「なに?」
カイが紙を向ける。
一年七組。
「同じ」
エイルは自分の紙と見比べる。
「ほんとだ」
「よかった」
カイが普通に言った。
エイルも少し笑う。
「うん」
三百十二人。
その中で最初に会った一人。
同じ部屋。
そして同じクラス。
少し運がいい。
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夜。
食事と風呂を済ませ、部屋へ戻る。
カイはもうベッドに寝転んでいた。
エイルは机に座り、明日の予定を見る。
入学式。
そのあと。
基礎魔力学。
その文字をじっと見る。
「明日、魔術やるかな」
カイが寝たまま答える。
「基礎魔力学だろ?」
「うん」
「最初から魔術はやらないんじゃない?」
「じゃあ何するんだろ」
「魔力の説明とか?」
エイルは少し考えた。
魔力を動かす。
集める。
伸ばす。
曲げる。
丸。
四角。
線。
もっと細かい形。
今まで全部、自分でやった。
誰にも教えてもらっていない。
だからこそ。
「ちゃんと知りたい」
カイが少しだけ顔を向ける。
「何を?」
エイルは紙を見る。
「俺が今までやってたのが、合ってたのか」
「魔力?」
「うん」
カイは少し考えた。
「明日分かるんじゃない?」
「多分」
エイルは紙を置く。
窓の外には、学校の灯りが見えた。
村から馬車で二週間。
同じ年の学生は三百十二人。
知らないことが、たくさんある。
明日から、それを教えてもらえる。
エイルはベッドへ入った。
少しだけ、眠れそうにない。
明日。
ようやく学校が始まる。




