↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
THE GUILD  作者: axe
第一章 小さな村で
PR
59/399

第五十九話 一人旅


最初の町に着いたのは、夕方になる少し前だった。


「ここまでだ」


御者に言われ、エイルは荷台から降りた。


「ありがとうございました」


続いて荷物を降ろす。


鞄。


毛布。


もう一つの荷物。


地面に並べてから、エイルはしばらくそれを見た。


「……多いな」


前は半分ほどトーマが持っていた。


今回は全部、自分で運ばなければならない。


鞄を背負い、残りを両手に持つ。


ずしりと重かった。


「まあ……行ける」


少しだけ魔力を身体へ回し、歩き出した。


---


まず確認するのは、次の馬車だった。


荷物を置ける場所を見つけ、乗り継ぎの紙を取り出す。


明日の朝。


町の東側。


次の町へ向かう乗合馬車。


「東……」


顔を上げる。


右。


左。


「……どっちだ?」


前にも来た町だ。


見覚えのある建物もある。


けれど前回は、トーマについて歩いていただけだった。


一人になった途端、道が曖昧になる。


少し考えてから、エイルは紙を畳んだ。


分からないなら聞けばいい。


近くの店へ入る。


「すみません」


「はいよ」


「東の乗合馬車って、どこから出ますか?」


店の男はすぐに道を教えてくれた。


「ここを出て右。二本先の道をまっすぐ行けば、大きな宿がある。その近くだ」


「ありがとうございます」


言われた通りに進む。


二本目を曲がると、見覚えのある場所に出た。


「あ、ここか」


前にトーマと泊まった宿もあった。


少しだけ肩の力が抜けた。


---


宿へ入る。


「一人か?」


店の男に聞かれた。


「はい。一泊お願いします」


値段を聞き、金を出す。


その途中で、手が止まった。


旅に使う金は、いくつかに分けて持っている。


全部を一つの袋へ入れるなと、トーマに何度も言われたからだ。


今使う分だけが入った袋から宿代を払う。


部屋へ入り、ようやく荷物を下ろした。


「……軽い」


背中を伸ばす。


寝台へ座る。


静かだった。


同じ町。


同じ宿。


前に来たときは、隣にトーマがいた。


「父さん」


口に出してから、当然返事がないことに気づく。


「……何やってんだ、俺」


自分で少し笑った。


---


夕食も一人だった。


周囲には知らない人ばかり。


話し声や笑い声は聞こえるのに、自分の席だけ妙に静かに感じる。


家ならリナが何か言う。


ミラが注意する。


トーマが適当に返す。


今は誰もいない。


少し寂しい。


それでも、エイルは最後まで食べた。


食事は抜くな。


ミラに何度も言われている。


それに、明日も荷物を持たなければならない。


---


翌朝。


少し早めに宿を出て、昨日確認した乗り場へ向かった。


まだ馬車は来ていない。


「……合ってるよな」


紙を見る。


場所は合っている。


行き先も確認する。


しばらくすると馬車がやってきた。


エイルはすぐには乗らなかった。


御者のところへ行く。


「この馬車、次の町まで行きますか?」


「ああ、行くよ」


町の名前も確認する。


合っている。


そこで初めて金を払い、荷物を積んだ。


荷台へ座る。


やがて馬車が動き出す。


「……よし」


最初の乗り継ぎは、できた。


---


旅は続いた。


森。


畑。


川。


小さな町。


一度通った道だから、景色には見覚えがある。


ただ、前回より道そのものを見るようになった。


どこで道が分かれるのか。


どんな看板があるのか。


川を渡ったあと、どちらへ進むのか。


帰るときも一人なら、自分で分からなければならない。


昼の休憩では、食べ物を買った。


最初に見た店のパンは少し高い。


隣を見ると、似たものがもう少し安かった。


そちらでパンと少量の干し肉を買う。


水も補充する。


金は無駄に使わない。


でも、食事まで削るつもりはなかった。


そんなことをすれば、帰ったときミラに怒られる。


いや、帰る前に自分が困る。


---


二日目。


三日目。


四日目。


馬車に乗る。


降りる。


宿を探す。


翌日の馬車を確認する。


また乗る。


最初のうちは、何をするにも紙を出した。


場所を確認する。


行き先を確認する。


もう一度確認する。


五日目になる頃には、少しだけ慣れてきた。


それでも乗る前には必ず御者へ聞く。


「次の町まで行きますか?」


「ああ」


確認してから乗る。


一人で旅をしているからといって、急に何でも分かるようになったわけではない。


---


六日目。


前回とは違う町で泊まることになった。


当然、宿も知らない。


エイルは通りに立ち、周囲を見回した。


「……どこがいいんだ?」


外から見ても分からない。


高いのか。


安いのか。


安全なのか。


少し迷ったあと、近くで食べ物を売っていた女性に声をかけた。


「すみません。安く泊まれる宿って、この辺にありますか?」


「あんた一人?」


「はい」


「なら、あっちの通りの二軒目がいいよ。飯も食べられる」


「ありがとうございます」


教えられた宿へ行き、まず値段を聞く。


部屋も見せてもらう。


それから泊まることにした。


荷物を置いたあと、エイルは寝台へ倒れ込んだ。


「疲れた……」


けれど、少し分かってきた。


一人だからといって、全部を一人で知っている必要はない。


分からないなら、聞けばいい。


それで大抵のことは先へ進めた。


---


七日目。


馬車の荷台で、エイルは指を折った。


「半分か」


村はもう遠い。


学校もまだ遠い。


ちょうど真ん中くらいだった。


夜、宿で学校の案内を取り出す。


入学日。


寮について。


必要な持ち物。


何度も読んだ紙だ。


学校へ着けば、今度は授業が始まる。


文字や計算だけではない。


歴史も、地理も、魔術も学ぶ。


試験で測った魔力量がどのくらいだったのかも、まだ知らない。


学校で見た魔術の形。


本屋で見た図。


自分が作ってきた、意味のない形。


知りたいことはいくつもあった。


「早く着かないかな」


今度は村ではなく、学校の方が遠く感じた。


---


八日目。


九日目。


十日目。


「……尻痛い」


誰も返事をしない。


エイルは少し黙った。


前なら、トーマが「またか」と言っていた。


「これだけは慣れないな……」


やっぱり返事はない。


少しだけ父が恋しくなった。


---


十一日目。


見覚えのある大きな町に着いた。


次の馬車まで少し時間がある。


通りを歩いていると、一軒の店が目に入った。


本屋。


エイルの足が止まる。


あの本は、まだあるだろうか。


『魔術基礎概論』


輪と線と記号が並んだ、あの図。


入りたい。


少しだけなら――。


そう思ってから、手元の荷物を見る。


次の馬車までの時間。


残りの旅費。


そして、学校へ行けば魔術を学べる。


「……学校行けばいいか」


そのまま本屋の前を通り過ぎた。


数歩進んでから、自分でも少し驚いた。


前なら絶対に入っていた。


---


十二日目。


十三日目。


少しずつ人が増えた。


道が広くなる。


荷車も馬車も多くなる。


家が途切れなくなっていく。


そして十四日目。


昼を過ぎた頃。


馬車が坂を上った。


エイルは身体を起こした。


遠くに壁が見える。


その向こうには無数の屋根。


さらに奥。


見覚えのある塔があった。


「……見えた」


学校のある街だった。


---


門を通る。


人。


馬車。


店。


声。


前にも見た景色だ。


けれど、今回は隣にトーマがいない。


馬車を降り、自分で荷物を持つ。


「重っ……」


それでも歩く。


大きな通りを進む。


一度道を確認するために人へ聞き、また進む。


やがて学校の塔が近くなった。


そして。


学校の門が見えた。


エイルは、その前で足を止めた。


二週間。


一人でここまで来た。


途中で道を聞いた。


宿を探した。


馬車を確認した。


金を払い、食べるものを買い、荷物も全部自分で運んだ。


一人で何でもできたわけではない。


分からないことは、そのたび誰かに聞いた。


それでも、ここまで来た。


「……着いた」


誰に言うでもなく呟く。


門の向こうに学校がある。


今度は試験を受けに来たのではない。


ここで暮らし、学ぶために来た。


エイルは荷物を持ち直した。


そして、一人で門をくぐった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。