第五十九話 一人旅
最初の町に着いたのは、夕方になる少し前だった。
「ここまでだ」
御者に言われ、エイルは荷台から降りた。
「ありがとうございました」
続いて荷物を降ろす。
鞄。
毛布。
もう一つの荷物。
地面に並べてから、エイルはしばらくそれを見た。
「……多いな」
前は半分ほどトーマが持っていた。
今回は全部、自分で運ばなければならない。
鞄を背負い、残りを両手に持つ。
ずしりと重かった。
「まあ……行ける」
少しだけ魔力を身体へ回し、歩き出した。
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まず確認するのは、次の馬車だった。
荷物を置ける場所を見つけ、乗り継ぎの紙を取り出す。
明日の朝。
町の東側。
次の町へ向かう乗合馬車。
「東……」
顔を上げる。
右。
左。
「……どっちだ?」
前にも来た町だ。
見覚えのある建物もある。
けれど前回は、トーマについて歩いていただけだった。
一人になった途端、道が曖昧になる。
少し考えてから、エイルは紙を畳んだ。
分からないなら聞けばいい。
近くの店へ入る。
「すみません」
「はいよ」
「東の乗合馬車って、どこから出ますか?」
店の男はすぐに道を教えてくれた。
「ここを出て右。二本先の道をまっすぐ行けば、大きな宿がある。その近くだ」
「ありがとうございます」
言われた通りに進む。
二本目を曲がると、見覚えのある場所に出た。
「あ、ここか」
前にトーマと泊まった宿もあった。
少しだけ肩の力が抜けた。
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宿へ入る。
「一人か?」
店の男に聞かれた。
「はい。一泊お願いします」
値段を聞き、金を出す。
その途中で、手が止まった。
旅に使う金は、いくつかに分けて持っている。
全部を一つの袋へ入れるなと、トーマに何度も言われたからだ。
今使う分だけが入った袋から宿代を払う。
部屋へ入り、ようやく荷物を下ろした。
「……軽い」
背中を伸ばす。
寝台へ座る。
静かだった。
同じ町。
同じ宿。
前に来たときは、隣にトーマがいた。
「父さん」
口に出してから、当然返事がないことに気づく。
「……何やってんだ、俺」
自分で少し笑った。
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夕食も一人だった。
周囲には知らない人ばかり。
話し声や笑い声は聞こえるのに、自分の席だけ妙に静かに感じる。
家ならリナが何か言う。
ミラが注意する。
トーマが適当に返す。
今は誰もいない。
少し寂しい。
それでも、エイルは最後まで食べた。
食事は抜くな。
ミラに何度も言われている。
それに、明日も荷物を持たなければならない。
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翌朝。
少し早めに宿を出て、昨日確認した乗り場へ向かった。
まだ馬車は来ていない。
「……合ってるよな」
紙を見る。
場所は合っている。
行き先も確認する。
しばらくすると馬車がやってきた。
エイルはすぐには乗らなかった。
御者のところへ行く。
「この馬車、次の町まで行きますか?」
「ああ、行くよ」
町の名前も確認する。
合っている。
そこで初めて金を払い、荷物を積んだ。
荷台へ座る。
やがて馬車が動き出す。
「……よし」
最初の乗り継ぎは、できた。
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旅は続いた。
森。
畑。
川。
小さな町。
一度通った道だから、景色には見覚えがある。
ただ、前回より道そのものを見るようになった。
どこで道が分かれるのか。
どんな看板があるのか。
川を渡ったあと、どちらへ進むのか。
帰るときも一人なら、自分で分からなければならない。
昼の休憩では、食べ物を買った。
最初に見た店のパンは少し高い。
隣を見ると、似たものがもう少し安かった。
そちらでパンと少量の干し肉を買う。
水も補充する。
金は無駄に使わない。
でも、食事まで削るつもりはなかった。
そんなことをすれば、帰ったときミラに怒られる。
いや、帰る前に自分が困る。
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二日目。
三日目。
四日目。
馬車に乗る。
降りる。
宿を探す。
翌日の馬車を確認する。
また乗る。
最初のうちは、何をするにも紙を出した。
場所を確認する。
行き先を確認する。
もう一度確認する。
五日目になる頃には、少しだけ慣れてきた。
それでも乗る前には必ず御者へ聞く。
「次の町まで行きますか?」
「ああ」
確認してから乗る。
一人で旅をしているからといって、急に何でも分かるようになったわけではない。
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六日目。
前回とは違う町で泊まることになった。
当然、宿も知らない。
エイルは通りに立ち、周囲を見回した。
「……どこがいいんだ?」
外から見ても分からない。
高いのか。
安いのか。
安全なのか。
少し迷ったあと、近くで食べ物を売っていた女性に声をかけた。
「すみません。安く泊まれる宿って、この辺にありますか?」
「あんた一人?」
「はい」
「なら、あっちの通りの二軒目がいいよ。飯も食べられる」
「ありがとうございます」
教えられた宿へ行き、まず値段を聞く。
部屋も見せてもらう。
それから泊まることにした。
荷物を置いたあと、エイルは寝台へ倒れ込んだ。
「疲れた……」
けれど、少し分かってきた。
一人だからといって、全部を一人で知っている必要はない。
分からないなら、聞けばいい。
それで大抵のことは先へ進めた。
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七日目。
馬車の荷台で、エイルは指を折った。
「半分か」
村はもう遠い。
学校もまだ遠い。
ちょうど真ん中くらいだった。
夜、宿で学校の案内を取り出す。
入学日。
寮について。
必要な持ち物。
何度も読んだ紙だ。
学校へ着けば、今度は授業が始まる。
文字や計算だけではない。
歴史も、地理も、魔術も学ぶ。
試験で測った魔力量がどのくらいだったのかも、まだ知らない。
学校で見た魔術の形。
本屋で見た図。
自分が作ってきた、意味のない形。
知りたいことはいくつもあった。
「早く着かないかな」
今度は村ではなく、学校の方が遠く感じた。
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八日目。
九日目。
十日目。
「……尻痛い」
誰も返事をしない。
エイルは少し黙った。
前なら、トーマが「またか」と言っていた。
「これだけは慣れないな……」
やっぱり返事はない。
少しだけ父が恋しくなった。
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十一日目。
見覚えのある大きな町に着いた。
次の馬車まで少し時間がある。
通りを歩いていると、一軒の店が目に入った。
本屋。
エイルの足が止まる。
あの本は、まだあるだろうか。
『魔術基礎概論』
輪と線と記号が並んだ、あの図。
入りたい。
少しだけなら――。
そう思ってから、手元の荷物を見る。
次の馬車までの時間。
残りの旅費。
そして、学校へ行けば魔術を学べる。
「……学校行けばいいか」
そのまま本屋の前を通り過ぎた。
数歩進んでから、自分でも少し驚いた。
前なら絶対に入っていた。
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十二日目。
十三日目。
少しずつ人が増えた。
道が広くなる。
荷車も馬車も多くなる。
家が途切れなくなっていく。
そして十四日目。
昼を過ぎた頃。
馬車が坂を上った。
エイルは身体を起こした。
遠くに壁が見える。
その向こうには無数の屋根。
さらに奥。
見覚えのある塔があった。
「……見えた」
学校のある街だった。
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門を通る。
人。
馬車。
店。
声。
前にも見た景色だ。
けれど、今回は隣にトーマがいない。
馬車を降り、自分で荷物を持つ。
「重っ……」
それでも歩く。
大きな通りを進む。
一度道を確認するために人へ聞き、また進む。
やがて学校の塔が近くなった。
そして。
学校の門が見えた。
エイルは、その前で足を止めた。
二週間。
一人でここまで来た。
途中で道を聞いた。
宿を探した。
馬車を確認した。
金を払い、食べるものを買い、荷物も全部自分で運んだ。
一人で何でもできたわけではない。
分からないことは、そのたび誰かに聞いた。
それでも、ここまで来た。
「……着いた」
誰に言うでもなく呟く。
門の向こうに学校がある。
今度は試験を受けに来たのではない。
ここで暮らし、学ぶために来た。
エイルは荷物を持ち直した。
そして、一人で門をくぐった。




