第五十八話 二度目の出発
朝。
エイルは、起こされる前に目を覚ました。
窓の外はまだ少し暗い。
しばらく布の中にいたが、もう眠れそうになかった。
今日、村を出る。
試験を受けに行ったときとは違う。
今度は、学校で暮らすために。
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部屋の隅には、昨日まとめた荷物が置いてあった。
着替え。
本。
学校からもらった紙。
筆記具や生活用品。
冬に使うものまである。
鞄を持ち上げてみる。
「……重い」
分かっていたが、やっぱり重い。
前回はトーマと二人だった。
馬車の手配も、宿を探すのも、乗り継ぎを確認するのも、ほとんど父がやってくれた。
でも今回は違う。
学校までは一人で行く。
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朝食は、パンとスープ、それに卵までついていた。
エイルは自分の皿を見る。
「母さん」
「なに?」
「今日、多くない?」
「今日くらい食べなさい」
「馬車に乗るだけだよ」
「二週間でしょう」
「今食べても二週間はもたないよ」
「いいから食べる」
「はい」
言われた通り卵を口へ運ぶ。
向かいに座るリナは、いつもより静かだった。
青い髪留めを今日もつけている。
「リナ」
「なに」
「眠い?」
「眠くない」
「じゃあ何?」
「別に」
それきり、またパンを食べ始めた。
エイルもそれ以上は聞かなかった。
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食事が終わると、トーマが荷物の確認を始めた。
「学校の紙」
「ここ」
「金」
「こっち」
「全部一緒に入れてないだろうな」
「分けたよ」
旅に出れば、何をするにも金がいる。
宿。
食事。
馬車。
一度目の旅で嫌というほど分かった。
トーマが次の紙を取る。
「乗り継ぎ」
「それもある」
「最初の町でこれを確認して、次の馬車に乗る」
「うん」
「行き先は乗る前に聞け」
「分かってる」
「勝手に別の馬車へ乗るな」
「乗らないって」
「寝て降りる町を通り過ぎるな」
エイルが顔を上げた。
「馬車で乗り過ごすことあるの?」
「寝てればあるだろ」
「……気をつける」
横からミラも入ってくる。
「知らない人についていかない」
「行かないよ」
「珍しいものを見せてあげるって言われても」
エイルは一瞬黙った。
トーマがこちらを見る。
「……行かない」
「今、考えたな」
「行かないって!」
「ならいい」
本当に信用がない。
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荷物を外へ運ぶ。
今日は、村の近くを通る荷車に最初の町まで乗せてもらうことになっていた。
そこから乗合馬車を乗り継いでいく。
前回とほとんど同じ道だ。
村の入口まで、四人で歩いた。
エイル。
トーマ。
ミラ。
リナ。
途中で何人もの村人に声をかけられた。
「今日出るのか」
「はい」
「しっかり勉強してこいよ」
「はい」
「街で迷子になるなよ」
「前に行ってるから大丈夫です」
「今回は一人だろ?」
「……大丈夫です」
答えてから、少しだけ不安になった。
でも、行く。
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村の入口へ着いたが、荷車はまだ来ていなかった。
荷物を地面へ置いて待つ。
道。
畑。
柵。
森。
どこを見ても、何度も見てきた景色だった。
「兄ちゃん」
リナが横へ来る。
「なに?」
「ほんとに一人で行くの?」
「うん」
「迷わない?」
「多分」
「多分なの?」
「迷ったら聞くよ」
リナは嫌そうな顔をした。
「父さんも行けばいいのに」
「仕事があるだろ」
トーマが答える。
「でも兄ちゃん一人だよ」
「一回行ってるから大丈夫だ」
「でも」
リナがエイルを見る。
エイルは少し笑った。
「大丈夫だよ。学校まで行くだけだから」
「遠いじゃん」
「……まあ、二週間くらい」
言ってから、自分でも「だけ」ではない気がした。
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ミラがエイルの前に立つ。
「着いたら手紙」
「うん」
「必ずね」
「分かってる」
「お金は大事に使う」
「うん」
「食事は抜かない」
「うん」
「宿は変なところを選ばない」
「それ、どうやって分かるの?」
「分からなかったら御者さんや店の人に聞きなさい」
「分かった」
「それから――」
「母さん」
「なに?」
「全部聞いてたら、出発する前に夜になりそう」
ミラが口を閉じた。
「……じゃあ、最後」
「うん」
「困ったら人に聞きなさい」
エイルは頷いた。
「うん」
それならできる。
分からないことを、自分だけで勝手に決めない。
前の旅でも何度もそうした。
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エイルはトーマを見る。
「父さんは?」
「何が」
「何かないの?」
「母さんが全部言った」
「父さんのやつ」
トーマは少し考えた。
「金なくすな」
「母さん言った」
「馬車を間違えるな」
「言った」
「飯食え」
「それも言った」
トーマが黙る。
エイルは笑った。
「ないじゃん」
「なら――」
トーマがエイルを見る。
「ちゃんと着け」
エイルも父を見る。
「……うん」
それで十分だった。
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やがて、車輪の音が聞こえた。
道の向こうから荷車が来る。
エイルの腹の奥が、少しだけ重くなった。
本当に行くのだ。
荷車が止まる。
御者は村でも何度か見たことのある男だった。
「荷物はこれか?」
「はい」
トーマと一緒に積み込む。
一つ。
二つ。
最後の鞄を載せる。
そこで、トーマの手が離れた。
父は乗らない。
エイルだけだ。
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荷台へ足をかける。
そのまま乗ろうとして、振り返った。
トーマ。
ミラ。
リナ。
その向こうに、自分の村がある。
「兄ちゃん」
「なに?」
「手紙」
「書くよ」
「魔術覚えたら?」
「それも書く」
「ご飯は?」
「ご飯?」
「何食べたか」
「それも書くよ」
「帰ってくるの忘れないで」
エイルは笑った。
「忘れないよ」
荷車へ乗る。
荷物の横に腰を下ろした。
何と言うか、一瞬だけ迷った。
でも、結局いつもと同じだった。
「じゃあ、行ってきます」
ミラが笑う。
「行ってらっしゃい」
トーマも頷いた。
「ああ。行ってこい」
リナが大きく手を振った。
「行ってらっしゃい!」
荷車が動き始める。
エイルも手を振った。
少しずつ三人が遠くなる。
リナはまだ振っている。
ミラも。
トーマはその隣に立っている。
やがて道が曲がった。
三人の姿も、村も見えなくなった。
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エイルは手を下ろした。
隣を見る。
誰もいない。
前回なら、そこにトーマがいた。
急に荷台が広くなったように感じた。
少し怖い。
けれど、前に通った道だ。
最初の町も知っている。
乗り継ぎは紙に書いてある。
分からなければ聞けばいい。
エイルは鞄へ手を伸ばした。
金。
学校の紙。
乗り継ぎの紙。
全部ある。
「よし」
小さく言って、前を向いた。
学校までは、二週間ほど。
一度目は、試験を受けるために父と通った道だった。
今度は一人で、その道を進む。
学校へ入るために。




